黒い天使と白い悪魔






                                                                
後編





 自分にだけ目の仇のように注意をしてくる芝田が目障りだった。
何もわざわざ芝田が口を出さなくても、風紀委員が注意すればいいことだ。
(あいつ、絶対に俺を嫌いなんだよな・・・・・)
なぜそこまで自分が思われているのか分からないが、1年生の頃からたびたび歯向かっていた自分が嫌いなのは確かなの
だろう。
しかし、このままでは何時か自分は爆発してしまうかもしれない。
(その前に一度話をつけておくか)
 ガリ勉に手を出すほど大人気ないことはするつもりは無い。ただちょっと睨みをきかせて、これから先自分には構わないよ
うにと話して分かってもらうだけだ。
そう考えた歩は放課後、すれ違いざまに芝田に囁いた。



 「話があるんだけど」
 どういった心境の変化か、自分から声を掛けてきた歩を芝田は不思議そうに見つめた。
何時もなら芝田が側を通るだけで眉を顰める歩が自分から声を掛けてきたということは、芝田に何かそれなりに言いたい
ことがあるのだろう。
(丁度いいかもしれないな)
 どんな意味であれ、歩が相当芝田を気にしているのは確かだ。
 「いいよ、ここで?」
 「・・・・・屋上」
 「分かった」
せっかくの歩との対面を他の人間に邪魔されてはかなわない。
芝田はさっさと先に教室を出た歩の後を追って、ゆっくりとした足取りで屋上に向かった。
(鍵・・・・・は、必要ないか)
 危険防止に施錠されているはずの屋上に出る鍵は当然のごとく開かれていた。どういった経緯でここの鍵を手に入れた
のかはまた別の機会に聞いた方がいいかもしれない。
 「待たせた」
 既に待っていた歩は、ドアが開いた途端にこちらを向いていたのだろう、じっと芝田の方へ睨むような目線を向けてきた。
 「お前、何がしたいんだ?」
 「え?」
 「俺ばっかり目の仇にしやがって!俺以外にもピアスしてる奴だっているし、制服改造してる奴もいるだろうっ?なんで何
時も俺にばっかり!!」
多分興奮しているのだろう、言っていることは要領を得ないが、言いたいことは分かる。
そしてそれは、芝田の目論見通りだった。
 「分からない?」
 「分かるはずないだろ!」
 「・・・・・」
(綺麗だな・・・・・)
 まだ日差しが残っているせいで、歩の綺麗に染められている髪が輝いている。
同性に綺麗だと思うのもおかしいが、芝田はもうその感情を押し殺そうとは思わなかった。
 「君が気に入ってるから」
 「・・・・・はあ?」
 「俺のものにしたいから、ずっと君にちょっかいを掛けていたんだよ」
 「・・・・・お前、何言ってんだ?」
まるで恐ろしい言葉を聞いたかのように、歩は呆然と呟きながら芝田を見つめていた。



(こ・・・・・いつ、何言ってんだ?)
 幾ら自分の頭が良くなくても、芝田が言っている言葉自体の意味は分かる。
あれほどに歩の事を目の仇にしていた芝田は、信じられないことに自分の事を・・・・・男の歩の事を欲しいと言っているの
だ。
今の時代、恋愛に性別を気にしない者もかなりいるとはいえ、学園創設以来の秀才と言われている芝田がまさかそんな
リベラルな思考の主とは思わなかった。
いや、もしもそうだとしても、その相手が自分だとはとても信じられない。
 「お、お前、俺のことが嫌いだろ?」
 「嫌いって言った?」
 「え?あ、いや」
(そ、そういえば、嫌いとは言われてはない、ような・・・・・)
 とにかく何時も細かいことに注意をされていたことが印象強くて、そんな風に歩の言動が目に付くということは嫌いなのだ
と勝手に結論付けていただけだ。
そうでないのならば・・・・・。
 「あっ!お前、俺のことからかって遊びたいだけだろう!!」
 「からかう?まあ、それも面白いかもしれないな」
 目を細めて笑う姿は、とても同級生とは思えないほど大人っぽくて・・・・・どこか色っぽい。
そう思ってしまった歩は自分自身が許せなくて、慌てて首を横に振りながら言った。
 「絶対信じらんねー!!」
 「それは寂しいな」
 「芝田!お前なあっ!」
 「隼人」
 「はあ?」
 「俺達苗字は同じじゃないか。ずっと思ってたんだ・・・・・これから俺は歩って呼ぶし、君も俺を隼人って呼んでくれると
嬉しいんだけどな」
 「嫌だ!!」
冗談でもそんな風に呼ぶことなど出来ない。
今までの経緯で友達は歩が芝田を毛嫌いしていることは知っているし、他の人間の目からも優等生の芝田と不良とま
では言わないが目立つ素行の歩とでは、全く相反する場所にいる人間だと思われているだろう。
そんな2人が今更名前で呼び合う仲になる方がおかしい。
(へ、変な誤解されかねないっ)
 歩はソワソワし始めた。
最初は煩い芝田にバシッと言葉を投げつけるはずだったのに、どういう訳か雰囲気が変わってきた気がする。
このままこんなところで2人きりなのもまずいような気がして、歩はこの気まずい対面を早々に終わらせようと思った。
 「・・・・・とにかく!もう、俺に構うなよ!」
そう言い捨てて屋上から降りようとした歩は、不意に腕を掴まれて足を止めてしまった。
 「!」
 「つまらないな」



 「つまらないな」
 せっかく慣れない野生の動物が近付いてきたのに、このまま手放すなど勿体無い。
芝田はそのまま歩の腕を引き寄せ、硬いコンクリートの床に引きずり落とした。不意をつかれた歩は少々腰を打ってしま
い、顔を顰めて唸っている。
その隙をついて、芝田は歩の腰の上に跨いで座り込んだ。
 「お、お前・・・・・っ?」
 「歩は綺麗な身体をしてるよね。雑誌でも見てるし、体育の時間見てて思った」
 第二ボタンまで外してあったシャツの隙間から手を差し入れると、歩はビクッと身体を震わせた。その初々しい反応に、
芝田の顔はほくそ笑む。
 「歩、もしかして未経験?」
 「なっ?」
ボッと真っ赤になった歩の顔色で、芝田は自分の言った言葉が的を得ていたことを確信した。これ程の容姿で、モデルと
いう職業で、今だ誰の肌も知らないというのは貴重だ。
(おかげで全部俺のものに出来るのか)
 「お、おいっ、どけよ!」
 「ん?どうして?」
 「ど、どうしてって、男にのっかかって何が楽しいんだ!」
 「楽しいよ?この綺麗な身体が俺のものになるって思うとね」
 「・・・・・え?」
 「歩は知らない?男同士でもセックス出来るってこと」
 「セッ・・・・・?」
 こう見えても芝田は経験豊富だ。女はもちろん、男とも数人遊んだことがある。
清廉潔白な生徒会長の自分はこんなにも汚れて世慣れているのに、派手で目立つ歩の方がまっさらで綺麗な存在だと
いうのは面白い話だ。
でも、だからこそこの綺麗な存在を自分のものにしたい。誰にも渡すつもりはなかった。
 「こ、こんな野郎の身体見て勃つって言うのかよっ」
 「勃つよ」
 軽く腰を揺すってやると、互いのペニスが擦れ合ったのを感じたのか歩は動揺している。
(可愛いな)
細身ながらも自分とほとんど変わらない身長の歩に対して、芝田は綺麗とか可愛いとか・・・・・愛情を注ぐ相手としか思
えない。
 「し、しば、た・・・・・」
 「隼人」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「は、はや、と、止めろよ、止めて・・・・・っ」
 「ん〜、どうしようかな」
 この後歩をどうするか、それは芝田の気持ち一つで変わってくる。
このまま解放してやるか、それともここで全てを奪ってしまうか・・・・・全部芝田が決められるのだ。
 「どうしようかな」
上から歩を見下ろしながら、芝田は楽しそうに呟いた。







(あ、悪魔だ、こいつ・・・・・)
ゆっくりと覆いかぶさってくる芝田の端正な顔を見つめながら、歩はこの先自分がどうなってしまうのか・・・・・全く想像する
ことも出来なかった。




                                                                 end




                                       






腹黒優等生×純情不良  後編、完結です。

こんなとこで終わるなって言われそうですが(笑)。

芝田があまり腹黒って感じにならなかったのが心残りですが、これから先のこの2人の関係は、どうか想像して楽しんでください。