熊サンとお兄ちゃん'S+魔王


                                                               
 前編






 「マコが何時もお世話になっています」
 「いえ、よく働いてくれて助かってますよ」
 「そうですか?失敗ばかりか、摘み食いか、迷惑かけていませんか?」
 「真咲(まさき)兄!」
 日曜日の夕方、休みのはずの真琴がバイト先に訪れた時、珍しい2人の連れがあった。
 「今日は仕事休みですか?」
 「休んだんだよ。そうでもしないとなかなかマコの様子を見れないし。古河君にも色々聞きたかったしね」
 「え?」
含むような真咲の言葉に、古河は引きつった笑みを浮かべた。
 真琴がバイトを始めた3日目、わざわざ挨拶に訪れたのは真琴の2人の兄だった。
長男の真咲は7歳上、次男の真弓(まゆみ)は5歳上で、縦も横も大きい体育会系の兄達は、自分達とは正反対の容
姿も性格も可愛らしい真琴を溺愛していた。
一番下の小学6年生の弟真哉(しんや)でさえ危なかしいと公言する真琴は、兄弟の中で一番父親に似てどこかポヤン
とした性格で、実家にいた頃は変な人間に騙される事がないようにと常に気を配っていた。
 そんな真琴が大学に進学し、1人暮らしをすると言い出した時は大変で、一時は送り迎えをするから実家から通うように
と強く反対したくらいだ。
 そして、最近引っ越したということを父親から教えられ、それがバイト先で知り合っただけの相手ということで、2人の兄は
慌てて真琴に連絡を取ったのだ。
父親とは違い、それがただの親切だと到底思えない2人は、しつこく真琴に言い聞かせ、今日やっとその怪しい人物に会い
に来たのだが・・・・・。
 「で、古河君は海藤って奴のこと知ってるのかな?」
 顎髭を蓄えた、どう見てもパン屋ではなく、土建屋の親方のように貫禄のある真弓が切り出すと、短く髪を刈り上げた、こ
ちらも体力仕事をしているような真咲も振り返る。
(ホントに兄弟には見えないよな・・・・・)
 2人から安全パイと見られている古河は、躊躇った後に頷いた。
 「一度、会いましたけど」
 「どんな奴?」
 「やばそうな奴か?」
頷きたいところだが、一度会っただけの人間を評価するなど出来ない古河は、出来るだけオブラートに包んだような言い方
になってしまった。
 「まあ・・・・・オーラのある人でした」
 「オーラ?」
 全く想像が付かない2人は更に古河に訊ね様としたが、そこにタイミングよく森脇が現れた。
 「あれ、お兄さん’Sじゃないですか?珍し〜、マコちゃんに会いに来たんですか?」
挨拶に来た時もその場にいた森脇は、この似てない3兄弟が並び立っているのが気に入ったらしく、随分と兄2人と話が弾
んでいたようだったが、今もまるで旧知の知り合いに会ったかのような歓迎振りで話しかけた。
森脇のカラッとした性格は2人の兄達も好んでいるらしく、3人の話は弾んでいる。
 自分から逸れた追及にホッと溜め息を付いた古河は、厨房のスタッフが差し入れに出してくれたナゲットを頬張っている
真琴に視線を移した。
 「おい、兄ちゃん達をあの人に会わせるのか?」
 「はい。俺が居候させてもらってるんだからどうしても挨拶がしたいって。俺はしなくてもいいよって言ったんですけど、そういう
ことに煩くって。今日やっと海藤さんの時間が空いたんで会ってもらうことにしたんです」
 「会ってもらうって・・・・・お前、いいのか?」
 「いいのかって?」
 「あ、いや、あの人はお前の・・・・・」
 「俺の兄ちゃん達だから・・・・・大丈夫ですよ、きっと」
 「・・・・・そう願うよ」
自分がその場にいるわけではないのに、古河は胃がキュッとしまるような気がした。



 「こ・・・・・こか?」
 「うん、海藤さんの行き付けのお店なんだ。俺も何回か連れて来てもらったけど、何でも美味しかったよ」
 「そりゃ・・・・・美味いだろうな」
 いかにも高級そうな都心の寿司屋の個室に案内された3人。
2人の兄達はジーンズとシャツ姿を気にしながら座敷に腰を下ろした。
絶対に一見さんはお断りだろう雰囲気に、海藤という相手がかなりの地位の人間であろうということは想像がつく。
(マコは絶対騙されている・・・・・!)
(親父の言ってた親切ないい人って・・・・・違うだろう)
2人は世間知らずな真琴が騙されていると確信し、絶対に今日この場で連れ帰ろうと決意した。
 「お連れ様がいらっしゃいました」
 真琴達が着いて10分程立った時、仲居の声と共に障子が開き、1人の男が中に入ってきた。
(や、やっぱり・・・・・)
(男か)
せめて有閑マダムであればという2人の願いは一瞬に消えうせた。
自分達と同じほど背丈はあるが、身体はスレンダーだ。しかしそれは筋肉のしっかりついた身体だと、兄達は上等そうなス
ーツの上からも読み取った。
 「海藤さん」
 真琴が立ち上がるより先に、海藤は入口で膝を付くと、
 「本日は時間をとらせまして」
そう言って、丁寧に一礼した後顔を上げる。
 「うわ・・・・・」
 「・・・・・いい男だな」
 海藤の整った容貌に思わず感嘆の声を洩らしたが、2人はハッと我に返って目に力を込めた。
舐めてはいけない相手だと、瞬間的に悟ったからだ。
 「初めまして、海藤貴士です」
 丁寧に挨拶されればそれを返すのが礼儀だと、居住まいを正した兄達も頭を下げた。
 「真琴の兄の西原真咲です」
 「真弓です」
 「お待たせしまして」
 「いえ、それ程待っていません。それより、このたびは真琴が世話になっているようで、遅くなりましたがお礼申し上げます。
ありがとうございます」
兄達は揃って頭を下げた。



(本当に・・・・・体育会系だな)
 すっきりと綺麗に伸びた背筋に感心し、海藤は自分の隣に来て一緒に座った真琴を見下ろした。
(顔は似ていないが・・・・・)
容姿はまるっきり正反対のようだが、その真っ直ぐな気性と視線はやはり似ており、海藤は内心感心していた。

 『兄ちゃ・・・・・兄達が海藤さんに会いたいって言ってるんですけど・・・・・』

 いきなり真琴にそう言われた時は、さすがの海藤も戸惑ってしまった。自分のような立場の人間が傍にいることを、肉親な
らば絶対に反対することが分かっているからだ。
もはや真琴を手放せない海藤だが、肉親を大切に思う真琴を悲しませることはしたくなかった。
(とりあえずは、社長業でいっておこう)
 なし崩しに同居を始めたが、一度は肉親に会わなければならないとも思っていた。それが予想より早かっただけだ。
 「まだ何も頼んでないんですか」
ビールの一本もないことに苦笑し、海藤は軽く手を叩いた。






                                  
      





アンケートを見ていて、急に書きたくなりました。
海藤VS真琴’S兄。それと、人目もはばからない2人のイチャイチャ。思ったより手が進み、前・後編になっちゃいました。
甘々を見たい方、後編で♪