磨く牙



11






 店を出ると、そこには津山が厳しい表情で立っていた。
 「坊っちゃん、あの男と何をお話でしたか?」
ある程度の予想はついているだろうに、津山は楓の口から言わせようとしていた。
 「・・・・・」
楓が麻生の連れがいたはずの場所を見ると、そこには既に男達の姿はなく、店の中にいたはずの麻生当人の姿も消えてい
た。
 「裏口から出たんでしょう。私と顔を合わさない方が賢明ですから」
淡々とした口調に楓はイラついた。この分だと、巻いたと思っていたのは間違いで、津山は楓の行動を予想して動いていた
のだろう。
そしてそれは、きっと伊崎の助言があったからこそのはずだ。
 「父さんと兄さんは事務所か?」
 「組長はいらっしゃいます」
 「・・・・・事務所に行く」
 「坊っちゃん!」



 津山から連絡がいったのだろう、奥の応接室には父である日向組5代目組長、雅治と、新しい若頭の伊崎が揃ってい
た。
楓が中に入ると、雅治は慌ててソファから立ち上がり、楓の両肩を掴んで顔を覗き込んだ。
 「楓、変なことはされなかったか?」
 「・・・・・ん」
 「麻生の野郎、わざわざ楓に会いに来やがるとは・・・・・!あれだけきっぱりと断ったのに、何を血迷ってるんだっ」
 「父さん」
 「ん?何だ?」
 「俺、洸和会に行ってもいいから」
 「なっ?」
 「坊っちゃん!」
 楓の発言は、雅治だけではなく伊崎をも驚かせたらしい。
目を剥く伊崎の表情を見て、楓はやっと胸がスッとした。
(何時までも坊っちゃんじゃいられないんだ)
 外見も、極道としての資質も、楓は到底兄には適わないと分かっていた。
ただ、大事に育ててくれた両親や兄、そして組員の為なら、いつでも覚悟は出来ていた。
幸い、楓には恵まれた容姿がある。それを武器に出来るなら、どれだけでも使うつもりだ。
 「あっちから申し込んできたくらいだ、殺されはしないよ。あ、兄さんは好きな人と結婚して欲しいから、あっちの女をってい
うのは無しにしてもらって」
 「楓!お前何を言ってるのか分かってるのか!」
 「分かってる。新興の組とはいえ、今うちよりも向こうに勢いがあるのは確かだ。同じ系列とはいえ何時攻められるか分か
らない。それを未然に防げるんだったら、俺だって役に立ちたい」
 「何されるか分からないんだぞ!も、もしお前が・・・・・」
 「身体でたらし込めるならそうするよ」
 「楓!」
 容赦のない一発が楓の頬に浴びせられる瞬間・・・・・割り込んできた伊崎がその平手を頬に受けた。
楓なら吹き飛んでしまいそうに威力のある平手も、伊崎はさすがに足を踏ん張ってその場に立っていた。
 「どけ!伊崎!」
大切に思うからこそ先手を打ってきたのに、当の本人は無駄に身体を差し出そうとする。可愛いからこそ許せない雅治は
伊崎にさえ殺気のこもった目を向けたが、伊崎は楓を庇う様に立ちふさがったまま頭を下げた。
 「この話、私に預けて下さい。坊っちゃんは今混乱しているだけです。私が必ず納得して頂けるように説明しますから」
 「俺はっ」
 「坊っちゃんも、いいですね?」
楓に反論を許さず、伊崎は雅治の許しが出るまで頭を上げなかった。



 楓の部屋に入ると、伊崎は後ろ手で鍵を掛けた。
その音に一瞬肩を震わせた楓だが、直ぐに虚勢を張るように尊大に言った。
 「俺を説得出来ると思ってるのか?」
 「・・・・・いえ、あなたは昔から、こうと決めたらてこでも動かなかった」
 「それなら、この話し合いも無駄だな」
 「ですから」
 「!」
 伊崎は一瞬の内に楓の身体をベットに押し倒した。
 「無理矢理にでも、納得して頂きます」
 「・・・・・身体で落とす気か?」
 「落とすというよりも・・・・・」
抱きたかった・・・・・そう聞こえた気がして、楓はハッと伊崎の顔を見ようと身体をひねる。
しかし、それが逃げ出そうとしていると思ったのか、伊崎は自分の身体で楓を押さえた。
 「また、縛られたいんですか?」
 「・・・・・っ、お前こそ、縛らないと抱けないのか!」
強い意志を込めた目で睨む楓をしばらく見つめた後、
 「・・・・・覚悟なさい」
言葉と同時に与えられた口付けは濃厚で激しく、楓はギュッと目を閉じると伊崎の首に両腕を回した。