くーちゃんママシリーズ





第一章  懐妊編   1







 「倉橋、顔色が悪いが・・・・・大丈夫か?」
 「はい。ご心配掛けまして申し訳ありません」
 頭を下げる倉橋に、上司という立場の海藤は苦笑を零した。
 「別に謝る事はない。具合が悪ければ一之瀬の病院にでも行って来い。あそこは外科専門だが、内科のことも多少は分かるだ
ろう」
 「・・・・・はい、調子が悪いようでしたら、少し時間を頂きます」
素直にそ言う時こそ、倉橋が従わないということを海藤は知っている。
しかし、それ以上言うことも出来ずに、海藤は内心溜め息をつくしか出来なかった。





 倉橋克己(くらはし かつみ)は、関東最大の暴力団『大東(だいとう)組』の傘下、『開成(かいせい)会』の3代目組長、海
藤貴士(かいどう たかし)に仕える幹部だ。
海藤の片腕でもある倉橋は、海藤の大学時代の2年先輩にあたる。 倉橋は弁護士の両親を持ついわばエリートで、自身も卒
業後検事になっていた。
全く違う世界の二人が再会したのは数年前の夜の街。海藤に勧誘され、『おもしろそう』・・・・・ただそれだけの理由であっさりと
検事を辞めた倉橋は、海藤と共に新興の組だった開成会を名のある大きな組織に短期間で成長させたと同時に、組とは一線
をおいた経営コンサルタント会社を設立して表の世界 の経済界にも進出している。

 当初、倉橋から見ても無感情に近く、機械的に生きていた海藤が、西原真琴(にしはら まこと)という大学生と偶然出会い、
紆余曲折有りながらも愛し合うようになってから、海藤は人間的にも深みのある男になった。
 驚いた事に、男同士のカップルでありながら、2人の間には子供が出来た。昨今、男でも子供を生む例があるとはいえ、実際
にその子供・・・・・貴央(たかお)が生まれるまで、倉橋も気が気ではなかった。子供ももちろんだが、出産という事に真琴が耐え
られるのか心配でたまらなかったが、皆の祈りが無事に通じて父子(?)共に元気な出産だった。

 それまで、倉橋にとって子供は異星人だった。
煩くて、汚くて、わけの分からない事ばかりを一方的に言ってくる子供は、倉橋の周りにはいないせいか扱い方も全く分からなくて
絶対に近付きたくないものの一つだった。
 しかし、貴央は違った。
生まれた時から側にいたせいか、どんなに泣き喚いても側にいることが苦にならなかったし(そもそも貴央はそんなにも泣かなかった
が)、排泄をしても汚いとも思わなかった。



 そんな貴央も2歳になり、立つことも出来て、どんな風に成長するのかと倉橋も楽しみにしているこの頃なのだが・・・・・最近、
倉橋自身の体調が思わしくなく、真琴と貴央に会いに行くことも控えていた。
風邪などうつしてしまったら大変だと思ってのことだが、その体調不良はなかなか治らない。
 初めは気力で誰にも分からないようにしてきたが、海藤にも心配されるほど体調の悪さはあからさまになってきたようだ。
(どうするか・・・・・)
人に触れられる事が苦手で、病院にも出来る限り行きたくないのだが・・・・・。
 「克己」
 「・・・・・」
 海藤の部屋から出た倉橋は、そこに立っていた男を見て溜め息を飲み込んだ。
(まさか社長が・・・・・?)
今日は会社に戻ってこないはずの男・・・・・綾辻は、眉を顰めて倉橋の顔を見つめている。
 「死人みたいな顔色」
 「・・・・・」
 「分かっているわね、今日は強制連行するわよ」
 女言葉を話しながらも、容姿はモデルのように華やかに整っている男。
綾辻勇蔵(あやつじ ゆうぞう)は倉橋よりも1歳年上で、彼は途中からこの世界に入った倉橋や、身内が元々ヤクザだったいわ
ばサラブレッドの海藤とも立場は違った。
 詳しい背景は倉橋にも分からないが、人脈の広さや知識の豊富さを考えれば、自分とは全く違う世界の人間だとは思う。
それでも、真っ直ぐに自分を見つめてくれる想いの深さと、臆病な自分の心が動くのをじっと待っていてくれた度量の深さに心を動
かされ、倉橋は全てを許してしまった。
そう、男の自分が男に抱かれる事を、綾辻が相手だからこそ・・・・・受け入れた。
 「克己」
 「・・・・・」
 身長はほとんど変わらないのに、体格は全く違う。
あれ程何時も遊んでいるようなのに、何時鍛えているのかと思う程綾辻の身体はしっかりと綺麗な筋肉が付いていて、倉橋は間
近に迫られると威圧感を感じてしまうのだ。
それはけして、自分が受身だから思うことでは・・・・・ないと思う。
 「病院に行くわよ」
 「・・・・・はい」
結局、自分は綾辻には勝てないのだと、倉橋は諦めたように頷いた。



 一之瀬とは、海藤の大学時代の同級生、倉橋の後輩にあたる男だ。
大きな病院の跡取り息子で、その病院は開成会の掛かりつけというわけではないが、それでも何かあればこの病院に行くのも確
かだった。
 外科が専門の一之瀬の病院だが、もちろん内科の機能もある。
倉橋はどうせ風邪だろうと思っていた。だが・・・・・。
 「血液検査?」
 「ええ」
訝しんだのは倉橋だけではなかった。半ば強引に側に付いていた綾辻も、一之瀬の言葉に眉を顰める。
 「何、それ?あんた、克己の肌に傷を付ける気?」
 「ユウさん、そんなわけじゃないんですよ。念の為です、念の為」
 「・・・・・何の?」
 「それだけ顔色が悪いのに熱は無いし、咳も出ないし、喉の炎症も無い。風邪って言うのとは少し違うと思うんです。疲れだけ
かもしれないんですが、本当に念の為ですから」
 「・・・・・分かった」
 「克己」
 「このままでは社長に迷惑を掛けてしまう。どんな病気だと分かってもいいからはっきりしないといけないでしょうし」
 怖くないわけではない。
大切な人がいて、生き甲斐のある場所に生きていて、誰かに・・・・・想われている。今まで生きてきた中で今が一番幸せな時か
もしれないので、もしかして大病でも患っていたらと思うと怖くて仕方が無い。
それでも、他人に迷惑を掛けてしまうのは不本意で、倉橋は覚悟を決めて一之瀬の言葉に頷いていた。



 血液検査だけではなく、尿検査まで行われ、少し・・・・・いや、かなり待たされた。
医師も、一之瀬だけではなく、他に数人やってきて、何やら長く話している。
(本当に・・・・・何かの病気なんだろうか・・・・・)
 検査結果を伝えるからと、改めて一之瀬の前にやってきた倉橋は、病院にやってきた時以上に真っ青な顔色になっていた。
 「え〜と、先ず、悪い病気ではないです」
 いきなりそう言った一之瀬に、倉橋は一呼吸おいて聞き返す。
 「本当に?」
 「はい」
 「・・・・・そうか」
良かったと、倉橋は深い溜め息を付いた。では、このだるさは単なる疲れだったのだ。
 「良かったわね、克己」
 「ええ」
綾辻も安心したように言ったが、そんな2人を交互に見つめていた一之瀬は、コホンと咳払いをして口を開いた。
 「一つ、聞いても良いですか?」
 「何だ」
 「・・・・・お2人は、どういう関係でしょうか?」
 「私達?やあねえ、見て分からない?ラブラブの恋人同士じゃない」
何時ものように綾辻が笑いながら言い、倉橋は眉を顰めながらも黙っている。
しかし、一緒に笑い飛ばしそうな一之瀬はなぜか真剣な顔をして、ゆっくりと首を横に振りながら続けた。
 「冗談じゃなくて、本当にお2人は恋人同士だと思っていてもいいんですか?」
 「・・・・・どういうこと?」
眉を顰める綾辻には答えず、一之瀬は倉橋の正面を向いた。
 「倉橋さん、落ち着いて聞いてください」
 「・・・・・なんだ?」
 何だか、漠然と怖いと思ってしまった。一之瀬が何を言おうとしているのか、それを聞きたくない・・・・・そうは思うものの、一之瀬
は倉橋の迷いを許さないかのようにきっぱりと言う。
 「倉橋さんのお腹には、赤ん坊がいます」
 「・・・・・え?」
(何を・・・・・言ったんだ?)
一之瀬の言葉が意味を成さない。
そんな倉橋に向かって、一之瀬は普段のにこやかな表情を一切見せず、厳しい医者の顔をしてもう一度繰り返した。
 「うちにはちゃんとした産婦人科の施設は無いし、医師もいませんが、それでも、今の検査結果から考えたらそうとしか思えない
んです」
倉橋は息をのんだ。そんな馬鹿なことをと一笑に付したいのに、強張った顔は言葉さえも発することが出来ない。
 「詳しい事はちゃんとした施設のある所で、超音波検査をしなければ分からないんですが、今言えることは、倉橋さん、あなた
のお腹には赤ん坊がいます。信じられないかもしれませんが、今は男でも出産をした例はあります。あなたが子供を宿したとした
ら、その相手・・・・・つまり、赤ん坊の父親がいるはずなんですが」
 「・・・・・私が・・・・・子供を?」
呆然と呟いた倉橋は、無意識の内に隣に立っている綾辻に縋るような視線を向けた。





                                   





新ママシリーズ、まさかの倉橋さんママ、くーちゃんママです(苦笑)。

どうしましょう、これって続けていいんでしょうか・・・・・。