恋愛の正三角形
前編
「大輝(だいき)、僕と壮(そう)、どっちが好き?」
「どっちも好き!」
「駄目だよ!どっちか選ばないと駄目!」
「だって、れんちゃんとそうちゃん、どっちもおんなじ顔なんだもん!どっちが好きなんてわかんないよ!」
「ずるいなあ、ダイは」
「・・・・・大輝はまだ子供だから仕方ないか・・・・・。ねえ、大輝、大輝がもう少し大人になったら・・・・・そうだな、大輝が
16歳になったら、僕達のうちのどちらが好きかちゃんと決めてよ?」
「うん!いいよ!」
「そういうことだから、壮、絶対に抜け駆けするなよ?」
「廉(れん)の方こそ、ダイを追い詰めるなよ」
どうして、そんなに昔の話を思い出したのか。
転がされたベットの上、抵抗する間もなく脱がされてしまった上半身のシャツは、既にベットの下に皺くちゃになって落ちて
いる。
「・・・・・冗談、だよな?」
「この状況で?だとすれば大輝はかなり鈍いな」
「まったく」
「・・・・・っ」
幼い頃のほんの些細な約束。
それが、今こんな状態になってしまっている元凶かと思うと、大輝は真上から覗いてくる良く似た2つの端正な顔を見つめ
ながら引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
浅野大輝(あさの だいき)は、この4月から高校2年生になる16歳の少年だ。
そう、大輝の誕生日は3月31日で、一週間前にようやく他の友人達と並んで16歳になったところだった。
春休みの誕生日は友人に会うこともままならなくて昔からあまり好きではなかったが、今年の誕生日は違った。
それは、隣に住んでいた歳の離れた幼馴染達が、お祝いにと小旅行に連れて行ってくれることになったからだ。
10歳も歳の離れた幼馴染は、高槻廉(たかつき れん)と壮(そう)・・・・・2人は一卵性の双子だった。
幼い頃から美少年と言われてきた2人。
兄の廉は高校教師に。
弟の壮は建築設計士となって、今では独立して近くの同じマンションに別々の部屋を借りて暮らすようになっていた。
兄弟といっても双子の彼らは、歳の離れた大輝を本当の弟のように可愛がってくれた。
口数は少ないが何時も態度で愛情を示してくれる廉。
陽気で話しやすくて、スキンシップの激しい壮。
一人っ子の大輝は2人とも大好きで、いつもくっ付いて回っていた。
幼馴染といっても10歳も離れていれば話題も遊びも違っていておかしくないのに、2人は随分と大輝を可愛がって遊
んでくれた。
それは、2人が大学を卒業して就職しても変わらなかった。
ただ、そんな優しい幼馴染の様子は、大輝が高校に入学したくらいから変化した。
2人が高校に入った頃から、さすがに一ヶ月に2、3度会って遊ぶくらいだったのが、一週間に一度、必ず2人のうちのどち
らかと会う様になったのだ。
そのたびに、まるで冗談のように抱きしめられたり、頬にキスをされたが、昔からそんな風にスキンシップをしていた大輝はそ
れほどに気にすることは無かった。
16歳の誕生日、大人になったお祝いだからと2人に旅行に誘われた時、大輝の頭の中にあったのは嬉しさだけだった。
自分よりもはるかに大人のはずの幼馴染達が自分の事を忘れていないと、今でも大輝が一番だからと言ってくれるのが
嬉しかった。
そして、春休みの大輝と高校教師の廉、そして、わざわざ休みを取って同行した壮の3人は、壮がデザインしたという軽
井沢のペンションを訪れた。
ペンションといっても高級な隠れ家といった感じで、個々のプライベートなどは完全に保たれる作りになっている。
泊まっている人間も大人ばかりで大輝のような子供はおらず、大輝は自分も大人の仲間入りをしたような気分になって
いた。
食事が終わり、一番最初に風呂に入った大輝は、自分の場所と決めた窓際のベットに(ツインの部屋なので、1つはサ
ブベットが入っている)寝転がって明日の予定を考えていた。
高校生の大輝は温泉や観光というよりも、やはり体を使った遊びの方が楽しい。
(明日の夕方には帰るんだもん、ちゃんと計画立てないと・・・・・)
「大輝」
ガイドブックを読みふけっていたはずが、何時の間にか眠ってしまったのか・・・・・大輝は軽く肩を揺すられてゆっくりと瞼
を開いた。
「眠たいか?」
「・・・・・お、れ、寝てた?」
顔を覗きこんでいたのは廉だった。
何時もかけている眼鏡は外しているので、切れ長の目が何時もより間近に見える気がする。
「少しだけな」
「勿体無い〜」
「ん?」
「廉ちゃんや壮ちゃんと泊まりで出掛けるなんて初めてなのに、寝ちゃった時間が勿体無いよ〜」
「可愛いこというな、ダイは」
廉とよく似た深みのある声が笑っている。
大輝が少しだけ視線をずらすと、そこには軽く髪を栗色に染めている壮が立っていた。
「何だよ、壮ちゃん」
「ダイは相変わらず子供だなって思って」
「子供じゃないよっ。もう16歳になったんだから!女だったら結婚出来る歳なんだぞ!」
子供扱いされた大輝は口を尖らせながら、起き上がろうとした。
・・・・・が。
「ちょっと、廉ちゃんも壮ちゃんも手を離してよっ」
なぜか、左右から身体を拘束されるように押さえつけられていることに初めて気付いた大輝は、眉を顰めて抗議した。
しかし、からかっているだろう2人の手の力は少しも弱まらない。
「ちょ、ちょっと〜!」
「大輝、約束覚えてるか?」
不意に、右腕と右足を押さえつけていた廉が言った。
「や、約束?」
「ダイが16歳になったらって話」
今度は、左腕と左足を押さえている壮が言った。
「・・・・・16歳?」
「大輝はまだ4歳だったが、私は・・・・・私達はその言葉を守って、今日までずっと待っていた」
真っ直ぐに自分を見つめている廉の目がまるで責めている様で、大輝は全く頭の中に無い2人との約束を必死になって
思い出そうとした。
(な、何?何の約束なんだろ・・・・・。4歳って幼稚園だよな?そんな時にした約束なんて覚えてるはずないよ〜)
自分が4歳だということは、その頃この2人は14歳、もう中学2年生のはずだ。
中学生の少年ならば覚えているかもしれないが、わずか4歳の自分が交わしたという約束を忘れていたとしても責められ
ることはないとは思うが・・・・・。
「・・・・・ごめん、廉ちゃん、約束ってなに?」
考えても出てこない答えに、大輝は素直に謝って教えてくれるよう頼んだ。
「大輝、約束は守ってくれるのか?」
「当たり前だろ!2人とした約束なら、俺は絶対に守るよ?」
幼い頃から兄と慕っていた。
2人も大輝をとても可愛がってくれていて、そんな2人が大輝が困るようなことを言うはずがない・・・・・大輝はそう信じた。
・・・・・が。
「大輝が16歳になったら、私と壮の2人のうちのどちらが好きか決めるって言う約束だ」
「・・・・・え・・・・・?」
「俺と廉、お前はどっちがいい?」
「ど、どういうこと?」
2人は何を言っているのだろうと、大輝は本当に意味が分からないと問い返す。
廉はチラッと壮に視線を向けた。
「俺からでいいな?」
「・・・・・ここだけな」
「な、何?」
キョトキョトと2人の顔を交互に見つめていると、不意に廉の顔がドアップで近付いてきた。
「れ・・・・・っ!」
まるで、ゆっくりと見せ付けるように、廉の唇が大輝の唇に重なった。
「・・・・・んぁっ、んんぅっ」
それは、これまで冗談のように2人の頬にキスしたりしていた大輝の子供騙しのキスとは違い、歯列を割って舌が入り込
んでくる大人の深い口付けだった。
もちろん、大輝はそんなキスをするのは初めてで、抵抗することも受け入れることも出来ないままに、ただ廉の舌の蹂躙を
受けるだけだ。
「・・・・・っ」
まだまったくの未開の地であった大輝の口腔内を存分に堪能した廉は、唇を離すともう一度音が鳴るように軽く唇を合わ
せた後、口元を僅かに緩めた。
(れ、廉ちゃんと・・・・・キ、キス、しちゃった・・・・・)
「分かったか?」
「・・・・・ふぇ?」
「私達はお前とこういうことをしたいと思ってるんだ」
「いや、今廉がしようとした以上のこともだぞ?」
そう、付け加えるように言った壮が、笑いながら顔を近づけてきた。
呆然と目を見開いている大輝の唇をペロッと舐めると、そのまま深く唇を重ねてくる。
「・・・・・んゃっ、んあっ」
さすがに、今度は廉の時のようにただ受け入れるだけではなくて抵抗しようとしたが、大輝の身体は4つの手で押さえつ
けられているし、まだまだ子供のような体型の大輝とは違い、既に大人の、それも標準以上に育っている双子には、そん
な大輝の抵抗も可愛いむずかり程度にしか感じなかったようだ。
「・・・・・!」
壮がゆっくりと唇を離した時、大輝の唇の端からはどちらのものか分からない唾液が一筋伝って流れ落ちていた。
「ダイが欲しい。もう、ずっと昔から俺達はお前が欲しかった」
「大輝が大人になるまで、せめて16になるまでは手をつけないでおこうと思ったんだ」
「もういいだろう?ダイ、俺を選べ」
「大輝、私を選ぶな?」
「「どちらを選ぶ?」」
(こ、これって・・・・・現実なのか?)
まるで、夢を見ているのではないかと思った。
しかし、唇が痺れるほどの強烈なキスはとても夢の中の出来事とは思えない。
(廉ちゃんと、壮ちゃんと、どちらかを選べって・・・・・)
そんな事を考えたことは無かった。
廉も壮も大輝にとっては自慢の幼馴染で、こんなにカッコいい大人の2人が何時も無条件に自分の我が儘を聞いてくれ
ることが嬉しかった。
特に、去年は頑張って廉の勤める高校を受験して合格し、その時には2人から交互に強く抱きしめられて盛大に褒め
られ、廉からは以前から欲しがっていたゲーム機を、壮からは通学用の自転車をプレゼントしてもらった。
(あ、あれも、こんな気持ちが前提だったってこ・・・・・と?)
大切にされていると・・・・・特別な存在だとは感じていた。
ただ、それが恋愛感情とはまったく気付いていなかった。
「大輝」
「ダイ」
「わ、分かんないよ」
「何が?」
「どう分からない?」
何時もなら笑って許してくれるのに、今回の2人は追い詰めるように言葉を継いで行く。
大輝は怖くて、でもあっさりと受け入れることも拒絶することも出来なくて・・・・・。
「だって、廉ちゃんと壮ちゃん、どっちも同じ顔なんだもん!どっちが好きなんて、どっちも好きだし、選べないよ!」
「・・・・・」
「・・・・・」
思わずそう叫んでしまった大輝に、2人はしばらくして同じ様な苦笑を浮かべた。
「大輝は昔と少しも変わらないな」
「感覚が幼稚園のままってとこか」
2人の空気が少し変わったのを感じ、大輝は引き攣った笑みを浮かべた。
もしかしたらこのまま許してもらえると、これは冗談だったのだと言ってくれるかも知れないと思った。
しかし、
「悪いが、今日は絶対に答えを出してもらうぞ」
「そーそー、逃げ場はないぞ、ダイ」
転がされたベットの上、抵抗する間もなく脱がされてしまった上半身のシャツは、既にベットの下に皺くちゃになって落ちて
いる。
「・・・・・冗談、だよな?」
「この状況で?だとすれば大輝はかなり鈍いな」
「まったく」
「・・・・・っ」
ようやく、大輝は自分が今置かれているギリギリの立場を自覚し、熱く見下ろしてくる4つの瞳をただ呆然と見返すことし
か出来なかった。
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突発的に書きたくなった3Pものです。それに、双子要素も入れてみました。
どちらかを選ぶよりも、どちらにも愛されて欲しい、子犬系受け子、大輝。
次回は双子の気持ち編です。