12
翌朝、綾辻は海藤を手伝って朝食の準備を始めた。
海藤は鉄板を使って器用に目玉焼きを作り、ソーセージを炒めた。野外である上に、それほど時間も掛けられないのでごく普通
の朝食といった感じだが、この環境で普通というレベルにもっていけるのが海藤の凄さかもしれない。
その手早く作ったおかずに加え、昨日買ったパンを簡単に火で焼き、静提供のジャムを塗って、コーヒーをたてて・・・・・準備は完
了だ。
「みんな〜、朝食の時間よ〜!」
結局、昨夜は年少者達は疲れていたのか12時前には眠ったようで声が聞こえなくなったし、それを確かめてから男達もようやく
休んだ。
今の時刻は午前7時過ぎ。少し早いかもしれないが、帰る時間を計算すればこんなものだろう。
「おいしそー!いただきます!」
起きたばかりだというのに太朗の食欲は全く衰えることは無いらしい。
「お前・・・・・よく食えるな」
幼児は起きぬけでも直ぐに食事が出来るが、どうやら太朗もそれと同じらしい。
パクパクと旺盛な食欲を見せる横で、やはり野外だと食欲も違ってくるのか、他の5人も早い朝食というのに食欲はあるようだ。
昨日のバーベキューは他の5人に比べてあまり食べなかった友春だが、今日の朝食は進んでいる。アレッシオも、楽しそうに話しな
がら食事を進めている友春を目を細めて見つめていた。
「綾辻、帰りはどうするんだ?また電車か?」
早々に食事を済ませた上杉が、コーヒーのカップを片手に訊ねてきた。
「いいえ、皆さんお疲れだと思うので、このままバスで東京駅まで向かいます。それぞれのお迎えはそちらにいますから」
「もう終わっちゃうなんて寂しい・・・・・」
「うん・・・・・」
「ホント・・・・・」
カップを握り締めたまま真琴が呟いた。
それは、真琴以外の5人の年少者達も同じ思いだろう。
そして、意外にも付き添う形でここまでやってきたそれぞれの恋人達も同じ様な思いを抱いているのか、朝食の席は少ししんみり
としたものになっていた。
朝食の時間はゆっくりと取って、少しだけ話をして。
一行が乗ったバスがキャンプ場を出たのは午前九時を少し回った頃だった。
「タロ?」
東京に着くまでしゃべり続けると叫んでいた太朗は、バスの心地良い揺れに眠気を刺激されたのか上杉の肩を枕に眠ってしまっ
た。
「あら」
それは、緊張し続けたであろう暁生と、慣れないアウトドアに神経を使った友春、魚釣りに活躍した静も同様に、隣に座る恋人
の肩に寄り添って眠っていた。
「みんな疲れたんですね」
子供っぽい寝顔を見れば、小田切だとて微笑ましい気分になる。
上杉はズルズルと身体が揺れて、何時の間にか自分の膝を枕にして眠っている太朗の髪をゆっくりと撫でた。
その手つきはどんな高価なものに触れる時よりも慎重で・・・・・優しいものだった。
「寝てる時は大人しいんだがな」
「そんな事を言っていたら怒られますよ」
「それがいいんだろ」
屈折しているわけではないだろうが、ただ甘やかしてばかりではなく怒らせることも楽しいらしい上杉はそう言って笑う。
さすが自分の上司だと思わないでもないが、まあその根底には深い愛情があるらしいので太朗にとっては害にはなっていないだろう
と、小田切は聞き逃すことにした。
「・・・・・」
そして、疲れているはずなのにまだ眠っていない真琴と楓に視線を移す。
それぞれが恋人の隣には座っているものの2人は隣り合わせで、普段は人に弱みなど見せないであろう楓が無意識なのか真琴
の腕を掴んでいた。
「楓君、眠らないの?」
「・・・・・だって、マコさんとあんまり話してないし」
「昨日のテントの中でもたくさん話したじゃない」
「足りない」
「・・・・・」
(あのお姫様が妬きもちですか)
どうやら楓は真琴とゆっくり話す時間がなくて不満らしかった。
気の合う悪友のような仲の太朗とは違い、穏やかな雰囲気の真琴と一緒にいると落ち着くのだろう。
「帰ったって、また会えるよ」
「・・・・・」
「また、楓君の所に泊まりに行っていい?大きいお風呂にまた入りたいな」
「本当に来て下さいね?」
「うん。でも、俺が行くって言ったら、太朗君も絶対についてくるって叫びそう」
その姿がはっきりと想像出来たのか、真琴も楓もくすくすと笑っている。
「でも、今度は絶対オマケ無しでお願いします。大きい男がいると息が詰まるし」
「海藤さんは話したら大丈夫だと思うけど・・・・・上杉さんはどうかなあ」
「・・・・・」
意外にも上杉の性格をちゃんと捉えているらしい真琴に、小田切は内心それは無理でしょうねと同意をしてしまった。
そんな真琴と楓もいつの間にか眠ってしまい、バスの中は今度こそ静かになった。
するとそれを狙ったかのようにアレッシオが動く。
どうやら胸に入れていた携帯のバイブが震えたしい。
「・・・・・」
(確か、昨日日本に着いてそのまま同行されたんだったな)
アレッシオが話しているのは日本語でも英語でもなく、聞き取れるいくつかの単語から察するにイタリア語なのだろう。普段は流
暢な日本語を操っているだけに、滑らかにイタリア語を話すアレッシオの姿に倉橋は不思議な気がした。
「・・・・・っ」
しばらくしてまるで舌打ちを打つように電話を切ったアレッシオは、続けて電話を掛け・・・・・こちらは直ぐに切った。
「エサカ」
「滑走路の予約を取りましょう」
どうやらそのイタリア語を全て聞き取っていた江坂が、アレッシオが全てを言う前に行動を始めた。
携帯を取り出すと、自分の隣で眠っている静を起こさないように少し声を落とし、それでも十分威圧的に午後からの滑走路の予
約をねじ込んでいる。
(帰還命令か?)
首領であるアレッシオを堂々と呼び戻す人物など想像が出来ないが、アレッシオの決断を仰がなければならない懸案が出来た
というわけか。
この短い滞在があどけなく眠っている友春の為だろうということは想像がつくが、本当にこの為だけに日本に来ているのかと思うとア
レッシオの情熱の激しさがそれだけで分かる気がした。
友春を見ればまだ完全な恋人のようには見えないが、これだけ激しく、深く想われているのだ、気持ちが傾くのは時間の問題だろ
う。
「・・・・・」
倉橋はチラッと綾辻を見た。
何を話しているのか、小田切と顔を突き合わせてコソコソしている。
「・・・・・」
(また、私は蚊帳の外か)
面白くない・・・・・そう思う自分が嫌で、倉橋は気分転換にと新しいコーヒーを入れに立ち上がった。
そしてー
数時間後、バスは東京駅のバスターミナルの一角に着けられた。
「・・・・・うわ、目立つじゃん」
少し前に眠っていた年少者達も起こされていたのだが、窓から外を見た太朗はウゲッと顔を顰めて呟く。
それは、そこに傍迷惑なほどずらりと並んだ高級車のせいだ。特に黒塗りのベンツは5台ほども並んでいて、何事かと道行く人々
の視線を奪っている。
「トモ、私はもうイタリアに帰らなければならない」
「え?」
起き抜けに突然言われた友春はさすがに驚いたようにアレッシオを見つめた。
「疲れているだろうが、空港まで私を見送ってくれないか?」
「・・・・・」
「トモ」
「・・・・・はい。今回は僕の我が儘でキャンプにまでついて来てもらったし・・・・・お見送りさせて下さい」
「ありがとう」
その答えを当然のように予想していたらしいアレッシオは、友春の少ない荷物を持ち、その肩を抱いて一同を振り返った。
「失礼する」
アレッシオがバスを降りると、続いて江坂も静の腰を抱いて言った。
「私達も失礼する。上杉、海藤、今回は世話になった」
あまりありがたいという口調には聞こえなかったが、こう言うだけでも江坂にとってはかなり特別だった。
それが分かっている小田切は、笑いながら頭を下げた。
「今回はお付き合いありがとうございました」
「・・・・・静さん、行きましょうか」
「はい。あの、キャンプ、とっても楽しかった!また何かあったら誘って」
「うん!」
一番に頷く太朗に、江坂は一瞬渋い顔をしていたがそのままバスを降りていった。
「あの車、ケイのだったんだ!友春さん目立ってやだろうな〜」
アレッシオと友春が乗り込んで直ぐに走り出したベンツの一団を見て呟いた太朗。江坂と静が乗った車も高級国産車で、その
前後に護衛の車がついて行った。
上杉はそんな太朗の小さな頭をワシャッとかき回した。
「俺達も帰るぞ。今日は俺の運転じゃないが、いいだろ」
「それはいいけど、ちゃんと家の方に送ってよ?ジローさんのマンションなんか行かないでよね、母ちゃんに怒られる!」
「分かった、分かった」
「じゃあ、マコさん、楓、アッキー、また遊ぼうね!」
「うん」
「メールする」
「さよならっ」
「じゃあ、俺達も帰るか」
「はい。楓君、暁生君、またね」
そう言った海藤を送っていこうと歩き掛けた倉橋は、突然腕を掴まれて足を止めた。
「綾辻?」
「社長達のお迎えは海老原達に頼んでいるから」
「でも」
「私達もこれで」
揉めている倉橋と綾辻は、その声に同時に振り向いた。
「お疲れ様でした、伊崎さん」
「皆さんこそ・・・・・今回はお世話になりました。楓さん」
伊崎に急かされた楓は、チラッと目線を上げた。
「まあ、悪くはなかった」
「楓さん」
「いいんですよ、伊崎さん。子供が大人ぶるのはよくあることですから」
「・・・・・っ」
楓の態度も子供だと言い切った小田切を、楓は一瞬強く睨んでしまったが、その腕をしっかりと掴んだ伊崎が失礼しますと早々
に引っ張って行ってしまった。
多分、この後の楓の不機嫌は相当激しい感じがする。
気の毒にと思っていると、小田切は楢崎を振り返った。
「ここで解散ですから、帰ってもいいですよ」
「・・・・・」
「何もありませんから」
わざわざそう打ち消さなくてはならないぐらい、小田切の言動には注意が必要なのだろう。
楢崎は暁生と顔を見合わせ、少ししてから失礼しますと軽く頭を下げた。
「終わりましたね」
「なんだか寂しいわね〜」
「・・・・・お疲れ様でした」
今回は一泊二日と、いわば強行スケジュールだったが、こうして無事に東京に戻れたのはやはり小田切と綾辻の力だろう。
そもそも倉橋は進んでこのキャンプに来たわけではないが、忙しく、気を遣った時間ながら、楽しいと思う時間がなかったわけでは
なかった。
そんな思いを込めて頭を下げた倉橋は、側に置いた自分の荷物を取ろうとした・・・・・が。
「あ」
いきなりその荷物を横からさらわれ、倉橋は悪い予感を感じて顔を上げる。
そこには、倉橋の荷物を持ってにんまりと笑った綾辻と、不気味な(傍から見れば綺麗なのだろうが)微笑を浮かべた小田切がい
て・・・・・左右から倉橋の腕をがっしりと掴んだ。
「あ、あの?」
「まさか、帰るなんて言わないわよね?」
「あ、綾辻さん?」
「これからは幹事の打ち上げですよ。倉橋さんがいないとつまらないじゃないですか」
「・・・・・小田切さん」
嫌な予感は当たったようだ。この2人に挟まれて、自分が逃げおおせる自信など全くない。
それでも辛うじて、倉橋は逃げる為の口実を探した。
「ま、まだ昼間ですよ。今から打ち上げとはちょっと・・・・・」
「何も酒を飲むだけが打ち上げじゃないですよ?ねえ、綾辻さん」
「そ〜よ、克己。今回の苦労話を吐き出して、それぞれ癒されましょうよ」
「・・・・・」
(あなた方と一緒にいる方が癒されないんですけど・・・・・)
強張った倉橋の顔を見ているはずなのに、2人は全く意に介さずにズルズルと引っ張ってバスを降りる。
「「さあ、行きましょうか」」
「・・・・・はい」
もはや諦めてその時間を早くやり過ごした方がいいと悟った倉橋は、溜め息混じりにそう言うと、大人しく2人について行った。
こうして一泊二日の楽しいキャンプは、倉橋の犠牲の上に無事終了することになった。
END
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余暇、第十二話です。
最終回です。色々詰め込んだ話になりましたが、夏らしかったんじゃないかと自画自賛しています(苦笑)。
それにしても、倉橋さんの受難は毎度続きますね。