『』内は外国語です。





 その日、ひまわりや海の絵が所狭しと貼られている教室の中で、床にペタンと座った小さな頭がほとんどくっ付くように寄りそっ
ていた。
明日の終業式を前に、5人で話さなければならないことがあったのだ。
 「じゃあ、ともくんのぱぱもいいていったんだ」
 「うん」
 「これで、みんなおっけーだなっ?あとは、かあちゃんにめいれーしてもらうだけ!」
ピンピンにハネた短い髪。目も顔の半分ほどあるかのように丸く大きくて、丸い顔。興奮のせいで真っ赤に頬を紅潮させた子供
はそう言って立ち上がった。
 「たろくん、ほんとーにだいじょーぶかな?」
 温和な表情の、目元のホクロが印象的な子供が心配そうに言葉を続ける。
 「おとなのひとがいないと、だめっていわれるかも」
 「す、すこし、しんぱいだよね?」
先程とも君と呼ばれた、この中で一番大人しそうな少年も不安そうに言ったが、
 「そんなの、ぜんぜんだいじょーぶだって!あいつら、どーみてもおじさんがおだもん!」
女の子のような美少年が、少し不安げになった一同を見まわしながら言い放った。
 「せっかく、けいかくたてたんだし!じっこーしなくちゃ!」
 「そうだよなっ?じろーなんか、おれのとーちゃんみたいにみえるし!」
 「・・・・・ねえ、むねちゃんにたのむ?」
 それまで、黙って皆の言葉を聞いていた日本人形のような綺麗な少年が言った途端、残りの4人はパッと顔を上げ、それぞれ
視線を合わすとにんまりと笑って言った。
 「「「「「かんぺき」」」」」








 「夏休みはどうするんです?」
 「決めてねえなあ」
 この部屋の中で一番座り心地の良い椅子にふんぞり返っていた男は、だらしなく大きな欠伸をしながら気乗りしないようにそう答
えた。
本当は、色々と考えていた。
海に泳ぎに行ったり、山に登ったり。煩い所はあまり好きじゃないが、遊園地や動物園にだって付き合ってやろうと思っていた。
(あいつ、遊びにいかなくってもいいのか?)
 何時連絡があるのだろう?わくわくして話し掛けてくるだろう相手に、わざと焦らして半泣きにさせるのも楽しいかもしれない。
勝手に膨らませていた妄想は、一向に向こうからの連絡が無いまま、今日の終業式を迎えてしまった。ここまで来ると自分とは遊
びたくないのかもしれない・・・・・らしくも無くそんな後ろ向きな考えが浮かんで、電話を掛けることも躊躇ってしまう。
 「あー・・・・・つまんねえ」
 この自分が、幾多の女から誘いを受けている自分が、あの小さな子供の連絡を待っているということ自体考えたくなくて、上杉は
椅子の中で大きく背伸びをしてしまった。

 私立羽生学園は、幼稚園から大学までエスカレーター式の男子学校だ。
女性理事長である苑江佐緒里(そのえ さおり)のもと、自由な校風ながら、勉強もスポーツも盛んな学校で、近隣の女子生徒
達の間では、イケ面率が高いことでも有名だった。
 特に、今期の生徒会は抜群の人気を誇っている。
圧倒的なカリスマを持つ、かつては派手に遊びまわっていた生徒会長の3年の上杉滋郎(うえすぎ じろう)に、副会長は同じ3年
生で大物政治家を親に持つ、冷静沈着な海藤貴士(かいどう たかし)。
会計には、上杉の幼馴染でお互いの弱みも握り合っている、同じく3年の小田切裕(おだぎり ゆたか)。
書記には真面目な堅物の2年生、倉橋克己(くらはし かつみ)と伊崎恭祐(いさき きょうすけ)。
風紀委員には、小田切の従兄弟で仕切り屋の3年、綾辻勇蔵(あやつじ ゆうぞう)がいる。

 また、イタリアから羽生学園に来ている留学生、アレッシオ・ケイ・カッサーノと、生徒総代(生徒会長とは違う学園側代表で、学
園側が選出)の、3年生、江坂凌二(えさか りょうじ)という、こちらも容姿、頭脳と共に秀でた生徒もいて、入試の競争率も相
当なものらしく、この学園は生徒不足という世間の流れとは正反対の道を堂々と歩んでいた。

 異性にはもちろん、同性からもモテるこの一行には、実はそれぞれ気になる相手がいる。
それは恋愛感情でというのではなく、どちらかと言えば大事にしたい、可愛がりたい、独り占めしたい・・・・・そんな思いに駆られて
いる相手だ。
 それは同じ羽生学園の幼稚園に通っている子供達。
理事長の佐緒里の子供、太朗(たろう)を始め、その友人である西原真琴(にしはら まこと)、日向楓(ひゅうが かえで)、小早
川静(こばやかわ しずか)、高塚友春(たかつか ともはる)。
 高校生と幼稚園児。
血縁でなければ普通は接点の無い年齢差ではあるが、これまでもずっと交流をし続け、園児の精神年齢が意外と高いのか、そ
れとも高校生達のそれが低いのかは分からないが、当人達が困惑するほどに一同の関係は上手くいっていた。




 それまで、本当に高校生かと疑われるほどに女遊びの激しかった上杉も、今はお気に入りの太朗と遊ぶ方が楽しくてそちらの方
は休んでいる。
 一度、太朗と遊びに行った先で、偶然前遊んだ相手に絡まれてしまい、その後拗ねた太朗を宥めるのが大変だった。
笑ったり、怒ったりしているのは見ていて楽しいが、泣きそうな顔を見るのは辛い。
 そんな風に自重をしていることを太朗は気付いてくれてはいないのだろう、今でもよく、
 「すけべ!」
 「えろまじん!」
などと、言ってくる。
(最近、変な言葉を覚えてきやがって・・・・・。あの年頃はまだ可愛い単語が似合ってんだよ)
 口をへの字にした上杉。最近こんな子供っぽい表情をよく見せるようになったが、これも太朗の影響かもしれないなどと傍にいる
海藤が考えているとは全く思ってもみない上杉は、
 「・・・・・」
机の上に置いている電話が鳴ったのに視線を向けるだけだ。
 「はい、生徒会室です」
 そんな上杉の性格を熟知している海藤は直ぐに自分が受話器を取った。
 「理事長?」
 「・・・・・」
海藤の口から相手の名前が漏れると、上杉はぱっと顔を上げる。
(何の用だ?)
 最近(異性関係に関しては)品行方正な自分に佐緒里も文句を言うはずが無いしと思っていると、海藤がちらっと視線を向け
てきた。
その眼鏡の奥の目が少し細められたのに気付き、上杉はますます眉を顰めてしまう。普段無表情な海藤がこれほど楽しげな表
情を見せるということは・・・・・。
(もしかして?)




 【静ちゃんの別荘に招待してくれるんですって。保護者の同意は得ているし、あんた達、今回も子守よろしくね!】

 「海、ですか?」
 「そう、海だ」
 偉そうに繰り返す上杉を、小田切は内心呆れながらも言葉を続けた。
 「小早川君の別荘なんですね?」
 「春に買ったばかりだそうだ。その使い始めを俺達に託そうっていうんだ・・・・・チャレンジャーだな」
ニヤッと口角を上げる笑みは一見悪巧みをしているように見えるのに、その容姿に助けられて上杉の場合は絵になっている。本人
もその自覚はあるのだろうし、女相手ならば十分武器になるだろうが、生憎小田切には全く通用しなかった。
 「名目は?」
 「何時も我が子を可愛がってくれている相手に、ちょっとした息抜きの場所を提供」
 「・・・・・その実?」
静の父親は大手企業の経営者だ。こちら側の面子の背景も気になっただろう。
 「どうやら、あの台風達が一気に襲ったらしい」
 「・・・・・それは強力かも」
 個々でもそれぞれ可愛らしいが、あの太朗のパワーと、楓の綺麗な顔で迫れば、落ちない人間はなかなかいない。
 「場所は千葉の九十九里でしたっけ?そんなに混んでないし、割と水も綺麗ですよね」
 「花火大会もあるようだしな」
 「子供が喜びそうですけど・・・・・ナンパには不向きかもしれませんよ?」
 「馬鹿か。タロがいるのにナンパするか」
それでも、浜辺には際どい水着姿の女達が大勢いるだろう。声をかけなくても寄ってくるくらいの容姿をしているこの男は、きっと
鼻の下を伸ばすのにちがいない。
(どんなふうに叱られるのかも見ものかも)
今から太朗に飛び蹴りを入れられる上杉を想像し、小田切は零れそうになる笑みを噛み殺した。




 「克己、どんな水着にする?それとも、一緒に買いに行きましょうか?」
 「え、遠慮します」
(綾辻先輩と行ったら、それこそとんでもない水着を買わされそうだ)
 身に付ける物にそれほど執着しない倉橋は、周りが気にしないのであれば学校指定の水着でも一向に構わないタイプだ。そん
なものに高い金を払うのならば、何冊もの本を買う方がよほど有益だと思う。
 「克己は肌が白いから、あんまり日焼けさせたくないんだけど・・・・・白い肌に浮かぶ水着の跡っていうのも・・・・・ふふ」
 「・・・・・」
(そ、その笑いはなんなんですか・・・・・っ)
 声を出して問い掛けたいのに、自分達の関係をおおっぴらにしたくなくて、結局倉橋は口を噤んでしまう。
まさか生徒会メンバーや江坂達にも、自分と綾辻の関係がバレバレだとは思ってもいない倉橋は、何とか自分だけでも同行をキャ
ンセル出来ないだろうかと考えていた。




(昨日の楓さんからの電話はこのことだったのか)
 上杉達の話を聞きながら、伊崎はようやく夕べの電話の意味が分かった。

 【あした、すっごくびっくりするぞ!でもっ、いーことだからなっ】

毎日一緒にいられるわけではないので、伊崎は楓からの短い電話がとても楽しみだった。意地っ張りな楓は会いたいとは直接言
わないものの、言葉の端々に自分を求めてくれている様子が良く分かる。
 今回のことも、誰よりも早く伊崎に伝えたかったのだろうが・・・・・はっきり言わなかったのは、もしかしたら友人同士で秘密にして
おこうという話になったのかもしれない。
 「・・・・・」
(海、か)
 元気に海ではしゃぐ楓の姿が目に浮かぶ。
伊崎はなんだか自分も楽しみになってきた。




 トントン

 その時、軽くドアがノックされた。
直ぐに倉橋が開けようと腰を上げたが、こちらが入室の許可を出す前にドアは外から開けられ、そこにいた人物を見て海藤は溜め
息をつきたくなってしまった。
 今の話の流れからしても、この2人が現れるのは十分予想はついたものの、それを簡単には口に出さないものだ・・・・・1人を除
いては。
 「なんだ、江坂、バナナはおやつに入らないぞ?」
笑いながら言う上杉に、海藤は眉間の皺を深くする。
(何も、喧嘩腰で言わなくてもいいものを・・・・・)
 生徒会の代表である上杉と、生徒総代の江坂。
成績は江坂の方が上だが、それは上杉が本気になっていないからで、多分競えば2人にそれほど差はないはずだろう。
 容姿も、野性的な上杉と、知性的な江坂はまるで雰囲気が違って、性格も反対な2人が反目し合うのは分かるが、江坂はそ
れを見せないようにしているし、上杉の方はわざと挑発して楽しんでいる。
 案外、いいコンビのような気がするが・・・・・それはとても2人には言えなかった。
 「・・・・・静がどうしてもお前達も一緒にと言っている」
 「場所は、あの子の別荘だったな」
 「いいか、上杉、たかが三泊四日だ。くれぐれも羽目を外すな」
 「意味が分からないけど?」
 「・・・・・」
(また、そんな風にわざと・・・・・)
江坂は眉を顰めながらも、上杉の言葉に答える。
 「子供を置いて、女と遊びに行くなと言っている」
 「モテるからなあ、俺は」
 「・・・・・軽い男の方が誘いやすいからな」
・・・・・結局、どちらもどちらの言い合いをひとしきりしたのち、
 「気が済まれたのなら、どうぞ座って下さい」
最強の小田切がにこやかに切り出した言葉に、さすがの2人も黙って椅子に座った。
(小田切も早く止めてくれたらいいのに・・・・・本人も遊んでいるんだろうな、多分)




 本当はこの夏、アレッシオは友春をイタリアに連れて行ってやろうと思っていた。
初めて見る風景や食べ物に、友春がどんな反応を示すか想像するだけで楽しかったが、そう誘いを向ければ、

 「ひとりじゃこわいもん」

と、泣きそうな声で拒絶されてしまった。幼稚園児1人だけではイタリア旅行は難しいのか・・・・・落ち込んだアレッシオに舞い込ん
できたのが、静の別荘への招待。
 夏休みは学園でも会えないので、こういった機会を逃すつもりはないし、水着姿や浴衣姿の友春はきっと誰よりも可愛らしいと
(けして変な目では見ていない)思う。
(後は、こいつらがいなかったら良かったんだが・・・・・)
 「ふふ、どんなイベントを企画しようかしら〜」
 「面白いものにしろよ?私も楽しめるようにね」
 他の者は何とか許せるが、小田切と綾辻という曲者の2人だけは同行を許したくないのだが、招待するのは静なのでアレッシオ
が口を出すことは出来ない。
(エサカも、はっきりと言い聞かせられないのか)
 幼稚園児の1人も説得出来ないでどうすると思うものの、そんな自分が1人の幼稚園児に振りまわされているということに、当の
アレッシオは全く自覚が無かった。






                                            






400万hit記念企画は、「KIDS  TYPHOON」の第四弾です。

今回は夏休み編。海水浴や花火大会など、夏っぽい話をたくさん書きたいです。新キャラも登場するかも?