黒い天使と白い悪魔
前編
私立白英(はくえい)学園2年A組・・・・・男子校であるこの学園のこのクラスは、目に見えて三つのグループに分かれて
いた。
1つは生徒会副会長を筆頭とした品行方正な秀才グループと、もう1つは見掛けも言動も違反のライン上にある不良グ
ループ、そしてよくも悪くもほぼ平均な、ごく一般のグループと。
クラスのほとんどは3番目のごく一般の生徒達だが、秀才グループと不良グループの格差がありすぎて、A組は問題クラ
スだと浮いた存在になっていた。
A組の朝は、先ず2つのグループの代表格2人の舌戦から始まる。
「柴田、またネクタイもしていないね。君は制服の意味が分かってるのかな」
「うっせえよ、芝田!お前風紀委員でもないくせに煩い!」
「僕は風紀委員よりも立場が上なんだけど」
芝田隼人(しばた はやと)・・・・・入試の成績が満点だった芝田は、このまま東大もストレートで合格するだろうと学校か
ら一番期待されている生徒だ。
180センチを超す長身に、眼鏡を掛けた顔は知的に整っていて、男子校の校内はもとより、近隣の女子生徒達にも絶
大な人気がある。
去年の生徒会長選では、1年生ながらダントツの得票で当選し、今や学園のトップに君臨していた。
そして、柴田歩(しばた あゆむ)・・・・・成績はほぼ平均ながら、モデルをしているという事でそのスタイルは自己主張の
強いものになっていた。
肩に掛かるほどの長髪は綺麗な栗色、耳にはピアス、180に僅かながら届かない身長も腰が高く手足が長いので、スタ
イルの良さが際立っていた。
明るく気さくな性格の歩は、誰とでも直ぐに打ち解けられるが、芝田以下頭のいいグループとどうしてもそりが合わず、
何人かの友人と組んでは反発したように相手を攻撃していた。
頭が良くないといっても、手を出したほうが負けという事は知っている。
だからこそ歩は何時も口撃に徹していたが、時折あのすました顔を殴ってやりたいという欲求にかられていた。
今日も、歩は校門で風紀に止められた。
校則のネクタイを締めていなかったからという理由だが、自分以外にもそんな生徒はざらにいる。
たまたま運が悪かったといえばそうなのだろうが、芝田とよく一緒にいる風紀委員長の門脇拓実(かどわき たくみ)が分不
相応に芝田に突っかかる自分を面白くないと見ていることを知っている歩は、それがターゲットを自分に絞ったものだろうと
思っていた。
「柴田、聞いてるのか?」
「うるせえよ!大体、自分も同じ芝田のくせに、言っててふき出さないのに感心するっ」
「・・・・・じゃあ、歩って呼んでいいってこと?」
「ばっ、馬鹿!何勝手に名前呼んでるんだよ!」
「でも、同じ苗字だったら名前で呼ぶのが普通だろう?」
「・・・・・っ」
(こいつ、ホントに学年一位かよ!)
芝田は時折、歩が思ってもみないことを言い出す。
普段は服装のこととか、サボりのこととか、まるで担任の代わりのように歩に煩く言うが、顔色が悪いようだとか、足を引き
ずっているようだとか、自分でもあまり気にしていない些細なことを気に掛けて声を掛けてきた。
眼鏡の奥の切れ長の眼が自分に真っ直ぐに向けられると、どうしても背中がムズムズととしてその視線を断ち切って逃げ
出したくなってしまう。
ただ、弱虫だと思われるのが嫌で・・・・・歩は今日もこうして芝田と対峙していた。
「柴田」
「聞いてる。ネクタイは後でするよ」
「今」
「はあ?」
「今した方がいい。どうせ後からするつもりなら、今したって同じことだろ?」
「・・・・・っ」
(まさか、言えるかよ・・・・・っ、ネクタイ結ぶのが苦手だって・・・・・!)
モデルという仕事をしている割に、歩は服は好きだがどうもぶきっちょだった。
モデルの時はスタイリストが全て準備をしてくれるが、まさか学校のネクタイまで結んでくれるはずが無い。
母親が早くに死んで父子家庭の歩には世話を焼いてくれる人もおらず、ついつい面倒臭くなってネクタイもせずに登校し
てしまうのだ。
周りはそんな歩の格好をファッションだと見ているが、とても違うとは・・・・・今更言えない。
「どうした?柴田。俺が結んでやろうか?」
「・・・・・っ」
(くそっ)
「歩?」
いや、たった1人、歩のそんな不器用さを知っている人物がいた。
「何朝から楽しそうに」
「・・・・・どこ見て言ってんだよ、壮平(そうへい)」
「・・・・・」
「おはよ、歩、芝田」
歩の背後から肩を抱くように覆い被さってきたのは、歩の親友の荒井壮平(あらい そうへい)だ。
見掛けは歩のように髪を染め、ピアスをしているが、要領のいい荒井は一度も検査に引っ掛かったことはない。
成績も常に学年10位以内で、もっと本気を出せば芝田といい勝負をするのではと歩は常々思っていた。
「・・・・・おはよう、荒井」
「うちの歩が何かした?」
荒井の言いようは気に入らないが、これを切っ掛けに芝田の意識が荒井の方に向かったのは都合が良かった。
歩はほっと小さく溜め息を付くと、荒井に向かって無邪気な笑みを向けて言った。
「朝、例のごとく捉まったんだよ」
「あ〜、お前目立つからな」
「お前だって人の事言えねえだろうが」
「いえいえ、歩君には負けるって」
2人でフザケたように言い合っていると、何時の間にか芝田はその場から立ち去って自分の席についていた。
その周りには、何時ものように秀才グループが金魚のフンのようにくっ付いている。
ちらっとこちらを向いた門脇の目が少しきついような気がして、歩はムッと口を尖らせた。
「どうした?」
「門脇が睨んでる」
「・・・・・自分のボスが苛められたのが気にくわないんじゃないか?」
「苛められたのは俺の方だろ」
(どう見たって俺の方が被害者だ)
喧嘩には、多分負けないと思う。
自分よりも上背はあるが、あんなに勉強ばかりしている軟弱な男よりも、よほど自分の方が場数を踏んでいる。
ただ、父親に心配を掛けたくないのと、モデルという仕事に支障があってはいけないので我慢しているだけだ。
(どうせ、芝田とは来年クラスが変わるはずだしな)
まだ5月になったばかりで先の長い話のような気はするが、学生生活にとっての1年なんてきっとあっという間だと思う。
芝田以下数人は気にくわないが、他はそれ程悪い相手はいないし、何より親友の荒井と同じクラスなのだ。
(我慢、我慢だ、俺)
「歩、今日昼どうする?」
「何時もの通り抜け出そうぜ」
「ネクタイ結んでやるからお前の驕りな?」
「・・・・・高過ぎだ!」
笑いながら歩と荒井がじゃれている。
「・・・・・」
「何だ」
「・・・・・いえ、あなたも我慢強いと思って」
からかうような門脇の言葉に僅かに眉を顰めた芝田だったが、直ぐに口元に笑みを浮かべた。確かに自分でもそう思っ
たからだ。
あの綺麗で鈍感な男は、芝田がどういった気持ちで自分に口を出してきているのかは・・・・・多分、全く気がついてはい
ないだろう。
しかし、それさえも可愛いと思ってしまうのだからしようがない。
「からかい甲斐があるだろうが、取るなよ?」
「僕はもっと大人が好みですよ」
「あれが子供だというのか?」
「見掛けはともかく、内面は小学生ですよ」
2人だけで分かる会話に、周りで聞いていた数人は問い掛けるような視線を向けてくる。
しかし、2人はそれに答えようとはせず、顔を見合わせて静かに笑った。
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腹黒優等生×純情不良 リクエスト回答第9弾です。
久し振りの学園物ですが、ヤクザっぽくなってないでしょうか(笑)。
一応、前中後編の予定です。