Love Song





第 1 節  Lentissimo



プロローグ






 「そんなに緊張しなくっても大丈夫だって。楽に楽に」
 「は、はい、安野さんにもそう言われたんですけど、俺、前からファンだったし、会えるだけでも緊張して・・・・・」
 「まあ、俺だって、自分の好きな奴らに会える時は緊張したけど」
 「木下さん、奴らなんて言っちゃ駄目ですってば!」
 「おい、まだ来てないだろ〜」
 一人落ち着きなく、何度も椅子に座ったり立ったりしている初音(はつね)を、木下はカメラの準備をしながらからかった。
(だって、ほんとに緊張してるんだから〜)
 希望の出版社に入社したものの、当初は女性誌の担当にされて、先輩女性編集者に散々しごかれてきた。
それが、二年目に入ってやっと念願の音楽誌の担当になり、一番最初の取材相手が、大学生の頃からのファンであるバ
ンドのメンバーなのだ。
 初音の高揚する様子は初々しかったが、プロとしてきちんと仕事をしてもらわなければと、今年入社15年目のベテランカ
メラマンは、少し声の調子を改めた。
 「とにかく、落ち着け。今一番トップを走ってるやつらだ。特に真中(まなか)は相手を選ぶからな。へコヘコしてばかりじゃな
められるぞ」
 「は、はい」
(そうだよ、なめられない様にしないと・・・・・!)
【GAZEL】(ガゼル)・・・・・今年デビュー4年目の彼らは、ボーカルの広瀬隆之(ひろせ たかゆき)、リーダーでキーボード
の真中裕人(まなか ひろと)、ギターの山崎太一(やまさき たいち)の三人組で、全ての曲は裕人が作詞作曲を手がけ、
プロデュースもしている。
 まだ高校生の頃から作詞家として活躍していた裕人は、これまでも様々なアーティストを育ててきたが、隆之の声が一番
セクシーだと今は【GAZEL】に力を注いでいた。
 隆之は今日本で一番セクシーな男といわれている。デビュー直後から抱かれたい芸能人にランクされるほどの、いわゆる
いい男だ。
艶っぽい噂は後を絶たないが、私生活はミステリアスで、なかなか表に出てこない。
 天才肌の裕人と、どこか浮世離れをしている隆之のバランスを取っているのが太一だ。
今年30歳になる苦労人の太一は、その人柄で業界内ではかなりの人脈と信用があり、さすがの裕人も太一の言う事は
聞くくらいだ。
 絶妙なバランスを保つこのバンドは今最も人気があり、他の追随を許していない。
それだけに様々な媒体が彼らと接触しているが、どういう基準なのかその半分以上は門前払いになっていて、今回初音が
関わっている雑誌も、まだ2回目の取材なのだ。
絶対失敗するわけにはいかないこの取材を、ほとんど新人同然な初音がなぜ担当することになったのか、細かい理由は
色々あるのだが、とにかく初音は今日この日に全力を傾けてきた。
 緊張を紛らすように深い溜め息を付いた時、軽くドアがノックされて、男が一人入ってきた。
 「お待たせしてすみません。【GAZEL】のチーフマネージャーの高津佳彦(たかつ よしひこ)です」
 「あっ、はい、今日はお世話になります、『M.J』の桜井初音です」
強張った笑みをかろうじて向けると、高津は軽く頭を下げた。
 「実は真中が遅れてまして、とりあえず広瀬と山崎だけ先にいいですか?」
 「も、もちろんです」
 「ありがとうございます」
 そう言い残し、高津はいったん外に出る。
いよいよだ・・・・・初音は再び心拍数が上がってくるのが分かった。
(もうすぐ、会えるんだ・・・・・タカに・・・・・!)
 そして、再びドアが開いた。
 「お待たせしました、【GAZEL】の広瀬と山崎です」