マコママシリーズ





第四章  幼稚園入園編   17






 「きょうはね、よーいどんっ、したんだ!」
 「へえ。それで、どうだった?」
 「いちばんだった!」
 満面の笑みで抱きついてきた貴央を、真琴は自分の目線まで抱きあげた。
 「凄いね!俺は一等になったことなんかないのに」
 「マコ、いちばんさいご?」
 「う〜ん、それに近いかな」
元々運動神経は良い方ではなかった真琴は、運動会の走る競技では何時も最後から二番目ぐらいが定位置だった。
だからといって、運動会が嫌いだったわけではない。思いっきりグラウンドを走り回るのは楽しかった。
 「お弁当は何がいい?」
 手を繋いで車が止めてある場所に向かいながら聞くと、貴央はん〜っと考えながら一つ一つ自身の好物を挙げ始める。
 「たまごやきとー」
 「甘い奴だね」
 「たこさんとー」
 「カニさんも、一緒に入れておくよ」
 「えびふらいとー、おにくとー」
いかにも、お弁当と言ったおかずを挙げていく貴央に、真琴は一々うんうんと頷いた。
真琴が考えていたものは、昔、母が作ってくれた運動会のお弁当が参考だが、あまり料理が得意ではなかった母の作るものは
豪快で、ある時などは五段重ねの重箱一つが全部唐揚げ、別の一つはスパゲティということもあった。
 食べ盛り、男四兄弟はそれに疑問も持たず、綺麗にたいらげたのはいい思い出だ。
 「今回は、2人で作るから」
 「おとーさんもつくるの?」
 「楽しみだね。マコじーたちもみんな来てくれるみたいだし、じーじもたかちゃんが走るの応援しに来てくれるって言ってたよ」
 「うわ〜っ!」
マコじーは、真琴の父。じーじは、海藤の育ての親である菱沼。どちらも、貴央のことを可愛がってくれる相手だ。大好きな人た
ちがみんな揃ってくれることが嬉しいのか、貴央は歓声をあげながらピョンピョンその場で跳ねている。
 「俺も、すっごく楽しみなんだ」
 真琴の両親は、初孫の運動会を絶対に見に行くと張り切っているし、兄弟も貴央の雄姿を記録に撮るんだと楽しみにしてくれ
ていた。
(西原の姓で会うのも、これが最後だし・・・・・)
 夏休み、貴央を連れて実家に帰った真琴は、両親に海藤の籍に入ることを伝えた。
子供まで生んでいるとはいえ、戸籍が変わるということに、両親がどう思うのか、伝える瞬間まで心配でたまらなかった。
しかし、

 「もうとっくに、マコちゃんはお婿に行ったかと思っていたよ」

と、父は笑い、

 「あんなにカッコいい人が息子になるのね〜」

母はそう言って、コロコロと楽しげな声で父に話しかけていた。
あまりにも呆気なく受け入れてくれた2人に戸惑っていた真琴に、祖父は言ってくれたのだ。

 「家族が増えるのを嫌だと思う者はおらんぞ」

 泣きそうに、なった。
貴央を生んだことで、実質海藤を家族の一員に見てくれていた家族だが、それを法律上でもきちんと受け入れてくれる気持ちが
嬉しくてたまらなかった。
 海藤の育ての親である菱沼夫妻にも、ちゃんと顔を合わせて挨拶をしたい。今回がそのよい切っ掛けになるだろう。
(出来れば・・・・・海藤さんのご両親にもちゃんと挨拶をしたかったけど・・・・・)
疎遠だという、海藤の実の両親とはなかなか顔を合わすことが出来ないが、時間を見て家族三人で会いに行きたい。
もちろんそれは、ちゃんと海藤の気持ちを確かめた上でのことだが。
 「楽しみだね〜」
 「ね〜」
 言い合いながら、笑い合う。
もう直ぐ、久しぶりに皆に会えるのだ。
 運動会は24日。翌日の月曜日が25日・・・・・海藤の誕生日。
(行事が目白押し)
慌ただしいが、こんなにも幸せな時間はないなと思い、真琴は繋いだ手にさらに力を込めた。




 「え、私もいいんですか?」
 海藤の言葉に、綾辻は思わず笑ってしまった。
目の前に迫った貴央の幼稚園の運動会。初めてのことなのでさぞ海藤も真琴も張り切っているだろうと思い、少しからかうつもり
で話を振ったが、その中で海藤は綾辻に来ないかと誘ってきたのだ。
 「でも、せっかく家族水入らずなのに」
 「真琴の家族も、御前も来る予定だ」
 「あら、千客万来ですね」
 「それに、真琴が大勢の方が喜ぶ」
 「ふふ」
(やっぱり、マコちゃんが一番なのねえ)
 海藤が一番に考えるのは、何時だって真琴のことだ。自身の血が繋がっている貴央のことも大切にしているのは確かだろうが、
どうしても特別を選ぶとなった時、きっと海藤は真琴を選ぶはずだ。
真琴がいなければ、今の海藤は息も出来ない・・・・・と、思う。
(ま、この人のことだから、2人とも選ぶだろうけど)
 「克己もいーでしょうか?」
 「ああ」
 「きっと喜びますね〜」
 実際は、喜ぶというよりも家族の団欒を邪魔する気かと怒られそうだが、海藤自身が誘ってくれたのだと言えば倉橋はきっと頷
いてくれる。悔しいが、それほど倉橋が海藤に傾倒していることはわかっていた。
そうとなれば、なんだか先頭に立って色々と準備をしそうだが、それこそ海藤と真琴が自分たちでする方がいい。
 「じゃあ、さっそく約束しちゃわないと」
 運動会用の休日仕様の服を買って贈ってみようか。
少々違う方向に思考が行きながら、綾辻は弾む足取りで部屋を辞した。




 運動会前日。
前準備として幼稚園にやってきた真琴は、校門の前に立っていた人影に気づいて足を速めた。
 「こんにちは、加納さん」
 「こんにちは」
 「早いですね〜。もしかして、張り切ってます?」
 からかうように言うと、意外にも加納はうんと頷く。
 「俺、こういうイベント事好きだし」
 「へえ」
 「それに、海藤さんともっと仲良くなれそうだしね」
少しだけ顔を近づけてきた加納は、目を細めてにっこりと笑い掛けてきた。もしも真琴が女だったら、たとえ子持ちの母親だとして
もドキッと胸が高鳴るようなカッコいい笑みだ。
 「頼りにしてますから」
 こんなにもいい顔で笑うほど、加納は今回の運動会を楽しみにしているらしい。父兄の中には役員になることを嫌がる人もいる
ようなのに、本当に加納のような人は貴重だ。真琴は尊敬の気持ちを込めて頭を下げる。
 「あー・・・・・うん」
 「加納さん?」
 「・・・・・いや、頼ってくれよ」
 「はい」
 なぜか、複雑そうな表情をして口ごもった加納だが、直ぐに気を取り直したように苦笑しながらそう言ってくれる。もとより、途中
参加のような真琴は何をしたらいいのかもわからない状況なので、そう言ってくれて本当に助かった。

 グラウンドには、真琴たちと同じ用具の用意と、ライン引きを担当する父兄が集まった。力仕事のせいか、母親たちに交じって
父親たちの姿も思ったよりも多い。
幼稚園児の子供を持つ年頃なので、大体が二十代後半から三十代前半のようだ。
 「海藤です、よろしくお願いします」
 「よろしく」
 「大変だね」
 臨時助っ人の真琴が挨拶をすると、みんな温かく迎え入れてくれた。
 「皆さん、お揃いですか?」
お互いの自己紹介をしている時に、2人の保育士がやってくる。真琴は初対面だが、2人とも年中を担当しているらしい。
 「お忙しいところを、今日はありがとうございます」
始めにそう礼を言われ、次にはすぐにこう続けられた。
 「じゃあ、さっそく設営をしてもらいます」
 「え?」
 唐突なその言葉に驚いたのはどうやら真琴だけのようだ。
 「あらかたのことは今日中にしてしまうんだよ」
そんな真琴の耳元で説明をしてくれたのは加納だ。
 「そうなんですか?」
 「今日が雨だったり、明日の天気が不安定だった場合は様子を見るけど、天気予報でも明日は問題なく晴れるみたいだし、
今日しておいて問題はないだろう?」
 「そっか」
確かに、当日用意するとしたら真夜中から準備をしなければならない。言われて改めて気づき、真琴はまったく予想していな
かった自分の鈍感さに顔が赤くなるのを感じた。
 「お父さん方、こちらに集合してくださ〜い!」
 「行こう」
 加納の説明が終わる前に号令がかかる。視線を向けると、そこには組み立て前のたくさんのテントが置かれていた。どうやら
自分の担当はテント設営らしい。
(ち、力、持つかな)
へなちょこの腕をさすり、真琴はよしと勢いをつけて歩き始めた。




 たっぷり2時間は経ったと思う。
真琴は最後のテントの設営を終え、はあ〜っと大きな溜め息をついた。こんなことで、明日の父兄参加の競技は身体が持つだ
ろうか。
(体力、ついた方だと思ったんだけどなあ)
 毎日、元気に走り回る貴央を相手に、これでも学生時代よりも体力も腕力もついたと思っていたが、どうやらその筋肉は役に
立たないところについたようだ。
 「お疲れ」
 「あ」
 冷たい缶コーヒーを差しだされ、真琴は加納に礼を言う。
 「ありがとうございます。あの」
 「幼稚園側からの差し入れだから」
隣に腰を下ろした加納は、そう言いながら缶コーヒーを口にした。さりげなく気遣ってくれる彼に、真琴は思わず笑ってしまう。
(こういうトコがモテるんだろうなあ)
 「明日は、来るんだよな?」
 「え?」
 「海藤さんの、その・・・・・パート、ナー?」
 男同士の伴侶をどう言い表していいのかわからなかったのだろう。その少し迷ったような言い方に誠実さを感じた。
 「来ますよ。俺と相手の両親や、友達も」
 「・・・・・大所帯だな」
 「はい」
 「・・・・・そっか」
 「加納さん?」
何か、言いたいのだろうか?真琴は隣に座る加納の顔を覗き込もうとしたが、その前に加納は一気に缶コーヒーを呷って立ち
上がってしまった。
 「ほら、早く飲まないと、まだ仕事が残ってるぞ」
 「あっ」
 テントの設営だけですべてが終わったと思っていたが、明日のためにやることはまだまだ残っていたらしい。
同じように周りで休憩をとっていた人々も腰を上げ始めたのを見て、真琴は自分も残っていたコーヒーを飲みほして立ち上がっ
た。





                                   





次回は運動会当日。
あの人もこの人も登場です。