Love Song





第 1 節  Lentissimo










 「ふぁ〜」
 大きく口を開けて欠伸をする隆之を、高津は眉を顰めて注意した。
 「外に出たら欠伸するな。イメージ壊れる」
 「いいだろ、それぐらい。なあ、太一」
 「そうだけど、やっぱり人気商売だからね。少し注意しよう?」
 「・・・・・うん」
 「太一の言うことには素直に頷くんだな」
 「・・・・・」
 隆之はそれ以上口を開かず、黙ったまま歩き始める。
(人気商売か)
 隆之が裕人と太一に誘われてデビューしたのは、高校3年の冬だった。
テレビや雑誌などには出ず、音だけを媒体にした戦略は、曲の良さと甘い声で爆発的な人気を生み出し、その上私生活
を全く見せないミステリアスさが更に拍車を掛けた。
高校生の頃は全く外見に無頓着だった隆之が、自分のクラスメイトだったと気付く者はほとんどいないだろう。
それ程隆之の外見は変わったが、中身はその頃から変わらずにシャイで感情表現の下手な男だった。
 「とりあえず、裕人が来るまで、よろしく」
 太一に向かって言うと、高津は取材記者の待つ部屋のドアを開けた。



 「よ、よろしく、おねがっ、がいします」
 傍から見てもガチガチの初音を、隆之は外見は無表情のまま、内心では興味深く見ていた。
(初音か・・・・・変わった名前)
 「リラックスして下さいね」
太一もその緊張感に苦笑して言うと、初音は強張ったままの笑顔で頭を下げた。
 「ありがとうございます」
 まだ新人なのか馴れ馴れしい口調ではなく、しかし自分を見つめる目にはあからさまな憧れが含まれていた。
今までも数えきれないほど向けられた視線だが、まるで広瀬隆之という個人を無視されているような感じで面白くない隆
之は、少し意地悪い気持ちになって言った。
 「俺、同じ事は言いたくないんだ」
 「え?」
 「だから定番の質問は飛ばしてもらえる?」
 「え、えと・・・・・」
 バンドを組んだきっかけや、目指す音楽、メンバー同士の仲や夏にあるライブの話など、全てNGと言っているのも同然で、
そうでなくてもあがっている初音はたちまちパニックになってしまった。
書いていた質問内容を慌てて消し、直ぐに口を開きかけたが言葉が出てこない。
 何度もペンを持ち替え必死に考えるが、もともとファンだった初音が思い浮かぶ質問はありきたりのものしかなくて、初音は
とうとう助けを求めるように木下を振り返った。
 「木下さん・・・・・」
元々フォローするつもりだった木下は軽く頷き、構えていたカメラを下ろして言った。
 「タカさん、勘弁してやってください。こいつ、本当にあなたのファンで、今日を楽しみにしてたんですよ」
 「そうだぞ、タカ。同じ質問、同じ答えでも、受け取る方が変われば違うだろ?今までだって、同じ質問されたことはあるし、
今日だけ駄目だって言うのは大人気ないぞ」
 木下の言葉に、太一も直ぐに同調する。
 年長者の二人に言われ、わざとらしく溜め息を付と、その瞬間、初音の顔が泣きそうに歪んだのが見えて、隆之は自分
の子供っぽい言動を直ぐに後悔した。
 「お待たせしました」
 そこへ、裕人を迎えに行っていた高津が戻ってくる。
救われたように、隆之は軽く咳払いをして言った。
 「いいよ、質問始めて」
 「・・・・・はい」
 最初とは雲泥の差でテンションの落ちた初音を、隆之は慰めることも出来ずに黙ったまま見つめる。
そして、そんな隆之を、今来たばかりの裕人がじっと見ていた。
(なんだ、僕のいない間に、楽しいことがあったみたいだな)
 勘のいい裕人は微妙な空気の二人を楽しそうに見ながら、後でゆっくり太一を追及しようと思った。