『』内は外国語です。
舞台としては、多分失敗だったのではないだろうか・・・・・倉橋はそう思った。
悲劇の『ロミオとジュリエット』は、上杉がロミオのライバル役で出てきた頃から話は逸れ始め、幼稚園児達が出た時には既に脱線
したといってもいい状態になっていた。
それでも、子供達が上杉を倒し、倒れた上杉の腹の上に楓が乗り上げ、その楓を倒されたはずの上杉が軽々と抱き上げて逆
さまにして・・・・・その上杉の脛を後ろから太朗が蹴り上げてと、話は何時しかコメディーになった。
必死で話を本筋に戻そうとする演劇部員とは反対に、上杉と子供達はさらに暴れ、結局、最後はジュリエットは死ぬことが出来
ず、3人の王子様と結婚して終わってしまった。
(これも、あの人(上杉)を出演させたりするからだ)
いくら客が呼べるからといって、あの上杉を担ぎ出してしまったのがそもそもの間違いだと、倉橋は同情とは別に、どうして予想が
つかなかったのだろうかと呆れる気持ちの方が大きかった。
「どうだ、満足したか?」
「うん!さいこー!!」
直ぐにそう叫んだ太朗に、上杉は目を細めた。
自分1人だけが演劇に出るのも面倒くさいからと太朗達を引きずり込もうと思いついたが、どうやら本人達も楽しんだようでやはり
ホッとした。
「タロくん、かっこよかったよ」
「えっ?ほんと?」
「え〜、おれは?」
「かえでくんは、きれーだった」
綾辻が器用に化粧を取ってやっていた静は、そうのんびりと答えている。確かに、同じ王子の衣装を着ていても、3人それぞれそ
の見た感じは違っていた。
太朗はやんちゃなガキ大将に見えたし、真琴はどこか七五三ようで、楓は・・・・・確かに、綺麗といっていい容姿だ。
静と友春も、それぞれ人形のように愛らしく、綾辻のメイクの腕はなかなかのもののようだ。いったい、どこでこんな技術を習得した
のかと呆れるくらいだった。
「・・・・・」
(あっちは、どうやら何か言いたいようだがな)
上杉は可愛く出来たと思うくらいだが、それぞれの保護者のような立場の人間・・・・・アレッシオと江坂からすれば、また違った感
情があるらしい。先程からずっと見られている(睨まれている)事に気付いていたが、上杉はわざと無視をし、ふと思いついて身を屈
めると、静と友春に小さな声で囁いた。
「おにいちゃん!」
「ケイ」
2人で手を繋いで駆け寄ってきた友春と静を、アレッシオは複雑な感情を抱いたまま見下ろした。
友春が可愛らしいということはとっくに分かっていて、その可愛らしさを外に見せないように必死になっていたというのに、何も考えてい
ない上杉がこんな格好をさせてしまった。
(ウエスギにはあらためて意見を言わなければな)
「ケ、ケイ、ぼく、へんだった?」
「トモ」
「ちゃんと、おしばい、できてなかった?」
「・・・・・」
何と言っていいのか・・・・・アレッシオはチラッと隣にいる江坂を見てしまった。
今自分が口を開けば、もしかしたら友春を泣かせてしまうかもしれない。誰かを気遣うということに慣れないので(というか、したこと
もないので)、こういうことは江坂に任せておけばいいだろうと思ってしまった。
アレッシオの眼差しに、江坂は内心溜め息をついてしまった。
(私に何とかしろと?)
リベートで負けることは考えられず、どんな相手にも平然と向き合っていける自信はあるが、その中にこんな幼い子供達は入ってい
ない。それも、そこら辺りにいる見知らぬ子供ではなく、自分にとってもある種特別な位置にいる相手だ。
自分達が許可していない女装をしたことを叱るということは簡単だが、どうしてだと理由を聞かれて、明確な答えが出るかと言わ
れれば・・・・・。
(・・・・・無理だな)
一番の大きな理由は、『自分は嫌だったから』というものが大きい。そこに含まれる複雑な事情を子供に伝えようとしてもとても無
理のような気がする。
江坂は少し考えて、2人の前に屈んで視線を合わせた。
「世の中には、いい人間ばかりとは限りません。あなた達の演技はとても立派だったし、その姿も似合っていますが、馬鹿な人間
は綺麗なものを見ると汚したくなるものなんですよ」
「汚す?」
「・・・・・泥をかぶせたくなるんです。そんな怖い目には遭いたくないでしょう?これからは何か変わったことを言われたら、必ず私か
彼に相談しなさい。あなた達にとって一番いい方法を考えてあげますから」
「うん、わかった。おにいちゃんにどうしようっていえばいいんだよね?」
「ぼくは、ケイにいったらいいの?」
「よく分かりましたね、お利口です」
江坂は静の艶やかな髪をそっと撫で、続いて友春もと思ったが、突き刺さる視線を敏感に感じて後ろを振り返った。
「・・・・・それでいいんですよね?」
「まあ、いいだろう。分かったな、トモ」
そう言って友春を抱き上げて頬を寄せるアレッシオに、さすがに江坂は文句を言うことは出来なかった。
それぞれが着替え、体育館の裏口から出ると、その途端カシャカシャという音と眩しい光に、伊崎は思わず楓の前に立ち塞がっ
てしまった。
(・・・・・写真か)
携帯とデジカメを持った、かなりの人間の数。少女だけでなく、それなりの年齢の男も、OL風の女達もいる。
無断の撮影を肯定するつもりはないし、そもそも、許すことも無いが、多分ここにいる者達の目的は上杉や海藤、そして繁華街
ではかなり有名な綾辻だろうと思う。
後は彼達に任せたらいいと、伊崎は子供達を早く移動させようとしたが・・・・・。
「ねえっ、王子様達、写真撮ってもいいっ?」
いきなり、一番前にいた少女が叫んだ。
「私も!王女様も一緒に!」
「こっちも、お願い!」
「俺もっ!」
飛び交う言葉のほとんどは、子供達に対する要望だった。子供達もその勢いに目を丸くして、驚いたようだ。
「おねえちゃんたち、おれたちとしゃしんとりたいの?」
「うん!」
かわいーっという言葉が様々なところから飛び交っている。どうやら、この大勢の人間の目的は子供達だったようだと、伊崎は途端
に眉を顰めた。
(どう収めるか・・・・・)
海藤はこの騒ぎをどうするかと考えた。海藤も、始めは少女達の目的は上杉や綾辻だと思っていたのだが、どうやらこの子供達
がターゲットらしい。
本当に可愛かったからという純粋な思いからか、それとも別の邪な思いが含まれているのか・・・・・どちらにせよ、不特定多数の人
間の周りに写真が出回ることは面白くない。ここにいる生徒会の人間は自分も含めて、今まで様々な弊害も受けてきたのだ。
「会長」
「・・・・・面白くねえな」
「え?」
「俺を撮ろうって人間はいねえのか?」
「・・・・・」
(この人は・・・・・こんな時にいったい何を考えているんだ)
今は子供達のことを考えるのが一番大事だと思うのだが、上杉は全く別のことを考えているのだろうか?ここは自分が仕切らなけ
ればならないのかと海藤が一歩足を踏み出そうとした時だった。
「皆さん〜!!」
その一瞬前に叫んだのは綾辻だ。
「お子様達の撮影は許可をしていないんですぅ〜、ごめんなさ〜い!!」
「え〜!!」
残念そうな声の中にも、綾辻の名を叫ぶ者もいる。人当たりがよく、モデルのような容姿をしている綾辻の人気は、この生徒会の
中でも上杉と肩を並べるくらいに高いようだ。
「皆さん」
さらに、口を出してきたのは小田切だった。
「せっかくのご声援にお応え出来ないのは本当に申し訳ありません。その代わりといってはなんですが、今から出店で買い物をし
ていただくとクジを貰えます。その中の当たりクジを引いた方は、生徒会ならびに生徒総代の中から好きな相手を選んでツーショッ
トを撮ることが出来ますので」
その途端、歓声が沸く。
「ユウ!それ、本当っ?」
「本当よ。全てここにいる優秀な小田切が仕切ってま〜す!」
「はい、嘘は言いませんよ。クジは全部で500枚。当たりは5枚です。100分の1。皆さん、うちのキングやアイドルと写真を撮り
たくはありませんか?」
小田切と綾辻の見事な誘導で、そこにいたほとんどの人間は出し物がある方向へと走っていった。隠し撮りや可愛い子供の写
真よりも、やはり自分の好きな相手とのツーショット写真の方が価値があるらしい。
「・・・・・」
中にはまだ数人、未練がましく残っている者(主に男)がいたが、海藤の眼差しに慌てて立ち去っていった。
「・・・・・小田切、今の話は本当か?」
「ええ。念の為にと用意しておいたんですが、役に立って良かったですよ。客入りの悪そうな店に多く置いているので、今年の売り
上げもかなり期待出来そうですね」
「・・・・・」
悪知恵が働いているのは小田切か、綾辻か。
(いや、2人は従兄弟同士だったな)
血は争えないと、海藤はつくづく考えてしまった。
「むっちゃん、おれどうだった?」
「うん、太朗は元気いっぱいだったな」
「おれは?」
「楓はカッコよかったぞ」
「ねえ、マコは?」
「きちんとセリフが言えてた」
「むっちゃん、おれは?」
「静はきれいなお姫様になったな」
「・・・・・」
「トモもよく頑張った!」
1人1人に答え、頭を撫でていく宗岡の心境は複雑だ。もちろん、頑張った子供達は褒めてやりたいとは思うが、勝手に芝居に
出して、そしてどうやら芝居自体は失敗したように見えて・・・・・。
(全く、何を考えてるんだ、高校生にもなって・・・・・っ)
身体は自分同様に立派に男の姿に見えるものの、その頭の中はまだまだ子供のような生徒会の面々。いきなり子供達を舞台
に引っ張り出して、この子達が物怖じしないタイプで良かったが、もしも失敗したりしたら・・・・・舞台上でおしっこを漏らしてしまった
りしたら、取り返しの付かないトラウマになっていたかもしれない。
一言、注意しておいた方がいいだろうとさすがに思った宗岡は、この中で一番偉いはずの上杉のもとへと向かい掛けたが、
「何を言っても無駄ですよ」
「!」
またまた、何時の間にか側にいた小田切が笑いながら言った。
「彼に細やかなことを言っても無駄です。そのために私達がいるようなものですから」
「でもっ」
「彼はこの学園のキングなんですよ?キングにたてつく相手なんていません」
外に出た途端に向けられたカメラの数々。慣れている・・・・・というにはおこがましいが、上杉の感想はまたかというものだった。
しかし、その目的が自分(他、生徒会の面々)ではなく、太朗達だと分かった途端、感じたのは不快だった。
最初、それは自分に注目が向けられないからと思っていたのだが、少し時間が経って考えると違うことに気がついた。
(俺以外の人間が、何時でもタロの顔を見ることが出来るなんて、考えたくもねえな)
いくら写真とはいえ、他の人間が太朗を持ち歩く(それも意味が違うかもしれないが)ことを許したくない。
「ジロー!むっちゃんもげんきだったって!」
言葉の意味ではとても褒め言葉ではないのだが、太朗は嬉しそうにそう報告してきた。
「・・・・・」
その子供っぽい笑顔を見た上杉が、無意識に手を伸ばしてその頬を引っ張る。
「い、いたい!」
柔らかな頬は簡単に伸びて、太朗はその痛さに顔を顰めて・・・・・そんな一連の表情の変化を見ていると、今まで自分の中に渦
巻いていたマイナスの思いが霧散するのが分かった。
「ジロー!おれのほーがにんきだったからおこってるな!」
しかし、子供の太朗には複雑な上杉の心境は分からなかったようで、お姉さん達に人気のあった自分に上杉が妬きもちをやいて
いると思ったらしい。
ムッと口を引き結び、腰に手をやっているその姿は、まさしく小さなヒーローのようで、上杉は思わず笑ってしまった。
「ジロー!!」
「ああ、悪い、悪い」
「しかたないだろ!ジローよりもおれたちのほーがかつやくしたし!」
「確かに、大活躍したな」
「おれたち、すたーだもん!」
「・・・・・スター?」
(意味分かってんのか?)
多分、人気者ということが言いたいのだろうが、太朗とその言葉がどうも結びつかず、どうしても顔から笑みが消えない。そんな上
杉に、太朗はますます眉を顰めて・・・・・その表情に、上杉は笑いながらクシャッと髪を撫でてやる。
「お前はスターって言うよりアイドルだろ」
「あいどるぅ?」
「で、俺は王様」
「・・・・・どっち、えらい?」
「そりゃ、王様だろ」
「えー!!」
途端に不満そうな声を上げる太朗に、上杉は付け加えて言った。
「でも、王様はアイドルにメロメロだからな。結局はお前が一番偉いということだ」
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さて、ようやくここまできました。
次回は最終回です。