熊サンたちの忘年会






 「じゃあ、行ってきま〜す!」
 「行ってらっしゃい!」
 バイクに跨った配達担当達は、デレッと頬を緩めたままバイクを発進させて夜の街に飛び出して行く。
その笑みの原因は、店の中からニコニコ笑いながら手を振っていた。
 「あ、サンタさん!」
 丁度、店の前を通り掛かった親子連れの幼い男の子が、店の中を指差しながら叫ぶ。
すると、青い風船を手にした真っ赤な帽子と服を着た小柄なサンタが外に駆け出て、にっこり笑いながら男の子に風船
を差し出して言った。
 「ここのピザはとっても美味しいんだよ?クリスマスにはぜひ食べてね?」
 「うん!」
元気のいい返事に、可愛いサンタは更に嬉しそうに笑った。



 12月も半ばに差し掛かると、赤いサンタの格好をしたピザの配達のバイクをよく見掛ける。
ここ、宅配ピザ《森の熊さん》も例外ではなく、配達担当も店内担当も、皆赤いサンタの服を着ていた。
もちろん皆が皆似合っているわけではなく、少しガタイのいい人間が多いこの店ではカッコイイサンタは少ない。
ただ、店番の西原真琴は、可愛い笑顔とポヤンとした雰囲気が妙に格好にマッチして、身内からもお客からもかなりの
好評を受けていた。
 「マコ」
 「あ、すみませんっ。お客さんでもないのに風船あげちゃって」
 「ああ、それはいい。どうせ持ち帰りに来る客は子供はほとんどいないしな」
 真琴の指導係りであり、この店舗のサブ・チーフである古河は、チラッと時計を見ながら言葉を続けた。
 「今日のこと、あの人には言ってるのか?」
 「はい、迎えはいいって言ったら、帰る時は絶対に電話しろって言われちゃいました」
 「ああ、俺にも念押しの連絡があった」
 「え?古河さんにも?すみませんっ、心配性なんですよ」
 「それはまあ、いいんだ」
(それよりも問題なのは・・・・・)
 「休憩入っていいぞ」
 「え?でも、今他に・・・・・」
 「今注文途切れてるから俺が立ってる。ほら、小杉がタイ焼き差し入れしてくれてるぞ」
 「え?あ、じゃあ、お願いしますっ」
いそいそと奥の休憩室に向かう姿はまるで子供と一緒で、古河は思わず苦笑を零しながらも再び時計を見上げて溜
め息を零した。



 今日は《森の熊さん》の忘年会である。
皆の都合を照合して、水曜日という平日になってしまったが、ほとんどの者が出席することになっていた。
何時もは午後11時に閉める店も9時に早仕舞いをし、店からそう遠くない居酒屋で行われる忘年会は、高校生の
頃からこの店にバイトに来ていた古河にとっては6回目となる。
 「・・・・・どうするかな・・・・・」
 未成年の時はもちろん酒はご法度だったが、大学生になってからは自分では程々にだが飲むこともあった。
それには・・・・・。
(まさか、マコは大丈夫だと思うが・・・・・)
 男ばかりの忘年会。
酒の入るその場では、毎年新入りに対して行われる洗礼があった。
それは・・・・・女装だ。
その年その年でその服装は変わるが、新入りは初めから終わりまでずっとその服装でいなければならないのだ。
 古河も、今よりはまだ身体が出来ていなかったとはいえ、今の真琴よりは十分ゴツイ身体で看護婦の格好をさせられ
た。
からかうこともせず、ごく普通に会話をされることが苦痛だったのをよく覚えている。
 今年の新人は真琴だけだ。
普通ならば・・・・・古河もこの悪ふざけをある程度は笑って見れるはずなのだが・・・・・今回は少し、事情が違う。
 「あの人にバレるかどうか・・・・・」
(なんか、見透かされそうな気がするが・・・・・)
 今頃真琴は奥の休憩室で、チーフの中重から今日身に付けなければならない服とその事情を聞いているだろう。
真琴は雰囲気を壊すような性格ではないので、嫌々ながらもその洗礼を受ける為に女装はするであろうが、問題はそ
んな真琴を溺愛している怖い男の存在だ。
洒落が分かるような感じではない。
ただ、この身内だけのおふざけを、知る可能性はごく少ないはずだ。
それでも、もしもという可能性が全く捨てきれなくて、古河は無意識にポケットに忍ばせた携帯に指を触れた。



 「うわ・・・・・」
 「か、可愛いじゃん」
 「ま、マコちゃん・・・・・似合い過ぎ・・・・・」
 そして、午後九時半を過ぎた頃から、《森の熊さん》の忘年会が始まった。
内心誰もが今日の真琴の女装を楽しみにしていたのだろう、ソワソワと個室のドアを見つめる視線はキリがなくて、よう
やく少し遅れて中重と共に現われた真琴に、例年とは全く違う反応が部屋の中を包んだ。
 「な、なんか、恥ずかしいですね」
 顔を真っ赤にして立っている真琴は・・・・・女子高生になっていた。
白いブラウスにオレンジのリボンとカーディガン、膝上のスカートはオレンジと茶と黒のチェックで、足はわざわざハイソックス
という、どこで用意したのかと思うような本当に普通の制服姿だ。
女のようではないが、柔らかで可愛らしい容貌の真琴とその格好は恐ろしいほど似合っていて、どこから見てもボーイッ
シュな女子高生という感じだった。
 「そ、その下パンツ?」
 誰かがポツリと馬鹿な事を聞いた。
それに、真琴は笑いながら首を横に振る。
 「まさかっ。ちゃんとスパッツはいてますよ」
 「そ、そうだよな」
 「でも、似合ってるよ、マコちゃん」
 「マコちゃんかわいー」
 「へへ」
 真琴としてはあくまで女装で、皆の笑いを取れればいいと思っているようだったが、どう見てもむさ苦しい男の集団に1
人女の子が混ざっているとしか思えない。
 例の男の出現で、真琴への邪まな思いを持つ者はほとんどいなくなったが、今回のこの姿を見てまた想いをぶり返す
者がいても大変だと、古河はちょいちょいと指で真琴を呼んで自分と森脇の間に座らせた。
 「あー!!きたねー、古河チーフ!」
 「そーだよ、古河、マコちゃんは熊さんのアイドルだぞ!」
 「あ、10分ごとに席替え!」
 「賛成!」
 「・・・・・却下」
ブーブーと文句を垂れる一同を一喝し、古河は内心溜め息をつきながらジョッキを口にした。



 忘年会は盛り上がっていた。
今年は真琴を楽しませようという全員一致した目的があった為、会話も歌も、隠し芸も、それぞれが自慢のものを披
露した。
 真琴もよく笑い、食べていた。
絶対酒は飲ませないようにと厳命を受けた古河も目を光らせ、ともすれば誰かが進めるチューハイやビールも、「未成
年には禁止」という一言で却下した。
 「マコ、楽しいか?」
 「はい!みんなとご飯食べるのは楽しいです!」
 「そうか」
 素直なその言葉と表情に誰もが癒される。
あの男が心配するはずだと、古河は苦笑混じりに思った。



 そして、忘年会が始まってあっという間に1時間半が経とうとしていた。
そろそろ二次会に移ろうかという時間になった時、古河は自分の肩に重みを感じた。
 「・・・・・マコ?」
 「ん〜・・・・・眠い・・・・・」
(まさか・・・・・っ)
素早くテーブルの上に視線を走らせた古河は、そこに種だけが出されたサクランボを見付けた。
 「おい、これマコにやったの誰だ?」
 「え?あ、俺。マコちゃんがサクランボ食べたいって言ったから・・・・・」
 「・・・・・酒漬けのか?」
 「酒漬けって、チューハイに入ってただけの・・・・・」
 「あー」
まさか、ここまで酒に弱いとは思わなかった古河だが、真琴をこのままでここには置いておけなかった。
本当ならば服を着替えさせた上で迎えをと思っていたが、こんなにくったりとした身体を運んで着替えさせるというのは一
苦労だ。
何と言われるか分からないが、もう、古河が連絡しておいた迎えの来る時間だった。



 「うわ・・・・・魔王じゃん・・・・・」
 そう時間を置かずに部屋に現われた男。
背が高く、上等なスーツの上から上品なコートを羽織った、見惚れるほどに整った美貌の主を一同は見知っていた。
驚きと、恐怖と、様々な視線が自分に集中するのにも構わずに、男のその目は真っ直ぐに真琴に向けられる。
そして、思い掛けない真琴の姿に僅かに目を見張った男は、鋭い視線を古河に向けて言った。
 「どうした」
 「すみません、チューハイに入ってたサクランボを食べたみたいで」
 「服は」
 「忘年会で恒例行事です。毎年新人は女装をするんですよ」
 「・・・・・」
内心古河はドキドキとしていたが、表面上は何時ものように飄々として見える。
 「・・・・・」
 ゆっくりと歩いてきた男は、軽々と真琴の身体を抱き上げた。
 「んん・・・・・?かいどーさ・・・・・?」
 「寝てていいぞ」
 「うん」
真琴は甘えるように笑い掛けると、両腕を海藤の首に巻きつけた。
まるで猫のような可愛らしさに数人が生唾を飲み込んだが、男は一向に構わずに古河に言った。
 「世話を掛けた」
 「いいえ」
 そのまま真琴を抱いて、男は悠然と部屋から出て行く。
しんと静まり返った部屋の中は、しばらくの間誰も声を出せなかった。



  − 3日後 −



 「この間はすみませんでしたっ」
 やっとバイトに出勤してきた真琴は、直ぐに古河に頭を下げてきた。
 「いや、礼はあの人から聞いたし」
その後の忘年会はまるで自棄を起こすように盛り上がったが、誰も真琴とあの男のことを口には出さなかった。
しかし、真琴が翌日のバイトを休むと連絡してきた時、なぜか皆・・・・・色々と想像した上でやっぱりと納得したのだ。
 「あの、古河さん、あの服なんですけど・・・・・」
 「服?」
 「女装の・・・・・」
 「ああ、あれ?」
 「すみませんっ、あれ、あの、駄目にしちゃって・・・・・弁償しますから!」
どうして・・・・・とは怖くて聞けなかった。きっと、大人の事情というやつなのだろう。
 「いーよ、あれ、森脇が用意したやつだが、あいつも気にしないだろうし」
 「すみません〜っ」



 その日一日、真琴は森脇から散々制服のことを聞かれていたが、顔を真っ赤にしながらもその理由は口にしようとは
しなかった。
 そして、帰りには何時ものように真琴には迎えが来たが、珍しくあの男が後部座席に座っており、真琴の隣にいた古
河と森脇を見てわざわざ車を降りて言った。
 「先日はすまなかった」
 「い、いえ」
古河は墓穴を掘らないように言葉少なに応えたが、隣に立つ好奇心旺盛な悪友は違ったようだ。
 「楽しめましたか?」
怖いもの知らずの森脇の言葉に、古河は心臓が止まりそうになったが、
 「倒錯趣味はないつもりだったが・・・・・たまにはいい」
 色っぽい笑みを唇の端に浮かべて堂々とそう言い放った男は、顔を赤くして何か言おうとした真琴と共に車に乗って
あっという間に立ち去った。
 「・・・・楽しめたみたいで良かったな」
呆気に取られてぼんやりと呟いた森脇に、古河は返す言葉もなく溜め息をついた。




                                                               end






                                              



                                ↓



                             熊サンたちの知らぬ夜



すっごくノッてたのか、1時間程で打っちゃいました。
妄想が止まらないので、あの夜のあのプレイは、週末アップしちゃいます(笑)。
あ、でも、海藤さんは決してヘンタイさんではありません!