Lovely Voice
後編
昔から、どういう訳か男に言い寄られることが多かった。
それは多分に女顔と小柄な体格のせいだと思い、郁は出来るだけ目立たないように生活をしてきたつもりだった。
声優という屋内の、それも顔を見せない職業は自分にピッタリだと思っていたくらいだ。
それなのに・・・・・。
「や、やめて下さい!」
焼肉屋の個室という、いわば公共の空間の中で男に押し倒されている自分は何なのか・・・・・郁は日高の胸を両手で押し
返しながら必死に自問自答していた。
「こ、こんなことは、女性相手にしてくださいっ」
「郁は女の子以上に可愛いよ」
「ば・・・・・っ」
「それに、俺は女も男もOKなんだよ。だったら、より好みの方に食指が動くのは仕方ないと思わない?」
「・・・・・っ」
(ひえ〜〜〜っ)
女優やモデル、そして一般人とも、派手な浮名を流し続けている日高が、まさか男にまで手を出すような人間とは思ってもみ
なかった。
多少は問題があるものの、日高の甘く艶やかな声のファンだった郁は、泣きたい気分で自分を抱きしめている日高を見つめて
しまう。
「お、お願いします、止めてください」
郁の懇願は、日高の苦笑で打ち消されてしまった。
「・・・・・悪い、勃っちまってんだよ」
「うわあああ!!」
正体不明の硬いものが、密着した郁の腰辺りに当たっている。
「そんな潤んだ目で俺を見ているお前が悪い。可愛い声で誘った自分を恨むんだな」
「な・・・・・っつ!」
ここがどういう場所なのか、日高は本当に分かっているのだろうか?
直ぐ傍では肉の焦げる匂いと炭の弾ける音が聞こえるというこの場所で、今まさにシャツのボタンを外されながら郁は思った。
「ひ、日高さん」
「ん?」
「あ、あの、ここでは止めましょう?場所をあ、改めるとか、あ!後日にということで!」
とにかく、この場を逃れようと必死で言葉を繋ぐが、日高は涼しい顔のまま、嬉々としてボタンを外す手を止めることはなかっ
た。
「心配するな。ここばお忍びでやって来る芸能人もいるんで部屋は防音になってるし、仕事の話だから呼ぶまでは来なくてい
いとも伝えてある」
「ひ、日高さん、口悪くなってます・・・・・」
「これが普段の俺だ。・・・・・嫌か?」
耳元で囁かれ、郁は背筋がゾクッと震える。
「み・・・・・」
「み?」
「耳元で、しゃ、しゃべらないで下さいっ」
「・・・・・」
日高の胸を押し返すよりも、自分の耳を塞いで早口に言う郁に、日高は更に声を落として甘く囁く。
「郁、俺のことが嫌いか?」
「・・・・・っ」
「俺はずっと前からお前のことを狙っていたんだがな」
「・・・・・え?」
思わず顔を上げてしまった郁は、そこで真正面から日高の顔を見ることになってしまった。
「お前があのアニメの声で有名になる前、単発のナレーションをしているのを聞いたんだ。初めて・・・・・人の声に心を揺さぶ
られた」
「ひ・・・・・」
「お前の声は透明で・・・・・優しい。その声に、ずっと俺の名前を呼んでもらいたいと思っていたんだ」
「・・・・・」
(日高さんが・・・・・俺の声を・・・・・?)
柔らかい声だとは言われている。声変わりの途中で止まってしまったような、中性的な少年の声だとも。
しかし、一方でそんな自分の大人になりきれない声にコンプレックスも持っていた。
「お、俺・・・・・」
「郁、俺の名前を言ってみて。ほら、征司って」
「せ、征司?」
懇願されて思わずその名を呼んだことに、郁は次の瞬間後悔することになった。
「たまんねえっ」
そのまま座敷に押さえつけられてしまった郁は、ファーストキスをその場で失っただけではなく、全く未知の世界のことだと思っ
ていたディープキスまで、同じ男である日高に奪われていた。
「ふ・・・・・っ、んむ・・・・・んんっ」
息が出来ずに必死に顔をずらそうとするが、慣れているのか日高は容易に郁を押さえ込んでしまう。
(ひえ〜〜し、舌が、唾液が〜〜っ)
なす術がない郁の舌は、痺れるまで日高に吸われ、口の中に溢れた混じりあった唾液まで飲み込んでしまった。
「んあっ」
日高のキスは、まるでそれそのものが愛撫のようで、今まで性的な刺激を他人から受けたことの無い無垢な郁の身体は、
持ち主の意思とは全く関係なく日高の愛撫を受け入れる準備を始めていた。
(・・・・・う、うそ、俺・・・・・勃っちゃった・・・・・)
ジーンズ越しに、お互いの高ぶりが擦れ合う。
郁の身体の変化を感じ取った日高は、わざとピチャッと音をたてて唇を離すと、そのまま手を下に伸ばしてきた。
「郁・・・・・勃ってる」
「!!」
エロティックな日高の声が、一段と甘くなっている気がする。
郁はゾクゾクと背中を走る電気に身を震わせた。
「・・・・・気持ちいいのか?」
「あっ」
囁かれた言葉に思わず声をあげると、日高は嬉しそうに目を細めてそのままファスナーを下ろし始めた。
「ひ、日高さんっ」
「大丈夫、最後まではしないって」
(まずい、まずい、まずい・・・・・!!)
必死になって心は拒絶しているのに、郁の身体は喜んでその刺激を受け入れている。
下着の中に手を入れられても、まるで協力するように腰を上げている自分が死にたいくらい恥ずかしかった。
(ど、どうしよ、俺、このまま・・・・・っ?)
「日高さ・・・・・っ」
許して欲しいと必死で目線で訴えるが、かえってそれが日高の欲情を誘うことに郁は気付いてはいない。
「!!」
そのまま直にペニスを握られ、郁は大きく身を逸らした。
「可愛い、郁」
「どこもかしこも綺麗だ」
「俺に触られて喜んでるな、ここは」
「ほら、郁の出しているもので、俺の手がびっしょり濡れているぞ」
まるで、先程までのボーイズラブの収録のような言葉の羅列。
あの時は『ユウ』という架空の人物の架空の体験を演じていただけなのに、今この瞬間は郁自身が身を持って体験している
生々しい感触がある。
自分以外の大きな手がペニスを擦るのも、ペロッと悪戯に唇を舐めてくる感触も、耳を擽る甘い囁きも、全てが現実だった。
「あっ、あっ・・・・・んんっ」
次第に日高の手の動きは早くいやらしくなっていき、慣れない郁はもう我慢出来ないところまできてしまった。
「はっ、離してくださ・・・・・っ」
日高の手の中に出すのだけは嫌だと叫んだ郁に、エロティックな悪魔の声が囁いた。
「このまま出せ、気持ちいいぞ?」
「!!」
(もう駄目〜〜〜!)
目の前で、日高は濡れた手を郁に見せつけながらペロッと舐める。
「美味いな、郁のものは」
「すっ、すみません!」
謝る必要は無いはずなのだが、日高の手を汚してしまったことに罪悪感を感じる郁は、下着もずり落ちたままの格好で頭を
下げた。
「ん?いいぞ、次は俺のをしてもらうし」
「・・・・・え?」
(な、なんか、恐いこと聞いたような・・・・・)
チラッと日高に視線を向けると、面白そうに笑んだ目が郁を見つめている。
「ひ、日高さん、あの・・・・・」
「これで郁は俺のものだな」
「は?」
「今度は身体もちゃんと貰うぞ」
「ひ、ひぇ・・・・・」
「大丈夫、全部俺に任せとけ」
スタジオでの録音よりも数倍艶っぽい声で同じセリフを言う日高は、その後チュッと音をたてて郁の頬にキスを落とした。
今日初体験したボーイスラブのCDよりももっと深い経験をしそうで、郁は思いっきり現実逃避をしたくなる。
しかし、そんな郁の心情が手に取るように分かるのか、日高はくすくすと笑って止めを刺した。
「愛してるから、俺のものになりな」
その甘い言葉を拒否する自信は・・・・・今の郁には到底無かった。
end
![]()