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リンゴ飴早食いは、途中リタイヤしてしまった数人を除き、キャンプ場に着く頃にようやく決着がついた。
「・・・・・なんだ、この甘い物体は」
文句を言いながらも完食した上杉を小田切は感心したように見つめた。
(本当にこの人は・・・・・)
「凄い!絶対無理だろうってみんなと話してたのに!」
「・・・・・タ〜ロ」
「大丈夫!ちゃんと商品はあるからさっ」
どうやらこれは年少者達の悪戯だったようで、まさか完食をする者がいるとは思わなかったらしい。
呆れたように太朗を見つめる上杉に、太朗は満面の笑顔で言った。
「優勝者のジローさんには、スイカ半分食べ放題の権利を与えます!」
「・・・・・スイカ?」
「そう!まだ1個残ってたろ?あの半分はもう俺の物に決まっちゃってるけど、もう半分はジローさんの物に決定!男のロマンを一
緒に味わおうね!」
「・・・・・だから、それはお前だけだって」
溜め息交じりの上杉の言葉は、凄い凄いとはしゃぐ太朗には聞こえなかったようだった。
そして、一向はキャンプ場に戻った。
既に時刻は午後10時近く。普段ならばまだ起きている時間かもしれないが、慣れない時間を過ごした今日は早くに休んだ方が
いいだろう。
そう思った倉橋は振り返ったが・・・・・。
「ごめんなさい、海藤さん」
バスから降りた途端、真琴が海藤を振り返って言った。
「今日はみんなと寝るって約束したんだ」
「みんなでって・・・・・」
海藤はチラッと静と友春に視線を向けた。太朗や楓、そして暁生は多分大丈夫だろうが、残るあの2人をそれぞれの保護者がと
ても手放さないのではないかと思ったようだ。
それは倉橋も同様で、駄目だった場合の真琴の落胆を考えて眉を潜めた。
しかし。
「江坂さん、俺今日真琴達と寝るから」
「静さん?」
あっさりと静は江坂に言い切り、
「ケイ、僕も今日はみんなと一緒にいたいんです・・・・・いいです、よね?」
少し心配そうに友春がアレッシオに言った。
どうやら年少者達はいつの間にか話を決めていたようだ。
ただ、コテージで2人きり・・・・・という状況を捨てがたく思っている何人かは、どうにかしろという視線を倉橋達に向けてくる。
倉橋は自分はどうするべきか考えた。
弁が立つ(言いくるめることが出来る)綾辻と小田切はこの状況を楽しんでいるようで口を挟む様子は無く、必然的に説得役は
自分しかいないようなのだ。
(仕方ない・・・・・)
とにかくここは穏便に済ませようと、倉橋は最も一同が納得しやすいような理由を挙げた。
「みなさん、せっかくですけどコテージにはベッドは2つなんです。6人で休むことは出来ませんよ」
「そういうことらしい、トモ」
「静さん、またの機会にされませんか」
念押しをするように江坂とアレッシオが言ったが。
「そんなの、外でテント張れば平気じゃん」
その場の雰囲気を一切無視したように太朗が言った。
「ここに来た時、綾辻さん、テントも用意してあるって言ってましたよね?」
その言葉にいっせいに綾辻に視線が向かう。
「・・・・・」
(綾辻さん、分かってますよねっ?)
敏い綾辻ならば、江坂やアレッシオの視線の意味が分かるはずだと、倉橋も願いを込めるように視線を向ける。
しかし、当の綾辻はそれほどの注目を浴びても少しも臆することなく、太朗を見つめて笑った。
「ええ、ちゃんと用意してあるわよ。2人用から、10人用の大きなものまでね」
「やった〜!!」
「凄い!本当にキャンプみたいだ!」
「ね?だから大丈夫だって言ったじゃない!」
途端に嬉しそうに手をつないではしゃぎ回る年少者達とは対照的な雰囲気をまとった男達から睨まれても、綾辻は全く気にする
ことなく倉橋に向かってウインクをした。
それぞれのコテージでシャワーを浴び、持参のパジャマや楽な部屋着に着替えた年少者達は、平坦な場所に広げられた大きな
テントの中に楽しそうに入っていった。
「わ〜、案外広いね〜」
「あ、下も痛くない。何か敷いてくれてるのかな」
「俺、トランプ持ってきた!」
「ババ抜きなんかだったらやらないぞ。ポーカーしよう、ポーカー」
「そんなの、俺知らないもん!」
「あ、誰か来ましたよ」
暁生の声に、テントの小さな明かり取りの窓から太朗が顔を覗かせている。
それに、綾辻は笑い掛けた。
「一応、タオルケットと毛布用意してるから。風邪ひかないようにね」
「「「「「「は〜い!」」」」」」
人数分の大きな声がする。
初対面では大人しかった友春も暁生もすっかり皆に打ち解けた様子で、その笑顔には一切の曇りはなかった。
「それに、もう歯を磨いただろうからお菓子とか食べちゃ駄目よ?」
「もう、綾辻さん、俺達を幾つだと思ってるんですか?」
真琴は苦笑を零したが、その直ぐ隣では太朗が慌てたように自分の毛布の中に何かを隠している。
(まあ、武士の情けだけど)
何を隠しているのか一目瞭然のような気がしたが、綾辻は見逃してやることにする。子供はこうやって隠れて何かをすることが好き
だし、こっそりお菓子を食べることくらい別に悪いことではない。
「虫歯にならないようにね」
綾辻はそう言って太朗の頭を軽くポンと叩くと、そのままテントから出て行った。
「どうだった?」
綾辻がテントから出ると、早速というように上杉が聞いてきた。
「楽しそうでしたよ。なんだか修学旅行みたいですよね」
「・・・・・まあ、楽しそうならしかたねえな」
健康的に今からトランプ等に興じる年少者達とは違い、すげなく1人にされてしまった男達は火の側で何杯目か分からない酒を
飲んでいた。
もうコテージに戻ってもいいくらいの時間だが、少しでも愛しい者の声を聞いていたいと思っているのか、今のところ誰もコテージに
戻る気配はない。
アレッシオも倉橋にワインを注がせながら、燃える火をじっと見つめていた。
「ミスター、こんなイベントは経験なさったことないんじゃありませんか?」
思わずそう訊ねた綾辻に、アレッシオはチラッと視線を上げた。
「今までの私には必要のないものだったからな」
「・・・・・」
「でも、トモが楽しんでいるのを見るのは・・・・・悪くない」
「・・・・・」
冷酷非情なマフィアの首領も、愛しい相手には勝てないんだなと思えば微笑ましい気もする。
実際、綾辻もこうしてアレッシオと対面するまで、噂だけを耳にしていたのでどんな人物なのだろうかと想像するしかなかった。
まだ30代前半で、イタリアでも屈指の家柄であるカッサーノ家の頂点に立つ男。だが、綾辻が知っているのは、たった1人の青年
に情熱の全てを注いでいる男というだけだった。
(今のところ、その認識だけでも十分だろうし)
いずれ仕事面で関わりが出てくるかもしれないが、今のところは友春の恋人という認識でも十分じゃないかと思った。
「エサカの力もあるな」
「・・・・・いえ、私は何も」
江坂はブランデーをストレートで口に運んでいた。
もう数杯も同じペースで飲んでいるというのに、顔色は少しも変わらない。
(バスの中とか、しーちゃんが一緒の時は飲まなかったのに・・・・・口寂しいのかしら)
綾辻にとっては江坂という人物も遠い存在ではあった。
開成会の母体組織である大東組の、まだ30代で理事になった江坂のことは当時からかなり噂になっていた。
彼の得意分野も経済面ということで綾辻と関係がないことはなかったが、何回かあった呼び出しを理由をつけて断っているうちに
呼び出しが掛からなくなっていた。
その代わりというように、小田切が江坂と接近することになったというのは面白い話だが。
「トモとシーズが友人でなかったら、私はここにいなかった」
「・・・・・」
江坂は口元に僅かな笑みを浮かべた。
「それならば、静さんのおかげですね。ここに私達がいることは」
「そうだな」
小さく笑った2人はグラスを合わせる。
高く響く音が鳴った。
「無理に食べなくても良かったんじゃないんですか?」
「そうもいかないって。あいつにはいいとこしか見せたくないからな。ナラ、ウォッカかテキーラはねえのか?」
今だ口の中にリンゴ飴の甘さが残っているのか、上杉は何杯か飲んだウイスキーに飽き足らずにそう聞いてきた。
気持ちは分からなくもないが、このまま強い酒を飲み続けたら必ず明日はつぶれるだろう。
「・・・・・ありませんよ。それで我慢してください」
「上杉会長、一気に飲んだら身体にも悪いですよ」
「海藤、お前医者じゃねだろ。なんだ、自分はコーヒーなんか飲みやがって」
「意外と口の中もすっきりしますよ。入れましょうか?」
「・・・・・そうだな、少し休むか」
素直に海藤の言うことを聞いた上杉に、楢崎は少しだけ苦笑を漏らした。
実年齢は上杉の方が幾つか海藤よりも年上だが、こうした会話を聞いていると海藤の方が落ち着いて年上に見えた。
しかし、何かあった時は海藤は必ず上杉の意見も仰ぐようだし、そこには2人の絶妙な力関係があるような気がする。
(まるで出来の悪い兄貴をフォローする大人びた弟って感じだな)
・・・・・いや、兄弟というほども密着していない、親友という言葉の方が似合っているのかもしれない。とても海藤の性格から考え
ると、悪友という言葉は合わない気がした。
(とにかく、海藤会長にはこの先もブレーキ役になってもらわないとな)
「どうぞ」
「ああ、悪い」
海藤の差し出したカップを素直に受け取る上杉。
絵になる2人に、楢崎は邪魔をしないようにと席を外した。
酒を飲む為の氷を準備していた倉橋は、軽くコテージのドアをノックする音に振り返った。
「何かお手伝いすることはないですか?」
「いいえ、伊崎さんもごゆっくりされていてください」
「十分、させて頂きました。今は楓さんのお世話もありませんし、どうか使ってください」
「そうですか?それでは、新しいグラスと、そこのチーズをお願い出来ますか?」
「これですね?」
まだしばらくは続きそうな酒宴の為に、氷とグラス、そして簡単なツマミを用意していた倉橋は、自ら手伝いを買って出てくれた伊崎
に礼を述べて頼んだ。
組の規模は置いておいて、地位的に言えば若頭の伊崎の方が倉橋よりも立場が上だし、歳も上だが、控えめなのか、それとも
世話に慣れているのか伊崎の腰は軽い。
穏やかな雰囲気もあって、倉橋はつい気を許してしまいがちだった。
「今日は誘って頂いてありがとうございました。楓さんもとても喜んでいました」
「いえ、今回のことは小田切さんと綾辻が全て計画したことで、私は・・・・・」
「私は、倉橋さんの力も大きかったと思いますよ」
「え?」
「あのお2人がうまく融合出来たのは、倉橋さんの存在が大きかったと思いますよ?」
「・・・・・そうでしょうか?」
「外から見ればよく分かります」
重ねて言う伊崎の言葉に、倉橋は途惑ったように苦笑を漏らした。
「お礼を言っても・・・・・いいんでしょうか」
「さあ、どうでしょうか」
2人は顔を見合わせる。なぜか深く考えない方がいいような気がして2人はそれ以上の言葉は交わさす、そのまま手に氷やグラス
などを持って皆の所に戻った。
「遅〜い!伊崎と浮気してたんじゃないでしょうね?」
「馬鹿なことを言わないでください」
「本当?」
「あなたの大切な人に手を出したりしませんよ」
「い、伊崎さんっ」
綾辻の追求にしれっと答えた伊崎に慌てたのは倉橋だけで、そう言われた綾辻はにっこり笑って新しいグラスやツマミを受け取っ
た。
「ほら、まだ飲むんですよね?でも、消灯は12時ですからね?」
側のテントからは、年少者達の楽しそうな声が響いている。
男達はその声をツマミにしながら、もうしばらく・・・・・少し寂しい夏の夜を過ごすことになった。
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余暇、第十一話です。
楽しい夏のひと時は終わりました。多分、次回最終回だと・・・・・思います。