『』内は外国語です。
そして、出発当日。
大人数であることと、高校生に車の運転はさせられない(免許を持っている者もいる)という佐緒里の主張。
それに、静の父親がこれも縁だからと張り切ってサロンバスをチャーターしてくれて、何時もの通り学園前に集合という話になってい
た。
ただその前に、団体行動が苦手(嫌い)な江坂やアレッシオはそれぞれが準備した車で目的地に向かうと言っていたが、静と友
春の、
「みんなといっしょがいい!」
と、いう一言で、自分勝手な意見は呆気なく却下されてしまい、学園前に横付けされた豪華サロンバスの前には一同が欠けるこ
となく揃った。
それまでに、それぞれが気に入った相手と学校以外でも会っているので私服姿というのも見慣れてはいるのだが、今回は夏のリ
ゾートということだったし、移動は公共のものを使わないので、何時も以上に皆軽装であった。
「あっちーなあ」
「あっちー」
「あっちーねー」
早速上杉の言葉を真似る子供達に、海藤が苦笑しながら言い聞かせる。
「その言葉は正しいわけじゃないぞ。暑いって、ちゃんと言った方が良い」
「だって、じろーが!」
自分達よりも年上の上杉が言っている言葉なのにどうして駄目なのだと口を尖らせて文句を言ってくるが、今きちんとした言葉を
覚えていなければ癖になると、海藤は太朗の髪をかき撫でて続けた。
「あれは悪い大人の例だ。大きくなってあんな言葉遣いをすると皆に嫌われるぞ、いいのか?」
「・・・・・やだ」
「おい、海藤」
「じゃあ、これから気をつけるように」
素直に頷く太朗を目を細めて見ていると、つんと服が引っ張られた。
何だと思って視線を下に向けると、真琴が泣きそうな顔をして見上げてきていた。
「真琴?」
海藤は屈んで視線を合わせる。Tシャツの上から黄色のパーカーを羽織り、膝丈のハーフパンツを穿いている真琴は何時もより
も活発に見えたのに、どうしてその表情は歪んでいるのだろうか。
その疑問は、次に真琴が発した言葉で明確になった。
「まだ・・・・・まこのあたま、よしよししてくれてないのに」
「・・・・・そうだったな」
どうやら、真琴は自分よりも先に海藤が太朗の頭を撫でたので妬きもちをやいたらしい。なんだか気恥ずかしく、それでもそれほど
自分を慕ってくれているということが嬉しくて、海藤はゆっくりと真琴の髪を撫でてやる。
途端に、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしそうなほど気持ちよさそうな表情をされて、海藤も思わず笑んだ。
オーバーオールを着ている静は、じっと江坂を見上げている。
何時もきちんとネクタイをして、自分の父親と同じような大人に見える江坂も、今日は随分と印象が違う服を着ていた。
休日でも比較的きちんとした服装をする江坂だが、今日はシャツに、ジーパンというシンプルな格好で、なんだかとても優しく感じ
る。
(うみにいくから、ぱーってしてるのかな?)
「どうしました?」
ずっと視線を向けている静に気付いていたらしい江坂が訊ねてくる。他の誰に話すよりも自分に話す言葉が優しい江坂に、静は
思わずふにゃっと笑って言った。
「んー、おかお、おやすみだなっておもって」
「お休み?」
「うん。おそとであうとき、りょーじおにいちゃん、いつもそんなかおしてる。がっこうであうと、怖いんだよ?」
「・・・・・そうですか?」
「やさしいのに、こわいっておもわれるの、いやでしょ?おれも、りょーじおにいちゃんがみんなにすきっておもわれるほーがいいもん」
人形のように整った顔を笑みで崩して言う静の言葉に、江坂は内心苦い顔をしてしまった。
(別に、誰にでもいい顔をするつもりはないんだが)
江坂の許容範囲は恐ろしく狭い。
今はよく共に行動するアレッシオは、彼自身がストイックで他人を寄せ付けない性格であるため、慣れ合うことが無くて居心地が
良かった。
しかし、生徒会のメンバーは・・・・・あのノリにはついていけないと思うことが多々あるし、出来れば係わり合いになりたくない。
ただ、静の友人達の関係性を考えればどうしても無視出来ない存在で・・・・・。
「りょーじおにいちゃん?」
「・・・・・これは、君専用の顔です。だから、他の人のことなど考えないでいいんですよ」
「そうかなあ」
静は納得いかないようだが、江坂は構わずにその小さな手を取ってそっと握り締める。
そして、自分だけが特別なのだと分かってくれたらいいと、幼稚園児に対しては随分と難しいことを考えていた。
家まで迎えに来てくれた伊崎と共に学校までやってきた楓はマリンルックだ。
セーラーの形をした服を着ていると、制服よりもさらに女の子のように見える。
(・・・・・気をつけないとな)
楓の性格はまるで弱々しい所は無く、この園児達の中でも太朗と匹敵するほどに元気で強気だが、周りはその見た目で邪な
思いを抱く者も多いはずだ。
現に、伊崎が初めて楓の自宅に遊びに行った時、中学生の楓の兄に
「ショタコン野郎!」
と、いきなり殴られかかってしまった。どうやら、楓の愛らしい容姿は男女とも関係なく惹き付けるらしく、今まで何度も誘拐されか
かったらしい。そのせいで、父親も兄も、こちらが辟易するほどに楓馬鹿だった。
(まあ、これくらい可愛かったら仕方ないか)
「きょーすけ!」
「どうしました?」
「おれ、みずぎあたらしいんだ!はなぢ、ぶーってするなよ?」
「は、はあ?」
「にーちゃんがいってた」
「・・・・・」
伊崎の存在は、楓の助け舟のおかげで何とか認められはしたが、それでも高校生と幼稚園児が親しく付き合うということを楓の
兄はあまり好ましく思っていないようだ。
楓も、兄が大好きらしく、その言葉を盲目的に信じているので、時折意味が分からずにこうして兄の嫌味を伊崎に無邪気に伝
えてくる。
(全く、あのブラコンと何時か決着つけないとな)
友春の服は、白のポロシャツに、膝丈のジーンズ姿だ。
活発な服装とは裏腹に、友春は何度も目を擦っている。どうやら寝不足らしいと、アレッシオはそのまま後頭部を抱き寄せた。
「ケイ?」
「眠れなかったか?」
「あのね、とも、きのううれしくってねむれなかったの。だから、きょうはおそくおきちゃった」
まるで遠足の前日のような気分だったのか。ベッドの中でゴロゴロと興奮したように転げまわる友春を想像し、アレッシオは思わ
ず笑ってしまった。
アレッシオは今回の旅をそれ程楽しみにしていたわけではない。いや、友春と泊りがけで出掛けることはもちろん楽しみだったが、
同行者の顔を思い浮かべるとどうしても喜んでばかりはいられなかった。
それでも、こんな風に全身で喜びを表してくれる友春を見ていると可愛いという想いが込みあがり、その身体を軽々と抱き上げ
て自分の目線に合わせる。
「今回はたくさんトモと遊ぶことにしよう」
「ほんとっ?」
「私はお前に嘘は言わないだろう?」
「うん、ケイ、おやくそくまもってくれるもんね?」
歳の差もあり、なかなか会えないのは仕方ないので、アレッシオは絶対に友春とした約束は破らない。そんなことで嫌われるのは
もっての他だし、アレッシオが友春の悲しそうな顔を見たくなかった。
「色気無い」
「え?」
綾辻は唐突にそう言って手を伸ばすと、第一ボタンまでしっかりと留めている倉橋のシャツのボタンを二つ外してしまった。
「ちょ、ちょっと、綾辻先輩っ?」
「これだって譲歩よ?」
これまでに無く強く執着している倉橋を誰にも見せたくないと思う反面、自分が選んだ相手はこんなにも綺麗なのだと自慢したい
気持ちもある。
そのギリギリのラインが第二ボタンなのだが、倉橋はだらしない格好が気になるのか何度も首元に手をやった。
「別におかしくないわよ」
倉橋は恨めしく綾辻を睨むが、そんな眼差しさえ楽しそうに受け止める男なのでなんとも言いようが無かった。
倉橋がここまできっちりとした服装をするのは、もちろん性格もあるが、痩せ気味で色白の自分の身体に自信がないので出来るだ
け隠したいのだ。
情けない自分の身体とは反対に、綾辻は日焼けした胸元がざっくりと開いたサーモンピンクのサマーセーターに、迷彩柄のハーフ
パンツ姿だ。一見とても派手なのに、綾辻の容姿にはとても似合っている。
(この人の隣を歩くなんて・・・・・)
移動がチャーターしたバスだというのがせめてもの救いだ。
「・・・・・」
倉橋は自分の胸元を見下ろし、ボタンを締めようと手を伸ばしかけたが・・・・・何とか、それを押し止めて、ふうっと大きな溜め息
をついた。
「なあなあ、じろー、スイカわりしよーなっ?」
「ああ」
「それと、もぐりっこもしよ!おれ、みずのなかでもめ、あけられるんだぞっ?」
凄いだろうと言う太朗の髪をくしゃっと撫でてやるが、上杉は内心無理だろうなと思っていた。
太朗が目を開けられるのは多分プールで、海水の中では絶対に出来ないはずだ。鼻水をタラシながら痛い痛いと泣く姿が簡単
に想像出来て、上杉は堪らずにぷっとふき出してしまった。
オレンジのタンクトップに、いわゆる、半ズボン。子供らしいといえばそうなのだが、尻くらいしか隠れていない足の、ムチムチとした
腿を思わず触ってみたいと思う自分は・・・・・絶対に変態ではないと思う。
「ターロ」
「なにー?・・・・・わあ!」
いきなりしゃがみこんだ上杉が、太朗の腿をガシッと掴んだ。
突然のことに驚いた太朗がそのまま倒れそうになるが、もちろんそれを予想した上杉がちゃんと抱きとめる。
「な、なにするんだよ!」
「ん〜、このムチムチに触りたくってさ」
「むちむち?」
「会長、変態行為は止めてください」
変に真面目な海藤が眉を顰めながら諌めてくるが、上杉は別に邪な思いを抱いているわけではない。
海藤と視線を合わせた上杉がそう話そうとしたが・・・・・。
「むちむちー!」
「きゃはは!」
「むちむち!」
さっそく、上杉の言葉を真似て遊び始めた子供達を見て、海藤はあからさまな溜め息をついて見せた。
「ほら、また変なことを教えて」
「俺のせいじゃないだろ」
5人の子供達が駆け回りながら、お互いの腿や尻を小さな手でもにもにと触っている。
自分がしたら変態行為で、子供同士がしたら微笑ましい遊びなんて(当たり前なのだが)、何だか叱られ損じゃないかと上杉が
思っていると、
「あー!!」
唐突に叫んだ太朗が駆け出し、それを合図に4人も後を追う。
「おいっ、危ないぞ!」
丁度駆け出した先には大型のバイクがやってきた。
上杉達がとっさに駆け寄ろうとした時、バイクは子供達のかなり手前で止まり、そのままヘルメットを脱いだ姿は・・・・・。
「なんで、奴が?」
そこにいたのは、羽生学園の保育士、宗岡哲生(むねおか てつお)だった。
「何の用だ?」
いきなり喧嘩腰で話し掛けてくる男は、高等部の生徒会長、上杉だ。
その後ろにいる男達もとても高校生とは思えないほどに成熟した男の雰囲気を醸し出していて、それだけでも宗岡は内心泣きそ
うな気分だったが、理事長の佐緒里直々に頼まれたのだ、ここで引き下がるわけにはいかない。
「お、おはよう、みんな!」
「・・・・・」
高校生達は憮然とした表情で挨拶も返してこない者がほとんどだったが、
「おはよーございます!」
「おはよー、むねちゃん!!」
可愛い教え子達は、元気に挨拶をしてくれる。
制服姿とは違って私服姿も可愛いなと目を細めて笑おうとしたが、横顔に注がれる厳しい眼差しにその笑みも強張ってしまった。
「・・・・・で?」
「お、俺は、引率者として呼ばれたんだ」
「引率者?・・・・・聞いているか?」
上杉が背後の者達に訊ねているが、その誰もが首を横に振っている。
(お、おいっ、理事長、確かに話してるって言ってたよなっ?)
まさか、騙されたのかと背中に冷や汗が流れた宗岡の肩を、ポンと軽く叩く者がいた。
「私が聞いていますよ」
「小田切・・・・・」
「お、小田切君?」
「ほら、私達は一応高校生ですし、泊りがけの旅行には保護者が必要でしょう?理事長が考えてくださったんですよ、ね?」
「・・・・・保護者・・・・・」
「そ、そうだ!」
それは、ここにいる高校生達を見ても、少しもピンと来ない言葉だった。
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保護者・・・・・彼らにこれ以上似合わない言葉はないかも(汗)。
次回はバスの中です。