くーちゃんママシリーズ





第一章  懐妊編   2







(克己が、俺の?)
 驚いたのは倉橋だけではなかった。
側で聞いていた綾辻も、一之瀬の言葉に一瞬息が止まるような気がした。
もちろん、自分と倉橋の間には身体の関係はあるし、綾辻は溢れるほどの愛情も抱いている。男同士なので、子供という結果
をもたらすことは出来ないだろうが、それでもただ1人この愛しい存在を愛し続けようと思っていた。
 そんな綾辻も、自分の上司に当たる海藤と、男である真琴の間に子供が出来たと聞いた時、もしかしたらという希望が生まれ
たことも事実だった。
自分と倉橋の間に子供が出来たら・・・・・そんな夢物語のようなことも考えないこともなかったが、お互いが愛し合っている海藤
達とは違い、多少愛情の大きさに差があるような・・・・・もちろん、倉橋が嫌いな男に身を任せるとは思っていないが・・・・・気が
して、自分達の間に子供が出来るとは思わなかったのだ。
 「イチ、本当か?」
 「・・・・・」
 改まった口調で聞いた綾辻に、一之瀬は視線を向けてきた。
 「100パーセントという事は、この時点で俺が言うことは出来ないです。でも、今やった検査では、そうとしか思えません。うちの
親戚に産婦人科の病院をやっている者がいるので、改めて超音波診断をして、その・・・・・子宮が生成されているのかも確かめ
る・・・・・」
 「違う」
一之瀬の言葉を途中で遮ったのは倉橋だった。
 「克己」
 綾辻の目に映る倉橋の横顔は、青いのを通り越して紙のように白くなっていた。
そうでなくても整っている顔は、まるで人形のように見える。
 「克己」
 「私に子供が出来るはずが無い」
 「おい」
 「倉橋さん、確かに男の身体が妊娠するはずがないと思うのは分かりますが、今は世界でも・・・・・いえ、それこそ、あなたの身
近にいるじゃないですか。海藤と真琴君だって・・・・・」
 「私は彼らとは違う。・・・・・いや、真琴さんと私とは・・・・・」



 何度か、会ったことのある真琴の家族。
愛情の溢れる、それこそこれが家族なのだと思える程の環境で育ってきた真琴だからこそ、子供が授かるのも当然だと思ったし、
祝福もしている。
 だが、自分は違う。愛情というものを知らず、ただ世間体と凝り固まった上流意識の中で育ち、何かを、誰かを愛おしむという
感情が育っていない自分に、子供が出来るはずが無い。自分には、そんな資格など・・・・・ない。それに・・・・・。
 「・・・・・っ」
 それ以外にも心の中に浮かび上がってきた気持ちから目を逸らすように、倉橋は立ち上がった。
 「悪かったな、時間外に。その分、料金はきちんと取ってくれ」
 「倉橋さんっ、金なんて今は関係ないでしょうっ?今直ぐ連絡を取りますから、このまま診察に行ってください!」
 「・・・・・結構だ。お前の外科医としての腕は認めるが、産婦人科など専門外だろう?検査結果は間違いで、私のこれはただ
の疲れだ」
 「倉橋さん!」
これ以上、倉橋はここにいる事が怖くて、早く自分のテリトリーに・・・・・マンションに帰りたかった。
 「・・・・・っ」
 しかし、歩き掛けた倉橋の腕を掴んだ綾辻が動きを拘束してしまい、綾辻は倉橋にではなく一之瀬に視線を向けて言う。
 「イチ、病院はどこだ」
 「あ、綾辻さん!」
 「ここはいいから、直ぐに向こうに連絡してくれ」
 「・・・・・はい」
倉橋が気になるのか、一之瀬は少し躊躇っていたが、それでも思い切ったように控室から出て行った。
部屋の中に残った倉橋は自分も部屋を出ようとしたが、綾辻はしっかりとその腕を掴んで放さない。
 「放してくださいっ」
 「克己」
 「・・・・・帰りますから」
 「お前だけの問題じゃないだろ」
 「・・・・・私の問題です」
 「本当にその腹に子供がいるんだとしたら、それは俺の子供だろ。それとも、克己、お前は俺以外の男ともセックスしてたっていう
のか?」
 「・・・・・っ!」
 反射的に、倉橋は綾辻の頬を打った。拳でなかった事をその瞬間後悔するほどに、倉橋は綾辻のその言葉が悔しくて悲しくて
たまらず、打った後も射るような眼差しで綾辻を睨む。
 「私を・・・・・そんな風に思っていたんですか・・・・・っ」
 「・・・・・違うのか?」
 「・・・・・」
 「それなら、その子に関しては俺も関係あるだろう。お前の言葉が証拠だ」



 出来れば穏便に倉橋を説得したかったが、妙なところで頑固な倉橋は簡単に説得に応じるとは思えなかった。
それならば、多少怒らせてでも、その子供に自分が関係あることを倉橋の口から言わせたい・・・・・そう仕向けた。もちろんそれが
倉橋にとっていい影響ではないだろうが、それでも綾辻は強烈に思ったのだ・・・・・欲しいと。
(俺と、克己の子・・・・・)
 女と付き合っていた時はセーフセックスで、子供を作るつもりは無かった。
聞きかじっている倉橋の家庭環境以上に複雑な背景を背負っている自分は、その血を引く子供など欲しくない・・・・・愛せない
と思っていた。
 もちろん、子供は嫌いではない。多少煩いとは思うものの、それを不快には思わないし、何より海藤と真琴の間に出来た貴央
は、まるで自分の身内のように愛しく思ってる。
 それは、綾辻が尊敬する海藤と、弟のように可愛いと思っている真琴の間に出来た子供だからこそ、より可愛いと思えるのかも
しれないが、今度はそれが、自分が最愛の人物だと思う倉橋との間に出来た自分の子だとしたら・・・・・今まで欲しくないと思っ
ていた気持ちが全く180度変わってしまう。
 倉橋の子だからこそ欲しい。
倉橋と自分の間の子だからこそ愛しい。
自分がこんなにエゴイスティックな心の持ち主だとは思わなかった。
 「お前が他の男と関係して無いなら、その腹にいるかもしれない子は俺の子だ」
 「そ・・・・・れは・・・・・」
 「何が怖い?」
 「・・・・・」
 「大丈夫だ、克己」
 「あ・・・・・」
 「俺は、どんなお前でも愛しているし、その腹に、本当に子供がいたとしたら、その子供も愛せる」
言葉にしたら陳腐なものになってしまうが、それでも綾辻は倉橋が安心出来るのならと言葉を継いだ。
 「愛してる、克己、お前を愛している。頼む・・・・・きちんと病院に行って調べてくれ」
 「・・・・・で・・・・・も、間違いだったら・・・・・どうするんです、か?」
 「え?」
 「子供が、出来たと思って・・・・・それが、間違いだったら・・・・・どうするんですか?」



 実際に、男の身体の自分が、子供を身篭っている事が真実ならば・・・・・怖くて怖くて仕方が無いが、それでも、その子供を今
更無かったことには、多分、出来ないだろう。
自分は戸惑ってしまうだろうが、その分綾辻は、この強くて優しい男は、自分以上に子供を愛してくれるかもしれない。
 しかし、もしもこれが間違っていたらどうなのだ?
子供がいるかもしれないと調べて、もしもそれが間違いだったら?
 倉橋は、自分が自分の血を引いた子供を愛する自信はないし、産むこと自体の恐怖も消える事は無い。それでも、ほんの一
瞬、これで綾辻を縛り付ける事が出来るかもしれない・・・・・そんな思いが心の中を過ぎったのも・・・・・また事実だった。
こんな自分を愛してくれる綾辻は、きっと自分の産む子供も愛してくれるだろう。
 だが・・・・・それが全て違っていたら・・・・・一瞬でも2人の間に子供が出来たと思った綾辻の気持ちはどう変化するだろうか。
 「・・・・・」
唇を噛み締めた倉橋は、綾辻から視線を逸らす。
すると、
 「!」
大きな腕が、自分を抱きしめてきた。



 「馬鹿ね、あんた」
 どんな仕事も完璧にこなし、冷徹ともいえる仕事ぶりの倉橋だが、自分の事となると冷静な判断が出来ないらしい。
綾辻がどんなに倉橋の全てを欲しがっているのかを考えれば、答えは簡単なはずだ。
 「間違いだったら、その時よ」
倉橋の気持ちを和らげる為に、綾辻はわざと言葉を何時も通りに戻した。
 「・・・・・」
 「何度でも、妊娠するまで抱くだけよ」
 「なっ?」
 「一度でもそんな可能性が出たんなら、本当に妊娠する事だって可能のはずよ。今回が駄目でも、今度は絶対妊娠出来るよ
うに、克己のお腹の中、私の精液でいっぱいにしちゃう」
 「なっ、何を言ってるんですか、あなたは!」
 「だから、今回が違ったとしても問題無しよ、克己。ね?」
 「・・・・・あなたは・・・・・本当に・・・・・」
 「馬鹿なんでしょ」
 「・・・・・男らしいです」
 「・・・・・っ」
(それ、反則だって、克己)
白い頬に僅か浮かんだ倉橋の笑みに、綾辻は自分の顔が熱くなるのを感じた。





                                   





今回は2人の揺れ動く気持ちを。

次回はいよいよ御懐妊が分かります。開成会も大騒ぎでしょう(苦笑)。