啼く籠の鳥



                                                                  
前編






 3月1日。


卓上のカレンダーを見ていた西園寺は、自分の口元に笑みが浮かんでいることに気付かなかった。
社内でこんな表情を見せることなど滅多になく、傍にいた小篠は思わずからかうように言った。
 「お前にそんな表情をさせるなんて、響ちゃんは偉大だね」
 「煩い」
 「後一週間で卒業か。・・・・・早かったな」
 「・・・・・俺にとっては長かった」
せめて高校を卒業するまではと、恋人同士とはいえ西園寺は自分を律していた。しかし、それも後少しだ。
高校を卒業すれば、響がどんなに遠慮し、躊躇っても、四六時中腕の中から離すのさえ惜しむほどに愛そうと思っていた。


     −−−


 『SKファンド』・・・・・今国内でもっとも勢いのある会社の一つでもある経営コンサルタント会社は、西園寺久佳(さいおん
じ ひさよし)が大学に入学してから間もなく起業したものだった。
設立した当初は僅かな資金と株の保有だけだったが、強引で大胆なM&A買収を繰り返していき、今や国内でもトップク
ラスの、そして海外でも名の知れた企業に躍り出ており、今や数千人の社員を抱える大企業だ。
社長である西園寺久佳(さいおんじ ひさよし)と、創設時の仲間である専務の小篠幸洋(こしの ゆきひろ)。
そして、2人の良き相談相手でもある顧問弁護士の夏目忍(なつめ しのぶ)。
 共に32歳の彼らは、西園寺の圧倒的なカリスマ性と決断力、そして非情なまでの能力主義と、小篠の交友関係の広さ
と、動物的な勘を最大限に使い、会社は今でも確実に成長を続けていた。



 そんな、対外的には冷酷非情の美貌の経営者と恐れられている西園寺にも、たった一つだけ、自分の全存在よりも重い
大切な・・・・・愛しい存在があった。
それが、3月に高校を卒業する高階響(たかしな ひびき)だ。
 互いに思いあっていた2人が、相手の思いが分からないまますれ違っていた時間もあったが、全ての誤解を解き、想いを伝
え合った今では、見ているこちらが苦笑を零すほどに熱い関係が続いていた。
 響も、もう高校卒業する。
誰に憚ることなく愛し合える時間がたっぷりと訪れる。
響はなぜか恥ずかしがって、どこの大学を受けたのか言わなかったので分からなかったが、響の成績と生活態度からも失敗と
いう可能性はほとんど無いだろうし、元々西園寺は大学に行っても行かなくても構わないと思っている。
自分の腕の中で安らかな日々を過ごさせてやりたい・・・・・常に傍で守っていたい、それこそが西園寺の本当の思いだった。


    −−−


 「久佳さん、少し時間いい?」
 その日の夜、一緒に夕食を済ませた後、響は西園寺にそう言った。
もちろん、西園寺が嫌だと思うはずもなく、柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
 「どうした?」
 「・・・・・」
 「響?」
響は西園寺が座っているリビングのソファの足元に正座をして座った。
いきなりの響の態度に、さすがの西園寺も驚いたように眉を顰めた。
 「響、何を・・・・・」
 「何度も言おうかどうか迷って・・・・・こんなギリギリになってしまったけど、きちんと報告しておきたいから」
 「ひび・・・・・」
 「4月から、僕は働くことになりました」
 「!」
 「3月の半ばから出勤することになります。久佳さんには、ちゃんと・・・・・」



 響がいったい何を言っているのか、西園寺は分からなかった。
響の就職問題に関しては、去年2人で話し合って無かった事にしたはずだ。
(今頃・・・・・何を・・・・・)
 響を離したくない西園寺と、西園寺を思って身を引こうとした響と。
誤解し合ったままで強引に響を抱いてしまったことに西園寺は今でもしこりは残っていたが、それでもあの時響を抱いたことに
は後悔はしていなかった。
あれが無ければ、2人の思いが通じ合うことは無かったのだ。
 その件は、そこで終わったと西園寺は思っていた。
あれから響はきちんと勉強していたし、大学に願書を出したとも言っていた。
(全部・・・・・嘘だったのか?)
 「・・・・・大学は、受験しなかったのか」
 高ぶる気持ちを必死に抑えようとしたので、西園寺の口調はそれまで響が聞いたことも無いような冷淡で機械的な響きに
なっている。
怜悧に整った容貌だけに、そんな口調は芯から冷えてしまうほどに迫力があった。
 「受験はしたよ。・・・・・合格した」
 「それなら・・・・・」
 「でも・・・・・手続き、出来なかった」
 「響」
 「一生懸命勉強して、合格者の中に自分の名前があって、とっても嬉しかったけど・・・・・本当にこれでいいのかって考えた
んだ」
 「・・・・・」
 「僕が、久佳さんのところから出て行こうとして探した就職先ね、担任の先生や就職活動の人が必死で探してくれたとこな
んだ。僕の手が不自由なのも納得してくれて、それでも一緒に頑張ろうって言ってくれたところなんだよ」
 「言うな」
 「福祉関係のとこで、僕でも、少しでも人の役にたてるかなって・・・・・」
 「響、お前は覚えていないのか?」
 「え?」
 「今度響が逃げ出したいと言ったら、檻を作って閉じ込めると。響が飛び出していかないように、籠の鳥にしてしまうと言った
ことを・・・・・」
 「あ・・・・・」
 「あの時、お前は飛んでいかないと言った。そんな・・・・・同じ口で出て行くと言うお前を、俺には止める権利があるだろう」
 優しく、したかった。
誰よりも幸せにしたかったし、自分も・・・・・幸せにして欲しかった。
それなのに、響は1人で飛び立つと言う。
西園寺の庇護の元から出て、1人で・・・・・。
 「許さない」
 「久佳さん・・・・・?」
 「俺の傍から離れていこうなどと、二度とその口から言わないようにしてやろう」



 想いが通じ合ってから、何度もその手にしてきた身体。
すべてを西園寺から教えられ、その意のままに高まり、乱れることを覚えさせられた身体は、組み伏せられ、ペニスに手を触れ
られただけで甘い声をあげた。
 「体はこんなにも俺を欲しがっているのに・・・・・っ」
 「・・・・・ああっ」
 「どうして・・・・・っ」
(その心は離れようとするんだ!)
 引き裂くように服を脱がし、噛み付くように肌に歯をたてる。
 「・・・・・ったいっ」
日焼けしていない肌にはたちまち可哀想なほどの赤紫の歯形が付いてしまい、吸い付くたびにキスマークも散っていった。
それでも・・・・・あの、一番最初の時のレイプまがいのセックスとは違うことがある。
それは、響の身体が抱かれることを知っているということだ。
どんなに強引に身体を開かされていっても、受け入れることを覚えた身体は自分から西園寺の意のままに動いていく。
キスをされれば口を開いて舌を受け入れ。
小さな乳首を唇で挟まれれば胸を突き出す。
腿に手をあてられたら自然に足を開き・・・・・。
 「響・・・・・っ」
 「あっ、んんっぁ!」
西園寺を受け入れる場所は、美味しそうに挿入された指を締め付けた。
 「ひ、ひさよ・・・・・っしっ、さ・・・・・っ」
 まるで助けを求めるように差し出された手は、しっかりと西園寺の背中に回っている。
痛いほどに食い込んでくる爪が、響が感じている快感と苦痛を余すことなく西園寺に伝えてきた。
 「ふぁっ、あっ、やっ!」
 「・・・・・」
 「つ、強く、しな・・・・・っ」
 まだ溶けきっていない身体の中心、尻の蕾に強引に差し入れた指にはまだ痛みの方を多く感じているらしい。
何時もならば響の方がねを上げるまで丹念に、焦れるほどに優しく解していくのに、今日は何かに急きたてられるかのように
西園寺は焦っていた。
 「・・・・・っ」
 短く舌打ちをした西園寺は、ベットルームに置いてあるローションを取りに行く暇さえ惜しく、いや、その間に響が逃げ出して
しまうのではないかという恐れもあって、そのまま行為を続行した。
 「!」
 普段は響が嫌がるのであまりしない行為・・・・・響が自分を受け入れるその場所に、躊躇い無く口を付けたのだ。
 「いっ、嫌だ!」
さすがに声を上げて身を捩ろうとした響だったが、ふた周りも大きい西園寺の身体がそれを押さえた。
大きく割り開かれた響の両足を肩に担ぐようにのせ、腰を引き寄せて硬く閉ざされた蕾に舌を這わせる。
 「やっ、やめっ、やだ・・・・・あっ」
 西園寺に抱かれることは慣れていても、抱かれることを受け入れていても、今だにその部分を口で愛されることには抵抗が
あるらしい響は、半泣きで西園寺を止めようとする。
しかし、西園寺は止めるつもりは無かった。
どんなに響が泣いて止めても、響の身体中に自分の標を植え付けるまで、全ての行為を止めようとは思わなかった。



 大きなソファの上で、真っ白い身体を全てさらけ出している響。
その身体を想いのままに蹂躙している自分は、傍から見ればどんなに醜悪な姿に見えるだろうか。
それでも、西園寺は響の身体を貪り続けた。
 「ひゃああ!」
 既に、指が3本入るほどに解した蕾の中を引っ掻くように愛撫すると、響は高い声を上げて身体を反らす。
西園寺は指を引き抜くとスラックスの前だけを寛げただけの姿で、既に勃ち上がったペニスをそこに押し当て、一気に根元ま
でペニスを挿入させた。
 「!!!」
 「・・・・・っ」
引き千切られるかと思うほどの強い締め付けに眉を顰めて唇を噛み締めた西園寺だったが、それ以上の痛みを感じている
だろう響は顔面が蒼白になったまま声を上げることも出来ないようだ。
 「ひ、びき」
 「・・・・・っ」
 「響」
何度も名前を呼び、硬く閉じられた唇に強引にキスをする。
歯で噛み切られても構わないと舌をねじ込んだが、響はそんな抵抗をしなかった。
 「・・・・・ふう・・・・うんっ」
 返って、何とか西園寺を受け入れようと、何度も何度も深呼吸をして身体から力を抜こうとし、口腔を犯す西園寺の舌に
必死で答えようとしている。
健気で、哀れな囚われの鳥。
飛び立つ羽があるのに、この甘い籠の中から自ら飛び立とうとはしない鳥。
(・・・・・いや、この家から・・・・・俺から離れようとしている・・・・・っ)
 「響・・・・・」
 「・・・・・っ」
 「響・・・・・っ」
 思いが通じ合ってからのこの数ヶ月。
こんなにも幸せでいいのだろうかとどこかで感じていた不安が、こんなにも突然に現実のものになってしまった。
どうしたらいいのか分からないのは西園寺の方だ。
 「・・・・・あ・・・・・んっ」
 しばらく動かないでいると、西園寺のペニスの大きさに慣れたのか響の声に甘いものが混じるようになった。
西園寺はゆっくりと動き始めた。
この身体をドロドロに溶かし、出ては行かないと強引に誓わせようとする。
心地良く締め付け、絶え間なく蠢く響の内壁の動きに自分の方がイってしまいそうになるのを必死で押さえながら、西園寺は
それから永遠とも思える甘い責めを響の身体に与え続けた。




 日付が代わり、夜も更けた頃・・・・・。
既にベットルームに場所を移していた西園寺は、ベットの上でピクリとも動かなくなった響の身体からようやく身を離した。
 「・・・・・頑固者が・・・・・」
どんなに否と言わせようと甘く激しく責め立てても・・・・・結局響は止めるとは言わなかった。





                              




「幸せな籠の鳥」の続編です。
想いが通じ合って幸せな恋人同士になった2人。そんな2人が迎えた響の卒業式は・・・・・と、いう話です。
卒業式シーズンですからね。