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午後6時の東京駅。
東京から福岡博多まで、寝台特急の約17時間ほどの旅に参加する面々が続々現れた駅のフォーム。
木曜日のその時間帯はまだかなりの人出があったが、なぜかそのホームにはそう言った意味での煩いざわめきは無い。
ホームの端から端までの等間隔、そしてホームに続く階段にも、ずらりと並んでいる黒と、モノトーンの背広を着ている男達が立っ
ており、まるで何かを見張るかのように鋭い視線を周りに走らせていた。
「こんな怪しげな話に飛びつくのはタロくらいだと思っていたんだがな」
そう言いながら、手に持った招待状を弄んでいるのは、最大指定暴力団大東組系羽生会の会長、上杉滋郎(うえすぎ じろ
う)だ。
長身に堂々とした体躯の主である上杉は、今日は珍しくスーツではなくラフな格好だ。それは、今上杉が声を掛けた同系、開成
会会長、海藤貴士(かいどう たかし)にも言えることで。
「真琴が電話をしようとした時に、丁度そちらから連絡があって」
「ああ、久し振りにゆっくりと可愛がってやろうと思ったらあれが来ただろ?直ぐにお前のとこや日向組(ひゅがぐみ)の姫さんに連
絡とって、とうとう疲れて寝られちまった」
上杉の恋人である苑江太朗(そのえ たろう)は、まだ高校生なので外泊は頻繁に出来ない。それでもそれなりにセックスの回
数はこなしているのだが、先日は興奮しきりに騒いだ太朗はコテンと寝てしまったのだ。
その笑顔は可愛かったものの、上杉としては少し欲求不満で、それならばと今回の寝台列車の中や温泉宿で、泣いて善がるほ
どに可愛がってやろうと企んでいた。
上杉が何を考えているのか、海藤には分かる気がした。
(確かに少し、子供だからな)
自分の恋人である西原真琴(にしはら まこと)も、大学2年生にしては幼いとは思うが、太朗のあれは・・・・・さすがにあんな子
供に手を出している上杉に内心眉を顰める時もある。
ただ、上杉がそれまでの華やかな女との関係を全て断ち切り、太朗だけに想いを寄せている事も感じ取れるので、口を挟むまで
も無いとも思っている。
「倉橋に調べさせましたが、どうやらこの旅行には不審な点は無かったようですし」
「小田切は犬も連れて来れると喜んでいたぞ」
「犬・・・・・」
「それに、太朗の勇気を褒めていいぞ、海藤。ほら」
「・・・・」
上杉の視線が指した先を見ると、そこには小早川静(こばやかわ しずか)と、高塚友春(たかつか ともはる)が、太朗や日向
楓(ひゅうが かえで)と談笑している。もちろん、その傍には彼らの恋人の姿が・・・・・。
「・・・・・彼らも来ているんですか」
「なかなか楽しい光景だな。海藤、からかいに行くか?」
「上杉会長・・・・・」
とてもこんな行事に参加しそうに無い2人を、わざわざ追い掛けてまでからかおうとは思わない。
妙に楽しそうな上杉の横顔を見て、海藤は内心溜め息をついた。
春休み直前の楽しい旅行に、太朗は数日前からテンションが高いままだった。
もちろん、大好きな友人達と一緒の旅行が楽しみだという事もあるが、上杉と旅行が出来ることも嬉しい。
記念なんだからと招待状を母親に見せれば呆気ないほどすぐに許可ももらえたし、これはもう大いに楽しむしかなかった。
「リジもケイも来れて良かったね!」
「・・・・・」
「・・・・・」
太朗が弾んだ口調で言うと、静と友春は顔を見合わせて苦笑を零した。
「な、何?」
「江坂さんやカッサーノさんのことそう呼べるの、太朗君くらいだなと思って」
「え?おかしい?」
確かに、自分よりもずっと年上の相手を呼ぶのにその呼び方はおかしいかもしれないが、江坂に会う前に知っていた伊崎、楓の
彼氏である伊崎恭祐(いさき きょうすけ)を知っていた太朗は、皆には内緒だが時々名前を間違えそうになっていたのだ。
伊崎と、江坂・・・・・。
(似てるもんな)
「それに、ジローさんとか、リジって言ってるし」
「そういえばそうだね。先生とか、お巡りさんとか、そんなのと一緒かも」
「・・・・・いいの?そんな風に言って」
暢気に笑う静を、楓の方が気遣うという変な現象だが、当の太朗は静が笑って認めてくれたと思い、これからもこの呼び方は変
えなくてもいいかと思う。
と、
「あれ?真琴さんは?」
その場に真琴がいないことに気付いた太朗がキョロキョロと辺りを見回していると、
「あ・・・・・あいつら」
少し離れた所で談笑をしている真琴の相手を見た楓が、思わずというように呟いた。
「何、楓知ってる人?」
「同じ高校の後輩と、その後輩の叔父さんが勤めている会社の人」
「何、それ?」
ややこしい楓の言い回しに、太朗は首を傾げてしまった。
「本当に久し振りですね」
真琴は久し振りの再会に思わず2人に駆け寄っていた。
以前、海藤の部下である綾辻勇蔵(あやつじ ゆうぞう)の繋がりで、夜の街で偶然出会った彼ら。考えれば、確か楓もその時
が初対面だったと思う。
海藤の職業のこともあり、楓とはその後も付き合いが継続的に続いているが、社会人である松原いずみ(まつばら いずみ)や
高校生の尾嶋洸(おじま こう)とは、あまり連絡を取ることも出来なかったのだ。
「いずみさん達も招待状を貰ったんですね」
「専務は怪しいとか言ってたけど、尾嶋さんが大丈夫だって言って・・・・・せっかくの記念だし、行きたいねって洸君とも話してい
たし、ね?」
「はい。僕、何時も和彦さんには迷惑を掛けているから、少しでもゆっくりと気分転換してもらいたいなって思って」
「え〜と、確か、専務秘書さんでしたよね?」
真琴でも知っている香西物産(こうさいぶっさん)という超一流企業の専務である北沢慧(きたざわ さとし)ならば、身辺にも十
分気をつけなければならないのだろう。
それを一手に考えているはずの専務秘書、尾嶋和彦(おじま かずひこ)がOKを出したのならば、この旅行も安全だ。
(ホームとかにいる警備の人って、こっち側だけの人じゃなかったんだ)
随分重々しい警備の人間が多いと思っていたが、それは大東組理事の江坂凌二(えさか りょうじ)や、イタリアマフィアの首領
でもあり、富豪でもあるアレッシオ・ケイ・カッサーノ、そして、海藤や上杉の部下達だけではなく、大企業のトップを守る為にもどう
やら多くの人材が割かれているらしい。
(大変だなあ)
「そういえば、西原さん、【GAZEL】(ガゼル)のボーカルの広瀬隆之(ひろせ たかゆき)、さっき列車に乗り込むの見ましたよ、
僕っ」
「ホントっ?」
今日本で一番名前を知られているといってもいいバンドのボーカルが同じ列車に乗るなど余りない。思わず目を丸くした真琴
に、いずみも言った。
「俺は声優の日高征司(ひだか せいじ)を見た!隣にいたの、多分坂井郁(さかい かおる)じゃないかな?従姉妹がアニメ
好きで、大学の時イベントに付き添いで連れて行かれたことがあるんだ」
「なんか、豪華な旅行」
「うん」
「ねえっ」
会話が途切れた時、楓が3人を連れて近付いてきた。
「相変わらず綺麗だねえ」
早々に暢気な事を言ういずみにテレ隠しに頬を膨らませた楓を見て笑った真琴は、いずみ達に太朗達を紹介する事にした。
多分、1人だけ社会人のはずのいずみだが、あの集団の中にいても全く違和感はないと思った。
(ユウ達も来ているとは思わなかったがな)
信頼出来る筋からの招待状ということで、ようやく身も心もモノにしたいずみとゆっくり・・・・・そう思っていたのもつかの間、過去の
あまり自慢に出来ないことを知っている遊び仲間、綾辻勇蔵(あやつじ ゆうぞう)までいるとは思わなかった。
「専務」
「何だ」
「向こうに、『SKファンド』の西園寺社長がいらっしゃいます」
「西園寺?」
尾嶋の言葉に振り向いた北沢は、そこにいる男を見て眉を顰めた。
(あいつがこんなところに?)
強引で大胆なM&A買収を繰り返していき、今や国内でもトップクラスの、そして、海外でも名の知れた経営コンサルタント会社
を学生の頃から立ち上げた西園寺久佳(さいおんじ ひさよし)には一目置いていたものの、老舗といわれる自分の会社とは少
し違うと感じて距離を置いていた。
他の同業者の中でも恐れを抱く者が多い徹底的な能力主義のあの男が、どうしてこんな場所にいるのかと不思議に思う。
このホームには、今日は招待状に招かれた、寝台列車に乗る者だけがいるはずだ。
「・・・・・隣にいるのは?」
「多分、あの男が引き取っている子でしょう。確か、高階響(たかしな ひびき)」
「お前、よく知っているな」
「当時は有名な話でしたよ、鬼にも涙があるんだと」
「・・・・・」
長身の西園寺がまるで守るように立ちふさがり、こちらが赤面しそうなほどに甘い眼差しを向けている相手。いずみとそう歳は変
わらないように見えたが、どこかガラス細工のような繊細な雰囲気を持つあの青年を見ていたら、守らなければと思う西園寺の気
持ちも分からないでもない気がしてきた。
「変なことを考えていないでしょうね?」
「変なこと?まさか」
せっかくのいずみとの旅行だ、他の人間になどに目が行くはずがなかった。
「ア、アシュラフ、何だか人が多いね」
(それに、美形率が高い気もするんだけど・・・・・)
久し振りに会いに来てくれた恋人、アシュラフ・ガーディブ・イズディハール・・・・・ガッサーラ国の第一皇子にして、自分、永瀬悠
真(ながせ ゆうま)の婚約者でもある彼と自分宛に届いた招待状。
悠真は寝台列車に乗ったことは無かったし、アシュラフも珍しい列車の旅に興味を示した。ワクワクとした気持ちでここまできた悠
真だったが、思い掛けなく同乗者には同じ男とは思えないほどに綺麗な容貌の者が多い。
自分に対するアシュラフの気持ちを疑うつもりは無いが、日本人の綺麗な青年に視線がいっても仕方が無いかなと思った。
「ユーマ」
「・・・・・」
「日本人は確かに幼い顔立ちで綺麗な者が多いようだが、私のユーマよりも愛らしい者はいないな」
「ア、アシュラフ」
「可愛らしい嫉妬をありがとう。お前も、私以外の男を見ないように」
そう言って、アシュラフの長い腕で身体を包まれた悠真は、周りの視線が気になってしまってアシュラフの胸に顔を埋めた。
「どうした、落ち着かないようだが」
「あ、ううん」
最愛の恋人(と、自分は思っているが)小田切裕(おだぎり ゆたか)に声を掛けられても、宗岡哲生(むねおか てつお)は落
ち着かなく視線を揺らした。
(どうしてここに緒方警部が?)
自分よりも遥か立場が上の警視庁の警部、緒方竜司(おがた りゅうじ)がどうしてここにいるのか宗岡は分からなかった。
どうやら小柄な、しかし女ではなく男と一緒のようだが、まさか、自分の顔を知らないだろうかと冷や冷やする。
(裕さんは知らないのか?)
宗岡は、警視庁の中でも無茶なやり方ながら優秀だという緒方の顔を知っているが、緒方の方は一白バイ隊員を知っている
とは限らない。それでも、警察官である自分がこんなにもたくさんのヤクザが行く旅行に同行していると知られてはならない。
(・・・・・あれ?そういえば、ここにいるってことは、緒方警部もこの旅行に・・・・・)
「テツオ」
「あ、はいっ」
「私を退屈にさせたらどうなるか・・・・・分かっているんだろうな?」
「あっ」
「・・・・・」
「ま、待ってよ!」
自分の言い訳も聞かずにさっさと自分の上司の方へと歩いていく小田切を、宗岡は慌てて追い掛ける。
せっかく小田切と一緒に旅行に行けるのだ、今は他の人間を見ている暇はなかった。
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始まりました、記念企画。
でも、まだ出ていない人が結構(汗)。
次に出てくるだろうファンタジーの面々は、とにかく割り切って読んでくださいませ。