磨く牙
35
「まあ、いいや。今夜遊べるか?」
「今夜?」
楓はチラッと視線を前方に向けた。
(どうしようかな・・・・・)
そこには最近日常になってしまった津山がいる。
「楓?」
遊びに行くなとは言われてはないが、自粛するようにとは散々父や兄、そして伊崎からも言われていた。
代替わりがある時は用心した方がいいとのことだが、普通の高校生のつもりの楓にはいまいち実感は湧かなかった。
(洸和会との決着は着いたし、少しくらい気分転換しても怒られないかなあ)
「行けたら連絡する。何時ものクラブだろ?」
「分かった。・・・・・なあ、楓」
「何だよ」
不意に肩を抱き寄せた徹は、嫌がる楓の耳元で囁いた。
「お前フェロモン出し過ぎだぞ?少しはセーブするようにしないと、どこで連れ込まれるか分かんないぜ?」
「バ〜カ」
その夜は、楓にとって思い掛けない偶然が重なった。
まず、父が知り合いの他の組の組長と飲みに出ていなかった。
兄は挨拶回りをするのに伊崎を連れ、突然都合が悪くなったもう1人の代わりに津山を連れて行った。
「分かってるな、楓」
「うん。気をつけてね?」
にっこりと笑いながら手を振る楓に、3人は揃って眉を顰めたが、今日は伊崎の他にもう1人立会人をつけなければならな
かったし、それには口が堅く忠誠心の篤い人間でなければならなかった。
津山の他にも古参の幹部は数人いるのだが、何分突発的なことだったし、若い方が腰も軽いので、雅行は津山を指名し
たのだ。
それに、洸和会との和解もまとまり、今現在進行形で気に掛かることがないのも、雅行が楓を1人にしてもいいかと思った
理由の一つだった。
「楓さん」
病み上がりでも目が回るほど忙しい伊崎は、大事な楓の身を案じる。
「大丈夫。安心して行ってこいよ」
「・・・・・」
「津山も気をつけて」
その言葉に頷く雅行とは対照的に、伊崎と津山は気懸かりな視線を向けていた。
久し振りの夜の街だった。
楓は簡単に家を抜け出し、徹がいるクラブへと向かった。
細身のジーンズにシンプルなシャツ。細い首筋と手首にシルバーのアクセサリーをつけているだけの極身軽な服装だったが、
楓の持っている圧倒的なオーラと美貌は、下手な装飾よりも存在を際立たせる。
擦れ違うほとんどの人間が振り返るのを全く気にすることもなく歩いていると、
「ねえ!」
「閑なら遊ばない?」
若い男が2人、楓を挟むように立った。
「うわっ、近くで見ると一段と美人じゃん!」
「いいだろ?奢るからさあ〜」
楓は眉を顰めた。せっかく久し振りに高揚した気分だったのに台無しだ。
しかし、男達は黙っている楓に矢継ぎ早に話しかけてくる。
「・・・・・ウザイ」
いい加減うっとおしくなった楓が一言言うと、男達の顔色が変わった。
「お前、いい加減にしろよ!」
楓の腕を掴もうと1人の男が手を伸ばした時、その直前でその腕を掴む者がいた。
「楓さん」
「遅い」
勝手に出歩きながらそう言う楓に、伊崎は諦めたような溜め息を付いた。
出掛けの楓の笑みが気になって途中連絡を取ってみれば、まんまと屋敷を抜け出されて捜している途中だと報告を受け
た。
その瞬間、伊崎は雅行に断って楓を追ったのだ。
伊崎がタイミングよくこの場に来れたのは、楓の交友関係と遊び場所を熟知していたということと、楓の存在に敏感に反応
する野生の勘のおかげだろう。
伊崎は呻く男の腕を更に捩じ上げた。
「このまま立ち去るならこれ以上はしない」
「わ、分かったから、早く離せよ!」
子供相手に本気を出す必要もなく、伊崎は手を離してやる。
そのまま走り去る連中には視線も向けず、伊崎は面白そうに自分を見上げてくる楓に言い聞かせた。
「大人しく留守番する約束でしょう?」
「お前と待ち合わせしたと思えばいいじゃん」
「楓さん・・・・・」
「別に凄く遊びに行きたいってわけじゃないし、ちょっと息抜きしようかなって思っただけだったから。恭祐がこうして来てくれ
たんなら、恭祐といる方が断然いいし」
「・・・・・」
何を言っても楓には堪えないだろう。
恭祐が苦笑を洩らすと、許してくれたと分かった楓はその腕に抱きついた。
「楓さん?」
「両想いになって初めてのデートだな」
そう言われればと楓を見下ろすと、悪戯っぽい目が笑んだ。
「なあ、恭祐、今からラブホ行こう」
「え?何を言って・・・・・」
「だって、一緒に行くのって恭祐しかいないし」
「・・・・・」
(・・・・・小悪魔だな)
それも、誰も抗うことの出来ないほど魅力的な・・・・・だ。
恭祐は笑うと、身を屈めて楓の耳元で囁いた。
「今夜は泊まりになりますよ」
楓はくすぐったそうに笑うと、絡めた指先にギュッと力を込めた。
end
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終わりました・・・・・。連載最長記録です。
この先この2人は、きっと楓が尻にしいてラブラブな生活を送るでしょう。
番外編、書こうかなあ・・・・・。