黒い天使と白い悪魔
中編
高校の入学式で柴田歩を見た時、芝田隼人はそれがモデルの『アユム』だということに直ぐに気付いた。
いや、気付いたのは芝田だけでなく、他の新入生も在校生も同じだったろう。
(・・・・・綺麗な顔をしてるな)
それほど飛び抜けて高い身長ではないものの、全体的な身体のバランスが絶妙な歩はしなやかという言葉がピッタリで、
綺麗な顔に似合わない子供っぽい笑顔が印象に残った。
「あれ、アユムですよね」
「知ってるのか?」
「この辺りに住んでるって噂でしたからね。同い年だし、どんな奴かって多少は気になるでしょう?」
同じ中学出身の門脇拓実は目を細めて笑った。
母親同士が従姉妹という間柄の門脇とは幼馴染といってもいい関係だが、本家と分家という今時はやらない家の名前
の違いで、門脇はずっと芝田に対して一歩引いた態度で接してくる。
幼い頃は同い年の自分に対して敬語を使われることに違和感があったが、今ではもう慣れてしまっていた。
「・・・・・少し見とれました?」
「俺が?」
「確かに、顔は綺麗ですよね。でも、写真では大人しくて上品な感じだったのに、現物はかなり・・・・・ガキッぽい」
「・・・・・」
「髪の色もピアスももったいない。そう思いませんでした?」
「・・・・・さあな」
たまたま寄った本屋で、雑誌の表紙を飾っていた歩。人形のように綺麗に写っていたが、その強い目の輝きに一瞬目が
奪われてしまった。
それ以降、積極的ではないがふとした時に気になって雑誌を手にするようになったが、それはあくまでも二次元の相手だと
思っていた。
それが、今現実の存在として目の前に立っている。
「・・・・・」
芝田はしばらく、その横顔から目を離すことが出来なかった。
白栄学園はこの辺りでは進学校として有名で、芝田は当然、歩もそれなりに頭が良い方だったろうが、その目立つ容
姿の為か歩は教師や風紀から睨まれていた。
それとは反対に、芝田は自分で望まないまでも教師達からちやほやされてしまい、どちらかといえば教師寄りだと周りから
見られているらしい。
「あ」
「・・・・・」
ある日、廊下でばったりと歩に会った。
周りは偶然にも誰もおらず、芝田は気兼ねなく歩を見つめた。
「・・・・・なんだよ」
「え?」
「ガンつけやがって・・・・・俺に何か文句あるのか?」
「文句なんて無いよ」
クラスが違うので、歩の姿を見れるのは稀だ。それに、彼は何時も周りに友人がたくさんいて、芝田がやすやすと話し掛け
る事も出来ない雰囲気だった。
だからこんな機会は幸運だと、つい露骨な視線を向けてしまったのだが、あまり目付きが良くない為か睨んでいると思わ
れたらしい。
「お前、芝田隼人だろ。先公にこれのことでも言うつもりか?」
歩が指差したのは綺麗な耳のピアスだ。
(そういえば、この間校則違反だって没収されていたな)
それでも懲りずに付けて来たのかと思わず笑みを浮かべると、その笑いが気に食わなかったのか歩は更に眉間の皴を深く
する。
「・・・・・」
(ああ、怒ったな)
冷静にその顔を分析していると、いきなり歩の拳が飛んできた。
反射的に身を反らすと、その拳は宙を切ってしまい、
「あっ!」
「・・・・・」
バランスを崩した歩の身体を芝田は抱きとめた。
「・・・・・」
(細いな)
それほど身長に差はないものの、歩の身体は驚くほど華奢で芝田の腕の中にすっぽりと納まってしまった。
「・・・・・」
「・・・・・っ、離せ!」
よほど恥ずかしかったのか、歩は目元を赤く染めて逃げるようにその場を立ち去る。
芝田は歩を抱きとめた自分の手を、じっと見下ろしていた。
それから、芝田は意識して歩の姿を捜した。
特別教室の移動の時や、休み時間など、以前とは違って歩が友人といる時も構わずに声を掛けるようになった。
「柴田、ネクタイ締めてない」
「柴田、シャツのボタンは上まで締めるように」
「柴田、ピアスは校則違反のはずだけど」
「煩い!!」
歩が芝田の顔を見ると反射的に眉間の皴を深くして睨むようになっても、会話が出来るだけいいと思う。
そんな芝田に、門脇がからかうように言った。
「まるで小学生みたいですよ」
「俺が?」
「好きな子を苛めてるの」
「・・・・・」
(俺が、あいつを?)
気になって、目が追って、言葉を交わした日は家に帰っても笑みが零れた。
そんな自分の気持ちが恋愛感情なのだと、敏いはずの芝田は門脇に言われるまで全く自覚が無かった。
しかし、そう思えば全てが頷ける。
以前から歩の写真が載っている雑誌が気になったのも、入学式で目が奪われてしまったのも、睨まれ文句を言われなが
らも言葉を交わすことが楽しかったのは・・・・・全て歩の事が好きだったからだ。
(なるほど・・・・・俺も趣味がいいのか悪いのか・・・・・)
外見は間違いなく極上といえるが、内面は思わず呆れてしまうほどに子供で粗野だ。
それでも、外見よりもその中身を知るたびに楽しくなったということは、自分はかなり本気のようだ。
自覚すれば、芝田の中では同性同士ということは全く枷にはならなかった。確かに子供を作ることは出来ないが、身体
を重ねることは出来る。
歩はそこらの女よりもよほど綺麗だし、何より・・・・・歩の事を考えると欲情出来るのだ。
「でも、このままじゃ嫌われて終りじゃないですか?」
「・・・・・」
「もっと、容易に手を出せるようにした方がいいんじゃないですか?」
「・・・・・どうやって?」
「学園で一番の権力を持てばいいんですよ。そうすれば彼と2人になることは簡単と思いません?」
門脇の言葉に全て納得したわけではないが、一理はあると思った芝田は1年生ながら生徒会長に立候補した。
当然のごとく当選した芝田は風紀委員長に門脇を指名し、素行が悪いと言われる歩と頻繁に接触を持つことに成功し
た。
その反面、どうやら歩には苦手意識を持たれたらしいが、それも全て計算に入っている。
「計算?」
「いい奴よりも、嫌な奴の方が気になるだろう?」
「そういうことですか」
「お前も協力頼むぞ。あいつをからかうの面白がってるだろ?」
「反応が余りにストレートで面白いんですよ」
門脇も、芝田に協力するという名目ながら、個人的にも楽しんで歩を追い詰めている。
本当ならば見逃してもいい小さなことを、歩にだけ注意する門脇も自分同様に相当に嫌われているようだが、門脇もそん
な事を気にすることは全く無い性格だ。
「で、このままでいいんですか?」
1年生最後の春休み、家に遊びに来た門脇がそう言うと、のんびりとコーヒーを飲んでいた芝田はゆったりと口元に笑
みを浮かべる。
休みなので眼鏡は掛けておらず、切れ長の目は何を思ってか面白そうに細められた。
「まさか。面倒な仕事をしてるんだ、少しはメリットがないとな」
生徒会長という立場と、学年主席という立場を有効に利用して、芝田は新学期からは歩と同じクラスになることを既に
知っている。
あの綺麗な存在を手に入れる為にやっと動けると思うと、芝田の笑みはますます深いものになっていった。
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腹黒優等生×純情不良 中編です。
あんまり腹黒いって感じじゃないかな?
とにかく、この芝田に歩が落とされてしまうのは当然の成り行きと思いますが、そう話が簡単にいくかどうか・・・・・次回後編です。