熊サンとお兄ちゃん'S+魔王


                                                              
  後編






 真琴以外は成人している男達なので、ビールから日本酒からと、次々と酒が運ばれ、新鮮な刺身の盛りや小鉢なども
並べられた。
 「ほら、この前好きだと言ってたろ」
自分の前にあった小鉢を自然に真琴の前にやる海藤を、2人の兄はただ唖然として見ているしかない。
食べることが好きで、何でも美味しそうに食べる真琴に兄達もよく自分の物を分け与えており、海藤も同じ行為をしている
のだが、がさつな自分達とは全く違うあくまでスマートな海藤の動きは、見ている方を感心させるほどだった。
 「あ、これ、おいしいっ」
 「もう一つ頼むか?」
 「あ、いえ、兄ちゃ、兄からもらいます。ね、真弓兄」
 「お、おう、食えるだけ食え・・・・・って」
(ここ、幾らぐらいの店だ?)
 日帰りするつもりなのでそんなに現金は持ってこなかったし、カードというものもない。
チラッと真咲を見ると、今までガツガツ寿司を摘んでいた手を止めていた。
幾らなんでも初対面の海藤に奢ってもらうつもりはなく、兄の意地として真琴の分も払ってやるつもりだが、メニュー表もない
この店の単価が幾らなのか全く想像出来ない。
(考えると怖いな)
 すっかり食べる気を無くした真弓は、居住まいを正すと真正面から切り出した。
 「海藤さん、あなたどういうつもりでうちの真琴と暮してるんですか?」
 「真弓兄っ?」
慌てて真琴が止めようとするが、海藤は浮きかけた真琴の腰を軽く叩いて落ち着くように諭した。
それが2人の親密さを表しているようで真弓は面白くなく、自然と口調は問い詰めるようなものになっていた。
 「聞けばあなたは31歳の若さにして会社を経営してるらしい。金も地位も、顔だっていい。そんな男が、どうしてただの男
子学生と同居してるんですか?」
改めて聞くと確かに違和感のある関係だ。
真琴は箸を下ろすと、2人の兄を交互に見つめた。こんなに真剣に心配してくれる身内に嘘はつきたくなかった。
 「兄ちゃん、あのね」
 「真琴、俺が言う」
 一番酒を飲んでいたのに全く顔色の変わっていない海藤は、座布団を外し、畳に正座して真っ直ぐ2人を見た。
 「既にお察しだとは思いますが、私は真琴と付き合っています」
 「つ、付き合ってるって!本当か!」
 「・・・・・うん、本当」
海藤がきちんと言ってくれたのだ。真琴も愛する家族に正直に言った。
 「俺、海藤さんと付き合ってる。だから、一緒に暮してる」
 「マ、マコ・・・・・」
 「マコが男と・・・・・」
 確かに、今までも真琴が男にちょっかいを出されたことは何度もあった。決して女のような容貌ではないのに、どこか誘うよ
うな風情があるのか、友達に先輩、その上教師までが真琴に手を出そうとし、そのたびに2人の兄が撃退してきた。
大学に入り1人暮らしを始めた時点で心配はしていたが、こんなに早く、しかも自分達よりも年上の、それも男に、大切な
弟を持っていかれるとは思わなかった。
 「許さん!!」
 「真弓兄!」
 「ここまで大切に育てたマコを、男になんかやれるか!」
 「そうだ!マコ、兄ちゃん達と一緒に家に帰ろうっ?」
 「真咲兄・・・・・」
 必死に言い募る兄達をじっと見つめ、それから真琴は隣の海藤を見上げた。
一見何時もと同じように冷たく整った容貌の、その目だけが、どこか不安げな色をしている。
家族に強く出られない真琴の気持ちを不安に思っているのだろう。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 真琴はキュッと海藤の拳を握り締めた。真琴よりも大きな手を覆うことは出来ないが、その温もりで安心してもらおうとい
う思いを込めて握った。
 「真咲兄、真弓兄、俺、海藤さんと一緒にいたいんだ」
 「お前っ!こいつはこんなにいい男なんだぞ!女だってよりどりみどりだ!捨てられるのはお前だぞっ?」
 「そうだ、真琴、よく考えろ。お前はずっとこの人と一緒にいれると思うのか?」
こんな時でも相手を悪く言わない兄達が愛しくて、真琴は半分泣きそうになりながらも笑った。
 「心配してくれてありがとう。でも、俺が決めたことだから」
 その時、今まで黙って真琴を見下ろしていた海藤が、強い意志を込めた目を兄達に向けた。
 「あなた方が大切な弟を思うことは理解出来るが、たとえ引き離されても私は必ず真琴を取り戻す。どんな手段を使って
も、真琴を手放す気はない」



 「お会計は2万円になります」
 「2、2万円?」
 どうしても海藤に金を出してもらうのはプライドが許さない兄達は、仲居が会計に現われると先を争うように財布を取り出
した。
あれから悔し紛れにさんざん酒を飲み、高そうな品を注文したのに、4人でこの値段は案外良心的な店だとホッとし、2人
は割り勘で支払いをした。
 「兄ちゃん、ご馳走様」
 にこにこ笑う可愛い弟が、どうして男なんかとくっついたのか・・・・・2人はまた泣きたくなった。
 「マコ・・・・・」
 「ホントにいいのか?」
何度も確認してくる兄達に、真琴は自慢げに海藤を振り返る。
 「ホントに大丈夫だよ。兄ちゃん達、前に言ってたろ?責任が取れないうちはそういうことはしちゃダメだって。海藤さんは
責任取れるって言ってくれたし、俺だってもう大学生なんだか・・・・・」
 「ま、待て、真琴、お前、今何て・・・・・」
 「だから、俺だって大学生・・・・・」
 「その前!」
 「その前?え〜と、海藤さんは責任取れるって言ってくれたし?」
 「お前〜!」
 「ま、真弓、もしかしてマコは・・・・・」
 真琴の爆弾発言に内心吹き出していた海藤は、2人の必死に否定を望む視線にニヤッと笑って言った。
 「責任はとった。今夜はご馳走になったな」
 「ま、マコが・・・・・俺達のマコが・・・・・」
 「・・・・・大人になったんだ・・・・・」
『責任取れないならエッチなことはするな』・・・・・散々言い聞かせた言葉。
その責任を取ったということは・・・・・2人は既にそういう関係なんだろう。
 「マコ!兄ちゃんまた来るからな!マコが泣かないように見張りに来る!」
 「そうだぞ!絶対来るから!」
 「うん、また来てね」
素直に頷く真琴に、兄達はガックリと肩を落とした。



 帰りの電車の中、しばらく続いた沈黙の後に真咲が呟いた。
 「親父達が知ったら・・・・・どういうかな」
 「親父とお袋は玉の輿に乗ったって喜ぶさ。ジジイは面白がるだろうし・・・・・真哉ぐらいじゃないか?反対するのは」
 「あいつは真琴ベッタリだからなあ」
真咲の言葉に真弓は苦笑する。真琴ベッタリだったのは自分達も同様だからだ。
 そして、今日真琴の隣に立っていた男の姿を思い浮かべた。男の自分の目から見ても文句なくイイ男だったが、時折、
背筋がゾクッとするほどの空気を感じた。
(いいのかよ、マコ・・・・・)
 「兄貴、あいつの目、見たか?真琴を手放す気はないって言った時、俺ちびりそうになった」
 「・・・・・俺もだ。まあ、大事にされてるのは間違いないみたいだな・・・・・」
割り切れない気持ちのまま、2人は家路に付いた。





 本日の御会計、102、500円。

差額はもちろん海藤の懐から出ていた。




                                                                end






                                    
        





はい、終わりました。全然甘くないかな?
そう簡単に家族に認められることはないかもしれませんが、海藤氏は全く問題にしていないでしょう。
マコちゃんにべったりの弟真哉君もいずれ登場させたい・・・・・。