「私は心配してるのよ、日和(ひより)。あんたは私と違って大人しくて、悔しいけど男には見えないほど可愛くて、側で守ってい
る私がいなくなったら変態親父に狙われそうだと思って」
 「・・・・・」
 「舞妓の修行をして、スケベ親父の扱いに慣れて、自分の綺麗な容姿を自覚している私とは違うし、言いたいことも言えないん
じゃない?」
 「・・・・・」
(自分で自分を綺麗って言うなんて・・・・・舞(まい)、ちょっと自意識過剰じゃあ・・・・・)
 「私がいない間、あんた誰かに食われたんじゃないのっ?もしかして、私があんたを舞妓にしちゃったから、変な趣味に走っちゃっ
たりしたんじゃないんでしょうねっ?」
 「・・・・・」
(勝手に、俺を変態にしないでよ)
 「日和!私はあんたの姉さんなのよっ?何でも相談してよ!」
 「・・・・・」
(遅いんだって・・・・・舞)

 高校に通いながら舞妓の修行をしている双子の姉、舞の日常がかなり多忙だということは、休みのたびに何度も京都へ遊びに
行った日和にも分かっていた。
そんな中、電話での声が元気が無かったからと、こうして休みをとって東京まで帰ってきてくれたことは素直に嬉しいと思う。
 ただ、嬉しいとは思うものの、自分が何に悩んでいるかなど、とても舞には言える筈がなかった。
(男に・・・・・それも、ヤクザに強姦されちゃったなんて・・・・・言えるはずないよ・・・・・)

 沢木日和(さわき ひより)は、この春高校3年生に進級する17歳の少年だ。
17歳といえば、身体的にもかなり男っぽく変化してもいい歳なのだろうが、なぜか日和は何時までも線が細くて、女顔だった。
それが双子の姉である舞の影響だとは言わないが、もしかしたら自分の男っぽい性格は全て舞に吸収されたのかもしれないとは
思う。
舞は行動力も度胸もあって、中学を卒業して直ぐに単身で京都に行き、たった1人、舞妓の修行をしているのだ。

 去年、そんな舞の所へ夏休みを利用して遊びに行った日和は、そこで1人の男と知り合った。
秋月甲斐(あきづき かい)・・・・・彼が今の日和の憂鬱の全ての元凶だった。





 舞の追及を何とかかわした日和は、まるで助け舟のようにメールの着信音が鳴った携帯を見た。
 「何?あんた、彼女でも出来たの?」
 「ち、違うって、友達だよ」
日和はちょっと出てくるからと言い、自分も付いてきたそうにしている舞を置いて慌てて家の外に出た。
そこには今は見慣れてしまった高級国産車が停まっている。黒塗りの車は人目が気になると言った日和の為に、男が新しく買っ
た愛車だ。
 「・・・・・」
 しかし、運転席から降りたのは車の持ち主ではない男で、彼は自分の子供のような年頃の日和に丁寧に頭を下げると、そのま
ま回ってきて後部座席のドアを開けてくれる。
以前、何回か自分でドアを開けた時、それは日和がすることではないと男に言われた。
 「日和」
 後部座席には・・・・・今日和の全てを支配している男が、口元に笑みを浮かべながら視線を向けてきた。上品なブランドスーツ
を着こなした、一見エリートサラリーマンか弁護士のような知的な印象の男の職業は・・・・・ヤクザだ。

 弐織組系東京紅陣会若頭。本来普通の高校生の日和が出会うはずの無い立場の男と出会ったのは、それこそ姉の舞のせ
いだった。
京都の町で偶然見掛けた日和を舞だと勘違いし、舞妓として座敷に出ている舞を指名した。
その舞がヤクザの座敷に出るのは嫌だと、ちょうど京都に遊びに来ていた日和を自分の身代わりに仕立てて・・・・・そこで、出会っ
てしまったのだ。
 強引な秋月の求愛に、怖くて逃げていたばかりの日和だったが、とうとう去年の秋、強引に・・・・・抱かれてしまった。

 「どうした?」
 「・・・・・姉が、帰ってきてるんです。俺の様子が変だからって」
 「体調が悪いのか?」
 「そ・・・・・いうんじゃ、無くて・・・・・」
 車が走り出すと、秋月は当然のように日和の肩を抱き寄せた。
 「関西に1ヶ月も行っていて、こうしてお前に会うのも久し振りだな」
 「・・・・・」
 「会いたかった、日和」
 「あ・・・・・っ」
俯き加減の日和の顎をとった秋月は、当然の権利とでも言うように日和に口付けてきた。
運転手も、そして助手席にも人がいて、小心者の日和は恥ずかしくて困って仕方が無いのに、秋月はそんな男達を空気だと思
えと言う。
立場上、1人で動くことがままならない自分にとって、護衛の男達はそこにいて当然の存在なのだと。
(そ、そんな風に思うことなんて出来ないよ・・・・・っ)
 言葉で、態度で、それを示しているつもりだが、秋月は全く無視をする。
そして、日和はまた諦めてしまって・・・・・秋月と知り合ってから約8ケ月近く、そして・・・・・身体を重ねてから5ケ月弱、日和はも
う何度も同じことを繰り返していた。



 車はどんどん家から離れていく。
日和は携帯を取り出して今の時間を確認しようとしたが、秋月は何を思ったのかそんな日和の手を掴んだ。
 「あ、秋月さん?」
 「どこに電話をする気だ?」
 「か、掛けるんじゃなくて、時間を見ようと思って」
 「どうして」
 「せ、せっかく舞が帰って来ているから、夕食は外に食べに行くって言われているんです。だから、あの、帰りが遅くならないようにっ
て思って・・・・・」
 説明をしながら、日和の声はどんどん小さくなっていった。
多分、秋月はそういうつもりは無いのだろうが、切れ長の目でじっと見つめられるとどうしても叱られているような気がするのだ。
怯えてしまって、男の側から身体を離そうとした日和を更に強く抱き寄せると、秋月はその耳たぶを噛むようにして囁いた。
 「帰れると思ってるのか?」
 「え・・・・・」
 「俺がお前に飢えているということは分かるだろう?」
 「あ、秋月さん」
 「逃げられると思うなよ、日和」



 腕の中の細い身体が震えている。
(もう、怖がらせるつもりは無かったんだが・・・・・)
京都の町で、偶然目を奪われて、気になって。捜して捜して、ようやく舞妓に似ている少女がいることが分かって、横槍のように座
敷の予約を入れて会った。
 白粉で化粧した顔の中に、自分が惹かれた面影を見付けて嬉しくてたまらなかったが、なんとその少女は姉の身代わりになった
少年だった。

 性別などは関係なく、どうしても欲しくなった。
自分の立場と、相手の年齢はネックになったが、それでも構わないと強引に連れ回し、日和のことを知るたびにますます心を惹か
れていき、とうとう・・・・・レイプ紛いにその身体を抱いた。
 一度その身体を手に入れれば、後は何回抱いても同じだと、秋月はそれから何度か日和を抱いたが、日和は簡単に秋月の
手には落ちてこない。身体は徐々に慣れてきたというのに、心は何時まで経っても自分を拒絶する。
 「秋月さん?」
 「・・・・・」
(怯えるように、俺の顔を見るな)
 「・・・・・あの・・・・・」
 「・・・・・」
(どうして、俺を愛してくれない・・・・・?)
 黙り込んでしまった秋月に、日和は様子を窺うような眼差しを向ける。これは秋月を心配しているというよりは、何時その不機
嫌が自分に向けられるかを恐れているのだ。
 「・・・・・戻れ」
 「はい」
 「え?」
 秋月の下した命令に聞き返すことなく頷いた部下とは反対に、日和は戸惑ったような声を上げる。
 「帰りたいんだろう?」
 「あ、はい、でも・・・・・」
 「今日はお前の顔を見れただけでよしとしよう」
 「秋月さん・・・・・」
本当は、このまま日和を連れて行く料亭も予約していたし、そのまま自分のマンションに連れ込むつもりだった。自分の仕事のせ
いとはいえ、1ケ月も触れることが出来なかった甘い身体を、思う存分貪ろうと思っていた。
しかし、こんな風な怯えた眼差しをずっと向けられても何とも思わないほど自分は鉄の心臓を持っていない。いや、仕事面ではそ
の自覚もあるが、事恋愛に関しては・・・・・。
(恋愛・・・・・?違うな)
こんな風に一方的な思いを抱いているだけの関係は恋愛ではない。
身体を手に入れたら心を手にするのは簡単だと思っていたが・・・・・思い掛けない難問に、秋月は焦燥を感じていた。





 「あ~・・・・・退屈」
 春休みなので学校に行くことも無く、日和は朝からすることが無かった。
昨日、夜遅くまで誰と出掛けていたのかと煩く追求してきた舞も、久し振りの東京で中学時代の友人に会いに行くといって出掛
けてしまった。
父親は会社で、母親は隣のおばさんと買い物に行って。
日和は何をするでもなく、自分のベッドに寝転がって、昨日の秋月の様子を思い浮かべていた。
(秋月さん、何か変な感じだったけど・・・・・疲れていたのかな・・・・・)
 長い関西の出張から帰ったばかりだと言っていたし、そんなに疲れていたのならわざわざ自分に会いに来ず、直ぐに休めばいいの
だ。
車から降りる時も、喉まで出掛かっていた気遣いの言葉を言うことが出来なくて、日和は胸の中がモヤモヤとしている。
 「・・・・・気にすることなんてないよ」
 わざと声に出して言ってみたが、その言葉を耳で聞いてしまうと更に気になってしまう。
日和は少し考えて、パッとベッドから起き上がった。
 「一応、聞いてみるだけ。1人暮らしだって言ってたし、部屋の中で倒れていたら大変だし」
言い訳をしながら、日和は秋月の携帯の短縮番号を押した。
 「・・・・・」
(・・・・・出ない、な)
 何時もはほとんど日和から連絡をすることは無いが、極たまに掛けた時は2、3回のコールで秋月は直ぐに出てくれた。日和だけ
は特別なんだと、なぜか楽しそうに笑っていた秋月の顔を思い出してしまう。
 「・・・・・出ないよ・・・・・」
 まさかと思っていた言い訳の言葉が、本当になってしまったとはいえないだろうか?
日和はどうしようかと思いながらもずっと携帯の呼び出し音を聞いていたが、やがてそれは留守番電話に切り替わってしまった。
留守電には何と言っていいのか分からず、日和は慌てて電話を切る。まるで悪戯電話みたいだと自嘲しながらも、秋月の様子を
知るにはどうすればいいのか考えた。
(携帯が繋がらなかったら・・・・・)
 「・・・・・家」
 マンションの場所は知っている。何時も車で送り迎えをされていて道順はさっぱり分からないのだが、秋月のマンションの近くに偶
然中学時代の友人の住んでいるマンションがあるので場所は分かっているのだ。
(どうしよう・・・・・)



 行こうかどうか、散々悩んだ日和だったが、結局バスと電車を乗り継いで秋月のマンションへとやってきた。
部屋を訪ねるかどうかまではまだ決めてはいなかったが、少しだけこの近くにいて、もしも顔が見れたら・・・・・それだけできっと自分
は安心する。
強引で、怖くて、本当は、さっさと自分なんかに飽きて欲しいとまで思っている相手だが、もしも体調が悪くて、それを日和だけが
気付いていたとしたら・・・・・そう思うと、どうしても気になってしまうのだ。
 「あ」
 車ではあまり時間を気にすることは無かったが、今日は乗換えなどに戸惑ったせいで、ここまで来るのに2時間近くも掛かってし
まった。
 「・・・・・」
周りのマンションと比べても、明らかにグレードが高いその建物。入口にはガードマンがいて、出入りしている人間を常にチェックし
ている。それが、秋月が住んでいるせいなのか、それともそういうマンションなのか日和には分からないが、これでは近付くことも怖く
て出来なかった。
(あ、携帯)
 もう一度、携帯に電話をしてみようと思った。今度は出るかもしれない。
 「え・・・・・と」
電柱に背を預けて携帯を弄っていた日和だったが、
 「おい」
 「あ!」
いきなり携帯を取られ、そのまま後ろに手を捻られた日和は、一瞬で顔面が蒼白になってしまった。
 「こんなところで何をしている?携帯で何を撮ってるんだ?」
 「な、何も・・・・・」
 「はっきり言え」
低く恫喝するような声を聞き、日和は顔を上げることも出来なくてギュッと目を閉じてしまった。





                                      





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