熱砂の誓約








                                                          
※ここでの『』の言葉は外国語です






 何時もは同じ制服の生徒達しかいない中、今日は大勢の保護者達も姿を見せている。
例年よりも早い桜がポツポツと咲き始めた今日は高校の卒業式だった。
 「悠真(ゆうま)っ、こっち向けよ!」
 「あ、うん」
 クラスメイトに向けられた携帯に、笑みを浮かべながら振り向いてみせる。男同士でこうしてカメラで撮り合うなど、修学旅行を
除いたら初めてのことかもしれなかった。
 「でもさあ、悠真はてっきり俺達と一緒に持ち上がりだと思ってたのにな」
 「ホント、まさか留学するなんて、大人しいお前がするとは思わなかったって」
 「何て国だった?中近東の・・・・・」
 「ガッサーラ国」
 ああ、そうだったと友人達は笑って言うが、多分耳慣れないアラブの国の名前などすぐに忘れてしまうだろう。
1年半ほど前・・・・・永瀬悠真(ながせ ゆうま)も、その中の1人だった。テレビでよく聞く名前の国とは違う、小さな国。しかし、
その国は日本も遥かに凌ぐほどに裕福な石油産出国だった。



 アラブの大国の原油高の為、石油卸会社を営む悠真の父は、新たな取引先としてその国を選んだ。
しかし、なかなかガードが固く、王族の人間と会うことも出来なかったが、熱心な父の行動に役人がチャンスを与えてくれた。
それは、皇太子の妾妃を選ぶパーティーへの出席で、悠真は女のフリをして父と出席する羽目になったのだ。

 父と王族との顔繋ぎになれば・・・・・ただ、それだけしか考えていなかった悠真だったが、現れた皇太子の秀でた容姿に一目で
憧れの思いを抱いた。
そして、それは相手も同じだったようで・・・・・。
 その日に出会った相手と、それも男同士でセックスするとは想像してもいなかったが、悠真は優しく激しく自分の身体を征服す
る皇太子を受け入れた。

 その場限りだと思っていた関係も、皇太子の強引で激しい求愛は全てのマイナス要素を蹴散らして、悠真は高校を卒業する
とそのまま、あの熱い国に向うことになっていた。
恋人としてではなく、皇太子である男の正式な妻として、だ。
(アシュラフ・・・・・)
 飛行機の予定は明後日だ。
既に自分と皇太子の仲を諦め、黙認していた父も、男が妾妃ではなく、正式に悠真を妻にすると約束してくれてから祝福をして
くれた。
 友人達にはもちろん、結婚するという本当のことは話せず、留学するという話にしている。
 今年29歳になる皇太子の名前は、アシュラフ・ガーディブ・イズディハール。
情熱の国の、本当にカッコイイ、悠真の王子様だ。



 「終わったらカラオケ行かね?もう、ゆっくり会える時間も少なくなるしさ」
 「そうだよな、悠真なんて特にそうじゃん」
 「んー」
(父さんは式の後直ぐに会社に戻るんだよな)
 引越し(花嫁準備)はもうほとんど出来ているし、急いで帰っても落ち着かない気分のままだろう。それならば、もうこれで別れて
しまう友人達と騒ぐのもいいかもしれない。
 「分かった、行こう」
 「女も呼ぶか?」
 「横池なんかいいんじゃないか?」
 早速というように、友人達はメンバーを誰にするか話し始めた。
大部分の者がこのまま付属の大学に繰り上がるので、別れというものがいまいちピンとこないのかもしれない。そして、悠真もそん
な雰囲気に浸っているのが楽しかった。



                                   ◆



 さすがに式本番になると、男子生徒はともかく、女子生徒の中には泣く者も多かった。
悠真も、これでしばらく日本とも離れるのかと違った意味で寂しくなり、友人に隠れてこっそりと目元に滲んだ涙を拭った。

 「じゃあな、悠真」
 「うん」
 体育館の外で父と母と顔を合わせた悠真は、これから友人達と遊びに行くと伝えた。
両親は当然もう直ぐ悠真が日本を離れることを知っているので、楽しんで来いと小遣いまでくれて先に帰っていく。
ただ、なぜか父は頬に苦笑を浮かべたままで、その笑みの意味を悠真が訊ねても、何でもないと答えるだけだった。
 「父さん・・・・・」
(変なの・・・・・)
 「悠真!」
 「あ、今行く!」
 名前を呼ばれて振り返った悠真は、校門のあちこちでくっ付いているカップルに目が行ってしまった。
3年生同士や、下級生と一緒にいる者、女子生徒の中には私服や背広といった、明らかに大学生や社会人に見える彼氏に
抱きついて泣いている者もいる。
 「・・・・・」
 「悠真?」
 「・・・・・あれって、先生怒んないの?」
 「ああ、まあ最後の日だしなあ。よっぽどディープなキスをしたりしない限り、見逃してくれてんじゃないのか?あいつらにしてもさ、
今日で制服を脱いだら女子高生の彼女とは言えないだろ?惜しんでんだよ」
 「へえ」
 「それに、卒業式の日に年上の彼氏が出迎えに来てくれるなんて、他の女達に対して優越感に浸れるんじゃねえ?」
 同級生同士で付き合ってたら損だよなあと笑っている友人の言葉に、恋愛方面では初心な(やることはやっているが)悠真は
感心したように頷いた。
 「で、彼女も彼氏もいない俺達みたいなのは、みんなで集まってぱーっと騒ぐに限るって!悠真、最後の日に彼女が出来るか
もしれないぞ?」
 「は、はは、」
 「少しは頑張れって」
 この1年でもう5人の彼女と付き合ったらしい遊び人の友人は、笑いながら悠真の肩に手を回してきた。
2年生の時から同じクラスで、性格は違うのだが妙に馬が合ってつるんでいた友人は、相手が男でも女でも構わず肩を組んだり、
腕を掴んだりとスキンシップが激しい。
 「悠真」
 「なんだよ、遠山」
 友人・・・・・遠山は悠真の耳元に、唇がつきそうなほど顔を寄せて小声で言った。
 「クラスでチェリーなの、お前と友田だけだって言われてんだぞ」
 「え?」
友田というのは、悠真よりも更に小柄で可愛い外見のクラスメイトだ。
 「あ、後のみんなって・・・・・」
 「中には商売のオネエサン相手に捨てた奴もいるそうだけどな」
 「・・・・・」
(し、知らなかった・・・・・)
 悠真のクラスはこの遠山を筆頭に、外見もそれなりに整っていて遊び慣れている者達が多いとは思っていたが、まさかほとんど
の者がセックス経験者とは思わなかった。
もしかしたら女子の方も・・・・・そう思うと、アシュラフに抱かれている自分を想像してしまって、自然と悠真の頬は赤くなってしまっ
た。
 しかし、その悠真の変化を、遠山は別の意味に取ったようだ。
 「これくらいで赤くなるなよ。いいか、悠真。これから行くカラオケ、可愛い子揃えてやるからさ、少しはお前も頑張ってみろよ」
 「・・・・・いいよ」
 「そんなこと言ってたら、お前何時まで経っても・・・・・」
弱腰な悠真を説得しようと遠山が少し声を大きくした時だった。
 「えっ?」
 「誰?」
 「誰の彼氏っ?」
 急に周りの女子生徒が騒ぎ出し、そのざわめきは大きくなっていく。
 「なんだ?煩せえなあ」
眉間に皺を寄せた遠山と、いったい何の騒ぎだと不思議に思った悠真も、そのざわめきの方へと視線を向ける。
 「うわ・・・・・」
 「なんだ、あの車」
正門の前には横付けにされた真っ赤なフェラーリが停まっていた。



                                   ◆



(すご・・・・・あんな車で迎えに来る恋人なんかいるんだ・・・・・)
 まさか、あの車に乗っているのは女ではないだろう。すると、今日の卒業生の中には金持ちの彼氏を掴まえた者もいるようだ。
 「派手だな」
 「うん」
遠山も今までの会話を忘れたように車を見ている。
いや、遠山だけではなく、その場にいた卒業生や在校生、そして保護者も教師達も、興味津々な視線を向けていた。
 「あ」
 その時、なぜかフェラーリの後方から1人の男が現れた。
スーツ姿であるものの、どう見ても日本人ではなく、エキゾチックな容貌のその男は、そのまま運転席側へと歩み寄る。
 「ま・・・・・まさ、か・・・・・」
 「悠真?」
 「え?ちょ、え?」
(まさか、ここに・・・・・?)
 確かに、卒業式の日付は教えたし、父に聞けば学校の場所も分かるだろう。しかし、昨日もメールを交換したが、そんなことは
一言も書かれてはいなかった。
だが・・・・・。

 男が、フェラーリの運転席のドアを開く。
そこから現れたのは・・・・・。
 「え・・・・・」
 「嘘っ」
 「カッコイイ・・・・・!」

 ザワッ

 その途端、空気が揺れた。
 カンドゥーラと呼ばれる白くて長いシャツドレス の上からビシュト(ジャケットのようにカンドゥーラの上から羽織るもの。身分の高い
人が着たり、特別な機会に着る)を羽織り、王族だけが許された金の紐を巻いて結んで、グトラ(男がかぶるヘッドスカーフ)を風
になびかせたアラブの王子様がそこに・・・・・立っていた。
 「あ・・・・・」
(アシュラフ・・・・・)
 いっせいに自分に集まる視線を全く眼中に置かないまま、褐色の肌をした端正な容貌の王子は真っ直ぐ悠真の立っている方
向へと歩いてくる。
その手には、まるで映画にでも出てくるような真紅の薔薇の花束が持たれていた。
 「お、おい」
 「・・・・・」
 「こっちに来てるぞっ」
 明らかに、卒業祝いで現れたのだろうとは思うものの、どうしても普通の高校の風景からは浮き上がって見えてしまうが、それで
も、バランスの良い長身と、見惚れるほどの容貌は、その疑問さえどうでもいいものに変化させてしまう。
 遠山はもちろん、悠真の周りにいた者達は、まるで自分の方へと向ってくると錯覚してしまったのだろう、一様に頬を紅潮させ、
落ち着きなく視線を彷徨わせている。
今まで恋人と一緒にいた女生徒達も、この見るからに一般人とは違う王子様が誰に向っているのか、一瞬も見逃さないようにと
(嫉妬と羨望のこもった)熱い視線を向けていた。
 「ユーマ」
 「!」
 「ゆ、悠真?」
 その足が悠真の目の前で止まった時、悲鳴のような声が上がった。
 「ア、アシュラフ?」
 「迎えに来たぞ、私の花嫁」

 「!!!」

遠くにいる者には聞こえなかったであろうが、悠真の周りにいた者は十分その言葉は聞こえていただろう。
 「は、花嫁?」
 「アシュラフ、来てくれるって聞いていなかったよ・・・・・」
 何時もの悠真なら、自分とアシュラフの関係を周りに知られたと悟ったらその場から急いで逃げてしまうところだが、今はアシュラ
フがここにいるということ自体に驚いてしまって、他のことには一切思考が向かなかった。
 そんな悠真を愛おしそうに目を細めて見つめたアシュラフは、手に持っていた薔薇の花束を優雅に悠真に差し出す。反射的に
それを受け取った悠真(アシュラフは片手で持っていたが、悠真は両手でしか持てないほど重かった)に、アシュラフはその視線に
まで身を屈めた。
 「待ちかねたぞ」
 「アシュラフ・・・・・」
 「今この瞬間から、お前は私のものだ」
 「!」
熱い愛の言葉と共に、アシュラフは悠真の唇を奪う。
その途端、今までで一番大きなどよめきが沸いたが、アシュラフの激しい口付けに酔わされた悠真の耳には届くことは無かった。






                                      






「熱砂の恋」の続編、悠真の卒業です(時期外れですが)。
結婚式から初夜までを書く予定です。多分、5〜10話くらいですね。
新居を整えて万全の態勢で悠真をうけ入れるアシュラフ・・・・・楽しそう(笑)。