寝台列車に次々と乗り込む人々を見つめながら、自分はあまりにも場違いなのではないかと楢崎久司(ならざき ひさし)は居
心地が悪かった。
一応羽生会の幹部という名前はもらっているものの、楢崎自身は自分が下っ端だと思っている。そんな自分が、こんなにも地位
のある人間の中にいてもいいのだろうかと悩んでいた時、
 「楢崎さん」
と、後ろから声を掛けられた。
振り向いた楢崎の視界に入ってきたのは、自分と同じ様な立場、開成会の幹部である倉橋克己(くらはし かつみ)だ。
 「ご苦労様です」
 「そちらこそ」
立場的にはほとんど変わらない。ただ、倉橋よりも楢崎が年上だという事で、彼は自然に楢崎を立ててくれていた。
 「今回は私は何もする事がなくて・・・・・こんな風にゆっくりさせてもらってもいいのだろうかと思っているくらいです」
 「私もですよ。こんな旅に、それも・・・・・こいつも連れて来いなんて・・・・・」
 そう、楢崎が困惑していたのは自分の場違いさだけではない。楢崎は自分の背中を振り返った。
 「暁生」
 「な、楢崎さん、お、俺、さっき芸能人見ちゃった」
 「・・・・・」
恋人・・・・・と、いえるのか、自分の息子と言ってもいい程に歳の離れた青年は、日野暁生(ひの あきお)といって、今は専門学
校に行っているのだが、暁生も同行するようにと招待状には書いてあったのだ。
 「いいんだろうか」
 「・・・・・さあ」
さすがの倉橋も曖昧な返事をするしかなかったようだった。



 「和沙、こっち」
 「は、はい」
 恋人である沢渡俊也(さわたり としや)の差し出した手に掴まり、杉野和沙(すぎの かずさ)は俯いていた視線を慌てて前に
向けた。
そうでなくても引っ込み思案な性格の和沙だが、今回のこの旅行にはかなりの有名人も同行するという事で、今から落ち着かな
い気分だったのだ。
 「和沙」
 「・・・・・」
 「引き返す?」
 そんな和沙の性格を熟知している沢渡は、気遣うようにそう言ってくれる。しかし、もちろん和沙は沢渡との旅行が嫌なわけで
はなかった。
(前の旅行だって・・・・・とっても楽しかったし)
先日の2人きりの旅行。その時、ようやく大好きな沢渡と結ばれた。だから、和沙は旅が嫌いではない。
ただ、同行者があまりにも・・・・・派手なのだ。
 「だ、大丈夫です、行きます」
 「せっかくなんだから、楽しもう」
和沙の決意を褒めるように笑いながら言った沢渡は、そのままぐいっと和沙の手を引っ張るといきなり頬に口付けてきた。



(顔、隠した方がいいと思うんだけど・・・・・)
 桜井初音(さくらい はつね)、目の前で長い足を組んでいる隆之をチラッと見つめた。
全国ツアーが間近だというのに、気分転換に面白い招待状が来たからと初音を誘ってくれたのだが・・・・・今、こうして同じ車内に
いるというのに、初音はいまだなぜ自分がここにいるのか分からないままだった。
 「結構、人が多いな」
 「そ、そうですね」
 「・・・・・初音」
 「は、はい!」
 「・・・・・そんなに緊張しなくていいのに」
 声が裏返ってしまった初音を見て、隆之はクスッと面白そうに笑う。そんな表情はテレビの中や写真でも見たことが無いほどに優
しくて穏やかで・・・・・初音は見ているだけでボッと自分の顔が熱くなるのが分かった。
(は、反則だよ、タカ〜)
 こんな表情を今自分に見せるのなんて卑怯だ。
初音は動揺している自分を誤魔化すように、慌てて手帳を開いて何かを書く真似をする。
(何、書こう・・・・・?)
この表情を書くのだけは嫌だなと思いながら、初音はペンを握り締めた。



 物珍しげに窓の外を見つめる可愛らしい仕草に、緒方竜司(おがた りゅうじ)は口元に笑みを浮かべた。
警視庁の警部である自分と、交番勤務の警察官の関谷篤史(せきや あつし)の休みはなかなか合わない。それでも、今回の
この旅だけはスムーズに2人の上司に許可を貰えた。
 職務に燃えている篤史は有給休暇を貰うだけでも申し訳なさでいっぱいのようだったが、緒方としては普段十分働いている見
返りがあっても当然だと思っている。
 「お前、初めてか?寝台車」
 「ええ、なんか、本当にちゃんとベッドがあるんですね」
 「何だ、それ」
 「二段ベッドみたいなものかと思っていたので」
 駅に来る直前まで不本意な顔をしていた篤史だが、実際に車内に乗り込むとワクワクとした表情に変わった。
(寝台列車の意味、分かってんのか、こいつは)
一晩中、この密室に2人きりでいるという意味が、この、恋愛に関してはまだまだ子供な篤史には全く分かっていないような感じが
する。
せっかく邪魔者がいないというのにどこまで手が出せるかと思いながら、それでもこうして2人でいることだけでも満足している自分
もいて、なんだかそれがおかしかった。
(そういや、さっき開成会の綾辻がいたな。・・・・・面倒な事は起こすなよ)
 非番の時に働く気など全く無い緒方は、同じ列車に乗っていた多くのヤクザ達が問題を起こすことが無いようにと、今はそれだ
けを考えていた。



 楽しそうに話している静を見て、江坂は一応はここに来た意味はあったのかと思った。
本来はこんな怪しい紹介状に動く事は無いのだが、是非にという影の力を感じて渋々ながら静を伴って参加した。
案の定、静と仲の良い煩い子供も同行するようだが、部屋は一つ一つ仕切られているので、今だけ我慢していれば後は部屋に
閉じこもっていればいいだろう。
 傍にいるイタリアマフィアのアレッシオも同じことを考えているのだろう、文句も言わずに友春が子供達と話しているのを見つめてい
る。
 「失礼」
 そんな江坂に挨拶をしてくる者がいた。
 「挨拶をしてもよろしいですか」
 「・・・・・ええ」
 「東京紅陣会若頭、秋月甲斐(あきづき かい)です、お見知りおきを」
 「紅陣会の・・・・・それは、ご丁寧に」
紅陣会は大東組とは別の系列の組の傘下だが、そこの筆頭だという噂の組だ。
江坂も初めて会うが、噂で聞くよりもかなり若いなという印象だった。
 「ご活躍は聞いていますよ」
 「こちらこそ、大東組の江坂理事といえば有名ですよ。こんなとこで挨拶をするのも無粋だと思ったんですが、無視をするのも気
持ちが悪いものですしね。それに」
 言葉を止めて秋月が後ろを振り向く。
つられるように江坂が視線を向けると、そこにはまだ少年といってもいい年頃の子供が立っていた。
その表情はとても楽しそうとは言い難く、どうやら兄弟とも、恋人ともいえないような感じだ。
 「これが1人なもので、向こうの仲間にしてやってもらえませんか」
 「・・・・・どういう?」
 「沢木日和(さわき ひより)。俺のイロです」
 「・・・・・」
 イロ(情夫)というにはあまりにも幼い感じがするが、考えれば上杉の連れもかなり若い。
(あいつに任せるか)
 「上杉っ」
子供の相手は自分ではなく上杉の方が適任だろうと、江坂は上杉を呼んだ。



 「上杉っ」
 少し離れた場所から江坂に名前を呼ばれた上杉は、江坂と一緒にいる人物を見て眉を顰めた。
 「誰だ?」
 「・・・・・確か、紅陣会の・・・・・」
 「秋月若頭ですよ」
海藤が答える前に、傍にやってきた小田切が答えた。
 「やり手と評判の方ですよ。・・・・・あなたと似ているでしょうか」
 「俺みたいないい男が2人もいるわけねーだろ」
堅苦しい会合はほとんど小田切任せの上杉に秋月の情報は無いが、どうやら小田切は知っているようだ。対応に困れば小田切
に押し付けるかと、上杉は慌てる事も無く江坂の側へと歩み寄った。
 「こちらは、紅陣会の若頭である秋月さんだ」
 「初めまして」
 「こちらこそ」
 「彼の連れが1人だそうだ。お前のところと遊ばせてやってくれ」
 「・・・・・」
(何だ、そんなことか)
 いったいどんな面倒な事を押し付けられるかと思ったが、子守ならばたいしたことは無い。
上杉は秋月の背後に視線を向けた。
 「・・・・・タロと余り変わらないか」
大人しそうな少年は、どこか友春に雰囲気が似ているような感じだが、彼よりはもう少し自己主張をしているようにも見えた。
秋月の背後にいるというのに、男の服を掴むことも無く、一定の距離を開けている様を見れば、どうやらまだ2人は恋人という関
係ではないようだ。
 それでも、上杉の視線から露骨に子供を隠すように身体を移動し、不敵な笑みを浮かべる秋月の行動は、明らかに上杉を威
嚇しているのだろう。
(面白れえ)
自分に張り合う人間の出現に、上杉は笑いながら手を差し出した。
 「俺の可愛いタロに紹介してやるから付いてこい」
 「・・・・・タロ?」
犬の名前に、思わず秋月が呟いた。



 「新しい遊び相手だ、仲良くしろよ」
 「何だよっ、俺達犬じゃないんだってば!」
 大きな団体になって話していた太朗は、いきなりそう言って近付いてきた上杉に食って掛かったが、その上杉の背後に恐々付い
てきた人物を見ると首を傾げた。
 「ジローさんの友達の知り合い?」
 「まあ、そんなとこだ。タロと同級らしいぞ、2人してガキッぽいよな」
 「ガキだって言うなってば!もうっ・・・・・あ、こんにちは、俺、苑江太朗です。ジローさんの知り合いです」
 「恋人だろ」
 「だからっ、そんなこと真顔で言うなってば!」
 ここには自分達の関係を知らない者もいるのだ、幾ら太朗でも早々男同士の恋人関係が認められているとはさすがに思ってい
ないので、一応はしゃぐ上杉に一喝してから、再び自分とそう歳の変わらない相手に視線を向けた。
 「俺達のこと全然気を遣わなくていいからさ、変な大人の側にいるよりは絶対にいいよ」
 「う、うん、ありがと。俺、沢木日和、よろしく」
 「ひより?」
 「いいお日和ですねっていう日和なんだけど」
 「へえ、可愛い名前だなあ、ねえ、真琴さん」
 「うん、ホント。よろしくね、日和君」
 初めは緊張していた様子の日和も、真琴を含め、静やいずみのおっとりと柔らかい雰囲気にホッとしたようで、言葉数は多くは
無いが話し始める。
太朗は上杉に任せておけと言おうとして視線を向けたが、その視線の先に不思議な格好の人間を列車の中に見たような気がし
た。
 「・・・・・」
(3両目には行かないようにって言われてたっけ)
 「変な世界に行っちゃうからって言ってたけど・・・・・どういう意味なんだろ?」
(変な世界って・・・・・気になるよなあ)
あの変な仮装行列に意味があるのかなと、太朗は首をかしげながらもそこから視線が動かなかった。






                                         






これで、ヤクザ部屋と社会人部屋は出揃ったでしょう。この後、突発的に出すカップルもいると思いますが。
次回はファンタジー部屋・・・・・どう書きましょうか(汗)。