熱砂の恋
7
※ここでの『』の言葉は外国語です
目が覚めた時、悠真は1人で広いベットの上にいた。
「・・・・・アシュラフ?」
呼ぼうとして出した声は誰のものかと思うほどに掠れていたが、そこにいるかと思った当人の返事は聞こえない。
悠真は溜め息をつきながらゆっくりと身を起こしてみた。
「いた・・・・・」
身体の節々が痛い。
信じられない下半身の部分とか、大きく広げさせられた足の付け根とか、とにかく普段使わないような場所にツキンツキンという
鈍い痛みを感じ続けるものの、昨夜程の痛みはなくなっていた。
「・・・・・」
見下ろした身体は綺麗に拭かれたようで、昨夜吐き出した様々なお互いの体液はなく、寝ていたシーツも綺麗になっている
ようだった。
服を着せられていないので、自分の肌に散った様々な濃淡の赤い痕が散っているのは直ぐに目に入ってくる。
「ホントだった・・・・・」
夢ではないとは思っていても、現実のセックスの痕跡が身体に残っているのを見ると軽くショックだった。
アシュラフとの行為を後悔しているわけではない。
16歳、高校2年生での初体験が早いか遅いかも分からない。
ただ、まだ自分自身でも子供だと思っていたのに、セックスしてもいいと思うほどに好きだと思う相手が出来たという事にショックを
受けていたのだ。
(それも、外国人で・・・・・男か)
「ユーマ」
ぼんやりとそのままベットの上に座っていた悠真は、不意に名前を呼ばれて顔を上げた。
「・・・・・アシュラフ」
既に、悠真の脳裏にも目にも焼き付いた逞しく精悍な男は、その頬に笑みを浮かべたまま近付いてくると、そっと悠真の顎を持
ち上げて顔を見つめてきた。
「顔色は悪くないな。身体は?」
「ちょ・・・・・っと、痛いだけ、です」
「そうか。さっきは私も我慢が効かなくて無理をさせたな」
気遣うように言いながら、それがまるで当然の権利のように悠真の唇にキスを落としてくる。
それを目を閉じて素直に受け止めた悠真は、恥ずかしそうにシーツで身体を隠しながら言った。
「あの、服を・・・・・」
「服?なぜ?」
「な、なぜって、俺、裸のままで・・・・・」
「ここは私のハレムの中だ。私以外ユーマの裸体を見る者はいない。そのままでも一向に構わないだろう?」
「アシュラフ・・・・・」
悠真は困ったように一度は目を伏せたが、直ぐに顔を上げるとアシュラフが思ってもみないことを口にした。
「俺、日本に帰ります」
「・・・・・なに?」
一瞬、アシュラフは自分の耳を疑ってしまった。
それ程に、今悠真が言った言葉はアシュラフが想像することもなかった言葉だったからだ。
「俺は・・・・・ここにいることは出来ません」
「何を言うっ!」
いきなり荒々しく叫んだアシュラフに、悠真は驚いたように目を見開いた。
その表情が、更にアシュラフの怒りを誘ってしまう。
「私がお前の言葉にすぐ頷くと思っていたのか!」
「だ、だって、だって・・・・・」
「ユーマ、お前は既に私に抱かれた、私の妻だ。私だけを愛し、私だけを思い、このハレムの中で私の訪れを待つのがお前の
役目だっ」
「む、無理ですっ」
「ユーマ!」
それまで・・・・・見合いの席でも、強引に連れ去った時も、そして抱いた時も、目に見えた抵抗をしないでアシュラフを受け入
れた悠真の、それは初めて見る抵抗だった。
「俺、まだ高校生ですっ。夏休みでここに来られてるけど、学校が始まったら戻るのは当たり前だしっ」
「お前は私の花嫁だ。学校になど行く必要はない」
「そんなのっ」
「ユーマ、我儘を言うな」
妾妃とはいえ、部屋も悠真の勝手がいいように変えてやりたいし、これから婚儀も挙げ、父王や兄弟達、親族家臣にも披露
目をしなければならない。
その一連の行事には、当然悠真が一緒にいなければ意味がないのだ。
「お前は初めての行為で神経が疲れているだけだ。このままゆっくり休んでいるといい」
「アシュラフッ、俺の言う事聞いてよ!」
「・・・・・」
「・・・・・アシュラフは、気紛れだったのかもしれないけど、俺はこんなこと初めてで・・・・・もちろん、男の人とこんなことするなんて
考えてもいなくて・・・・・」
言いにくそうに言葉を押し出す悠真を見下ろしながら、アシュラフの頬は自然と強張ってくる。
これまで誰かに求められはしても求めたことはなく、こうして求婚をしたのも悠真が初めてだった。
当然悠真が断るわけがないとは思っていたし、こんなにも愛しいと思える者を妻に迎えられるのだと嬉しく思っていた。
それが・・・・・。
「俺は、アシュラフのこと・・・・・好きだ。一目惚れなんて自分がするとは思わなかったけど・・・・・男の目から見てもアシュラフは
カッコよくて・・・・・」
「・・・・・」
「でも、俺は男だし、アシュラフと結婚なんて、出来るはずがないし・・・・・。ただここで・・・・・アシュラフを待っているだけの生活
なんて考えられない・・・・・。俺、多分、出来ません、そんな生活・・・・・」
(ユーマは何を言っているのだ・・・・・)
好きならば、なぜ結婚出来ないと言うのか、アシュラフは悠真の気持ちが全く分からなかった。
好きならば、傍にいればいいのだ。何を躊躇うことがあるのだろう。
性別の違いや、国の違いなど、アシュラフほどの立場になれば何とでも出来る。悠真さえにっこり笑って頷けば、直ぐに全ては動
き出す・・・・・いや、既に動き出しているのだ。
「アシュラフ、俺は・・・・・っ」
「・・・・・もうよい!」
「アシュ・・・・・」
「私を拒絶する者などいらぬ!即刻ここから出て行け!!」
・・・・・・・・・・
嵐のような時間だった。
「・・・・・大丈夫か?」
「・・・・・うん」
今、悠真は空港にいる。
あれからほとんど裸同然でハレムから追い出された悠真は、そのまま父親と共に宿泊先のホテルに軟禁されてしまった。
二週間近くそんな状態だったにもかかわらず、父は悠真には何も言わずに一緒にいてくれた。
「もう搭乗時間だぞ」
「・・・・・」
「悠真」
「・・・・・うん、分かってる」
ゆっくりとイスから立ち上がった悠真の身体からは、もうアシュラの名残は消えてしまっていた。
痛みはとうに無かったし、身体に散らされていた愛されたしるしも・・・・・消えた。
(何か・・・・・間違ったのかな・・・・・)
好きだと言ったのに、アシュラフは分かってくれなかった。
男である自分が待つだけの存在にはなれないと、きちんと学校を卒業して、大学に行って、自分自身に自信が持てるようにな
るまではこの国に来ることは出来ないと、きちんと説明をしたかったのにアシュラフは面前でバッサリとそれを切り捨ててしまった。
結果的に、悠真はアシュラフの想いを断ち切るような形で、今日・・・・・この国を出る。
『チケットが手配出来ました。明日、お発ちを』
アシュラフの使いという人間に航空チケットを渡された悠真は、これで全てが終わってしまったのだと分かってしまった。
あの、甘く激しい時間は、きっと夢だったのだ。
「夏休みも残り少ないな」
「・・・・・うん」
「・・・・・悪かったな、悠真。お前に辛い思いをさせた」
「・・・・・そんなことないよ」
最後の最後でそう言った父に、悠真は苦笑しながら首を横に振った。
後悔はしたくなかったし、多分していないと思う。
ただ・・・・・しばらくはこの甘苦しい思いは残ってしまうかもしれないが・・・・・。
「・・・・・」
深い溜め息をついた悠真は、ふと顔を上げた。
行き交う異国の人々の波。いや、この中では悠真達の方が異国の人間だ。
(アシュラフ・・・・・)
「アシュラフ・・・・・このままバイバイなんて・・・・・嫌だよ」
「ばか者。そういう言葉は直接言え」
悠真の耳に、怒ったような、それ以上にふてくされたような声が聞こえた。
まさかという思いに、悠真は反射的に振り返る。
その途端、真っ白いカンドゥーラが目に眩しく映った。
(・・・・・頑固者が)
悠真の頭を冷やす為に、そして自分自身の怒りを静める為に、アシュラフはしばらく猶予期間を置いた。
その間、悠真が自分恋しさに頭を下げてくるのではと思っていたが、見掛けによらず頑固な悠真は自分から行動することも無く、
追い討ちを掛けるように帰国を促すと、大人しくこうして空港に来ている。
「アシュラフ・・・・・」
「ユーマ」
泣きそうな顔で自分を見る悠真を見て、既に許してしまっている自分にアシュラフは舌打ちをした。
ずるいと思う。
それでいて・・・・・何もかもを許してしまうほどに愛しい。
先に恋に堕ち、愛を囁いた方が負けだという事を、アシュラフはもう認めるしかなかった。
「ハレムを出ることを許してやろう」
「・・・・・」
「卒業したいと言うのならば、それ以外の休みの時間は全て私のものだ。お前は私の傍にいなければならないし、もちろん私
以外の人間に目を向けることは許さない」
「ア、アシュラフ・・・・・」
「ユーマ、お前は私が決めた私の花嫁だ。今しばらくはお前の身体を自由にしてやるが、お前の心は私の元に置く。異存はな
いな、ユーマ」
「・・・・・はい」
「よし」
悠真の返事を聞いた瞬間、アシュラフの顔に嬉しそうな笑みが広がっていく。
それが、悠真の視界の中で滲んできた。
「何を泣く。お前の可愛い泣き顔を他の人間に見せるな」
そう言いながら悠真の身体を引き寄せるアシュラフの胸に顔を埋めた悠真は、もう駄目だと完全に諦めていただけに声にならな
いほどの嬉しさに涙が後から後から流れてくる。
「休みはまだあるのだろう?しばらく別れるのだ、時間の許す限りお前を傍に置く。・・・・・よいな、ミスター、ナガセ」
「・・・・・仕方ないですね」
呆れたような父の言葉が耳に入るが、悠真は顔を上げることが出来なかった。
そして。
「・・・・・っ」
不意に、アシュラフは悠真の身体を抱き上げる。
さすがに驚いて顔を上げた悠真に、アシュラフはにやっと悪戯っぽい笑みを向けた。
「花嫁の身体を抱き上げるのは花婿だけの特権だ」
誰に恥ずかしいと思うかと、アシュラフはジーンズ姿の明らかに男である悠真にキスを仕掛けてくる。
強引で我儘な砂漠の皇子に逆らう者などおらず、ましてや悠真にとっても恋しい人だ。
恥ずかしさに頬を染めながらも自分を受け入れる悠真の耳元に、アシュラフは甘く優しく愛の言葉を囁いた。
end
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アラブ物、第7話です。
終わりました。やっと、やっと・・・・・。
王道な感じで終わりましたね。空港に追い掛けて来るなんて、まさにハーレクイーン(笑)。
この後もアシュラフは強引に色んなことを仕掛けてくるでしょうが、意外にマイペースな悠真はきちんと対応出来るでしょう。
愛の言葉は・・・・・それぞれにお考えを(笑)。
それにしても今回は恥ずかしいセリフや行動が多くて、読み返しながらテレまくりました(汗)。