苦い恋と甘い愛











 部屋のインターホンが鳴った。
時計を見ると、まだ30分経っていない。
(早いな)
それだけ、海藤の真琴に対する執着の激しさを知って、佐伯はベットの上で眠る真琴に視線を向けた。
 「お前、厄介な奴を選んだな」
 再度インターホンが鳴らされる。
佐伯は深呼吸をして鍵を開けた。
 「真琴は」
 顔を合わせた瞬間そう言った海藤に、佐伯は思わず苦笑を漏らして奥を指した。
 「・・・・・」
無言で中に入り込んだ海藤は、ベットの上で眠っている真琴の顔を覗き込む。
そっと頬に触れる手は見ていても優しいものだと分かり、佐伯は自分が想像していたよりも遥かに、海藤が真琴を想ってい
る事が分かった。
 「・・・・・何をした?」
 「睡眠薬を少し飲ませました。後2、3時間で目が覚めるはずですよ」
 「・・・・・」
 「金です」
 「!」
 海藤に気を取られていて分からなかったが、入口にはもう1人、何時も海藤の傍にいる倉橋が、手に大きなアタッシュケー
スを持ったまま言う。
 「社長の言いつけで、2億用意しました」
 「2っ?俺は1億って言ったはずだっ」
 「・・・・・」
焦って言うと、ベットから離れた海藤が無言のまま佐伯の腿を蹴り上げた。
 「うわっ!」
そのまま崩れ落ちそうになる身体を、今度は膝で思い切り腹を打つ。
 「ぐぁ・・・・・っ」
一瞬、息が止まりそうになった佐伯は、そのまま床に崩れ落ちた。
ゴホゴホと息を詰まらせる佐伯の前に屈みこんだ海藤は、そのまま髪をわし掴みして顔を上に向けさせる。
急に与えられた暴力に目が霞み掛けた佐伯は、冷たく整った海藤の目の中に本気の怒りを見た。



 「お前がどんな女に入れあげようと、その男から強請られようと、俺は何とも思わない。馬鹿な男がいるんだなと呆れるの
が関の山だ」
 「・・・・・っ」
 力が抜けて俯きそうになる男の髪を更に掴み上げると、真っ青な顔が目に入った。
 「お前の罪は、真琴に手を出したことだ」
 「お・・・・・れは・・・・・」
 「幼馴染のお前を慕うこいつを利用して、俺から金を搾り取ろうとした。どこか間違ってるか?」
 「・・・・・」
黙っているのはその通りなのだろう。
真琴が自分以外の男に目を向けるのは我慢が出来ないが、それが幼い思い出の中の男ならば黙っていることも出来た。
許せないのは真琴の優しさを利用した、その一点だ。
 「真琴を眠らせておいてくれてよかった」
 「がはっ」
 そのまま容赦の無い拳を頬に入れる。
多分、数本の歯は折れただろう。
佐伯の口の端から滲む血を一瞥した海藤は、そのままベットに戻って真琴を抱き上げた。薬を盛られたといっていたが、寝
顔は何時ものようにあどけなく安らかだ。
軽くその頬に唇を寄せた海藤は、顔を上げないままの佐伯を見下ろして言った。
 「追加の1億は医者代だ。今後一切真琴には連絡を寄越すな。次はない」



 嵐のようだった。
部屋に1人になった佐伯は、ゴロンと仰向けに転がるが、途端に疼く腹の痛みに呻いた。
 「・・・・・」
これぐらいの怪我で2億もの金を手に入れられたのなら安いものだ・・・・・そう思おうとしたが、その代わりに失ったものの大き
さに胸の奥が疼いた。
 「マ・・・・・コ・・・・・」
もう二度と、あの笑顔は見れないだろう。海藤が傍に付いている間は絶対に無理だし、多分・・・・・海藤は真琴を手放す
ことは無いだろう。
(引越しなんかしなかったらなあ・・・・・)
 親の転勤さえなければ、あのまま真琴と一緒に成長していったはずだ。今頃真琴の傍にいたのは、海藤ではなく自分だっ
たかもしれない。
しかし、それはもう、取り返しの付かない過去なのだ。
 「・・・・・」
 脅してくるヤクザに金を渡して、女と街を出よう・・・・・そう思った。
優しい年上の女は、きっと自分に付いて来てくれるだろう。


 「・・・・・か・・・・・ど、さ・・・・・?」
 目が覚めた時、真琴は見慣れたマンションのベットに横になっており、その隣には海藤が一緒に横たわっていた。
 「お・・・・・れ?」
佐伯と一緒にいたはずだと思っていると、海藤が優しく頬を撫でながら言った。
 「お前が急に寝てしまったと連絡をもらったんだ」
 「え?・・・・・わ、俺、どうして・・・・・」
 「・・・・・」
 「あ、祥ちゃんは・・・・・」
 「あいつも帰った。真琴、他の男の前で眠ったのは許せないな」
 「え、あ、あの、でも・・・・・」
 「ゆっくり、お仕置きしようか」
そう言われ、海藤の唇が首筋に吸い付き、器用な細い指が服を脱がせ始める。
 「か、海藤さん、まだ夜じゃ・・・・・っ」
 「目を閉じていればとっくに暗闇だ」
笑いながら言った海藤は、そのまま真琴を官能の波に溺れさせた。







    −後日ー





 「あー!!」
 「ああ」
 真琴の携帯を洗濯機の中に落とした海藤は、少しも悪いとは思っていない顔で謝ってきた。
 「すまん、代わりを買いに行こう」
 「メモリー・・・・・取ってない・・・・・」
 「連絡先が分からない奴がいるのか?」
 「この間会った幼馴染の連絡先、携帯番号しか知らなかったんですよ〜っ」
 「じゃあ、同じ番号にして、向こうから連絡があるのを待てばいい」
 「あ、そっか、そうですよね?」
 「出掛けようか」
 「はい」
いそいそと出掛ける用意をする真琴は、それが海藤がワザとした事だとは全く分からないだろう。
向こうから二度と連絡は取ってこないだろうが、真琴の方からも連絡はさせないようにしたということは・・・・・。
佐伯を脅したヤクザにも話をつけた。その後、2億円が会社に送られてきたのは、佐伯にも多少の罪悪感はあったのかもし
れないが、海藤にとってはもう関係のない話だ。
海藤は唇の端に笑みを浮かべたまま、真琴の姿をじっと見つめていた。





                                                                    end







                                               








消化不良・・・・・。これって、1つの章が書けたんじゃないかって思いました。
ヤクザっぽい海藤さんっていうリクエストもいまいちかなあ。
とにかく、海藤さんの腹黒い一面が感じてもらえればいいのですが。