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「なつーって感じが足りないのよねえ」
「・・・・・は?」
倉橋克己(くらはし かつみ)は右隣に座って盛大な溜め息をついている綾辻勇蔵(あやつじ ゆうぞう)を振り返った。
「ええ、分かりますよ、特に今の時期は感じますね」
「え・・・・・」
今度は、左隣に座っている小田切裕(おだぎり ゆたか)を振り返る。
途惑う倉橋をおいて、綾辻と小田切はお互い顔を見合わせてにやっと笑った。
「場所は御前に相談出来るし」
「では、私は連絡係をしましょうか。そちらは海藤会長は大丈夫でしょう?」
「マコちゃんが行くって言ったらそれで決まり。そっちも上杉会長と太朗君は数に入れてますよね?」
「案外こういうことはお好きですからね。後は日向の姫と・・・・・ああ、どうせならこの間顔見せした人達は全員呼びましょうか。
連絡は付けれますし」
「あら〜、楽しそう!」
自分を挟んでドンドン会話が進んでいるようだが、倉橋はいったい何のことか分からなかった。
どうやらまた集まって何かをしようとしているようだが、真面目な倉橋はあれだけの面々が揃うとかなり気を遣ってしまうので、出来
れば日を置いての方が助かるのだが・・・・・。
「あの、飲み会の日にちでしたら・・・・・」
「何言ってるのっ、克己!今の時期、夜集まって飲むなんて不健康じゃない!」
「・・・・・」
(今、飲んでると思うが・・・・・)
「よ〜し!じゃあ、早速明日から動きましょう!」
今日の終業時、倉橋は綾辻に食事に誘われた。
特に断わる理由もなく、ただ酒を飲む場所は却下と言う倉橋の意見に笑いながら頷いた綾辻だったが、オシャレなイタリア料理
の店で食事が終わる頃に不意に現れたのが、羽生会の幹部である小田切だった。
初めから約束していたのか、それとも偶然に会ったのかは、2人の会話を聞いているだけでは分からなかった。
ただ、その後に強引にバーに誘われてしまい、年長者の小田切の誘いをむげにすることが出来ずについてきた倉橋は、それでも
自分だけは特別にウーロン茶を出してもらっていた。
その中で、不意に綾辻の口から出た言葉。
【夏】という言葉はとても自分達の職業には合わないような気がしたが、倉橋はただ2人の会話を聞き続けることしか出来なかっ
た。
そして・・・・・。
次第に分かっていく2人の計画に、最終的には倉橋は口を挟む隙など全く無いことに気付くことになった。
「キャンプぅ?」
羽生会会長の上杉滋郎(うえすぎ じろう)は、目の前でにっこり笑いながら立っている小田切を怪訝そうに見上げた。
「ええ。せっかくの夏休みですからね。何時もマンションに引きこもって不健全な遊びをするよりも、思いっきり自然の中で遊んだ
方が太朗君も喜ぶんじゃないんですか?」
「・・・・・」
小田切の言葉は的を得ていたようで、上杉は腕を組んで眉間に皴を寄せた。
上杉からすれば、太朗と2人っきりでセックス三昧というのも楽しいのだろうが、大きな声で笑って笑顔を振りまくアウトドアも捨て
がたいと思ったのだろう。
元々、動き回る方が好きな太朗と、上杉とて腰が重い方ではない。
これはもう一押しかと、小田切は更に言葉を続けた。
「後、近くで祭りがあるんですよ。浴衣姿の太朗君・・・・・きっと何時もとは雰囲気が違うんじゃないですか?」
「・・・・・」
上杉はチラッと小田切を見上げた。
「お前の要求はなんだ」
「話が早くて助かります。そのキャンプの後、三日の休みをもらえますか?そろそろ犬を散歩に連れて行かないと拗ねてしまうの
で」
「・・・・・結局、自分と犬の為か」
「悪い条件じゃないでしょう?」
「・・・・・分かった、タロには俺から連絡する」
「はい」
「楽しませろよ」
「それは十分に」
自分の夏休みもしっかり確保した小田切はにっこりと笑って頷いた。
「キャンプ・・・・・ですか?」
「ええ。社長はマコちゃんが行きたいなら同行するって。どう?」
バイトが休みでマンションにいた西原真琴(にしはら まこと)は、楽しそうに話す綾辻をじっと見返した。
綾辻が所属する開成会、その会長である海藤貴士(かいどう たかし)の最愛の恋人である真琴はまだ大学生だが、ヤクザの
組長である海藤と深く愛し合っていた。
初めから2人を見てきた綾辻も、穏やかでほのぼのした雰囲気を持つ真琴を気に入っていて、ことあるごとに楽しい遊びに誘って
いたのだが・・・・・。
「でも、海藤さん・・・・・嫌じゃないでしょうか?」
スーツ姿で、都会の風景がよく似合う海藤に、キャンプは似合わないのではと心配しているらしい。
綾辻はチッチと人差し指を揺らした。
「ノープロブレムよ、マコちゃん。マコちゃんが行きたいとこが、社長の行きたいとこなの」
「そうですか?」
「太朗君と上杉会長は行くそうよ。後、小田切さんてば江坂理事と静ちゃんとか、あ、ほら、この間日向の屋敷で会った暁生
君とかも呼ぶって言ってたわ」
「本当に?」
「ホント」
楓と伊崎を呼び、自分の所の幹部である楢崎久司(ならざき ひさし)とその子犬である日野暁生(ひの あきお)を呼ぶまで
は分かる。
しかし、更に大東組という自分達の母体組織の理事である江坂凌二(えさか りょうじ)と、その恋人である小早川静(こばやか
わ しずか)にまで声を掛けるとは思わなかった。
たとえ組とは関係ない場所でも、やはり江坂は自分達にとっては上の存在になるのだ、気を遣わないというわけには行かないだ
ろう。
それでも。
(面白そうという気持ちの方が勝ってるんでしょうけど)
「面白そうだけど・・・・・」
「行きたい?」
「・・・・・」
「我が儘言ってもいいと思うわよ?連れて行ってくれなきゃやだあ〜なんて言ったら、社長嬉しくて鼻血出しちゃうかも」
「そ、それはないですよ」
そう言いながらも、真琴の顔は笑っている。
これでこっちはOKだと、綾辻はふふっと笑っていた。
『そんなことでわざわざ連絡してきたのか』
「小早川君に直接言うよりはいいかと思いまして」
普通の人間ならば恐れてしまう江坂の低い声も、小田切には全く通用しなかった。
本当は今言った通り、静に直接連絡しようと思ったのだが、ふと思い直して江坂の方に連絡したのだ。
(彼に関係することだったら、面白いくらい反応してくれるし)
大東組という巨大組織の中で、若くして理事にまで上り詰めた江坂。多分このまま順調に行けば、若頭まではいくのではという
もっぱらの評判だった。
それに見合うように頭の良い江坂は冷静沈着な上に冷酷で、自分以外の何者も信じないような男だった。
その江坂が、どうしても欲しいと思ったのが、小早川商事という大手ゼネコンの取締役の次男、静だ。人形のように整った容姿の
静は、その外見に似合わずおっとりとした性格の青年だった。
時間をかけて落としただけに、江坂の静に対する執着はかなり激しい。ただの友人さえも、静の隣に立つことが我慢ならないほ
どに、だ。
そんな江坂のお眼鏡にかなった静の友人が、これもまたヤクザ社会に身を置く男達の恋人だというのは面白い話だが。
「どうされます?太朗君なんかとても張り切って、自分から連絡するというのを辛うじて止めている状態ですが」
『・・・・・』
「静さんなら、きっと行くとおっしゃるでしょうね」
『・・・・・分かった』
江坂は了承した。
結果的に行くことになるのならば、他の誰より自分の口から言った方がいいと思ったのだろう。
どういう風に話題を持ち出すのか傍で見ていたかった気分だが、そこまでしては江坂に気の毒かもしれない。
「ああ、浴衣もご用意して頂けますか?近くで夏祭りがあるはずなので。あ、こちらで用意しましょうか?」
『結構だ』
「分かりました。詳細が決まりましたらまた連絡致します」
『・・・・・』
小田切が電話を切る前に、江坂は余韻も無く通話を切った。
せめてもの反抗なのかと思えば、小田切の頬には苦笑が浮かぶしかなかった。
『キャンプ・・・・・ですか?』
「そうなの〜。マコちゃんも太朗君も行くし、後はそっちのお姫様のOK貰うだけ。あ、江坂理事も来るって」
『・・・・・江坂理事も』
電話の向こうで伊崎恭祐(いさき きょうすけ)が途惑っているのがよく分かる。
(まあ、江坂理事まで来るんだものね〜。嫌だなんて言えないか)
別にそれを狙って言ったわけではないが、そもそも日向組という大東組の三次団体よりも立場的に上な自分が誘えば、滅多なこ
とで断われるはずがないことも予想はついていた。
そこに江坂だ。伊崎の答えは・・・・・もう決まりだろう。
『・・・・・分かりました。真琴さんや太朗君が行かれるなら、楓さんも喜んで同行するでしょう』
「良かった!せっかくの夏だし、それに夏休みでしょう?いい思い出になると思うけど」
『・・・・・』
電話の向こうで伊崎が苦笑する気配がした。
『そうですね、今年はまだどこにも連れて行って差し上げてないので』
「浴衣も用意してね?祭りがあるのよ。きっと姫の浴衣姿、グッとくるでしょうねえ」
『綾辻さん』
「ふふ、じゃあね〜」
苦言を言われる前にさっさと電話を切るのが得策だった。
「・・・・・」
「なに?可愛い顔して睨んじゃって」
「呆れてるんです」
酒の席で、いきなりキャンプの話をしたのは昨夜のことだ。
それなのに翌日の今日で、既にほとんどの相手と連絡を取り、元開成会の会長であった菱沼にも連絡して、場所の確保もした
らしい。
それぞれが立場のある人間なので、警備の問題も当然あっただろうが、それらも全て手配済みで・・・・・とにかく、昨日いきなり思
いついて行動しているとはとても思えなかった。
「・・・・・どちらの企みですか?」
綾辻と、小田切。
どちらも一筋縄ではいかない男達だ。
「・・・・・」
じっとその顔を見つめていると、不意に綾辻が苦笑していきなり顔を近づけてきた。
「!」
避ける間もなく、唇が一瞬触れてしまった。
倉橋がパッと身を引くと、綾辻はクスクス笑いながら口を開いた。
「可愛い顔で見つめられたらキスしたくなっちゃうでしょ?私、これでも男だから」
「あ、綾辻さん・・・・・」
「今回は克己も楽しんで。一緒にお祭りに行きましょうね」
まるで小学生同士の約束のように小指を差し出す綾辻に、倉橋は熱くなった顔を逸らしてしまうしか出来なかった。
「そういうことだから、時間を空けておくように」
電話を切った小田切は、傍にいた楢崎を振り返りながら言った。
「・・・・・私はまだ行くとは言ってませんが」
「初めから頭数に入れている」
「・・・・・」
厳つい見掛けと、腕っ節の強さを考えれば、これ以上ないガードとして役に立ってくれるだろう。
その上、彼の可愛い子犬も遊んでやるのだ、嫌だと言われるわけがない。
「・・・・・」
「・・・・・」
「楽しみだな、色々と」
笑いながらそう言うと、やがて楢崎は深い溜め息をついた。文句を言わないところを見ると、納得はいかないが受け入れるしかな
いと思ったらしい。
(素直に行きますと言った方が早いのに)
決行は3日後の土日、一泊二日だ。
どんな出来事があるのか小田切も予想がつかないまま、その時間を十分楽しむことに決めていた。
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夏休み、お遊び企画です。
ヤクザ部屋の面々で行くキャンプ。100万hit記念企画の時にお題を頂いたバーベキューも、夏祭りも書きますよ。
今回は綾辻、小田切、倉橋、楢崎に活躍してもらいます。第三者の目から見たお子様達のお楽しみぶりを楽しんでください。