食堂車には豪華な面々が集まっている。
貧乏性なのか、それとも秘書であるという自覚のせいか、いずみは北沢だけではなく、合い席になった西園寺や響にもお茶を持っ
てこようと腰を上げかけた。
 「いずみ、お前も落ち着いて座れ」
 「え、あ、いえ、でも・・・・・」
 「そうですよ、松原君。君が動くと洸も落ち着かない」
 「は、はい、すみません」
 洸の事を気遣っている言葉の向こうに、自分をも思ってくれている尾嶋の優しさを感じ、いずみはようやく北沢の隣へと腰を下ろ
した。
(でも・・・・・なんか、落ち着かないんだよな)
 「いずみさん、僕も何か手伝いましょうか?」
まだ高校生だが気遣い上手の洸が声を掛けてくる。その言葉に、ありがとうと言いながらもいずみは首を横に振った。
 「せっかくだから、俺達も楽しもうよ、ね?」
 「はい」
 いくら付き合っているとはいえ、北沢や、上司の尾嶋と、自分が同じ位置にいるというように考える事は難しいが、それでも慣れ
ていきたいと思う。
 気持ちを切り替えたいずみはほっと息をついたが、そんな自分の気持ちとは裏腹に、目の前の西園寺達が気にならないという
所まではいかなかった。
(目がいっちゃうんだもん・・・・・)
 どちらかといえば柔らかな雰囲気の北沢や尾嶋とは違い、目の前の西園寺は硬質で冷たい雰囲気だ。どうしても怖いなと思っ
てチラチラと視線を向けていると、西園寺の隣に座っている綺麗な顔の青年、響と目が合った。
 「・・・・・」
いずみの視線に気付いた響は、にこっと綺麗な笑顔を見せてくれた。
(癒し系だなあ〜)



 「響、これが好きだろう?」
 「あ、ありがとうございます」
 響がいずみに笑い掛けた時、隣にいた西園寺が話し掛けてきた。
それが妬きもちのせいだとは全く思わないまま、響は西園寺の顔を見上げて言う。
 「今日は、連れて来てもらって嬉しかった。ありがとう、久佳さん」
 「響・・・・・」
 自分の我が儘で就職し、関西で1人暮らしをしてもう直ぐ1年だ。もう間もなく東京に戻って新しい職場へと通勤する事になる
が、この旅はその前に西園寺がくれた、自分への褒美のように思えた。
 「久佳さん、仕事凄く忙しいのに付き合ってくれて・・・・・」
 「違う」
 「え?」
 「俺が一日でも早く響の顔が見たかったからだ」
 「久佳さん・・・・・」
 「俺の方こそ、今忙しい時期なので付き合ってくれて・・・・・ありがとう」
 昔から、他の人に対しては分からないが、自分にとっては何時も優しく接してくれた西園寺。しかし、こんな風に素直にありがとう
と言うような人だっただろうか?
(久佳さんも、変わってるんだ・・・・・)
響が1人でがむしゃらに頑張っていた1年、西園寺も確かに変わっている。その変化を間近で見れなかったのは寂しいが、思えば
これからどんどん新しい発見をしていけるのだ。
(それって、すごく楽しいかも・・・・・)
 再び一緒に暮らす日が待ち遠しい。
そう思って思わず頬に笑みが浮かんでしまう響を、西園寺は優しい目で見つめていた。



 初音から目の前の男が声優だと聞かされても、滅多にテレビを見ない隆之にはピンと来なかった。
ただ、甘く低い声は妙に印象に残って、同じ声を商売にしている者同志、この男が人気があると聞いても頷ける。
 「・・・・・」
隆之は隣にいる初音に視線を向けた。さっき見た時はとても嬉しそうな表情で男・・・・・日高を見つめていたが、その視線にはファ
ンとして以上の思いがないのかは今は分からない。
いや、そもそも初音は自分のファンでもあるはずだ。自分と日高、そのどちらにより比重があるだろうか?
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 もちろん、そんな事を初音に聞く勇気は無く、隆之は溜め息を押し殺して食事を続けようとする。
すると、
 「あ、あの・・・・・」
 「・・・・・」
恐々と、斜め向かいに座っている青年が声を掛けてきた。
 「新しいアルバム、楽しみに待ってますから」
 「・・・・・ありがとう」
確か、この青年も声優だと言っていた。綺麗な顔立ちの、やはり綺麗な声が印象に残るが、それ以上に隆之は自分の横顔に突
き刺さる別の視線が気になる。
(どうして俺を・・・・・あ・・・・・)
 多分、初音と出会う前の自分だったら気付かなかった視線の意味。男同士でと頭から否定していただろうが、今ならばこの視
線がなぜ自分に向けられているのか分かった。
(誰も、同じか)
 どうやら、大切な者の一挙一動に心を揺さぶられるのは自分だけではないようだ。
ようやく隆之は、頬に素直な苦笑を浮かべることが出来た。



(はあ〜、今日来て良かった)
 昔からのファンだった【GAZEL】の隆之に会えて、握手をしてもらえただけでも今回の旅に来た甲斐がある。
ずっと浮かれている郁の足が、前から誰かの足で突かれた。
 「?」
(日高さん?)
 その主が向かいに座っている日高だというのは分かったが、どうしてそんな風にされるのかは分からない。
郁はチラッと向かいに座っている隆之に視線を向けてから、少し日高の方へと身を寄せて小さな声で聞いてみた。
 「どうしたんですか?」
 「別に」
 「別にって・・・・・なんか、怒ってます?」
 「・・・・・それを聞くのならまだまだだな」
 「・・・・・?」
(遠回しな言い方が分かんないんだけど)
 目の前の隆之と初音は、バンドのボーカルと雑誌記者という関係らしいが、郁の目から見ても隆之が初音を気遣っていて、見
ていてなんだかくすぐったい感じがする。
2人がどういう関係かは分からない。ただ、普通の取材される側とする側の人間が、この列車に乗るとは思わなかった。
 だが、それならば彼らの目には自分達はどう映っているだろう。ただの仕事仲間か、それとも仲の良い友人か。
(どっちも・・・・・それだけじゃない、けど・・・・・)
少しずつ、少しだけだが、自分の中でその存在価値が変わってきている存在。不機嫌そうな表情も、カッコいいと思うから始末に
おえないかもしれない。
 「郁?」
 じっと見つめていると、日高が怪訝そうな眼差しを向けてくる。それに素直に答えるのは少し悔しい気がして、郁は頬に浮かびそ
うになる笑みを何とか押し殺しながら、何でもないですよと答えるだけにした。



 「ほら、ユーマ」
 「ありがとう、アシュラフ」
 「・・・・・」
 目の前にいる、明らかに外国人だと分かるエキゾチックな容貌の男と、自分より年下に見える少年。家族ではもちろん無く、友
人というにも首を傾げそうなこの2人連れがどういう関係なのか、和沙は先程から気になって仕方がなかったが、そうといって面と向
かって訊ねることはとても出来なかった。
 「・・・・・君も、どうだ?」
 「・・・・・え?」
 視線を向けている和沙に気付いたのか、その外国人の男は笑いながらワインを差し出してくる。慌てて断わろうとした和沙に代
わり、沢渡が穏やかに口を挟んできた。
 「彼は飲めないんです、すみません」
 「それは残念だな。お前は?」
 「では、遠慮なく。日本語、お上手ですね」
 「ありがとう。花嫁が日本人だから、私も不自由なく話がしたいし」
 「花嫁が」
 「そうだ。なあ、ユーマ」
 「ア、アシュラフったらっ」
 顔を真っ赤にして慌てたように男の服を引っ張る少年と、そんな少年を愛おしそうな眼差しで見つめる男。
今男が言った言葉と、この2人の態度を見れば、男同士ということは事実としてあっても、その関係に想像が付いてしまう。
(花嫁、か)
こんなにも堂々と言えるのが羨ましい・・・・・そう思ってしまった和沙の気持ちに反応するかのように沢渡が笑いながら言った。
 「可愛い花嫁さんですが、私の恋人も可愛いでしょう?」
 「さ、沢渡さんっ」
 見ず知らずの人間相手に何を言うんだと恥ずかしくてたまらないが、一方でこんな風にはっきりと宣言してもらえることを嬉しいと
思う自分がいる。
軽く自分の肩を抱き寄せる沢渡の顔を見ることが出来なくて、和沙は頬を真っ赤にしたまま俯いてしまった。



(日本にも、結構いるんだな)
 極少数派だと思っていた男同士のカップルというものが、この列車の中でも何組かとすれ違って意外にも多いのだとアシュラフは
思った。
自分の国では父である王の許しを得れば、どんな身分、そして性別も関係なく結婚は出来るが、やはり日本人の悠真の感覚
からすれば戸惑うことが多いのではないだろうかと心配していたのだ。
 しかし、目の前の可愛らしいカップルを見れば、悠真の意識も変わってくるかもしれない。
 「・・・・・」
案の定、堂々と惚気られた悠真は少し驚いたように目の前のカップルを見つめていたが、触発をされたのか、熱い視線をアシュラ
フの方へと向けてくる。その仕草が可愛くて、アシュラフは思わず身を乗り出し、その柔らかな頬にキスをした。
 「あ、アシュラフッ?」
 「別の場所へのキスは、今夜、部屋でな」
 「・・・・・」
 何と答えていいのか分からない様子の悠真は、それでも否定をしてこない。
アシュラフがふと目線を上げると、隣の席の男がこちらを見ていて・・・・・苦笑を零している。自分達だけに通じる言葉のような気
がして、アシュラフは思わす片目を瞑って見せた。



 「・・・・・公然猥褻罪じゃないですか?」
 「バ〜カ、お前は恋人のジャレ合いを取り締まる気か?」
 「だ、だって、公共の場所じゃないですか」
 そう言いながら、顔を真っ赤にしている自分を自覚しているのかどうか、緒方はのんびりと水割りを口にしながら観察していた。
強引に旅行に連れ出したまでは良かったが、どうも篤史には恋人と一緒だという自覚が欠けている気がする。
(・・・・・いや、まだ既成事実は無かったか)
 この自分が、会って30分もしないうちにホテルのベッドで女を啼かせていた自分が、これほど手間を掛け、用心して狙っている
ほどに自分に価値があることを、きっと篤史は知らないでいるだろう。
男同士ということだけでなく、何もかも初めてらしい篤史のまっさらな身体を汚すのは勿体無い気もするが、どちらにせよ誰にも渡
さないのならば自分が汚すしかないのだ。
(これも、勉強になればな)
 「いいから、お前は少し仕事から頭を切り離せ」
 「・・・・・無理ですよ、俺は緒方警部とは違うもん」
 「違うって?」
 「年中脱線しっぱなしの緒方警部の真似は出来ません」
 「お〜、言うなあ」
 何を言われても怒る気がしない。いや、むしろここまではっきりと言えるということは、それだけ自分に気を許してくれている証拠で
はないか。
 「やっぱ、可愛いな〜」
 「お、緒方警部?」
 緒方の口調に危険なものを感じた篤史は身体を逃げようとさせるが、緒方はそのまま追いかけるように身体を被せていく。
が・・・・・。
 「は〜い、ストップ」
そんな2人の今にもくっ付きそうな顔の間に、2つの手が入り込んできた。



 「ほ、本郷さんに、深町先生っ?」
 フリージャーナリストの本郷真紀(ほんごう まさき)と、歯科医、深町駿介(ふかまち しゅんすけ)がどうしてここにいるのか、篤
史は大きな目を丸くして2人を見つめた。
 「ん?やっぱり、緒方だけにいい思いはさせられないし」
 「そうですよ。寝台列車なんて・・・・・ねえ?」
 「・・・・・お前ら、邪魔」
 先程までの上機嫌が嘘のように地を這ったような声で緒方は呟くが、本郷と深町は全く意にかえさない。
強引に空いていた篤史の隣に座った2人は、緒方に向かってそれぞれにやっと笑いながら言った。
 「夜は長そうだな」
 「4人で仲良く、ね」
 「・・・・・」
 「え、えっと・・・・・」
(こ、これって、助かったのか・・・・・?)





 寝台列車の夜はまだこれから。
熱く甘い夜を過ごすのか、それとも別の意味での熱い夜を過ごすのかは・・・・・この車両に乗っていたそれぞれのカップルしか分か
らないことだった。






                                         






社会人の面々もこれで終了。それぞれの本編から少し進んだ様子を少しだけ見ていただけたと思います。
次回はヤクザ部屋の話。彼らはこの後温泉旅行に行くので、その布石にもなるでしょう。