子犬と闘犬
後編
若い頃、楢崎もそれなりに熱い思いをぶつけた相手はいた。
しかし、この年にまでなれば愛だの恋だのに振り回されることは無くなり、今の楢崎の目は羽生会の成長にしか向けられていな
かった。
「楢崎さん・・・・・」
そんな自分の目の前に飛び出してきたのは、たった1人の少年。
(ガキなのにな・・・・・)
組み敷いた相手は、楢崎にすればあまりに子供だ。しかも、男で、素人で・・・・・。
(・・・・・まいった・・・・・)
もう、それしか言えない。
上杉ではないが、迷ってしまった子犬と目が合ってしまったようなもので、足元に縋られ泣かれたらもう最後・・・・・そのまま無視
など出来るはずもない。
「覚悟しろよ」
ほとんど鼻が触れ合うほどの近くまで顔を寄せた楢崎は、泣くまいと唇を噛み締めながら既にこめかみに涙を流している暁生に
向かって言った。
「自分で言うのもおかしいが、俺は情が厚い方なんだ。一度手に入れれば、絶対に手放すことは出来ない」
「・・・・・っ、い、い!」
「暁生」
初めて、名前を呼んでやった。
暁生の目が大きく見開き、次の瞬間ぶわっと涙が溢れ出る。
「安心しろ。一度懐に入れれば、俺がどんなものからも守ってやる。お前の母親のことも、弟のことも、俺関係で絶対に手は出
させない」
「う、うん」
「お前は可愛く俺に可愛がられてたらいい」
「・・・・・うん!」
子供のような返事に、楢崎の厳つい顔が優しく笑んだ。
嬉しくて死んでしまいそうだ。
求めた人に欲しがられるというのは、こんなにも嬉しいことなのだと、暁生は改めて感じていた。
出会った当初に感じていた、《父親のよう》という思いは今は無い。暁生にとって楢崎は、もはや《失いたくないたった1人の人》と
なっているのだ。
「な、楢崎さん・・・・・」
「ん?」
楢崎は暁生の身体を優しく撫でていた。
その手がくすぐったくて身体を捩りながら、暁生はどうしたらいいのだろうと泣き顔を顰めて楢崎を見つめる。
その楢崎も、なぜか困ったように眉を顰めていた。
「すまない、俺は男を相手にするのは初めてなんだ。お前が多少慣れてるだろうから・・・・・」
「え?」
(楢崎さん、誤解してる?)
最初の出会い方が出会い方なので、楢崎は暁生が男相手のセックスをしたことがあるのだと誤解しているようだった。
見掛けも今時の感じにしているし、普通に見れば誤解されても仕方が無いかもしれないが、楢崎だけには本当の事を知って欲
しいと思う。
「俺っ、初めてだからっ!」
「ん?」
「お、男となんてし、したことな、いし、女の事だって、胸、触るぐらいで・・・・・」
「・・・・・」
暁生の告白に、楢崎は何とも言えず複雑な表情になった。
「・・・・・女も、か?」
「う、うん」
すると、楢崎は圧し掛かった身体をどかせ、暁生の身体に上掛けを掛けた。
急にそんな態度をとられた暁生はどうしたらいいのか分からない。
「な、楢崎さん?」
「・・・・・せめて、女を知ってからにしないとな。初めが俺みたいなオヤジ相手じゃ申し訳ない」
「そ、そんなことないよ!俺、俺、楢崎さんにだったら何されても平気だから!」
「・・・・・」
言葉に嘘はない。暁生は楢崎にならば何をされても我慢出来る・・・・・いや、嬉しいと思うに違い無い。
初めてだなどと言わなければよかったと後悔したが、一度出た言葉は取り返しが付かなかった。
「俺、初めてだからっ!」
暁生の告白は、楢崎にとっては思い掛けないものだった。
初めて出会ったのがレイプ場面ということもあり、楢崎は変な話だが暁生は男相手のセックスを経験したことがあるのだと思い込
んでしまっていたのだ。
街で見掛ける暁生と似たような青年達は、楢崎が驚くほど性にオープンで、男同士の関係もまるで流行のように簡単に経験し
ていた。
この二ヶ月、暁生を見ていた楢崎が、彼が見掛けとは裏腹に随分真面目な性格だということは感じていたが、まさか女とも経
験していない本当のまっさらな身体だとは思ってもみなかったのだ。
(さすがに・・・・・まずいだろう)
楢崎は男との経験はないが、上杉や小田切を見ていれば、嵌まったらかなりやっかいな関係だろうということは感じていた。
男同士のセックスも、かなりいいとも聞いたことがある。
そんな強烈な関係を、まだ何も知らない暁生に強いることなどとても出来なかった。
「楢崎さんにだったら何をされても平気だから!」
「・・・・・」
(そんな目で言うな・・・・・)
欲しいのだと、真っ直ぐな思いを含んだ目に見つめられれば、楢崎の決心も揺らいでしまうのは確かだ。
しかし・・・・・。
「・・・・・」
溜め息を付いた楢崎は、みっともないほど高揚していたらしい自分の下半身に目を落として苦笑を零す。
こんなにまでなっている状態で自分で処理するなど、女を知らなかった中学生の頃に戻ってしまったようだ。
「楢崎さん!」
立ち上がろうとした楢崎の腕を掴み、暁生は必死で訴える。
それでも、一度決めたことを覆すつもりは無かった。
楢崎の腕を掴んだ暁生は、何と言ったら手を出してくれるのだろうかと頭の中で必死で考えた。
(お、俺から楢崎さんを押し倒して乗っかっちゃったらいいのかっ?)
身長はそれなりにあっても、身体の厚みや重量はまるで違う楢崎を押し倒せるとは到底思えなかったが、このまま何もないと不
安で仕方が無かった。
ここを出れば、やっぱり止めたと言われないように、形のある確約が欲しかった。
「楢崎さんっ」
暁生は楢崎の腕を引っ張ったが・・・・楢崎は少しもビクともせず、笑いながら暁生の手をポンポンと叩いた。
まるで子供扱いされたようで、暁生はムッと口を尖らせる。
「やめて下さい!」
「暁生」
「お、俺は、本当に楢崎さんに、楢崎さんに、だ、抱いて・・・・・」
「お前、これを本当に入れられるか?」
「・・・・・っ!」
正面を向いた楢崎のペニスは、まるで小さな子供の腕ほどもあるかと思うように太く大きかった。
父親がいないせいか大人のペニスというものを見慣れていない暁生は、思わず喉を鳴らして唾を飲み込んでしまう。
(あ、あんなの、初めて見た・・・・・)
同じ男としてのプライドを刺激されると同時に、あんなに大きなものが自分の尻に入るのかと疑問にも思った。
慣れているのならまだしも、初めての自分には余りに課題が大き過ぎる。
(れ、練習・・・・・経験積まないと、無理かも・・・・・)
楢崎を気持ち良くさせたい。もう二度と抱きたくないと思われないように、ちゃんと全部飲み込んでしまいたい。
そうするには経験を積まなければならないかと考え始めた暁生に、楢崎は何を考えているのか全て分かっているようにその髪をク
シャッと撫でてくれた。
「あ・・・・・」
街で見掛けて羨ましいと思っていたこの行為を、暁生は呆然と受け止めるしか出来ない。
「外で経験するなんて思うなよ?女ならまだしも、他の男にお前の初めてを取られた日にゃ、泣くに泣けない」
「楢崎さん・・・・・」
「お前の身体は俺が徐々に慣らしてやる。本当は女と経験してからがいいんだが、放っておくとお前は暴走しそうだからな」
「は、はい!いっぱい練習します!」
「・・・・・馬鹿が」
目を細めた優しい顔で、楢崎は自分を見つめてくれている。
何が何だか分からない不安を抱えたままこのホテルにやってきた時とは雲泥の違いで、暁生の心は幸せでたまらなかった。
「なんだ、やっぱり飼う事にしたのか」
「・・・・・あれは、犬じゃないですよ」
からかうような上杉の言葉にそれしか言い返すことが出来ず、楢崎は苦虫を噛み潰したような顔をして立っていた。
あれから、どうしても楢崎の子分になりたいと煩い暁生の言葉に負けて(実際は側にいたいという気持ちが強いらしいということが
分かって)、楢崎は准構成員のような形で暁生を受け入れた。
今のバイトは辞めずに、空いた時間の時に楢崎に付くという形だ。
将来、自分と別れたいと思うことがあった時、暁生がスムーズに元の世界に帰れるようにとの逃げ道を作ってやったのは大人の
楢崎の優しさだった。
そして、暁生の母親にも会いに行った。
さすがにヤクザという言葉には眉を顰めたものの、夜の世界で働いている暁生の母親は楢崎のことは良く知っているらしい。
なまじの素人よりも義理堅くしっかりとした楢崎に後見人になってもらった方が安心かもしれないと、母親は羽生会ではなく楢崎
に預けるからと承諾してくれた。
「若いのの相手は大変だろ?」
「・・・・・会長」
「ん〜?」
「私のことはいいので、先にその書類に目を通してください。選挙はもう直ぐなんですよ」
「お前に全部任せるって」
近々行われる大東組の役員選挙の警備に、この羽生会からも人手を回すことになっている。
その体制をトップである上杉に確認してもらわなければならないのだが、上杉は複雑なその図に目を通すのに早々にリタイアして
しまったようだった。
「会長」
「信用してるって、ナラ」
笑いながら言うが、その言葉の意味は限りなく重い。
楢崎は頬を引き締めて頭を下げた。
「あ!ならざ・・・・・っと、幹部!」
下の事務所に下りると、今日のバイトは休みの暁生が外の組員と笑いながら菓子を食べていた。素直な暁生は、他の組員
達からも可愛がられているようだ。
(本当にうちは平和だな・・・・・)
その光景に楢崎は呆れるものの、満面の笑顔で出迎えてくれた暁生に僅かに笑んで頷く。
「お前は幹部って言わなくていいんだぞ」
「だって、俺だってなら、幹部の子分だし!」
「・・・・・」
元気に答える暁生と、それを穏やかに見つめる楢崎。
当初は強面の楢崎の変わりように組員達も驚いていたが、それが数回続けば見慣れた日常の風景になってくる。
「お前、今日は暇なのか?」
「うん、バイトは休み!だから、一日中幹部に付いてます!」
今も、2人が会話を始めれば、外の組員達はパラパラと席を離れていく。
そんな風に気を遣ってもらっているのは気恥ずかしいが、その気恥ずかしさもいずれ慣れるだろう。
「あ、あの」
不意に、暁生が楢崎の腕を引っ張った。
身を屈めた楢崎の耳元で、暁生がこっそりと囁く。
「今日は勉強教えてくださいね?俺、早く最後まで出来るようになりたいから」
もちろん・・・・・それが普通の勉強のことではないと分かっている。
暁生は楢崎の言葉をたてにして、三日と置かずに身体を慣らすという夜の勉強を乞いにくるのだ。
若い身体は快感に貪欲で、もうそう時間を置くことも無く楢崎のペニスを受け入れることが出来るようになりそうだ。
(最後までしたら・・・・・溺れるのは俺の方かもな)
「ね?」
「・・・・・馬鹿が」
クシャッと髪を撫でてやると、暁生は身体に触れた時と同じ様な・・・・・いや、それ以上に嬉しそうな、気持ちよさそうな表情を見
せる。
その表情に、楢崎は自分の気持ちがどんどん暁生に傾いていくのを自覚するのだ。
(本当に、参った・・・・)
まさかこの年で、これ程に愛しいと思える相手に出会えるとは思っていなかった。
楢崎はこれからは上杉の事を笑えないと思いながら、暁生の細い肩をそっと抱き寄せて耳元に囁く。
「早く慣れろよ。お前の初めては俺が貰うことにしたからな」
「!!」
暁生の答えは、人目も憚らずに抱きついてきた腕の力強さで、楢崎にも正確に伝わっていた。
end
![]()
![]()
ワンコ、後編です。これで完結。
お馬鹿・・・・・とまではいきませんでしたが、結構ラブな雰囲気になったと思うんですがどうでしょう。
暁生はタロともいい友達になりそう。また出してあげたいですね。
でも、今回はあそこで我慢した楢崎幹部に良くやったと言ってあげたい(笑)。