熱砂の恋
1
※ここでの『』の言葉は外国語です
永瀬悠真(ながせ ゆうま)は緊張し過ぎて気が遠くなりそうだった。
「と、父さん、本当にバレない?」
「大丈夫だ。今のお前を見て直ぐに男だと分かる人間はいないぞ。本当に、アラブで見合いがあって良かった。ここでは女は家
族以外の人間の前に出る時は、今お前が被っているアバヤを身に着けなくちゃならないからな。目だけしか出ていなければ、お
前も立派な女に見える」
「嬉しくないよ、それ・・・・・」
「とにかく、お前はだだ頷いていればいい」
「・・・・・」
楽天的な父の言葉に、悠真は溜め息を付くしかない。
とにかく、もうここまできたのだ。後はとにかく何事もなく時が過ぎるのを待つしかなかった。
◆
悠真は今年の春高校2年に進級したばかりの、れっきとした男子高校生だった。
家は石油卸会社を営んでおり、少しだけ周りよりは裕福な生活をしていたが、それでも飛び抜けた金持ちというわけではなかっ
た。
昨今の原油高のせいで、悠真の家もかなり経営状態が悪化してきたが、父親は中近東の小国で、まだあまり日本とは馴染
みのない国ガッサーラ国がかなり豊富な油田を有していることを聞きつけ、何度も取り引きに応じてくれるように再三申し込んだ。
それらはほとんど門前払いだったのだが、つい2週間ほど前、ガッサーの外務省から連絡が来た。
その内容は・・・・・思い掛けないものだった。
ガッサーラ国皇太子の妾妃を選ぶ見合いが開かれるので、ぜひ参加をしてみないか・・・・・と。
皇太子の正妃は既に決まっており、近々婚儀も挙げるようだが、子孫繁栄の為にも何人かの妾妃も迎え入れるらしい。
向こうの国では一夫多妻が多いので不思議なことではなかったが、なぜこんな日本の一企業にそんな申し入れがあったのかは
不思議だった。
しかし、会社としては躊躇っている場合ではなかった。
王族と縁戚になれば、石油発掘の権利もぐんと近くなる。
いわば政略結婚のようなものだが、是に腹は変えられなかった。
しかし、そこで一つ問題なのは、永瀬家に皇子と吊り合うような年齢の娘がいないということだ。
悠真は長男で、その下には小学生の弟がいるだけで姉妹はいない。
親戚に20代前半の娘がいるが、外国の、それも正妻ではなく愛人になると最初から分かった上で見合いに参加して欲しいな
どと、この短期間で説得出来るはずがなかった。
苦慮した父親は・・・・・その従姉妹を説得する間、悠真を身代わりに立てることを思いついた。
元々、外国の女が妾妃とはいえ王家に入ることは困難だろうし、多分これは何度もガッサーラに足を運んだことに対する形ばか
りの労いの意味だろう。
しかし、まだ王族と直接話も出来なかった父にとっては、この見合いの場さえチャンスだった。とにかく顔を覚えてもらい、話がし
たい。
その為には参加しなければならなかった。
もちろん、悠真は最初猛烈に抵抗した。
幾ら小柄で華奢な体格でも、男の自分が男と見合いするなど(それが形だけでも)考えることさえ出来なかった。
しかし・・・・・何度も頭を下げながら会社の実情を説明する父親に、とうとう根負けをしてしまった。
何より悠真自身、家の実情はよく知っていたのだ。
「でも、条件があるから」
とにかく、見合いへの参加だけはするが、自分から皇子に気に入られるような行動は取れないからと何度も説明し、悠真は丁
度夏休みに入った昨日、熱いこの砂漠の国へやってきた。
◆
「で、言葉は分かるの?」
「・・・・・さあ」
「何だよ、さあって・・・・・頼りないよっ」
「皇子は留学経験も豊富らしいからな。英語は大丈夫だろうし、もしかしたら日本語だって話せるかもしれないぞ」
「そんな根拠のない話〜?」
仕事以外のことはほとんど何もしない父のあっさりとしたその言葉に小声で文句を言いながら、悠真は今自分達がいる煌びや
かな王宮の広間を見回した。
もっとゴテゴテとした、悪趣味な華美の装飾を想像していたが、控室としてあてがわれた部屋といい、ここはシンプルで趣味がいい
家具が揃っている。
「・・・・・」
もう間もなく、皇子が来る頃だろう。そうしたら・・・・・もう後には引けない。
出来る限り女のようには振舞おうと思うが、もしも男だとバレてしまったら・・・・・。
(考えるのやめよ)
悠真はアバヤをしっかりと巻き直した。
本来はもっと薄い、レースのものもあるそうだが、悠真は出来るだけ顔立ちが分からないような厚いものを身に着けているのでじわ
じわと体の中に暑さが蓄積されていくようだ。
(でも・・・・・なんか皇子を騙すなんて・・・・・申し訳ないな)
控室の窓の外からは鮮やかなほどの青空が見えていた。
それを見た悠真はここが日本ではないのだと、改めて思い知るしかなかった。
◆
『皇子、そろそろお時間ですが』
『ああ、分かっている』
侍従長のルトフにせかされ、男は溜め息をつきながら立ち上がった。
アシュラフ・ガーディブ・イズディハール・・・・・この国の第一皇子であり、次期国王となる皇太子の彼は27歳になる。
この国の王族であれば、それぐらいの歳になったら既に正妻だけではなく数人の妾妃を持っているぐらいだったが、なぜかアシュラ
フは今だ独身を貫いていた。
見識を深める為の留学期間があったということが主な理由だったが、実は内々な理由があった。
それは、アシュラフの婚約者と弟の第三皇子シャラフが駆け落ちをしたのだ。
3年前、既に婚儀の準備も全て整って、本番まで2週間を切った時、突然姿を消した2人。
婚約者は16歳で、第三皇子はまだ17歳だった。
周りの人間はかなり慌てて、2人の行方を追ったが、当の本人、花嫁に逃げられた形のアシュラフは不思議と納得をしていた。
前々から2人が好き合っていたのはなんとなくだが感じていたし、その時の自分はまだ結婚など考えられなかった。
それよりも政治や経済に自分の力を試す方が興味があったし、友人達と遊んでいる方が楽しかった。
どうせいずれはこの国を背負っていかなければならないことは定められていたので、少しでも長く自由な時間が欲しかったのだ。
アシュラフは弟達の駆け落ちに乗じ、2人が見付かるまでは結婚はおろか、新たな婚約者も迎えないと宣言し・・・・・。
『もう、3年も経ったのか』
『皇子、本当はもっと早く、お2方の居場所をご存知だったのでは?』
つい2ケ月程前、とうとう2人の居場所が分かった。
アメリカに逃げていた2人の間には既に男児が生まれており、今更別れさすことなどは出来なかった。
父親である王は事後承諾になりながらも2人を許し、その結果アシュラフの結婚問題も再熱した。
新たな婚約者を決めるのにはまだ時間が掛かるが、とりあえずは数人の妾妃を決めて、跡継ぎをつくらせようということになり、今
日、国内外のそれなりの家柄の娘達と集団見合いをすることになったのだ。
『いずれのお方も妾妃様に相応しい身分と容姿の方々でございます』
『私は種馬ではないのだがな』
『滅相もない!誰も皇子をそう思うことなどありません。王や王妃様は皇子の事を考えられて・・・・・』
『分かっている』
小国ながらも豊富な原油の原産国であるガッサーラ国は豊かな国だ。
そのせいか国民性もおおらかで、王もそれほど厳格で厳しい人というわけではない。
それでも、皇太子が何時までも1人身というのはあまり良いことではないと思っているようだ。
『仕方あるまい』
今日、アシュラフの居住所であるこの離宮に呼ばれた娘達は、自分達が正妻になれないということを知っている。
その上で、訪れているのだ、強かな者も多いだろう。
(適当に2、3人選んでハレムに入れておくか)
立ち上がったアシュラフが、グトラ(男がかぶるヘッドスカーフ)を頭に被ると、王族だけが許された金の紐をルトフが巻いて結ぶ。
カンドゥーラと呼ばれる白くて長いシャツドレス の上からビシュト(ジャケットのようにカンドゥーラの上から羽織るもの。身分の高い
人が着たり、特別な機会に着る)を羽織った時、アシュラフはふと気付いたように言った。
『アミールはどうした?』
『・・・・・』
『ルトフ』
『アミール様も広間に行かれるそうです』
『アミールも?』
朝から一度も姿を見せないとは思っていたが、まさか兄であるアシュラフの妾妃選びにわざわざ顔を出しに来るとは思っていな
かった。
『兄上の妾妃候補を自分の目で見たいと言われて・・・・・』
止めることが出来なかったと恐縮するルトフを責めることは出来ない。
『・・・・・あいつは・・・・・』
華やかで悪戯好きの、第二皇子である3歳下の弟の顔を思い浮かべ、アシュラフは再度の溜め息をつくしかなかった。
◆
広間の中には思ったよりも人間は少なかった。
悠真と同じ様なアバヤを身にまとっているのはほんの数人で、後の十数人は普通の・・・・・というよりも、艶やかで派手な目を惹
く服装の者ばかりだった。
「この国であんなに肌を露出してもいいの?」
「皇子の目を惹く為だろう」
「・・・・・凄いね」
中近東の国々では、女は家族以外の男に肌を見せることは恥ずかしい行為とされてきたが、今目の前の女達の姿を見れば
とてもそうは思えない。
元々悠真は身代わりのつもりなので自分が目立とうとは思わないが、何だか居たたまれない気がしてしまった。
(う・・・・・逃げ出したい)
その時、広間の中がざわめいた。
何メートルもの大きな扉が開き、何人もの従者達が左右に並んで深く頭を垂れる。
「いらっしゃったみたいだ」
「う、うん」
周りの人間と同じ様に頭を下げながら、悠真は視線だけを扉に向ける。
やがて、白い正装をまとった背の高い男が姿を現わせた。
「・・・・・!」
(か・・・・・っこいい・・・・・)
かなりの長身に、しっかりとした体躯。
褐色の肌に、意思の強い深い海の色の瞳。
この国では珍しく髭は蓄えておらず、その容貌は若々しく、そしてエキゾチックな美貌の主だった。
男である悠真が見惚れてしまったくらいの容姿に女達も例外なく色めき立つが、皇子という立場の相手に馴れ馴れしく自分
から立ち寄ることは出来ない。
ならばと、女達は艶を含んだ目線で、必死に自分自身をアピールした。
たとえ正妻にはなれなくても、この美しく精悍な男に抱かれることが出来る立場になりたい・・・・・誰もがそう思っていた。
「と、父さん、あの人が皇太子?」
「ああ、アシュラフ様だ」
「アシュラフ・・・・・」
(皇子様・・・・・か)
褐色の肌の美しい男。
まさに、この熱い国の支配者に相応しいと、悠真は呆然と男を見つめることしか出来なかった。
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年上 甘やかし 包容攻め×お見合いで互いに恋に落ち性別を偽り結婚したちみっ子受け。攻めの職業人種はおまかせ。
リクエスト回答第7弾です。
商業誌ではよく読んでいる砂漠物(アラブモノ?)を書きたくて始めましたが・・・・・既に挫折しそうです(笑)。
現代ファンタジーともいえるお話、どうか最後まで書けますように。