kazusa side
「和沙、今度デートしよう」
「え、あ、あの・・・・・お店で会うんじゃ駄目ですか」
「・・・・・外で会いたいんだけど」
「・・・・・ご、ごめんなさい」
頷くことが出来なくて謝る和沙に、沢渡は困ったように笑って言った。
「じゃあ、また今度」
恋人として付き合う『お試し期間』が始まって1ヶ月近く、杉野和沙は歳の離れた恋人候補、沢渡俊也との距離をどうと
るのか、いまだに分からないままでいる。
(・・・・・怒ったかな・・・・・)
カウンターの中に戻った和沙は、チラッと沢渡を振り返る。
窓の外に視線を向けた沢渡は溜め息をついていた。
(やっぱり、呆れてる・・・・・)
「和沙、いいんだぞ、話しても」
「・・・・・いい」
「本当に?」
「・・・・・うん」
叔父が気を遣ってくれているのは分かっているのだが、改めて沢渡と向かい合っても何を言っていいのか分からない。
和沙は自分でもハァ〜と溜め息をついた。
自分から『お試し期間』と言ったが、和沙の中で沢渡の存在は日に日に大きくなっていた。
何時も俯いていた顔を上げてみると、沢渡の顔が随分整っていることに改めて気付いた。
笑い掛けてくれる目が優しく細まるのに気付いた。
誘う声が熱を持ってきていることに気付いた。
それらを一つ一つ数えている自分に気付いた時、和沙は自分が既に沢渡の事を好きになっているのが分かった。
(でも、今更改めて言うのも恥ずかしいし・・・・・)
好きだからちゃんと付き合いたいと言うのは今更な気がして、和沙は沢渡が気付いてくれるのを待つことにした。
一週間前は、注文されたホットサンドに、沢渡の好きなプチトマトをサービスに付けてみた。
三日前は、お釣りの小銭を、ピカピカの新しいものだけ選んで渡した。
今日は、お冷の水にレモンを絞って入れてみた。
気付くかどうかも分からない些細な特別を、自己満足のように沢渡にだけしてみる。
和沙はそれだけで幸せな気分になれるのだが、大人の沢渡はそれだけでは足りないのだろう。
「・・・・・どうしよう・・・・・」
呟くような言葉は、沢渡には届かなかった。
「今日も来なかったな」
「・・・・・うん」
そろそろ閉店の時間になっても、沢渡の姿は現れなかった。
『明日から出張なんだ。しばらく来れないよ』
そう、沢渡が言って、もう十日経つ。
学生の和沙には分からないが、出張で十日とは長いのではないだろうか。いや・・・・・。
(もう、帰って来てるのかも・・・・・)
入口の扉が開くたび、和沙は何をしていても顔を上げて視線を向けた。そのたびに求める姿がそこにないと落胆し、小さな
失敗を繰り返してしまう。
「電話、してみるか?」
沢渡の会社を知っている叔父はそう言ってくれたが、和沙は首を横に振った。
「仕事の邪魔になるし」
「声聞くだけでもいいんじゃないか?」
「・・・・・ううん、いい」
恐い・・・・・それが正直な気持ちだった。
もしも、出張が嘘だったら・・・・・、少しも歩み寄ろうとしない和沙に焦れて離れようとしているのなら・・・・・、正面きって言わ
れると立ち直れないだろう。
その時、また入口の鐘が鳴る。
反射的に顔を上げた和沙は、また落ち込むことになった。
和沙の中で、諦めに似た気持ちが生まれるようになった頃・・・・・。
「お待ちかねの沢渡が来たぞ!」
「!」
奥の厨房にいた和沙は、思わず手に持っていたカップを落としてしまった。
「あ・・・・・」
慌てて片付けようとしゃがみ込んだが、なかなか手が動かない。
「怪我はっ?」
直ぐ近くで、あんなに待ち焦がれた沢渡の声が聞こえるが、和沙は恐くて顔が上げられなかった。
何を話し掛けても答えようとしない和沙に、沢渡はその場から立ち上がろうとする。
「・・・・・嫌われたと思った・・・・・」
やっと搾り出した言葉は、和沙の不安を全て表していた。
このまま嫌われるかもしれないと思いながら、和沙は途切れ途切れに言葉をつづる。
あまりにも気持ちが高ぶりすぎて、恥ずかしいという思いは一瞬消えていた。
「ごめんっ」
沢渡はそう言って抱きしめてくれた。
嫌われたわけではなかったのだと思った瞬間、和沙は思い切って行動した。
「痛っ」
「!」
(は、鼻、ぶつかっちゃった・・・・・っ)
キスをする時、鼻がぶつかるとは思わなかった和沙は、死にたいほど恥ずかしくなって俯こうとする。
しかし、沢渡はそのまま和沙に顔を上げさせて、顔を斜めに傾けると、まるでドラマのように綺麗なキスをしてくれた。
『好きだ』という言葉と共に・・・・・。
「・・・・・和沙、携帯番号教えて」
デートの約束をした後、不意に沢渡が言った。
「携帯?」
「何時でも連絡が取れるだろう?今回みたいなすれ違いもなくなる」
「で、でも・・・・・」
「俺に教えるの、嫌?」
和沙の躊躇いを拒絶と取った沢渡が不安そうに聞いてくる。
和沙は慌てて頭を振った。
「ち、違います、僕、持ってないから」
「持ってないって・・・・・携帯を?」
「はい」
「困らない?」
「れ、連絡をとる友達も・・・・・少ない・・・・・し」
「・・・・・」
(あ、呆れちゃった・・・・・?)
友達が少ないことに呆れられたかと思ったが、沢渡は嬉しそうに笑いながら和沙を抱きしめた。
「じゃあ、和沙の携帯に入れることが出来る番号は俺だけってことだ」
「え?」
「今から早速買いに行こう」
「え、え?」
あまりに早い展開に和沙は戸惑うばかりだが、沢渡は素早く和沙の腰を抱いて店に出る。
カウンターでは、叔父がニヤニヤしながら2人を見ていた。
「そういうことで、和沙は早退させますから」
「了解。良かったな、和沙」
「!」
厨房でのやり取りは、狭い店内では丸聞こえだったのだろう。
叔父に今のやり取りを聞かれたと分かった和沙の顔は、これ以上ないほど赤くなってしまった。
「さ、行こう」
エプロンを外させ、叔父が持ってきてくれたバックを沢渡が当然のように受け取った。
そのまま手を引かれて外に出ると、沢渡はふと足を止めて振り返った。
「これって、初デートだな」
「・・・・・あ」
改まってするということではなく、こんな些細なことでも2人ならばデートになることを、和沙は初めて知った。
「行こう」
繋いだ手が熱い。
しかし、和沙はもう振り払おうとは思わなかった。
end
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