MY SHINING STAR



32








 何時もの公園で、何時もの時間、太朗は飼い犬のジローのリードを握り締めたままじっと待っていた。
 「あ」
公園の入口に、今日も大きな音をさせた黄色の派手な車が止まり、街中の公園にはとても似合わないようなスーツ姿の大
柄な男が下り立った。
 「タロ」
 大好きな人の大好きな声で呼ばれ、太朗はまるで自分が犬になったかのように喜んで駈け寄った。
 「おい、走って大丈夫なのか?」
 「うん。若いからもう平気」
本当はまだ少し下半身に違和感が残っているが、上杉に会った途端にそんな鈍痛など消し飛んでしまった。
 「会社サボったの、小田切さんに怒られなかった?」
 「ぜーんぜん。俺がトップだからな、誰も文句は言えないって」
 「・・・・・」
(なんか、信用出来ないんだけどな)
そうは思いながらも、太朗はそれ以上追求することはなかった。
それよりも太朗の頭の中にあったのは今日の大西との出来事だ。
(う〜ん・・・・・ずっと内緒になんて・・・・・出来ないよな)
 今までも、ふざけた上で頬にキスなどされたことはあったが、今日のあのキスには別の意味が含まれているような気がした。
それは、上杉に黙っていてもいい類のものではないだろう。
どう言おうかと少し考えた太朗は、先ずは上杉の許せる範囲というものを聞いてみようと思った。
 「ねえ、ジローさんは、好きでもない人とキスしたことある?」



 「ん?」
 いきなり聞いてきた太郎の言葉は思い掛けないもので、上杉は少し驚いてしまった。
(セックスした翌日に聞く話か?)
まさか、昨夜の自分のテクニックの向こうに見える過去の女達に嫉妬したのかとも思ったが、その表情にそこまでの深刻な様
子は無い。
嘘をついてもおかしいので、上杉は冗談めかしながらも本当のことを言った。
 「この俺が無いって言う方がおかしいだろ?」
 「・・・・・うん、そうだね」
 「おい、そこ頷くのは変じゃないか?」
 「だって、俺もそう思ってたもん。ジローさんはもういい歳だし、結婚だってしてたことあるし、今まで5股6股は当たり前で、泣
かした女の人は3桁をいくって・・・・・」
 「・・・・・おい、それ誰に聞いた?」
 「え?小田切さん」
 「お前なあ、それを本当だと思ってたのか?」
 「うん。なんか、あり得るかなって」
 「・・・・・」
(小田切の奴・・・・・変な事ばかり教えやがってっ)
上杉は内心舌打ちをうった。
全部が嘘だとはいえないが、全てが本当でもない。遊びの女は確かに数えていないので総数は分からないが3桁は無いだろ
うと思うし、せいぜい2股位しか掛けたことはなかった。
第一、本気の相手というのではないので、誰に対しての不誠実かは自分でも分からないくらいだ。
 それでも、今最も大切にしている太朗に変な誤解はされたくはないので、上杉は太朗の頬を両手で挟んで目と目を合わせ
るようにして言った。
 「いいか、タロ。確かに今まで遊んできたのは本当だが、俺は本気になったら一途な男だ。俺の思いを全部向けられるお前
の方が覚悟しておけよ?」
 「へへ」
面と向かって想いをぶつけられた太朗は照れたように笑ったが、ふと思い出したように言葉を続けた。
 「でもさ、好きでもない人とキスはしたことあるんだよな?」
 「今はしない」
 「好きな人とは?」
 「もちろんするだろ」
 「じゃあさ、例えばジローさんが恋愛感情で好きじゃなくっても、いいなとか、大事だなって思った人にキスされたらどうする?」
 「どうするって・・・・・俺にはお前がいるからな。悪いがその気はないって言うしかないだろ?」
 「・・・・・そうだよね」
 「第一、自分の感情がこもってないキスなんてカウントされないのが本当だ。まあ、自分が嫌いな相手じゃなかったらペットの
犬や猫に舐められたと思っとけばいい」
 「ジローさんは気にしないんだ」
 「ああ、しないな」
 「分かった、俺もそう思うことにする」
 「おう・・・・・ん?タロ、もしかしてお前何かあったのか?」
 太朗の言葉が引っ掛かった上杉は、まさかと思いながら訊ねてみる。
すると、太朗はこくんと頷いた。
 「今日、学校で仁志にキスされたんだ。いきなりだったし、びっくりしたけど、俺、仁志のことは友達として好きだし・・・・・。凄
く気になってたんだけど、ジローさんの話を聞いて、気にしないようにするって決めた。大好きなペットにちゅーされても怒らないも
んな」
 「お、おいタロ!」
 そんなことがあったとは夢にも思わなかった上杉は、慌てたように太朗の腕を掴んだ。
 「お前っ、何他の男とキスしてんだっ?」
 「何急に怒るんだよ?」
 「普通怒るだろっ?俺のもんに勝手に触った奴がいるんだぞっ?」
 「ジローさん、さっきと言ってること違うじゃん!自分の感情がこもっていないキスはカウントされない、気にしないって!」
 「タロ!」
 「オーボーだよ!その言い方!」



 「俺っ、帰る!」
 太朗はムンッと口をへの字にして歩き始めた。
たった今言ったことを直ぐに翻すなど大人気ないと思う。
(俺、ちゃんと仁志とのこと、謝ろうって思ってたのに!)
始めはきちんと謝ろうと思っていた太朗だったが、上杉があまりそういうことに拘らないと聞いて、自分も気にしないようにした方
がいいのかと思い直したのだ。
それなのに、いきなり怒鳴るなんて反則だと思う。
 「タロ!」
 「・・・・・」
 「ターロ!」
 「犬みたいに呼ぶなよ!」
 パッと振り返って怒鳴った太朗だったが、そこに立っている上杉の表情に思わず・・・・・頬が綻んでしまった。
(・・・・・ジローそっくり)
悪戯をした犬を怒った時の、ごめんねと、許してと謝っているような、そんな情けない犬の表情にそっくりな上杉がそこに立って
いた。
 「ジローさん・・・・・」
 「タロ」
 その声に、色々な思いが混ざっているように聞こえる。
悪かったと。
それでも、他の男とキスして欲しくないと。
(もっと、俺にも分かるように妬きもちやいてくれたらいいのに)
でもそれが、太朗が大好きな上杉という男なのかもしれない。



 「タロ」
 もう一度、上杉は太朗の名を呼んだ。
目の前の太朗は、つい先程まで浮かべていたふくれ面を忘れたかのように笑っている。
可愛いその笑顔を見ると、上杉の頬にも自然と笑みが浮かんだ。
(今回は・・・・・見逃してやるか)
それでも、二度と他の男に隙を見せないように、淫らで優しいお仕置きをしてやろうと思う。
 「タロ」
 名前を呼ぶと、愛しい子供はワザと頬を膨らませながら、それでも目元は笑んだままでゆっくりと自分の方へ歩いてくる。
上杉はこの後どこに太朗を攫っていこうかと考えながら、自ら罠に嵌りにくる子供にそっと手を差し出した。
 「タロ、来い」




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