散々、秋月に揺さぶられ。
何度止めてと言っても聞き入れてもらえず、日和がようやく眠りに落ちることを許されたのはほとんど夜明けといってもいい時間だっ
た。
 どのくらい眠ったのか・・・・・起きた時にはもう昼を過ぎていて、日和はあまりにも怠惰な時間の無駄使いにガックリとベッドの上
に沈んでしまった。
 「おい、腹減らないのか?」
 「・・・・・」
 そんな日和とは正反対に、秋月の機嫌は良い。久し振りに肌を合わせたことももちろんだが、その中で自分が彼に対してしたこ
とは・・・・・もう、AVの女優並みではないかとも思ってしまう。
 「お前が朝飯作るって言ったんだろ」
 声が近付き、ベッドが沈む。秋月がそこに腰を掛けたのは分かったが、なんだか顔を見せるのは嫌だった。
大体、あんなに濃厚な夜を過ごした相手と、よくこんなに普通に会話が出来ると思う。
(経験値の差かも知れないけど・・・・・なんか、ムカツク・・・・・)
 それが、男としてのプライドに係わるからなのか、それとも秋月に抱かれた相手に反応してなのか、実のところ境目が曖昧で何と
も言えなかった。
いや、もしかしたら自分にこんなふうに考えさせているということも、秋月の作戦の一部ではないかと思ってしまうくらいで。
 「日和」
 「・・・・・」
 「おい、起きてるんだろ」
 それでも、身体を揺する手は優しくて・・・・・大切にされているのだと感じてしまう。
(・・・・・誤魔化されないぞ)
素直に返事をするのは癪で、日和はますますシーツに包まろうと身体を動かしたが、
 「・・・・・っ」
どうやら今まで眠っていても腰の鈍い痛みは消えることは無く、その痛みに眉を顰めた日和は恨めしげな眼差しを秋月に向けるこ
としか出来なかった。




(そんな目をしたって、可愛いだけだぞ)
 昨夜の、淫らに自分を欲する日和ももちろん可愛いと思ったが、こんなふうに子供じみた態度を取る日和も可愛い。
どちらにせよ、自分の目にはそう映るのだから、よほど日和に溺れているのだろうと思って苦笑が漏れた。
 「日和、本当に痛むのか?」
 かなり強引に、そして濃厚に抱いたつもりだが、それも長い間お預けにした日和の方が悪い。この自分が数ヶ月、声を聞き、た
まにするキスだけで我慢出来るなんて、自分がどれ程特別な存在であるのかちゃんと自覚してもらわなければ。
 「・・・・・痛い」
 「どこが?」
 「・・・・・っ、そ、そんなこと、聞くっ?」
 「もちろん、俺のを入れっぱなしにしてたトコが痛むだろうが、ずっとキスしてた唇は痺れていないか?」
 「あ、あき・・・・・」
日和の目が見開かれ、パクパクと口が動いている様子はまるで小動物のようで、秋月はさらにからかうために際どい言葉を言い
続けた。
 「そう言えば、乳首も噛んで可愛がってやったなあ。それとも、ミルクを吐き出し過ぎた・・・・・」
 「ストップ!」
 とうとう日和の方が降参してしまい、お願いだから言わないでくれと頼まれた。
残念だと思うものの、その反応で今言った言葉全てがあてはまっているのだと勝手に解釈し、シーツを撒いた身体ごと強く抱きし
める。
 こんなふうに、甘過ぎる時間を誰かと過ごすなど、日和と会うまではあまり記憶に残っていなかった。
もちろん、今まで付き合ってきた女達はいたし、同じような朝を迎えたこともあるが、はっきりと違うと自身が感じるのだ。
 照れて怒っていても可愛いと思うだけで面倒には思えないし、なんというか、日和が相手だと、どんなに普通のことでも全てが楽
しくて、嬉しい。
 「ソファに座ったままでいいから、目の届く所にいろ」
 「・・・・・秋月さんが作るんですか?」
 「俺だってパンを焼くことくらい出来る」
 「ハムエッグは?」
 「・・・・・目玉焼きが潰れたっていいだろ」
 食べれば同じだと堂々と言い放つと、わざとらしく大きな溜め息をついた日和が自分からシーツを取った。
 「手伝います」
 「無理するな」
 「・・・・・殻が入ってたら困るし」
可愛くないことを言いながらも、秋月を手伝おうとしてくれることが嬉しくて、
 「うわあっ!」
 「せめて、キッチンまでは運んでやる」
それでも、あくまでも偉そうに言い放ちながら抱き上げようとすると、日和は焦ったように秋月を止めた。
 「そ、その前に、着替え!」




 急に動かそうとしていた身体は確かに痛みを伴ったものの、はっきりと覚醒し、動きも気をつければ我慢出来ないこともない。
だから・・・・・。
 「あの、離してもらえません?」
 「どうして?」
 「どうしてって・・・・・動き難いし」
 起きぬけは恥ずかしいことに全裸で(汚れた身体は綺麗にしてもらっていたが)、洋服を着ることは許してくれなかった秋月のパ
ジャマを貸してもらったが、袖も裾も大きく捲り、肩などずれてしまっている自分の姿はとても滑稽なはずだ。
その上からさらにエプロンをして・・・・・そこまでつらつらと考えた日和は、あるもっともな疑問に行き当たってしまった。
 「・・・・・」
 「日和?」
 「・・・・・これ、誰のですか?」
 秋月は基本的に外食が多いらしく、自分でもほとんど料理は作らないらしい(冷蔵庫の中を見ればよく分かる)。
それなのに、当然のようにあるこのエプロン・・・・・グリーンの、とてもシンプルな形ではあるが、男物とも女物とも分からないエプロン
がどうしてここにあるのか、日和はいったん気になると知りたくて仕方が無くなった。
 もしも、自分以外の誰かがこれを着けたとしたら・・・・・もちろん、エプロンに罪は無いものの、何だか嫌だなあという気持ちが湧
いてしまう。
気になってしまうと外したいとも思うのに、背中には秋月がへばりついていてそれも出来ない。日和は言いたくなかったが、仕方が
無く秋月にそう問い掛けた。
 「ん?気になるか?」
 「・・・・・気になるっていうか」
 「いうか?」
 「・・・・・誰のかなあって」
 自分と秋月が知り合ってもうかなりの時間が経つ。
ただ、日和が秋月への愛情を確信したのはそんなに前でもなくて、その間にもしも秋月が誰かをここに連れ込んだとしても文句を
言う立場ではないかもとも考えた。
もちろん、気持ちが通い合った後の浮気だったら許せないが・・・・・。
(・・・・・浮気?)
 そんなふうに思っている自分が何だか恥ずかしく、日和は秋月の視線から顔を逸らすようにしたが、大人のくせに大人気ないこ
の男は、日和が逃げようとする行動を許してはくれなかった。
 「・・・・・んっ」
 後ろから伸びてきた手が顎を掴み、強引に後ろを振り向かせる。そのままキスをされて、日和は崩れ落ちないように必死にシンク
にしがみ付いていた。




 「これ、誰のですか?」
 日和の言葉に秋月はあっと気がついた。
これは以前、まだ秋月に対してはっきりとした恋愛感情を自覚していない日和の感情を少しでも波立たせようとして、秋月がわざ
とキッチンのイスに放っておいた物だった。
 しかし、日和がマンションを訪れることは少なく、来ても直ぐに寝室に連れて行くことが多くて、結局気づかれないまましまっておい
たのだ。
 それを今日のこの機会に出したのだが、どうやら日和はようやく自分の意図する方向へと感情を動かしたらしい。嫉妬している
ということをちゃんと自覚しているのかと思いながら、秋月は訊ね返した。
 「ん?気になるか?」
 「・・・・・気になるっていうか」
 「いうか?」
 「・・・・・誰のかなあって」
 自覚しているのだろうか、見下ろす指先が震えていることに。後ろからでは見えないが、多分その眼差しも不安に揺れていると
思う。
そう考えるとたまらなくなり、秋月は日和の顔を強引に振り向かせて唇を重ねた。けしてこれは誤魔化すための行為ではなく、こみ
上げる愛情を与えるためだと、日和は気づいてくれているだろうか。

 ようやく長い口付けを解いた時、日和の身体はくったりと秋月の胸へと倒れこんでいた。
 「どうした?降参か?」
笑みを含んだ声で問えば、日和の拗ねたような声が返ってくる。
 「誤魔化しても駄目です」
 「誤魔化してないって」
 「・・・・・」
 「これは、お前の」
 「え・・・・・?」
 全く考えていなかったのか、日和の目が驚きで丸くなった。
その表情にさらに笑みが深まった秋月は、チュッと軽いキスを目元に落とす。
 「お前のために買っておいたものだ」
 「・・・・・嘘」
 「嘘言ってどうする」
 ここに1人も連れ込んだことが無いとは言わないが、一緒に朝飯を作ろうと思ったのは日和だけだ。
甘やかして甘やかして。返されるものが何も無くても、何もかも与えて愛したいと思ったのは日和だけだ。
(少しは自分に自信持てよ、日和)




(これ・・・・・俺の?)
 確かに、女がするにはシンプル過ぎるとは思ったものの、面と向かって言われると面映くて何と答えていいのか分からない。
視界の端に映る秋月の表情は情けないほどに笑み崩れているし、なんだか妬きもちを焼いた自分が馬鹿らしく思えた。
(そっか。俺、妬きもち焼いたんだよな)
 あんなにも濃密な時間を過ごした後に、以前の恋人のものを差し出されたのかと想像するだけで面白くなくて、遠回しに秋月
を責めてしまったのだ。
まさかこれが、秋月が自分のために用意したものとは想像もしていなかった。
 「日和」
 「ご、ご飯、作りましょうか」
 「何だ、色気ないな」
 「いいんです!俺、お腹空いたし!」
 もう、朝食ではなく、昼飯の時間だ。お腹が空いたという言いわけもちゃんと通る。
 「分かった」
 「じゃあ、レタスとトマト洗ってくださいっ」
とりあえず、任務を与えたならば大人しくなるだろう。

 2人でキッチンに立って、お互いの手付きを笑いながら仕度を進めた。
サラダに、ハムエッグに、トースト。全くたいしたことの無い朝食だが、2人で作ると凄いご馳走に見えるから不思議だ。
 「じゃあ」
 「・・・・・」
 「あっ、まだ!」
 「ん?」
 テーブルについて、勝手に秋月がパンに手を出そうとするのを止めて、日和は手を合わせてみせる。
 「いただきます」
 「・・・・・いただきます」
さすがに手を合わせることはしなかったが、それでも素直にそう言ってから改めて食事を始める秋月の姿に、日和は思わず笑う。
 何だかこんなふうに2人でいることが幸せで、仕方ないから昨夜からの秋月の悪戯は全て水に流してやろうかと寛大な気持ちに
なってしまった。








 秋月は口いっぱいにパンを頬張る日和の姿を見て目を細める。
(どうやら、機嫌は治ったようだな)
明るい陽の光の中、こんなふうに愛する者とゆっくりとした時間を過ごすことなど今まで無かったような気がする。
しかし、これからは違うだろう。大学に入学した日和は少しは時間に余裕が出来るだろうし、高校生の時よりは外泊させることも
容易いはずだ。
 「料理は少し覚えてもらいたいがな」
 「え?」
 「いや」
 「?」
(2人で一緒にっていうのもいいかもしれない。いや、いっそ一緒に暮らすか)
 誰かと暮らしたことは無いが、日和ならば楽しいはずだ。喧嘩はするかもしれないが、それでも離したくないと思う気持ちの方が
大きいと思う。
 片方に負担を課すのではなく、2人の生活は2人で支えるというのがいい。
こんなふうに、愛する者と過ごす明るい未来を想像するなんて考えもしなかったが、何だか楽しくて仕方が無かった。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
(そして、たまにはこうしてわざと妬かせたりしてな)
 本当に浮気はしなくても、たまにはつれない日和の愛情をこうして確認するのは許して欲しい。
秋月は、日和が聞いたのならば猛烈に怒りそうなことを考えながら、ニヤニヤと緩む頬を誤魔化すようにコーヒーを口に運んだ。
 「日和」
 「はい?」
 「愛してるぞ」
 「なっ」
 「はは」
(まずは、早く同居に持ち込むことか)
顔を真っ赤にした日和の恨めしげに向けられる視線に余裕で笑みを浮かべながら、秋月はどう日和を説得しようかと早速今から
考えることにした。





                                                                     END