『』内は外国語です。





 「本当はなあ、明日も面白いことが一杯あるんだぜ?食い物の店は変わらないが、ゲストに少し売れてるバンドを呼ぶし、最後
には花火も上げる予定だ。タロが見たら喜ぶと思うけどな〜」
 「・・・・・」
 上杉は隣を歩く太朗を見下ろした。
 表情の変化が分かるというのには身長差があり過ぎるものの、それでも時折自分を見上げてくる表情の中には、いいなという羨
望の光が見えた。
(大体、俺よりもオヤジを取るか?)
 明日、今日よりももっと太朗を楽しませてやろうと思った上杉がそう誘うと、太朗の口から出てきたのは、

 「あしたは、とうちゃんとみんなでプールいくんだ!とうちゃん、およぐのおしえてくれるって!」

と、言う、満面の笑顔と共の言葉だった。
自分と、太朗の父と。どちらがいいんだと責め寄るほど自分は子供でもないつもりだし、子供が親を好きなのは(自分は違っていた
が)当たり前のことだろうとも理解出来る。
 ただ、面白くないという思いは胸の中に渦巻いていて、上杉は楽しいと思える出来事を羅列して、太朗の心を外側から揺さぶっ
ているのだ。
(後もう一押し・・・・・)
ジローと一緒にいる・・・・・そう言わせてやると、上杉は腰を屈め、女達からはハニーボイスと言われる甘い声で耳元に囁いた。
 「お前が満足するまで付き合ってやるぞ?」



(・・・・・全く、何をしてるんだ、あの人は)
 まだ幼稚園児の太朗を、自分が口説いてきた女達と同列に思っているのではないだろうかと頭が痛くなるが、海藤はそんな上杉
を馬鹿だと思うことは出来なかった。
それは、自分自身も上杉と似たような思いを抱いているからだ。
 「・・・・・それで?太朗君のお父さんはいい人なのか?」
 「うん!マコもね、たかいたかいしてくれるし、くまさんみたいにおっきいから、だきついてもたおれないんだよ?」
 「・・・・・真琴は好きなんだな、その人が」
 「タロくんのぱぱ、みんなすきだよ」
 どうやら、太朗の父親は子供好きらしい。真琴の言葉だけではどんな人物なのか想像は出来ないが、理事長である佐緒里も
何時も褒めちぎっている男だし、子供である太朗を見れば、父親がいい男なのだろうということは想像が付く。
それはいいのだが、あまりに真琴が褒めていると、少し・・・・・ほんの少し、面白くないと思ってしまうのだ。
 「じゃあ、明日は来れないのか」
 「うん、ごめんね、かいどーさん。でも、タロくんのぱぱのおやすみすくないから、あしたじゃないとだめなんだって」
 「・・・・・ふ〜ん」
 「かいどーさん?」
 「・・・・・しかたないな」
 駄目だと言う権利など自分にはなく、明日という日を楽しみにしている真琴に余計なことを言うのもおかしいかと、海藤は明日は
時間が過ぎるのが遅いだろうなと漠然と考えていた。



 「私も休もう」
 「ケ、ケイ?」
 「トモが来ないなら、私がここにいる必要はないだろう。1日欠席するくらいどうでもないしな」
 明日の友春の予定を聞いて、アレッシオはあっさりと言い放った。元々、こんな子供がやるような行事に参加するつもりがなかっ
たが、友春が楽しみにしているということで参加をしている(ただ見て回っているだけ)のだ。
 「そのプールに私も行っていいか?タロの父親だけでは、全員の面倒は見きれないだろう?目を放している隙に、トモが怪しい大
人に連れ去られてしまう可能性もある」
 生意気な少女よりも、大人しく可愛らしい少年を好む者もいる。
日本にはそういった小児愛好家も多いという噂を聞く・・・・・そう思ったアレッシオは眉を顰めた。考えれば考えるほどに、なんだか危
険性が増すような気がする。
(絶対に付いて行く)
 水着姿の友春を自分の身体で隠してやらなければなどと、既に頭の中でそれが決定事項になっていたアレッシオだが・・・・・。
 「だ、だめだよ、ケイ」
 「トモ?」
 「ずるやすみしちゃだめだよ。ちゃんと、がっこういかないと、ね?」
 「・・・・・」
 「ケイ」
幼稚園児に諭されて、アレッシオは何と答えていいのか分からない。しかし、友春がここまできっぱりと言い切るのなら、無理につい
て行けば嫌われてしまうかもしれない。
 「・・・・・」
 「ケイとは、いつでもあそべるもん、ね?」
 「・・・・・そうだな」
なぜ日曜日にまで学校に来なければならないのかと、アレッシオは今更言っても仕方がない学校行事を胸の中で毒吐いた。



 「みずぎはね〜、タロくんがえらんでくれた、ゆきだるまのえなんだ〜。すっごくかわいいから、こんどおにいちゃんにもみせてあげる」
 「・・・・・それは、楽しみですね」
 男子高校生が幼稚園児の水着を見て何が楽しいのか・・・・・いや、その前に、夏だと言うのにどうして雪だるまの図柄の水着な
のか、それを見つけ出したらしい太朗にも違った意味で感心しながら、江坂は楽しそうに話す静の顔を見つめていた。
 こんなにも嬉しそうだということは、太朗の父親であり、理事長の夫でもある人物はよほど人間が出来ているのだろうと思うが、一
方ではそれほど静の信頼を得ているということが少し引っ掛かる。
(確か、消防関係だったと思うが・・・・・)
 理事長の夫ならばそれなりの地位を与えられるのではないかと思ったし、公務員の給料よりも遥かに高額な報酬が手に入るは
ずだが、それでも職場を辞めないというのはよほど仕事が好きなのか、それとも単に・・・・・。
(馬鹿なのか)
 「どんな人なんです?太朗君のお父さんは」
 「ん〜、くまさん?」
 「くま?」
 「おっきくって、ちからがつよくて、やさしいの」
 歌の森の熊さんも、女の子に優しいでしょと静は言うが、歌と現実を一緒にはしない高校生の自分は、なるほどと直ぐに頷くこと
も出来ない。
とりあえず、近いうちに一度会っておこうかと、まるで娘の恋人を品定めするようなことを江坂は考えていた。



 「しゃしん、ただでとられちゃったよな。ひとり100えんでも、えっと・・・・・いっぱい、おかねたまったのに」
 どうやら楓は、先程の携帯やデジカメで写真を撮られたことを言っているらしい。しかし、どこか論点が違う気がして、伊崎は違う
でしょうと楓に言った。
 「お金を貰っても、写真なんか撮らせてはいけませんよ」
 「どうして?」
 「どうしてって・・・・・」
 「モデルりょうもらわないと」
 口を尖らせる楓は自分の容姿をそれなりに自覚していても、その一歩先・・・・・写真を撮った者がその対象物にどんな思いを抱
くのかということまでは思いつかないらしい。
そこが子供といえばそうなのだが、楓ほどの容姿の子供は、子供だからということが免罪符にはならない。だからこそある種の価値を
見出す者も多いはずだ。
 「とにかく、お金なんて貰ってはいけません」
 「きょーすけはあたまかたい!」
 「怖い目に遭ってもいいんですか?」
 「・・・・・こわい?」
 「・・・・・二度と私や友達と会えないこともあるかもしれません」
 皆が皆というわけではないだろうが、これくらいは脅しておいた方がいいだろう。案の上、楓はいきなり立ち止まると、伊崎の手を
握ってきた。
 「楓さん」
 「・・・・・しかたないなあ」
口ではそう言いながらも、どんどん自分の側に寄ってくる楓に、伊崎は苦笑を零しながらもその手を強く握り返してやった。



(と、とりあえずは、もう終わりだ・・・・・)
 とても成功とはいえなかったであろう演劇の上演が終わると、1日目の出し物は終わりだ。
後はもう30分ほど・・・・・午後3時になると閉園し、4時には門を閉めれば、長い1日がやっと終わる。
 「ご苦労様、克己」
 「・・・・・綾辻先輩」
 側にいる先輩で、秘密の恋人でもある綾辻は、今日もまた暴走をして倉橋を慌てさせた。こうやって気遣ってくれるのならば、どう
してその前の段階で大人しくしてくれないのかとも思うものの、それを綾辻に言ったとしても彼は分かってくれないだろう。
 彼が疲れているかどうかは分からないが、それでも無事子供達の案内も終えそうなので、倉橋は少し早いですがと労った。
 「先輩もお疲れ様でした」
 「私の女装、どうだった?」
 「・・・・・」
 「ね?」
 「・・・・・とても、綺麗でした」
 「ふふ、でしょう?」
 「・・・・・でも、私は何時もの先輩の方が・・・・・」
彼が整っている容姿をしていることは分かっているし、根暗な自分とは違って、華やかで明るい彼が人気があるのも十分理解して
いるつもりだが、あんなふうに化粧をして見慣れない姿になられると、どう反応していいのか分からない。いや、変な話だが、綾辻に
誰かが寄り添っているように重なって見えて、少しだけ胸が痛んだのだ。
 「克己・・・・・」
 「な、何でもありませんっ」
 先輩後輩の関係から一歩踏み込んだ間柄になっても、相変わらず自分は口下手で彼の望む言葉を言うことは出来ないが、そ
れでも、
 「可愛い〜!大好き!克己!」
 「ちょ・・・・・っ」
 自分の代わりにそう言って抱きしめてくれる彼がいるからこそ、自分の方こそ安心出来る。
そう思いながらも、やはりそんな恥ずかしい言葉を伝えることは出来なくて、倉橋は放してくださいと邪険に言ったが、無意識のうち
に緩む口元を隠し切ることは出来なかった。







 最後の客を見送り、門が閉められた。
生徒達も明日があるので、今日は片付けもなく早々に帰宅をしている。
 「きょうは、ありがとうございました!!」
 5人の子供達は揃って頭を下げた。普段は生意気なことも言うし、とんでもない行動を取るが、こうやってちゃんと挨拶や礼を言
うのが好ましい。
上杉は太朗の髪をくしゃっと撫でながら、他の4人に向かって笑って言った。
 「明日は残念だが、まあ、何時でも遊びに来れるしな」
 もう一息で心変わりするかと思った太朗だが、意外にも決意は固かったようで、結局上杉の方が諦める結果になってしまった。
頑固な奴だと思うものの、それでも仕方ないかと笑みが浮かぶ。やはり、父親に勝つことは出来ないようだ。
 それでも、このままさよならはなあと、上杉は太朗を見下ろしながら言った。
 「タロ、今日の礼には何をくれる?」
 「会長」
子供に何を言うのだと海藤が眉を顰めるが、太朗は隣にいる仲間と顔を合わせてから言った。
 「おれいは、もう決めてるんだ!ちょっと、ジロー!」
 「かいどーさん!」
 「きょーすけっ」
 「おにいちゃん」
 「ケイ」
 それぞれが5人の自分の好きなお兄さん達の前に立つと、その腕を引いて身を屈めろと促す。いったい何をするつもりだとそれぞ
れが身を屈めれば、
 「きょうは、さんきゅーな!」
 「ありがとう」
 「またくるからな!」
 「ありがとう、おにいちゃん」
 「きょ、きょうは、おせわになりました」
礼の言葉と共に、5人の頬を掠めるキス。頬を捕まえる小さな手の感触と柔らかな唇に、百戦錬磨の高校生達も一瞬驚いたよ
うに目を見張った。



 「お、おい!」
 いくら頬にキスとはいえ、教育上いいのだろうかと慌てた宗岡だったが、そんな自分の腕も何者かにグイッと引っ張られた。明らか
に子供よりも力が強い・・・・・あの綺麗な悪魔だ。
 「な、何?」
 「今日は付き合ってくださってありがとうございます。今度はゆっくり、大人の付き合いをしたいですね」
 「な・・・・・んぐっ」
 いきなり重なってきた唇と、強引に入ってきた舌。人前でのディープキスに、宗岡は頭の中が真っ白になって、抵抗することも出
来ない。

 クチュ

十分深いと言っていいキスを堪能したらしい悪魔は、唇を離し、唾液で濡れた赤い唇をペロッと見せ付けるように舐めた。
 「ご馳走様」
 「!」
 「むっちゃん、ちゅーした!」
 「くちとくちだったよ!あかちゃんできるよ!」
 周りでは、子供達がワイワイと叫び、他の高校生達の眼差しの中には同情の光があって・・・・・宗岡は今日どれだけ自分の人
生が急カーブで変わってしまったのか、想像することを放棄してしまった。




















 その後ー





 「へえ〜、それが蚊取り豚の水着か」
 「かっこいいだろっ?」
 上杉の前でお気に入りの水着を着て見せた太朗は、健康的に日焼けしている。
ただ、着替える時にちらっと見えた小さな尻は真っ白で、そのコントラストもなかなかいいなと、上杉は腐ったことを考えていた。

 文化祭も終わり、生徒会の仕事も一段落して、何時ものように隣から遊びに来た幼稚園児達。
上杉は以前、父親とプールに行くからと文化祭の2日目の訪れを断った太朗に、何時か自慢の水着を見せてみろと言っていた。
もちろん上杉は冗談のつもりだったが、子供にはそれは通用しなかったらしく、明日から夏休みだというこの日、いきなり生徒会室
に飛び込んできた太朗は、
 「もってきたぞ!」
そう言って、手に握った水着をブンブンと振って見せた。

 他の4人も持ってきたらしいが、ポンポンッとその場で服を脱ぎ捨てて着替える太朗に続こうとするのをそれぞれの保護者が止め
て(上杉は止める暇もなかった)、水着を身体に当てて見せているだけだ。
 「マコのは、すいか。まるいのと、きってあるのと、おいしそーだよね」
 「おれは、ひまわり!あかるくていーよなっ?」
 「ほら、ゆきだるま、かわいーでしょ?」
 「ぼくのとんぼも、タロくんがえらんでくれたんだよ」
 それぞれが個性のあるもので、似合っていると思えなくもない・・・・・そう思いながらも、上杉は5人の後ろにちらっと訝しげな視線
を向けた。
(どうして、こいつがいるんだ?)





(純粋な子供達を、絶対に悪の道にいかせてたまるかっ)
 先日の文化祭以来、高等部の生徒会に不信感を抱くようになった宗岡は、今日も子供達が遊びにいくというので強引について
きた。
普通のことならばいいが、水着を見せるというので用心のためだ。
 入口のドアの横で腕を組み、監視するように見ていた宗岡は、さすがに太朗の生着替えを止めることは出来なかったが、これ以
上は何も許さんぞという気持ちでいた。好都合にも、今はあの美人の悪魔もいない。
 だが・・・・・。
 「おや、哲生さん、いらしてたんですか?」
 「!」
席を外していた小田切は宗岡の姿を見ると目を細めて微笑んだ。相変わらず綺麗なのだが・・・・・なぜか、怖い。
 「・・・・・みなさんは水着を持って来てるんですねえ。・・・・・偶然にも、私も・・・・・」
 「わ、悪い!先生は先に帰ってるぞ!!」
そう言いながらポケットに手を入れようとする小田切の言葉を最後まで聞かず、宗岡は慌てて生徒会室から飛び出した。

 「・・・・・なんだ?あれ」
 「可愛いじゃないですか、大きな犬みたいで」
 呆れた上杉に、そう笑った小田切がポケットから取り出したのは綺麗な白いハンカチだ。
(いったい、何を想像したんだか)
あの歳であれ程純情なのは珍しいと思う。今度、白いビキニを穿いて迫ったらどんな反応を示すだろうかとふと思った小田切はクス
クスと笑いながら、遠巻きに自分を見ている者達に向かって言った。

 「さあ、夏本番ですよ」




                                                                     おしまい




                                                  






終わりました〜。

もう秋に向かうというのにこんな終わり方になってしまいましたが(汗)。