初めは海藤と真琴の部屋に集まろうとしたが、やはり少し狭いので、2つあるうちのもう一つのサロンへと集まることにした。
この後、何時ものメンバーで温泉に行くことも決まっているので、年少組は今から楽しみだとはしゃいでいる。
 「みんなでお風呂入ろうよ、ね?」
 「もちろん、タロには俺の背中を洗ってもらわなくちゃいけないしな」
 「え〜、なんで俺が楓の背中流すんだよ」
 「太朗君、みんなで洗いっこした方が楽しいじゃない、ねえ、友春」
 「うん、静の言う通り、その方が楽しいよ。君も、一緒に行くんだよね?」
 「い、一応、招待はされてるんですけど・・・・・楢崎さんが何て言うか・・・・・」
 「お、俺も、一緒ですか?」
 「もちろん!新しい友達が増えるのは大歓迎、ね?」
 真琴と、太朗と楓、そして静と友春は最近良く行動を共にはするものの、暁生と、今回の旅で初めて仲間入りした日和はまだ
戸惑いの方が大きいようだ。
しかし、もうメンバーには組み込まれているので、今更止めたというのは無しである。
 真琴は近くにいた綾辻を振り返った。
 「確か、目的地にはバスで行くんですよね?」
 「そ〜よ。前、キャンプに行った時に乗ったような豪華サロンカーを用意してるから、みんな楽しみにね」
 「今回の旅行って、ユウさんが計画したんですか?」
段取りを知っている綾辻に、太朗が最もな質問をする。すると、綾辻はにやっと笑って別の方へと視線を向けた。
 「私1人じゃないんだけどね〜」



 その残りの首謀者が誰なのか、誰も名前を出さずとも視線が一つのところへと向かってる。
その集まった先・・・・・小田切は、当然というようににっこりと笑みを浮かべた。
 「皆さんに喜んでもらえるような旅を考えていますから」
 「やっぱりお前か」
何時の間にこんな事を考えたのだと上杉も呆れはするものの、さすがにここまで来て反対は出来ない。むしろ、今回の事を楽しみ
だと思っている方なので、小田切の笑みにも苦笑を返すだけだった。
 「・・・・・余計な事を」
 それでも、やはり素直に受け入れられない人物はいるらしい。
上杉は自分の隣に座っている江坂が小さく毒づくのを耳にした。
 「理事は面白くないですか?」
 「こんなに大勢で動いて何が楽しい」
 「やっぱり、可愛い恋人と2人がいいとか?」
 「お前は違うのか」
 「もちろん、それも楽しいとは思いますが、あいつは賑やかなことも大好きでね。小田切が決めたことだ、諦めた方がいいですよ、
理事」
上杉のその言葉に言い返さないのは、目の前で楽しそうに会話の輪に入っている静の顔を江坂も見ているからだろう。既に親友
といえる仲になった者達との旅行は、それなりに楽しいものに違いは無く、そんな静の笑顔を曇らせるつもりはないらしい江坂は、
かなり不本意な様子を見せながらも、反対という言葉は言えないに違いなかった。



 大東組のそうそうたる面々の顔を見ながら、秋月は自分もここにいていいのかと悩んでしまった。
同系列ならば問題はないかもしれないが、秋月の組は大東組とは別の組織の二次団体だ。今は敵対しているということはない
が、それでも一緒に旅行に行くほどの仲かと言えばそうでもない。
 「・・・・・」
(・・・・・まあ、組としての旅行とは違うようだが・・・・・)
 名前を聞けば、あの・・・・・と、直ぐに思いつくほどのやり手の者達ばかりだが、彼らにはそれぞれその立場には似合わないような
連れがいる。誰もがよく見ても成人くらいの、下手をすれば秋月の連れの日和よりも幼いかもしれない連れ。
いったいどんな関係か、自分と日和の間柄を考えれば直ぐに察しがつく。
 噂でも、開成会の海藤や羽生会の上杉は男の情夫を可愛がっていると聞いたし、日向組の息子の飛び抜けた美貌はかなり
有名だ。
そして、大東組の理事である江坂の情夫に手を出した者の悲惨な末路も耳にしたし、これは弱みを覗き見たと気楽には言って
いられないかもしれない。
 「紅陣会若頭、秋月さん、ですね」
 綺麗な顔をした男が、自分を見て鮮やかに笑い掛けた。
 「私は羽生会の小田切と申します。何かありましたら私か、向こうの開成会の綾辻に申し付けてください」
 「よろしく〜」
 「・・・・・」
ひらひらと手を振りながら言っている男がそうなのだろうか。
 「・・・・・系列の違う私が一緒でもいいんだろうか?」
 「大勢の方が楽しいですよ。それに、秘密の関係もよろしいのでは?」
誰に対して秘密なのか、それは言葉に出さなくても秋月には分かる。
(・・・・・しかたない、ここまで来たんだからな)
何より、自分と2人でいる時よりも日和が笑っている・・・・・それが十分理由になるような気がした。



 アレッシオにとっては、日本のマフィアの違いに余り意味がない。
どこの組であっても、自分にとって有益であれば構わない・・・・・確かにこれまではそう思っていたが、今は少し考えが変わった。
友春という、日本人の恋人を持ったせいか、彼の悲しむ顔は出来るだけ見たくないと、関係する友人達のことも考えるようになっ
た。
 今友春の友人達のほとんどは、大東組関係の恋人を持っている者がほとんどだ。幸いに、今アレッシオが手を結んでいるのも
大東組なので、仕事関係では問題はなかった。
 ただ、頻繁にこんな風に集まって何かをするということが多いのは辟易する。アレッシオ自身が誰かに合わせるということをあまりし
ないので、慣れていないということもあるかもしれないが・・・・・。
(まあ仕方ない、トモの為だ)
友春が楽しむ時間を、強引に奪うことは出来なかった。



(江坂理事やカッサーノ氏がいるだけでも大変なのに、その上弐織組(にしきぐみ)の人間まで・・・・・)
 幾ら私的な集まりとはいえ、どこにでも邪推する者はいる。今回の事で、大東組と弐織組の間で何か・・・・・どこからそんな噂
が出てもおかしくはないと思うと、倉橋は今から頭も腹も痛む気がした。
 「克己」
 「・・・・・」
 「克己が気に病むことはないわよ、何とかなるって」
 「・・・・・あなたは気楽でいいですね」
 今回の事が綾辻が計画したことではないというのは分かっているが、それでもいち早く全てを受け入れて計画する側に回った綾
辻が恨めしい。
性格的な違いを思えば自分がそれをする事はとても出来ないが、それでも文句を言うことぐらいは許して欲しかった。
(綾辻さんにしか言えないんですから・・・・・)
 「秋月、あの若頭も大丈夫よ。古臭い弐織組の中でも革新派だから」
 「・・・・・で?」
 「でって、それ以上の理由いる?」
 「・・・・・」
 倉橋は深い溜め息をついた。気楽さも、ここまでくれば気持ちがいい。
(私は、絶対この人には勝てないな・・・・・)
それでも、綾辻が大丈夫だと言うのならば大丈夫なのだろう。
(何かあったら、全部任せてしまおう)



 「ちゃんと楽しんでいるか?」
 「・・・・・ここでそう出来れば、私ももっと出世するでしょうがね」
 「言い返すくらいの余裕はあるんだ」
 くっと笑った小田切に、楢崎は直ぐには言い返せなかった。若頭のいない羽生会にとって、小田切は暗黙のうちにそれと同等の
立場に立っているので、幹部である楢崎は口答えすることも出来ない。
 「暁生君も楽しそうじゃないか」
 「・・・・・ええ、まあ」
 「あの年頃は、同い年の友達と遊ぶのも大事なんだよ。そうは思わない?」
 「・・・・・何を言われたいんですか」
 「逃がさないよっていうこと」
 「・・・・・」
結局、そういうことなのだ。
(後ろにいる男も・・・・・同じ立場か)
ずっと、小田切に寄り添っている大柄な男も、彼から逃げられないのかもしれない。
無駄なことはしない方がいいかと悟った楢崎は、乾いた笑みを漏らした。



 楓が機嫌良く真琴や太朗達と話しているのを見た伊崎は、席を立って小さなバーカウンターで酒を作り始めた。
どう見てもこの中で一番立場が低い自分が率先して世話をしないといけないと思ったのだが、それに慌てたように歩み寄ってきた
のは倉橋だった。
 「伊崎さん、手伝います」
 「いえ、私1人で・・・・・」
 「大勢でした方が早く終わりますよ。ほら、綾辻さんも」
 「はいはい。全く、人使い荒いんだから〜」
 口では文句に近いことを言いながらも、綾辻の表情は楽しそうだ。何時もこの2人は組んで仕事をしているが、伊崎もそろそろ
仕事を任せる人間を作らなければならないと思いだした。1人では出来ることは限られているし、自分に何かあった時のことも考
えなければならない。
それに、楓をあまり構わないと、かなり盛大にヘソを曲げてしまうのだ。
(こんな事で仕事の量を決めてもいけないんだが・・・・・)
 それでも、伊崎の全ての基準は先ず楓だ。
そう思う自分に呆れながら、早々に酒を配りに行った倉橋と綾辻とは反対に、伊崎は年少者達にジュースを持って行った。



 伊崎が側にやってきた。
なかなかじっと自分の側にいない伊崎をからかう為に、楓は突然伊崎の腕にしがみ付いて言った。
 「こいつ、俺の男だから手を出すなよ」
 「楓さん」
 「・・・・・お、男って、付き合ってるん、ですか?」
 「そ」
楓が宣言するように言ったのは、大人しそうな年少の少年、日和だ。もちろん、自分の美貌に当然の自信を持っている楓だが、
大人しく整った容貌の日和に、伊崎に興味を持って欲しくないのだ。
 「変?」
 「え、えっと・・・・・意外と、変じゃ、ない、かも」
 「よし」
 楓の容貌を見れば、男同士だからおかしいというようなこともないのかもしれない。その理由はともかく、伊崎の所有権をちゃん
と主張出来た楓は満足してこくんと頷いた。



 「楓君もはっきり言うよね〜」
 その光景を見ていた静が感心したように言った。何時も楓は恋人である伊崎の事を気にしているが、あんなにも綺麗な容貌を
しているのに不安に思うことがあるのだろうか。
静から見れば、多少激しいところもあるが楓は可愛いと思う。伊崎もそんな楓を大切にしている事は見ているだけでも分かるし、
不安になることはないと思うのだが・・・・・。
 「俺はなかなか言えないけど」
 「そっちは、あの男が言うからだろ」
 「え?それって、江坂さんのこと?」
 「他にいないじゃん。マコさんの彼は無口だけど、タロの、あいつとか、トモさんの彼とか、みんな口でちゃんと言うけど、伊崎は俺
から言わないと何も言ってくれないんだよ」
 「・・・・・」
 少し口を尖らせながら言う楓を、当の伊崎は少し困ったように見つめている。
(この目を見れば一目瞭然なんだけど・・・・・)
意外に本人は気付かないのかもしれない。



 「伊崎さん、ちゃんと楓君を大切に思ってるよ。信じてあげなくちゃ」
 真琴はそう言うと、楓の艶やかな髪を撫でた。他人から見れば我が儘だとも言える言動も、真琴から見れば自分に無いもので
可愛いと思う。それは、太朗の無邪気さとも通じるもので、真琴はさっきからサンドイッチをパクついている太朗の横顔を見て思わ
ずクスクスと笑ってしまった。
 「今からそれだけ食べてたら、夕食食べれなくなっちゃうよ?」
 「めも、おままむいま・・・・・」
 「食べてからしゃべろ」
 楓は呆れたように言うが、ちゃんと飲み物を渡してやったりという世話も焼いている。
(仲が良いのか悪いのか・・・・・)
それでもこの2人がムードメーカーであるのは確かなので、真琴は明日からの温泉旅行もまた楽しくなりそうな予感がしていた。





 上杉は煙草を取り出そうとしたが、チラッと目に入った太朗の姿にその手を止める。
それに気付いた海藤が僅かに笑みを浮かべると、上杉は照れ隠しにその背中を肘で小突いた。
 「笑うな」
 「すみません」
 「・・・・・お前だって、あの子を見る時相当顔が崩れてるぞ」
 「そうですか」
 何を言っても、どうも海藤には通じない。何時も冷静なこの男の顔色が変わるのは、多分・・・・・いや、きっと真琴に何かあった
時だろう。
もちろん事件があることを望むわけではないが、少しは驚かせたい気分だ。
 「まあいい。今夜はこのまま何も出来そうにないが、温泉ではお前を酔わしてやるからな」
 「勘弁して下さい」
 「駄目」
 我ながら子供っぽいとは思いながら、それでもそうしたら面白いかもしれないと思った。
海藤だけでなく、江坂、伊崎、アレッシオ、楢崎、そして小田切や綾辻も、普段からどんなに酒を飲んでも変わらない人物ばかり
で、彼らが酔った姿も見てみたい。
(秋月って奴も、どうなんだろうな)
 異郷の地では、何時もとは違う姿を見るのも楽しいだろう。
太朗を可愛がるという目的もあるものの、それ以外の楽しみも出来そうだと、上杉は1人ほくそ笑んでしまった。




                                                         end (温泉旅行編へ続く)





                                             






これで、一応「Love Train」は終了。
次回からは第二部のヤクザ部屋の温泉旅行です。