toshiya side
「俊也、甥っ子の和沙だ」
「は、初め、まして・・・・・」
「沢渡俊也です、よろしく」
「よ、よろしくおねがい、します」
何時も通うお気に入りの喫茶店に、不意に現れた大人しい少年・・・・・マスターの甥である杉野和沙の第一印象は、まる
でマスターと似ていないなということだった。
社交的で明るいマスターとはまるっきり反対で、和沙は大人しく引っ込み思案で、人見知りしているようだった。
仕事の息抜きにと偶然この店を見つけた時から、沢渡はもう10年近くこの店に通っている。
自分では既に常連というか、身内に近い意識を持っていただけに、和沙のよそよそしい態度はどこか不満で、沢渡は何時し
か和沙に自分の存在を認めてもらいたいと思うようになっていた。
和沙をじっと見ていると、顔の半分も隠している眼鏡の奥の目が意外と大きいことに気付いた。
次に、ボサボサのように見える髪が、黒く艶やかな事が分かった。
小柄ながらほっそりとした身体はバランスがよく、沢渡は和沙がかなり容姿の整った少年だということに、そう時間を掛けることな
く気付くことが出来た。
客に対しては怯えたような態度をとるものの、カウンターの向こうで叔父であるマスターに甘える様子は可愛くて、沢渡は何
時しか店に通う目的がコーヒーではなく、和沙の存在になっていた。
自分の気持ちの変化に気付くと、沢渡の和沙を見る目は直ぐに変化していった。
怯える様子が小動物のように可愛く見えるようになった。
人馴れしていない和沙を思いっきり甘えさせたくなった。
何時も噛み締めている小さな唇に・・・・・キスしたくなった。
おしゃれということをしない和沙の格好は、何時も無地のシャツにジーパン、その上から店のロゴが入ったエプロンという格好だ。
シンプルなだけにほっそりとした体型がよく分かる。
片手で掴めそうなほど小さな尻や、内臓が入っていないのかと思える程細い腰は、別の欲望を沢渡に抱かせた。
30歳を過ぎた今まで、沢渡の恋愛対象は本気も遊びも、当然女が対象だった。
そんな自分が男の子に対して、性欲を伴う感情を向けるようになったこと・・・・・沢渡は自分が男も、というより、和沙を恋愛
対象として見ている事を自覚した。
悩む時間は短かった。
外資系の企業に勤めているせいか、同性だからと思う迷いは無い。
好きだという気持ちを、男だからと無理に消し去ろうとは思わず、沢渡は開き直ったかのように和沙を口説き始めた。
「デートしよう」
「遊びに行かないか?」
「和沙君と2人がいいんだけどな」
強引に、しかしどこか逃げ場所を作ってやるように冗談っぽく言った。
男同士ということはもちろん、歳も一回り以上違う。
とにかく、和沙に意識してもらうことが先だと、頻繁に店に通い、声を掛けた。
和沙の対応はほとんど変わらないように見えたが、それでも何時しか「沢渡俊也」という存在を意識してくれるようになり、沢
渡はもう少しだと思っていたのだが・・・・・。
沢渡が焦りを感じ始めたのは、和沙を可愛いと思っている人間が自分だけではないと気付いたからだった。
店に来る客の数が増えた。
長居する客が増えた。
和沙に声を掛ける者が・・・・・増えた。
(俺だけじゃないのか・・・・・)
今時、男同士の恋愛というものに二の足を踏む人間は少ないようだ。
和沙の人馴れしていない様を可愛いと思っている人間は他にもいて、自分だけを見つめさせて可愛がりたいと思う者は何人
もいるようだった。
和沙に歳の近い、若い者は、まず和沙の見掛けを嫌い、オドオドした和沙の態度にイラつくだろうし、ゆっくりとしたテンポを
待っていられないと思うだろう。
しかし、大人の、それも男は違う。
それなりの経験を積んできた大人は、眼鏡や長い前髪で隠された和沙の繊細な容貌を見出す。
オドオドした態度の中に、世俗に汚れていない純粋さを感じるし、ゆっくりしたテンポは安らぎを感じるのだ。
今時珍しくすれていない和沙を自分だけのものにしようと、和沙に声を掛ける者が増えてきた。
子供相手ならば余裕もあるが、ライバルが自分と同じ大人の男では落ち着いてもいられない。
いつ何時、強引な手段で奪われるかも分からない焦りに、沢渡は卑怯だとは思ったが和沙の叔父である店のマスターを味
方に引き込んだ。
自分がどれだけ真剣に和沙を欲しいと思っているかを訴えると、さすがに初めは驚いていたようだったが、マスターも和沙のこと
は心配していたようだった。
世知辛い世の中を、あんなに繊細で弱い和沙が生きて行くことが出来るのだろうかと考えた時、金も生活欲もある沢渡は
随分頼もしい保護者だ。
何より真剣に和沙を想っているということが分かったマスターは、和沙の気持ちが一番大事だという条件付ながらも、事実上
沢渡に和沙を託すと言ってくれた。
信頼する叔父の取り持ちで、和沙は随分沢渡の存在を目に映すようになった。
しかし、不安や戸惑いはなかなか簡単に消えないようだ。
沢渡はじっと和沙の後ろ姿を見つめる。
和沙はその視線を感じて緊張するのか、何度もお絞りを落としたり、つり銭を落としたりの小さな失敗を繰り返している。
マスターはあまり追い詰めてやるなと苦笑しながら言うが、追い詰めなければ和沙は答えを出さないだろうと思う沢渡は、少
しずつ少しずつ、和沙が逃げられないように言葉で呪縛してゆく。
可哀想なほど萎縮している和沙は、それでもやはり可愛い。
好きな子を苛めるなど、小学生の子供のような心理に自分自身で笑ってしまうが、ただ手をこまねいて見ているだけでは我
慢が出来なかった。
そんなある日、何時ものように店を訪れると、微妙に和沙の態度が変わっていた。
沢渡を真っ直ぐに見れないのは変わらないのだが、それが怯えからのものではなく、恥ずかしさからのようなのだ。
何時も言っているからかうようなデートの誘いにも、断るではなく「今は駄目だ」と言う。
確実に何かあったのだと分かったが、このチャンスを沢渡は逃がさなかった。
「大切にするから、安心して俺のものになりなさい」
和沙は直ぐには答えず、心の中で葛藤しているようだ。
沢渡は急かすように視線を向ける。
「お、お試しってことじゃ、駄目ですか?」
それは、和沙にとってはかなりの勇気を出した言葉なのだろう。
もちろん構わないと言いながら、沢渡はこのまま試し期間など飛ばして和沙を自分のものにするつもりだ。
まだ子供の和沙を言いくるめるのは沢渡にとっては簡単なことで、やがて人馴れしていない和沙は沢渡だけを頼り甘えてくれ
るようになるだろう。
焦れた時間も楽しかったと思える沢渡は大人だった。
「しっかり俺を見て欲しいな」
(俺だけしか目に映らないように・・・・・)
せっかく見つけた、誰にも触れられていない原石だ。
これから自分の愛情で、誰もが羨む宝石にしてみせようと思う。
それでもきっと和沙は可愛いままのはずだ。
「じゃあ、何時ものブレンド頼むよ」
やっと自分の腕の中に歩み寄ってきた愛しい人に、沢渡はにっこり笑って言う。
今日からが2人の恋の始まりなのだ。
end
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