狼と7匹目の子ウサギ
15
それから・・・・・・・・・・
「レンさん、こんにちは!」
「こっちだ」
「は〜い!」
キアは声がした方へと弾んだ足取りで向かう。
すると、小屋の裏側で丁度木を伐りだしていたレンが鉈を置いて顔を上げた。
「レンさん、今日は美味しいお菓子を持ってきたよ?一緒に食べよう?」
「そうだな・・・・・休憩にするか」
キアはレンの家に遊びに来る日課を続けていた。
もちろんレンもそれまでのように嫌な顔はせず(その時でさえ内心待っていたくらいなのだが)、ちゃんとキアの相手をしてくれるように
なった。
そんなレンの対応さえも嬉しいのに、何よりキアが嬉しかったのは,レンが身体を売ることを止めたことだ。
身体を売ることはレン自身本意ではなかったらしいが、キアを愛しているとちゃんと口に出して言った事で、キア以外を抱くことを
止めてくれたらしい。
元々手先が器用だったレンは、木で色んな家具を作って売るようになった。
センスがいいということもあるが、今までレンの身体を買っていた者達がこぞって買ってくれるので、以前よりも金が入ってくるように
なったくらいだ。
それに・・・・・、なぜかキアが一緒に町に出て店を開くと、絶対と言っていいほど売れ残りは無い。
自分も少しはレンの役に立っているのかなと、キアは少しだけ嬉しかった。
「キア」
レンはキアの身体を抱き寄せ、そのまま軽くこめかみに口付けをした。今はまだ昼前なので、このままキアを押し倒すことが出来
ないのが残念なくらいだ。
自分がこんな風に誰かを欲しがるのは新鮮な気分で、レンはキアを促して近くの丸太の上に一緒に腰を下ろした。
「今日は泊まって行けるんだろ?」
「来週、姉さんの結婚式があるから、しばらくは兄弟皆で寝ようってなってるの、ごめんなさい」
「・・・・・それなら仕方が無いな」
(あいつら・・・・・っ)
自分とキアの仲を応援しているように見えたキアの6人の兄姉達だったが、いざレンがキアを好きだと知るとまるで意地悪をする
ように外出を渋り出したらしい。
鈍いキアは気付いていないようだが、朝は家族で食べるものだと昼近くまで訪れず、夜は危ないからと日が暮れる前に帰ってくる
ようにと言われているようだ。
その上、毎夜誰かと湯に入るようになったとキアに聞いた時から、レンはきっとキアの身体に残る交尾の形跡を探る為じゃないの
かとさえ思うようになってしまった。
(俺達のこと、邪魔してるのか?)
大事な大事な末っ子のキア。
兄姉の誰もがキアを大切に思っていることは分かるが、自分達は出来上がったばかりの恋人同士なのだ。
せめて5日のうち一回は・・・・・いや、2日に一回はキアを帰さないで思う存分淫らで可愛い身体を味わいたい。
「レンさん、怒ってる?」
「怒るわけないだろ」
「そう?」
キアの心だけでなく、身体も手に入れてしまってから、レンは心配ばかりしてしまう。
今まではレンだけにしか目が向いていなかったキアだが、一度交尾を経験してしまえば相手を替えて新しい経験をしたいと思わ
ないか・・・・・それが不安だった。
そうでなくとも、兎族を欲しいという者は多い。たった一度でもいい、交尾をしたいと思っている者も。
町で自分が作った家具を売る時、キアが呼び掛けをすればたちまちのうちに客が付いてしまう。
作った物が売れて金が入るのはいいが、キアに欲望の視線を向ける者達を見れば、キアを家の中に隠して誰にも見せたくないと
思ってしまう。
だが、レンの役に立とうと一生懸命なキアを見ていると、ただ妬きもちの為にキアの居場所を奪ってしまうのも・・・・・何だか男と
して情けなくも思ってしまうのだ。
「キア」
「はい?」
キアは真っ直ぐにレンを見詰めて笑っている。
こんなに自分が心の狭い男だと知ったらキアはどう思うだろうか?
レンは自嘲するような笑みを漏らした。
レンの側にいて、その声を聞いて。
キアはとても幸せな気分になったまま、日が暮れる前に帰ろうとレンの面前に立った。
「レンさん、あんまり手伝えなくてごめんなさい」
「・・・・・ああ」
「・・・・・?」
(レンさん、ちょっと・・・・・変?)
一緒にいる時はとても優しくて、笑ってさえくれるようになったのに、最近別れる時はどうしてだか表情を暗くすることが多くなった。
キアがその理由を訊ねても言葉を濁して教えてくれなくて、キアは少しだけ寂しいと思ってしまった。
(ちゃんと抱いてはくれるけど・・・・・)
激しく抱いてはくれるのに、その身体を手放す時は妙にあっさりとしている。
もしかして、もう自分の身体に飽きてしまったのかと心配になったキアは、今日こそはと思って思い切ってレンに聞いてみた。
「レン、僕のこと、嫌になった?」
「え?」
レンの目が驚いたように見開かれる。
そのことは考えていなかったのだとホッとしたキアは、それでも今日こそレンの挙動不審のわけを聞こうと食い下がった。
「最近、レンさんすっごく変だよ!何だか僕に言いたいことがあるみたいなのに、何時も途中で我慢したみたいに黙ってしまうで
しょう?僕、レンさんが何を思っているのかちゃんと知りたい」
「キア」
「ね、教えて、レンさん!」
「・・・・・聞いたってバカバカしいだけだ」
「そんなことない!レンさんの気持ちは何時だってとっても大事なことだよ!」
「・・・・・」
キアはレンの腕を掴んで必死に訴える。
すると・・・・・しばらく我慢するかのように眉を顰めていたレンが、いきなりキアの身体を強く抱きしめてきた。
離れたくないのだと。
手放したくない気持ちを誤魔化す為に、抱いた後無理矢理身体を離したのだと。
搾り出すようにその言葉を言えば、キアの身体は一瞬ビクッと震えた後、直ぐにレンの首にしがみ付いてきた。
「僕も!僕も一緒にいたい!」
「キア・・・・・呆れないのか、俺のこと」
「どうしてっ?大好きな人に、一緒にいたいって言われて、嫌だって思うことなんか無いよ!」
キアはレンの思いを嬉しいと言ってくれた。
男らしくないと、ずっと我慢していた思いを、ちゃんと受け入れてくれた。
(俺の方がキアよりも子供みたいだな・・・・・)
あれほどに自分を慕ってくれていたキアだが、今では多分自分の方がより強くキアを欲していると思う。
そしてそれがけして恥ずかしいことではないのだと、キアがまたレンに教えてくれた。
「レンさん、今日お泊りをしてもいい?」
「お前・・・・・でも、兄姉達に叱られないか?」
「大丈夫!皆末っ子の僕にはとっても甘いんだもん。それにね、皆は本当に好きな人が出来たら、その人のことだけを考えたら
いいって言ってたんだもん」
「・・・・・そうか」
「そうだよ!」
堂々と言い切ったキアの言葉にレンが苦笑すると、キアは本当に嬉しそうに笑った。
小さな小屋の中で、大好きなレンの腕に抱かれて眠る。
お泊りをするのは初めてで少しドキドキしてしまったが、それはレンに抱かれているうちに快感にとけてしまっていた。
「・・・・・レンさん」
「ん?」
「大好き」
「・・・・・俺も、好きだ」
きちんと言葉を返してくれるレンにしがみ付くようにしてその胸に顔を埋めながら、キアはこの大好きという思いを諦めないで良かっ
たと思った。
ずっと好きという気持ちを持ち続けたから、今こうしてレンは自分の側にいてくれるのだ。
昔、昔。
兎の兄姉の、一番末っ子の7番目の子ウサギは、旅の狼に恋をした。
淫乱な兎族の一員だというのに、素直で、無邪気で、一途な・・・・・可愛い子ウサギ。
実るとは思わないその恋を、大事に大事に育てた子ウサギは、やがて狼の頑なだった心をとかしてしまった。
そして。
人嫌いで、誰かを愛するということを知らなかった狼は、淫乱で可愛らしい子ウサギを手に入れて。
一途な子供の子ウサギは、優しくて愛しい狼を手に入れて。
種族の違いを乗り越えて、雄同士ということも全く関係なく、2匹はとても・・・・・とても幸せに、ずっと2匹で寄り添って生きていく
ことが出来た。
end
![]()
![]()