苦い恋と甘い愛











 「予定は出来るだけ伝えるように」

 子供のような注意をされた真琴だったが、そんなに深く考えないまま頷いた。
そして・・・・・」
 『マコ?』
 『祥ちゃん!』
 夜の街で再会してから一週間後、真琴の携帯に佐伯が連絡をしていた。
たった十数分間の立ち話ではとても物足りなかった真琴は、こうして連絡をしてくれた佐伯に嬉しそうな声をあげた。
 『本当に電話くれたんだ!』
 『お前こそ、電話くれなかったな』
 『だ、だって、海藤さんが、ホストは1日中休まる時間がないから、こっちから連絡しない方がいいって言ったから・・・・・』
夜の商売に詳しい海藤の言葉に、真琴は素直に納得して佐伯の方からの連絡を待っていたのだ。
 『・・・・・そっか』
 一瞬、間をおいた佐伯は、直ぐに切り出した。
 『マコ、今から会えるか?』



 「祥ちゃん!大丈夫っ?」
 半分ベソをかいた顔で部屋に駆け込んできた真琴を見て、佐伯はなぜだか苦笑を漏らしてしまった。
(変わってないなあ、マコは・・・・・)
幼い頃も、誰かが怪我をすれば、自分が痛いかのように泣いていた真琴。
その表情は大人になった今も全く変わらなかった。
 「祥ちゃん、け、警察には?」
 「相手が客関係だからな。ちょっと、無理だ」
電話で、客の旦那に殴られて金を全て取られたと言った。ホテル代もないので金を貸して欲しいと言うと、真琴は直ぐ行く
と叫んで電話を切ったのだ。
 「け、怪我は?」
 「ああ、それはたいしたことないよ」
 「・・・・・よかったぁ〜」
本当にホッとしたように溜め息を漏らす真琴に、佐伯はグラスに入れたジュースを差し出した。
 「ほら、これ飲んで落ち着け」
 「うん、ありがと」
 喉が渇いていたのか、一気にグラス半分を飲み干した真琴をじっと見つめていた佐伯は、テーブルの上に放り出していた
煙草を取って口に銜えた。
 「・・・・・このこと、誰かに言ったか?」
 「ううん、慌てて来たから」
 「マコ」
 「ん?」
 「お前、海藤会長のイロ?」
 「・・・・・イロ?」
意味が分からないのか首を傾げる真琴に、佐伯は苦笑を漏らした。
(やっぱり、何にも知らないんだな)
 「イロっていうのは、情婦って意味だ。分かるか?」
 「う、うん。じょーふ・・・・・そっか」
 たちまち首筋まで赤く染まった真琴を見て、佐伯は確信した。
 「あの冷酷な人が、誰かにあんな蕩ける様な笑みを見せるなんて・・・・・。実際に見るまで、俺はあの人は笑わない人だ
と思ってたよ」
 「しょーく・・・・・」
 何時の間にか、真琴の目がトロンと揺れている。
 「マコ、お前は昔と全然変わらないが、俺は・・・・・変わったんだよ」
 「しょ・・・・・」
 「悪いな、少しだけ眠っててくれ」
まるで糸が切れるように、カクンと真琴はソファにもたれ掛かった。
あどけないその寝顔をじっと見つめていた佐伯は、やがてその身体を抱き上げると傍のベットにゆっくりと横たえる。
そのままポケットを探ると、直ぐに目当ての携帯を見つけた。
 「・・・・・あった」
 アドレスを見ると、直ぐに《海藤》という文字と、携帯番号が載っていた。多分これは、海藤に抱いてもらいたがっている夜
の女達や、商売上海藤に近付きたいと思っている男達が、喉から手が出るほど知りたい海藤のプライベートな携帯番号
なのだろう。
 佐伯はチラッと時計を見上げる。
(3時・・・・・)
 一瞬躊躇った後、佐伯はそのボタンを押した。



 丁度その頃事務所で書類に目を通していた海藤は、不意に鳴った携帯の表示を見て眉を顰めた。
(真琴?)
今はまだ午後3時を回ったところで、普通なら真琴は業務時間内に滅多に電話を掛けて来ない。
緊急に何かあったのかと、海藤は直ぐに電話に出た。
 「真琴?」
 『・・・・・ああ、やっぱり繋がった』
 「誰だ」
 聞こえてきたのは真琴とは全く違う男の声。海藤は直ぐに立ち上がると部屋を出る。
 「社長?」
突然姿を現わした海藤に倉橋が声を掛けたが、海藤はそのまま電話を続けた。
 『金をくれませんか、会長、いや、貸してもらえるだけでもいいんです』
金という言葉に、海藤はピンと来た。
 「佐伯祥也か」
 『!』
名前を言い当てられるとは思っていなかったのか、電話の向こうで息をのむ気配がする。
しかし、海藤は構わずに続けた。
 「幾らだ」
 『1億』
 「場所は」
 『新宿のホテル【San City】』
 「30分待て」
 電話を切った海藤は直ぐに言った。
 「2億用意しろ、後、車もだ」
 「真琴さんは・・・・・」
海藤の言葉で、電話の内容は分かったのだろう、倉橋は硬い表情をしている。
 「・・・・・多分、何もされてないと思うが・・・・・」
真琴の話や綾辻の調査でも、佐伯はそんなにあくどい事をする人間には思えなかった。
しかし、可能性としてはもしもということか絶対無いとは限らない。
 「急げ」
 「はい」
今、真琴はどうしているのか・・・・・。自分自身が傷付くことは恐れないが、それが真琴となると話は別だ。
争いごとに慣れていない、優しい心の持ち主は、信じていた幼馴染に利用されたと知った時どう思うか・・・・・。
海藤の目に、激しい怒りの色が浮かんだ。