『』内は外国語です。





 私立羽生学園は、幼稚園から大学までエスカレーター式の男子学校だ。
女性理事長である苑江佐緒里(そのえ さおり)のもと、自由な校風ながら、勉強もスポーツも盛んな学校で、近隣の女子生徒
達の間では、イケ面率が高いことでも有名だった。
 特に、今期の生徒会は抜群の人気を誇っている。
圧倒的なカリスマを持つ、かつては派手に遊びまわっていた生徒会長の3年の上杉滋郎(うえすぎ じろう)に、副会長は同じ3年
生で大物政治家を親に持つ、冷静沈着な海藤貴士(かいどう たかし)。
会計には、上杉の幼馴染でお互いの弱みも握り合っている、同じく3年の小田切裕(おだぎり ゆたか)。
書記には真面目な堅物の2年生、倉橋克己(くらはし かつみ)と伊崎恭祐(いさき きょうすけ)。
風紀委員には、小田切の従兄弟で仕切り屋の3年、綾辻勇蔵(あやつじ ゆうぞう)がいる。

 また、イタリアから羽生学園に来ている留学生、アレッシオ・ケイ・カッサーノと、生徒総代(生徒会長とは違う学園側代表で、学
園側が選出)の、3年生、江坂凌二(えさか りょうじ)という、こちらも容姿、頭脳と共に秀でた生徒もいて、入試の競争率も相
当なものらしく、この学園は生徒不足という世間の流れとは正反対の道を堂々と歩んでいた。






 「ふぁあ〜」
 陽の光がよく入る生徒会室の、クーラーが効いた部屋の中。革張りのイタリア製の椅子に座った上杉は、ファンの少女達が見た
ら幻滅しそうなほど大きな口を開けて欠伸をした。
 「会長」
その上杉の怠惰な態度を海藤は諌めるが、上杉は一向に反省した様子は見せない。
 「眠いんだって」
 「それは、生徒皆同じです」
 「俺の仕事量が一番多い」
 「そんな事を言っていたら、予算確保と分配にギリギリまで動いていた小田切が怒りますよ」
 「どうせ、あいつは自分の下僕にやらせてたんじゃないかあ」
(そうじゃなけりゃ、連日9時10時まで学校に残っていた俺達を尻目に、7時になったらさっさと帰るか)
 頭のきれる小田切のことだ、きっとどこかで仕事を振り分けていると上杉は思っていたが・・・・。
 「よく言いますね」
 「・・・・・っ」
笑みを含んだ声が聞こえた途端、上杉は無意識の内に椅子に座り直す。
そして、ようやく自分の視界の中に入ってきた人物に向かって、わざとらしくヒラヒラと手を振って見せた。
 「お〜、お疲れ」
 「思ってもみないことは言わなくてもいいですよ」
小田切はそう言って、上杉の机の上にバンッと分厚い書類を置く。
 「・・・・・なんだ、これは」
 「各クラブとクラスの出し物の必要経費と売り上げ予測。最終日には一番売り上げのいいところに特賞を与えなくてはなりません
からね。それはあなたの役目でしょう」
 「マジかよ・・・・・」
小田切の無情な言葉に、上杉はバタッと机に突っ伏した。

 明日から、いよいよ2日間にわたる羽生学園の文化祭が始まる。
一応、一般の入場も許されているので、普段は見たくても見ることが出来ない男子校の内部を覗き見したいという者達が、毎年
数多く押し寄せてきていた。
 特に、上杉達が入学してきた年からはその数は数倍にも跳ね上がってしまい、去年からはとうとう生徒1人に付き、招待状を5
人まで出し、その招待状を持っていないものは入園を許さないというような取り決めをしたほどだ。
 様々な出店や、出し物。
自由な校風を謳う羽生学園の文化祭はかなり盛大であるが、盛大であるがゆえに責任者である生徒会のやるべき仕事は多く、
普段サボることが得意の上杉も、周りに監視されて珍しく働きづめだった。



 「あ〜つまらねえ」
 上杉の気持ちももっともだと思う。
海藤自身、ここのところ遅くまで学園に残り、文化祭の準備をしてきた。上杉もかなり真面目に働いてくれたので、直前に迫った
今日にはほとんどの準備は整い、今日は前準備として授業は昼で終わった。
 クラブ活動も文化祭期間は休みなので、学園の中は静まり返っている・・・・・そう言いたいが、直前になっても準備を進めている
出し物は多く、校舎の中にはまだ多くの生徒が残っている状態だ。
(つまらないって言うのは・・・・・)
 「会長」
 「ん〜?」
 「これ」
 海藤は、小田切が差し出した書類の上に手紙を置く。
 「・・・・・ラブレターか?」
 「会長の、ですよ」
 「・・・・・」
あまりに忙し過ぎたのか、自分にまで突っかかってくる上杉に、海藤は苦笑しながらも丁寧に説明をした。
 「会長の分の招待状です」
 「・・・・・ああ、そういうのがあったか。俺は別にいらねえぞ?家の人間が来るわけじゃないし、呼びたい奴もいねえし」
 「彼女を招待したらどうです?」
 横から口を挟んでくる小田切も、もしかしたら忙しさのあまり機嫌が良くないのかもしれない。
 「5枚じゃ全然足りねえな」
 「・・・・・くれぐれも病気にはならないように」
 「お前なあ」
 「会長」
このままでは、何時まで経っても小田切との嫌味の応酬は止まないだろうと思った海藤は、さりげなく2人の視線の間に身体を割
り込ませると、腰を屈めるようにして言葉を続けた。
 「俺は、真琴(まこと)を誘いましたよ」
 「・・・・・」
 「太朗(たろう)君、喜ぶんじゃないんですか?」
海藤がその名を口にすると、明らかに上杉の表情が変わった。



 理事長である佐緒里の実子、幼稚園児である苑江太朗(そのえ たろう)と、その友人である西原真琴(にしはら まこと)、日
向楓(ひゅうが かえで)、小早川静(こばやかわ しずか)、高塚友春(たかつか ともはる)。
 普通は兄弟や親戚でもないと全く接点の無い高校生と幼稚園児。
しかし、ひょんなことで知り合い、それぞれお気に入りといってもいい子供達とは、その後もずっと付き合いが続いていた。
 体育祭でさえも、そのお子様達が乱入して・・・・・随分と賑わったものだ。
 「・・・・・海藤、お前」
 「伊崎も、おい」
 「はい」
海藤が名前を呼ぶと、倉橋と話していた伊崎が顔を上げた。
 「お前、あの子に招待状を渡したな?」
 「・・・・・欲しいというもので」
少しだけ躊躇ったように言った伊崎は、それでも珍しく苦笑を浮かべている。
 「じゃあ、もしかして江坂とカッサーノもか?」
 「多分。楓さんが、皆一緒に行くからと言ってましたが」
 「ん?もしかして、誰かタロに招待状を渡したって言うのか?」
 言いながら、上杉は面白くなくて眉を顰めた。
海藤に話を振られるまで、実を言えば上杉は全くそのことに考えが向かわなかった。とにかく、目先の仕事を片付けるのに目一杯
で、文化祭が楽しみだとさえ思わなかったのだ。
 しかし、改めてそう言われれば、この文化祭に太朗を呼べば、きっと目を丸くして喜ぶだろう。どんな物にも驚いて、感動して、目
一杯楽しんで・・・・・。
(・・・・・面白そうだな)
 上杉の唇に自然な笑みが浮かんだ。
 「海藤、帰ってもいいか?」
 「用件が済んだら戻ってきてください、まだあなたには仕事がありますので」
 「・・・・・はいはい」
海藤の代わりに答えた小田切に内心で舌を出すと、上杉は椅子から腰を上げた。






 同じ敷地内にある付属幼稚園。
当然だが午後2時になろうとしている今はもう送迎のバスは出ている。
ただ、太朗は学園の理事長である佐緒里の子供なので、直ぐには帰らずにそのまま残って遊ぶことが多い。もちろん、その時は仲
良しの4人の友達も一緒だ。
 案の定・・・・・。

 「かえで〜!こっちこっち!いまからてつぼーしよーよ!」
 「やだよ、おまえ、ぐるぐるまわりできないじゃん」
 「できるよ!がんばってれんしゅーしたもん!」
 「・・・・・」
(おーお、相変わらず)
 耳に聞こえる、甲高い子供の声。
太朗を知る前は、そんな子供の声は耳障りだと思っていたが、今はこんな風に笑いが零れてしまうほど微笑ましく思ってしまう。
 それだけでも、やはり太朗は自分にとって特別なのだ。
ただ遊びで付き合うような女達とも、自分の外見や持っているもので近付いてくる者達とも違う、自分にとっては本当に唯一の光
とでもいっていい存在で。
 「タ〜ロ!」
 子犬を呼ぶように、笑いながらその名を口にすると、
 「あっ!じろー!」
満面の輝く笑顔がこちらを向いた。
 「おそいぞ、じろー!!」



 「かいどーさんから、しょうたいしてもらったんだ!」
 一番最初に言ったのは、確か真琴だったと思う。何時もはおっとりとしているのに、本当に嬉しそうな顔をして、手に持つ白い封
筒を掲げた。
 「おれ、きょー、もらった」
次の日には、静が。
 「ぼくも、ケイからもらっちゃった」
その次の日には友春が。
 「おれ、きょーすけがくれないからぶんどっちゃった」
そして、一昨日には楓が言った。
 仲の良い友達が、次々と貰っている招待状。どうして自分だけは貰えないのかと母に訴えると、なぜかふふっと笑って、もう少し
お利口にしていたらと言われた。
だから、今日の朝出されたニンジンのソテーも残さずに食べ、逆上がりの練習だってずっとしてきたが、肝心の上杉は一向に会いに
来てくれなかった。
 学校のお仕事で忙しいのよと言われたが、そんなことは関係ない。どんなに忙しかったって、こんなに近くにいるのならば何時だっ
て会いに来れるはずだ。
 上杉の一番は自分じゃないのかも・・・・・なんだかそんな気もして、今日は朝から上杉の名前を出すのも我慢して言わなかった
太朗は、
 「タ〜ロ!」
 いきなり声を掛けてきた人物をハッと振り返り、そこに大好きな顔を見つけて、嬉しくて嬉しくて、思わず駆け寄って行って抱きつ
いた。身長差で、上杉の腰にぶら下がるような格好になってしまったが。
 「ははは、ん?重くなったか?」
 大好きな手は、直ぐに太朗の身体を抱き上げて、自分の目と目線を合わせてくれる。
軽々しく身体を抱き上げられると、まだまだ自分が子供だと思ってしまうが、普段は悔しく思ってしまうこの体勢だって、久し振りだ
から嬉しくて仕方がなかった。
 「おもくないぞ!じろーのちからがへろへろになったんじゃないのか?」
 「おいおい、ピチピチの高校生に向かって言う言葉か?」
 「それよりっ、なにかわすれてるだろっ?」
 「ああ、これだろ?」
 上杉がポケットの中から出したのは、少し皺になってしまった白い封筒。みんなが見せてくれたものと同じ模様に、太朗はわあっ
と弾んだ声を上げた。
 「わすれてなかったんだなっ?」
 「当たり前だろーが。タロ、来るか?」
 「もちろんっ!」
 大好きな上杉から貰った招待状だ。行かないわけがなかった。
 「いっぱい、たべものかってくれよなっ?」
 「現金だな、お前は」
 そう言いながらも上杉の笑みは消えない。その表情を見ているだけでウキウキとして、太朗もそれ以上の笑みを浮かべ、ぎゅうっ
と上杉に抱きつく手に力を込めてきた。
 「しょーたい、うけるぞ!じろー!」






                                            






250万hit記念企画は、「KIDS  TYPHOON」の第三弾です。

今回は文化祭編。楽しいことがたくさんありそうです。