熱砂の誓約


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※ここでの『』の言葉は外国語です






                                   ◆



 悠真が目を覚ました時、傍にはアシュラフがいて、じっと自分の顔を見ていた。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
どちらも言葉が出ないまま、悠真も視線を向けているとアシュラフは笑って唇にキスをしてくる。そして、額に掛かった髪をかき上げ
て、おはようと言ってくれた。
 「お、おはよう」
 そう言われるのならば、今は朝なのだろう。いったい自分がどれだけ眠っていたのか分からなかった悠真は、そのまま身体を起こそ
うとして・・・・・眉を顰めた。
(い、いた・・・・・)
 下半身にピリッと走る痛み。それだけではなく、何だか熱い気もして・・・・・悠真はシーツの中でモゾモゾと腰を動かしてしまう。
自分のそこがどうなっているのか自分の目で確認したいが、アシュラフが傍にいてはどうすることも出来ない。
(あ、お、お風呂!)
 風呂になら、1人で入ってもおかしくは無いだろうし、それこそ裸になっても当然だ。こっそり手鏡か何かを持ち込めば、怖いが目
で確認出来ると思った悠真は、自分を抱きしめようと手を伸ばしてくるアシュラフに言った。
 「あ、アシュラフ、俺、ちょっと」
 「ん?」
 「え、えっと」
 「・・・・・」
 「お、お風呂、入りたいんだ。あの、身体、昨日のままだと思うし・・・・・」
 自分の肌が、既に拭われてさらさらな感触になっていることには目を瞑った。自分の記憶に残っていないのならば、風呂には入っ
ていないも同然だろう。
 「分かった」
 アシュラフはそんな悠真の気持ちを察してくれたのか、直ぐに優しく頷いてくれた。
悠真はホッとし、力が入らない足を叱咤して、痛む下半身を動かそうとしたが、
 「え?」
不意に、ふわっと身体が持ち上げられてしまった。
 「ア、アシュラフ?」
 いわゆる、お姫様抱っこというものに、自然と顔が赤くなってしまう。確かに小柄な部類には入るものの、普通の女の子よりは当
然重い自分をこうして軽々と持ち上げているアシュラフが凄くて、それでもこの体勢はどうにかして欲しくて、悠真は落ちないように
と身体を強張らせたままアシュラフに言う。
 「お、下ろして、俺、歩ける」
 「駄目だ」
 「アシュラフッ」
 「花嫁を抱き上げるのは花婿の役目。夕べはお前を早く抱きたくて急いでいたために出来なかったが、本来はこうしてお前を抱
いてベッドに運びたかった」
 「・・・・・っ」
(は、恥ずかしいこと言わないで欲しいのに〜)
 「それに、お前の身体を隅々まで綺麗にするのは私の当然の義務だ。ユーマ、私のペニスを受け入れた愛らしい中の中まで、こ
の手で綺麗にしてやろう」

 自分の浅はかさを呪ったものの、その後悔は既に遅かった。
悠真は檜の香りのする広い湯殿の中で、散々アシュラフに喘がされ・・・・・最後の挿入まではされなかったものの、何度もイかさ
れて精を吐き出してしまった。
 「悠真のここはほんのりと赤く染まっているが、切れてはいないようだな。少しだけ残念だ、傷があれば私が舐めて癒してやったも
のを・・・・・」
 「・・・・・」
(ほ、本当に良かった・・・・・)
最後に身体を洗い流し、再びお姫様抱っこをされて言われた言葉に、悠真は心から安堵をするしかなかった。



 悠真は自分がどのくらい眠っていたのか分からなかったらしいが、今が婚儀の翌々日の朝だということを告げると、まる1日眠って
しまっていた自分に驚いていた。
 アシュラフも、あまりに悠真が眠り続けるので心配だったが、アリーが脈も呼吸も正常で、ただ疲れているのだろうと告げたので何
とか心配を押し隠していたのだ。
 「父さん」
 「悠真」
 軽い食事を摂り、一息ついた悠真に、アシュラフは父親と対面することを許した。
あれだけ身体の中を自分の精液で満たし、深い快楽を与えた今、アシュラフは悠真を身内に会わすことを恐れなくなった。悠真
が自分の傍から絶対に離れていかないという確信が持てたからだ。
 「ユーマ、ゆっくりと話すがいい」
 「あ、アシュラフは?」
 自分を置いて部屋を出ようとするアシュラフに、悠真は不安そうな眼差しを向けてきた。
(ほら・・・・・ユーマは私を頼っている)
傍にいないことが不安だと訴えるその瞳に、アシュラフは悠真の身内がいても構わずに口付けを与えた。
 「まだ宴が続いているから顔を出さないといけない。お前は出なくてもいいぞ」
 「い、いいの?」
 「酔っ払いにお前が絡まれてもいけない」
 「・・・・・ありがとう、アシュラフ」
 信頼と愛情のこもった眼差しを向けられるのは心地良い。
アシュラフは自分に一礼する悠真の家族に鷹揚に頷いて見せると、そのまま部屋から出て行った。



 『兄上』
 酒宴の続く王宮に向ったアシュラフは、ちょうど中から出てきた弟の第二皇子、アミールと鉢合わせをした。
 『どこに行く?』
陽気で話し上手、そして見目も良いアミールは、きっと客人の接待で忙しいと思っていたのだが、アミールは細面の顔に疲れたよ
うな苦笑を浮かべて言った。
 『さすがに、ずっと付き合ってはいられませんよ』
 『そうか?』
 『それに、こういう場だからとあからさまに誘いを掛けてくるご婦人方も多いし。妖艶な人妻との秘密の関係も楽しいけど、さすが
に母上よりも年上の方とは勘弁して欲しいものです』
 アシュラフは笑った。
確かに一見淑女が多いように見えるアラブの婦人達だが、身分の高い者達の中には遊びを好むものもいる。高貴な身分で、見
目もよく、独身のアミールは格好の火遊びの相手だろう。
 『お前もそろそろ特定の相手を作ったらいい』
 『ご自分が結婚したからといって〜』
 『誰かに縛られるのはいいものだぞ。もちろん、こちらも強固に縛るが』
 『・・・・・ユーマが泣いて逃げ出さないようになさってくださいよ』
 『私がこの腕から逃すはずが無いだろう』
 何年も待って、ようやく身も心も、そしてその生活全てを自分のものにしたのだ。今更その手を離すことなど考えられず、アシュラ
フはアミールに向って凄絶な笑みを向けた。



 「明日?」
 「うん。会社があるからって」
 夕方、部屋に戻ってきたアシュラフは、1人で待っていた悠真から家族の帰国の話を聞いた。
 「二度と会えないわけじゃないからって」
 「・・・・・」
 「父さん、アシュラフに感謝していたよ?俺のこと、その、ちゃんと妻と呼べる立場にしてくれて、ハレムのある屋敷も取り壊して、
本当に俺のことを大切に思ってくれていることが分かったって」
 「当然だな」
(ユーマ以上に欲しいと思う者がいないのに、そのユーマを妾妃という地位に甘んじさせるわけが無い)
 「ただね」
 「ん?」
 「やっぱり、花嫁っていうのには、違和感があるみたいだけど」
 俺もそう思うと笑う悠真は、まだ男という性別に拘っているのだろうか。
王である父が自分達2人の結婚を許したのだし、自分もいずれはこの国の王となる立場の人間だ。その2人が認めていることに
異論を言える人間などいるはずがない。
 「お前は、美しい花嫁だった」
 「ア、アシュラフ?」
 「こんなに美しい花嫁を、本当に私のものにしていいのかと・・・・・そう思ったくらいだ」
 アシュラフは悠真を抱きしめた。
 「お前は、私が選んだ」
 「・・・・・」
 「お前も、私を選んでくれ、ユーマ」
懇願するような声音になったのは芝居ではない。心から、本当に心の底から悠真自身の愛を欲しているからこそ、アシュラフの声
は不安で揺れてしまうのだ。
そのアシュラフの不安を消し去るのは、たった一言・・・・・愛する者の言葉。
 「・・・・・愛してる、アシュラフ」
 「ユーマ」
 「アシュラフは、俺にとってただ1人の人、だよ」
 「・・・・・っ」
 少しだけ早口になりながらも、それでもはっきりと言い切ってくれた悠真。
この感動と感謝をどう表していいのか分からず、アシュラフは抱きしめている腕に更に力を込めて、甘い香りのする悠真の首筋へ
と顔を埋めた。



                                   ◆



 空港で家族を見送る悠真は泣いていた。
もちろん、家族と離れる寂しさも分かるし、遠い異国の地でこれから1人なのだと思うと心細くて仕方が無いのだろ。
 「げ、元気でね」
 「お前もな」
 悠真の父親は一度悠真を抱きしめると、アシュラフの方へと身体を向けて頭を下げた。
 「息子を、悠真をお願いします」
 「ああ」
 「出来るなら・・・・・泣かさないで下さい」
海外との取引も多い悠真の父親は、このアラブの国の風習もよく知っているのだろう。
今は悠真だけだと言っているアシュラフも、もしかしたら子を生すために妾妃を娶り、ハレムを復活させるかもしれない。それは、い
くらアシュラフの正妃の立場にいる悠真にも止めることが出来ないと。
 子を思うその気持ちはよく分かるが、アシュラフにとってその懸念は全く無用だった。
 「残念だが、お前のもとに悠真は帰さない。安心して任せるがいい」
 「・・・・・はい」
悠真の父親は苦笑を浮かべ、再び、お願いしますと頭を下げた。








 ガッサーラの民族衣装を着ると、何だか心だけでなく外見もこの国の人間になったような気がするから不思議だ。

 「皇子を離すんじゃないぞ」

会社のためにもなと軽口を叩いた父の乗った飛行機は、今飛び立った。
真っ青な空に向って飛び立つ飛行機を空港の屋上から見送る悠真は、自分が一緒に帰らないということが少し不思議で、それ
でもここが自分の新しい故郷だという自覚もあって・・・・・甘酸っぱい思いに隣にいるアシュラフを見上げた。
 「・・・・・」
(カッコイイなあ)
 褐色の肌に、見惚れるほどに凛々しい顔立ち。頭に被っている白いグトラとカンドゥーラが風になびいていて、それだけで絵のよ
うに綺麗だと思う。
初めて会った時、カッコイイなと思ったその気持ちは、何年も付き合い、結婚した今となっても変わらなかった。
 「・・・・・ん?どうした、ユーマ」
 そんな悠真の視線に、直ぐに気付いてくれたアシュラフが声を掛けてくれる。悠真はううんと首を振ると、それから、まだ少しだけ
涙で潤んだ瞳でアシュラフを見つめながら、ありがとうと笑って言った。
 「見送り、付き合ってくれて」
 「当然だろう、ユーマの家族は私の家族だ」
 「アシュラフの?」
 「そして、私の家族はお前の家族だ」
 「・・・・・うん、そうだね」
 結婚というのはお互いを結びつけると同時に、その周りにいる者達も互いにとっての大切な存在にするのだ。
改めてそう感じた悠真は、アシュラフの腕に自分の腕を絡める。
 「これから、ずっと一緒なんだなあ」
 「ああ、朝から晩まで」
 「えー?それはさすがに無理だって。アシュラフは仕事があるし、俺だってこっちの大学に通うつもりなんだし、一緒にいる時間は
限られてるよ」
 「・・・・・それはつまらない」
 アシュラフは眉を顰める。その表情はどこか子供っぽく、自分の我が儘が通らないことに苛立っているようで、何だか可笑しくて悠
真は笑った。
 「でも、一緒にいられる時はずっとくっついていようよ」
 「・・・・・」
 「ね?」
 「それは、ベッドの中でも、ということだな?」
 「え?」
 「少しも離れていないように、お前の中にずっと入っていてもいいということだろう?そんなに気持ちの良いことなら、朝から晩まで
ずっとお前の中にいさせてもらおう」
 「ア、アシュラフ!」
(こんなとこで、何言っているんだよ!)
 いくら周りに日本語が分かるような者がいないとはいえ、アシュラフのわざと落とした声音や、色っぽい眼差しで、なんとなく会話
の様子を悟られでもしたら困ってしまう。
いくらこの国の人間になると決めたとはいえ、悠真はまだまだ日本人の小市民なのだ。
 そうでなくても、この国の皇太子であるアシュラフの顔は知られており、屋上で同じように飛行機を見送っていた者達も、チラチラ
とこちらを見てくる。
 これ以上目立ちたくない悠真は、アシュラフから離れようと手を離そうとしたが、
 「あっ」
アシュラフはくるりと体勢を変え、真正面から悠真を抱きしめる形になった。
 「この空に、そして神に誓う。私が生涯愛する者は、ユーマ、お前だけだ」
 「ア、アシュラフ?」
 「愛してる、ユーマ」
 「!」
 真剣な眼差しに、悠真も引き込まれるように視線を合わせてしまう。そして・・・・・、
 「私の愛しい花嫁」
鮮やかに微笑んだアシュラフに、悠真はうっとりと見惚れてしまった。この男が本当に自分のものになったのだと、甘苦しい感情が
胸の中に湧き上がり、やがて、ゆっくりと近付いてくる大好きな人の姿が瞳に一杯になった瞬間、悠真は目を閉じて甘い甘いキ
スを受け入れた。





熱い砂漠の恋は、永遠に続く恋物語だった。




                                                                      end






                                           






最終回です。甘い甘い2人の物語はいかがでしたか?
長い間お付き合いありがとうございました。