『』内は外国語です。





 文化祭当日 ---------------------------- 。

 『・・・・・』
 生徒総代室のソファに腰を下ろし、嫌味なほどに長い足を組んだアレッシオは、窓から見える青い空を見上げながら少しも表情
を崩さないまま言った。
 『なぜ、私がこんな子供のお遊びに付き合わなくてはならない』
 「・・・・・」
 傍にいる江坂は、体育祭の時にも聞いたその言葉に、またかという表情は一切見せずに答える。
 「これも出席に係わる行事です。欠席すれば停学に順ずる処罰がある・・・・・そう校則に書いてあるでしょう?私学ですから、こ
ちら側もそれを承知した上で入学しているとみなされますから・・・・・諦めた方が賢明です」
 『・・・・・』
アレッシオが答えないのは、けして日本語が分からないと言うわけではなく、分かりきっていることに今更反論してもと思っているのだ
ろう。
 江坂はそれに付いては何も言わず、自分の腕時計を見下ろした。
 「そろそろ、到着する頃じゃないですか?」
 『分かっている』
返ってきた声はまだ多少不機嫌なままだったが、それでも僅かに気分が上向いてきているということが分かる。その理由は、江坂に
も思い当たるものだった。

 【あのね、おむかえいらないよ?みんなといっしょに、いくから】

 たった1枚渡した招待状の相手は、江坂が迎えに行くと言ってもそう嬉しそうに言ってきた。その言葉自体が断りの文句だというこ
ともきっと自覚がないのだろうが、江坂自身面白くないと思ったのは事実だ。
 それは、そう言った静に対してというよりも、まだ幼稚園児という相手に感情を揺さぶられる自身に対してで、そうでなくても自分も
ウロウロと部屋の中を落ち着きなく歩きたいのを我慢して、江坂は黙っているアレッシオに言った。
 「このままここにいたら、あの子達を他の生徒が連れ去ってしまいますよ」
 今や高等部のアイドルと化している園児達。それぞれのファンも数多くおり、人を疑うということを知らない子供達が、優しくしてく
れる誰かにそのままついて行くことは考えられた。
 『・・・・・』
 無言のまま、アレッシオは立ち上がる。
そのまま部屋を出て行く彼がどこに向うのかは分かっているので、江坂も迷うことなくその後に続いた。



 「・・・・・」
 「な〜に、不気味な笑みを漏らしちゃって」
 クーラーの効いた涼しい生徒会室で、全校生徒の出席確認という口実でサボッていた綾辻は、カップのコーヒーを口に運んでい
た小田切の頬に浮かぶ笑みを見て大げさに眉を顰めた。
本来なら彼は出し物の見回りに出ているはずなのだが、なぜか綾辻の監視という意味の無い口実でここにいる。いったい今度はど
んな悪さを考えたのだろうかと思ってしまうのだ。
 「今回は人寄せパンダも増えたことだし、売り上げもいいかなと思ってね」
 「人寄せパンダ?・・・・・あーっ!まさかっ、あの子達っ?」
 「色んな出し物に連れて行って、活躍してもらおうか、なんて」
 「活躍って・・・・・」
 「先ずは、お化け屋敷なんかどう思う?素人が作ったものだから怖さが足りないだろうときっと客も少ないだろうし。そこであの子達
が騒いでくれたら違うと思わないか?」
 「うわ〜、極悪人」
 「・・・・・自分だって、面白そうだと思っただろう?」
 従兄弟だからか、その感情は読めているとばかり笑いかけてくる小田切に、綾辻はしばらくして眉間の皺をとってにやりと笑った。
確かに、売り上げが良くなれば、それだけ生徒会が潤う・・・・・だろう。
 「もうっ、人の悪い従兄弟を持つと大変」
 「お前に言われたくはないね。倉橋を連れて行って、抱きついてもらおうとでも思ってるんじゃないのか?」
 「・・・・・先読みは良くないわよ」
(ほんっとに、鋭いんだから)






 学園の正門付近はかなりの混雑と共に、所々で歓声が沸き、携帯のカメラの光りが輝いている。
それは・・・・・。
 「上杉さん!」
 「海藤さん、こっち向いて!」
 生徒会の双璧といわれる生徒会長の上杉と副会長の海藤が、揃って正門の前に立っているからだ。
 「・・・・・会長、少し目立ち過ぎですよ」
 「隠れてたって、俺のオーラは隠せねえだろ?それなら、出し惜しみしなくって、こうして愛嬌を振りまけば、それだけまたファンが増
えるってこと」
海藤の忠告をさらりと受け流し、上杉は一般入場者に色っぽい流し目を向けて手を振っている。外野が煩いという状態では既に
ない上杉は、このぐらいのことで神経が参るほど繊細ではなかった。
 それに、ここにいる理由は立派にある。それは、もう直ぐ太朗と約束した時間だからだ。
招待状を渡すのを忘れていた上杉への罰として、美味しい物をたくさん奢らせると宣言した太朗をエスコートしなければならないの
だ。
相手が女でなくても、太朗の素直な言動は、きっと上杉の気持ちを満たしてくれるに違いがないだろう。
 「そろそろなんだが・・・・・」
 歓声を聞き流しながら上杉が腕時計に目を落とした時、
 「じーろー!!」
元気な声が自分の名を呼ぶ。
 「お、来たな」
自然と緩む頬を隠しもしないで視線を向けた上杉は、太朗の姿を見て・・・・・声を落とした。



 「誰だ、あの野郎」
 隣にいる上杉の気配が剣呑になるのを感じながら、海藤も自分の視線が険しくなるのを自覚していた。
(・・・・・誰なんだ?)
何時もの5人組が一緒に来るということは、夕べ真琴の電話でも聞いていた。
 海藤はそれを、きっと佐緒里が子供達を引率して来るんだと思っていたのだが、今5人の子供達を連れて歩いてきているのは若
い男だった。
太朗を片腕に抱き上げ、もう片方の手で真琴の手を掴んで、真琴の手は楓、静、友春と繋がれている。
 子供達は楽しそうに男を見上げて話していて、男も大きな身体を折り曲げるようにしてそれらの言葉を聞いていて、どう見ても親
密だと思える雰囲気だ。
 「おい」
 「会長」
 心の中で訝しんだ海藤とは反対に、上杉は直ぐに行動に移した。
迷いなく一団に向って歩いていくと、ザザッと周りが道をあけるほどに・・・・・表情は硬い。
 「じろー!なっ?やっぱりたかいとすぐみつかっちゃうよ!」
 「うん!そーだね」
 「タロにしてはいーかんがえだよ」
 「むっちゃん、つかれない?」
 「むっちゃんはおとなだからへーきだよ、ね?」
 いっせいに口を開く子供達。その会話の中に聞き覚えのない名前が出てくる。
(むっちゃんって・・・・・この男、か?)
 「おい、お前な」
上杉が手を出す前に、海藤が一歩前に出た。こんな衆人環視の中で暴力沙汰を起こされては敵わない。ここは、一番もっともな
理由を突きつけた方がいいだろう。
 「今日は招待状の無い方の入園はお断りしているんですが」
 たとえ子供達の引率としてやってきたのだとしても、今日の決まりはそうなっている。ここまで来ればそれぞれの子供達にはちゃんと
案内がつくので、ここで帰しても構わないだろうと思った。
 「あ、うん、これでいいのか?」
 しかし、男はポケットの中から招待状を取り出して海藤に手渡してきた。
(・・・・・本物だな)
中を開いて・・・・・海藤は少しだけ目を見張る。
 「理事長の・・・・・お知り合いですか?」
 「あ、俺は、付属で保育士をしている宗岡(むねおか)だ。今日は子供達の引率で来たんで、よろしく」



 「彼女、いないって言ってたでしょっ?お願いっ、1日付き合ってくれないっ?」

 宗岡哲生(むねおか てつお)が、理事長である佐緒里にそう頼まれたのは昨日の放課後だった。
どうやら出張中のご主人が明日の午前中に帰ってくるらしく、それを出迎えたいために、子供達の引率をして欲しいとのことだった。
特定の子供と接触をしてしまうのは良くないことだと思うものの、理事長自らの頼みであったし、確かに予定もないので、宗岡はそ
れを引き受けた。

 同じ敷地内にあるとはいえ、今年の春から保育士となった宗岡は全く高等部とは係わりがなく、生徒会が有名だとは噂に聞いた
ことがあったが、同じ男のことをそれほど気にすることもなかった。
 しかし、実際に学園の門まで来て驚くほどの人間の数を見て、そして遠目に見た高校生とは思えないほどに大人の男然とした
少年達を見て、その噂は確かなものだと思い知ってしまった。
(で、でも、どうして俺を睨んでるんだ?)
体格は負けてはいないし、当然のように歳も上なのだが、何と言うか・・・・・迫力負けをしている気がする。
 そんな、まるで王者であるライオンのような男の傍にいた、こちらは黒豹のような静かな迫力を背にした男に招待状の有無を言わ
れた宗岡は、佐緒里から渡された招待状を差し出した。
 「理事長の・・・・・お知り合いですか?」
 「あ、俺は、付属で保育士をしている宗岡だ。今日は子供達の引率で来たんで、よろしく」
 答えた途端、急激に目の前の2人の殺気が目に見えて小さくなっていくのが分かる。
 「保育士?」
 「あ、ああ、今年から」
 「むっちゃんは、てつぼーじょーずなんだぞ!」
太朗が言うと、真琴もそれにねと付け加える。
 「みんなをだっこして、グルグルってまわってくれるし」
 「ちょっと、おくびょーだけどな」
 「やさしいんだよ」
 「うん、むっちゃん、おにいちゃんみたい」
楓、静、友春。
 みなの言葉に、宗岡は泣きそうなほど嬉しくなった。まだ数ヶ月間の付き合いだが、自分の仕事がちゃんと認められて、子供達も
受け入れてくれているのが伝わってくる。
(絶対に、ちゃんと家まで無事に帰さないと!)
 改めて自分の今回の使命を実感した宗岡は、今度こそ自分よりも年下の高校生に怯えないように笑みを浮かべて(まだ少しだ
け強張っていたが)言った。
 「今日はよろしく頼むな」



 遠くから一連の騒ぎを見ていた、迎えにやってきたアレッシオと江坂、そして伊崎。
そして、面白半分にやってきた綾辻と小田切も、この新たに現れた男に顔を見合わせた。
 「・・・・・ちょっと、悪い癖出さないでよ?」
 「なんだ、それは」
 「あんたの好きそうなタイプじゃない。ガタイはいいけど、苛めて君」
 「・・・・・でも、お金は持ってなさそうだなあ」
 暢気に宗岡の批評をしている綾辻と小田切とは違い、アレッシオと江坂はそのまま躊躇わず足を向ける。
 「あ!おにいちゃん!」
 「ケイッ」
静と友春が2人の姿に気付き、手を離してバタバタと駆け寄ってきた。今日は土曜日というのに、2人共、いや、5人とも幼稚園
の制服を着ているが、多分それは迷子にならないためだろう。
 「さあ、いくぞ、トモ」
 「静さんも」
 今までの話の流れは聞いていたはずなのに、宗岡の存在を一切無視して2人を連れて行こうとしているアレッシオと江坂。
だが、事は安易には運ばなかった。
 「だめ!みんなといっしょにみるの!」
 「静さん」
 「う、うん、ぼくも、みんないっしょがいーよ」
 「トモ」
 男達の思惑を一切知らない子供達は、皆一緒がいいのだと一生懸命訴えてくる。普段は傲岸不遜なアレッシオも、自分の意
志を曲げない江坂も、自分達が可愛がっている子供達の言葉をむげにすることは出来ないらしい。
(さて、どうするのかな)
 自分とは関係のない小田切は、面白半分に事の成り行きを見ていた。
 「いっしょでいーじゃん!おかねだずやつおーいほーがいいし!」
 「かえでちゃんっ」
 「ぼ、ぼくたち、おこづかいもってきたよ?」
 「こーいうときは、おとながだすもんなの!そーだよな、タロ」
 「きょーはじろーがいっぱいごちそーしてくれるって!やくそくしたもんなっ?」
 「お、おい、タロ」
金に関してはシビアな楓と、ただ上杉にお仕置きしたい太朗と。その理由は違うだろうが、2人の意見は一致したらしい。
(ふふふ、だから面白いんだよ)
 学園では権力を誇っている生徒会の面々やアレッシオや江坂も、結局はこのお子様達には勝てないのだと、小田切は含み笑
いを零しながらようやく一団に近付いて言った。
 「ほら、ここに立っていては他の方にご迷惑ですよ。改めて、ようこそ、羽生学園文化祭へ。楽しんでくださいね」

 「「「「「は〜い!!」」」」」

元気な子供達の声が響き、ようやくその場の時間が動き出した。






                                            






テツオ初登場(笑)。小田切さんとは何時絡むでしょう?

次回から、出し物を回って行きます。