磨く牙



10






 「どうぞ」
 「・・・・・」
 特大パフェを目の前にし、楓は憮然とした表情で目の前の男を見た。
どうしても話したいという麻生に、この店を指定した。ファンシーな外観の、客のほとんどが若い女性という店に、絶対男は
嫌がるだろうと思ったが、楓の予想に反して麻生は躊躇いなく店内に入った。
さすがに付いている組員達は外にいるが、男が2人、それも全く関係が分からない少年と男が店内に入ると、いっせいに
好奇の視線が向けられた。
 「・・・・・嫌じゃないの?こんな店に入るの」
 「お前みたいな美人と一緒ならな」
 「お前っていうな」
 「じゃあ、俺のこともあんたっていうのなしな」
 「歳、幾つ?」
 「36になった」
 「・・・・・」
(恭祐よりも上なのか・・・・・)
 始めの印象とは違い、麻生は随分話しやすい雰囲気の男だった。
それが意識してなのかどうかは楓には分からなかったが、楓の麻生に対する印象が変わったのは確かだ。
楓はしばらく麻生の顔を見ていたが、やがて諦めたようにパフェを口にしながら言った。
 「何が聞きたいわけ?言っとくけど、俺は組のことは何も知らないから」
 「それは分かってる。ただ、その綺麗な顔を、もう少し拝んでおきたかった」
 「・・・・・どーも」
 「怒らないのか?」
 「俺の顔が良いことは事実だから」
 「それは・・・・・まったく、可愛いお嬢さんだ」
 「お嬢さんいうな」
 容姿の褒め言葉は受け入れても、女扱いされるのは嫌だった。
睨みつける楓に、麻生は笑いながら謝る。
 「で、話。帰るの遅くなると叱られるから」
 「まあ、改めて話って言うほどのことはないんだが・・・・・。うちと、そちらと、温和な関係を続けていく為の方法を話し合い
たいと思ってな。案としては出てたし、実際にそちらの組にも打診したが即答で断わられた。そこまでいってても、俺個人とし
てはその案自体に納得出来てなくて、こうして実際に見に来たんだが、いや、噂以上の美人さんで、俺も納得出来たよ」
 「何の話?」
 「お互いがお互いの組に手を出さないようにする為の防波堤」
 「はっきり言ってくれる?俺馬鹿だから」
 「進学校に行ってるのに?」
 「・・・・・」
 どこまでかは分からないが、ある程度楓のことは調べているのだろう。覚悟はしているつもりだったがやはり気分のいいこと
ではない。
しかし、それを悟らせることもしゃくなので、楓は意識して無表情をつくった。
 「はっきり言うか。まずうちの組長の姪を君の兄貴に嫁がせる。そして、行儀見習いとして君をうちの預かりとする」
 「え?」
 「聞いてないのか?」
 「・・・・・」
(俺が・・・・・洸和会に?)
父も、兄も、伊崎も、そして他の幹部の誰も、そんな重要な話を全く楓にしてくれなかった。
楓も組の内部の話は自分から聞くことはしなかったが、この件は楓自身が関わっていることだ。断わるにしても、一言言って
くれてもいいはずだ。
(俺抜きにして何でも決めて、それで俺が納得すると思ってるのか・・・・・!)
 もちろん、楓も洸和会に行きたいとは思わない。この条件なら、いかにも人質といった感じだ。
ただ、何も言ってくれないのが悔しかった。
(俺を子供だと思って、全部お膳立てしてくれるつもりで・・・・・っ?)
 突然兄が6代目を継ぐ事が早まったのも、伊崎が若頭に就任したのも、この洸和会の申し入れが前提にあったのかも
知れない。
自分の関係することが、自分の知らない間に処理されようとしている。
それは楓にとって我慢ならないことだった。
 「・・・・・」
 無言のまま立ち上がる楓を、麻生は面白そうに見上げる。
 「どうした?」
 「内輪の話。ここはあんたの奢りでいいんだよね」
 「ああ」
 「ご馳走様」
内心怒りで燃え上がっているだろうが、楓は艶やかな笑みを麻生に向けると、後は振り向かないまま店を出て行く。
 「・・・・・欲しいな」
まだ子供だが、あれ程鮮やかな存在の楓を、麻生は本気で欲しくなった。