RESET
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「うっ、あっ、ああっつ!!」
「紘一さん、もっと、ほら、腰を振ってよ」
「そっ、なっ、出来な・・・・・っ」
「嘘ばっかり。根元まで俺のを飲み込んで腰を揺らしてるよ」
「はっ、はっ、ああんっ!」
逞しい身体の下で喘ぎながら、紘一はなぜこんなことになってしまったのかぼんやりと考えていた。
牧野紘一(まきの こういち)・・・・・今年25歳になる彼の職業はホストだ。
シャイで無口だった学生時代からは自分でも考えられなかったが、大学を卒業する寸前に両親が事故死し、まだ小学生と中
学生の育ち盛りの弟を育てる為にと、紘一は見入りのいい水商売の世界に飛び込んだ。
始めは口からでまかせのお世辞や嘘を言うことなど自分に出来るだろうかと思っていたが、ホストという職業は自分が思ってい
たものよりも重労働で、頭も身体も使う仕事だということは直ぐに思い知り、生真面目な紘一はホストも立派な職業の一つだ
と思い直して一生懸命働いた。
ただ、元々が優しい性格の紘一を心配してくれたのか、付いた先輩ホストから『客の感情に引きずられるな』と念を押された。
ここは夢を見せる場所で、客と一緒に感情まで浮き沈みしていたら商売にならないと。
紘一はその言葉を忠実に守り、店では出来るだけクールなキャラクターで通し、今では店のNo.1という地位にまで上り詰めて
いた。
今では2人の弟達も手が掛からないほど成長し、身長も体格も兄である紘一を追い越したものの、何時までも「兄ちゃん、
兄ちゃん」と慕ってくれている。
そんな兄弟やいい仲間に支えられながら、紘一は日々女達に夢を与え続けていた。
昨夜、店が終わった後、紘一は早く家に帰ろうと足早に歩いていた。
弟達の為にも出来るだけアフターや同伴を断わっているが、不思議とそれで客が離れていくということはなかった。
それは、紘一が隠そうとしている本来の優しさと穏やかさを、客である女達が敏感に感じ取っているからだったが、案外に鈍感
な紘一本人はそれに気付いてはいない。
店を出てタクシーを拾おうと思っていた紘一は、その手を上げる前に不意に後ろから名前を呼ばれた。
「コウさん」
「・・・・・ソーマ?」
立っていたのは、紘一の勤めている店『DREAMLAND』の系列店である『ROMANCE 』の現No.1、相馬達矢(そうま
たつや)だった。
「もう、帰るんですか?」
「・・・・・お前は?」
「俺はアフターが無くって。ちょうどコウさんを見つけたから」
「・・・・・冗談言うな」
相馬は、今最も勢いのあるホストだ。
まだ19歳の若さながら、その恵まれた容姿と巧みな話術で次々と指名客を増やしていき、今では月の給料も1千万を越すほ
どに稼いでいる。
「俺、一度コウさんとゆっくり話したくて」
「俺と?」
「だって、ヘルプしてくれてる時も、俺とはあまり話してくれないでしょう」
月に一度の系列店への出向を言っているのだろう。
それはその通りなので言い返すことは出来ないが、そもそもそんな態度を取るのは相馬本人に理由があるのだ。
「・・・・・」
(お前とは話したくないんだよっ)
紘一は相馬が苦手だった。
相反する相手とは、ともすれば無二の親友になれる可能性はあるが、紘一の場合は全く気持ちが受け付けなかった。
遅刻は常習。
まるで自分の方が遊んでいるといった不真面目な接客態度。
年上に対しての馴れ馴れしい口調。
どれもこれも、紘一の勘に触ることばかりだ。
おまけに、お金さえ払えば誰とでも寝るといった噂さえある。
ホストという仕事にプライドを持っている紘一は、なぜこんな男がNo.1なのかと不思議に思っていた。
「・・・・・」
(子供のくせに、アルマーニか)
若いわりにシックで本物のスーツを好んで着る相馬だが、悔しいことに見惚れるほどに着こなしている。
傍から見れは、もしかしたら相馬の方が年上に見えるかもしれなかった。
「何だ、話って」
「ここで言うんですか?」
「別にいいだろ」
「・・・・・ちょっと、場所を変えて欲しいんですけど」
「わざわざ?」
「そ、わざわざ」
こんな風に茶化したような言い草が嫌いなのだが、長い間の訓練の賜物かそんな思いは表情に見せることはなかった。
ただ、街でも有名人である紘一と相馬が立ち話をしているだけでも人目は引いてしまい、このままではどんな噂話をされるかは
分からない。
相馬のことはどうでもいいが、店に対して、系列店のNo.1同士が揉めていたという話が噂だけでも広がってはまずいと思い、
紘一は渋々頷きながら言った。
「分かった」
相馬が紘一を連れて行ったのは、思い掛けなく高級ホテルと言われる所だった。
タクシーがその前に着いた時、紘一は本当は踵を返したいくらいだったが、
「分かったって言いましたよね」
紘一の言質をとって言う相馬に抵抗出来ず、そもそも男同士で何を心配することがあるのかと思い直して、自分よりも10セン
チ近く背の高い相馬の後に続いた。
「・・・・・スイートか」
「せっかく、コウさんが付き合ってくれるっていうんだから、出来るだけいい部屋を用意しましたよ」
「・・・・・ソーマ」
「何ですか?」
紘一が話しかけると、相馬は男らしい顔を子供のように綻ばせて聞き返す。
こういう所が苦手だと思いながら、紘一はまずははっきり言っておこうと口を開いた。
「俺はお前が嫌いだ」
「・・・・・」
「だが、同じオーナーの下で働いている同僚としては、表立ってそれを周りに言うつもりはない」
「・・・・・」
「ただ、出来るだけ俺には近付かないでくれ。お前の姿が目に入ると・・・・・気分が悪くなるんだ」
ここまで言うつもりはなかったが、相馬が黙っているのでつい言い過ぎてしまった。
少し気まずい気がして相馬から目を逸らした紘一は、不意に聞こえた笑い声に顔を上げた。
「分かってたよ、あんたが俺を嫌いなこと」
「・・・・・ソーマ?」
色っぽいと言われている唇を僅かに歪める様にして笑いながら、相馬はゆっくりと自分のスーツの上着を脱いだ。
「でも、俺はあんたが嫌いじゃなくってさ」
「お前・・・・・なっ?」
相馬の手が伸びてきたかと思うと、紘一はギュッと自分の腕が掴まれたのに遅れて気付いた。
(なに・・・・・?)
どうしてこういった状態になったのか・・・・・紘一は引きづられるようにベットルームに連れて行かれると、そのまま投げ出されるよう
にベットに倒されてしまった。
「ソーマっ?」
それでも、まだ紘一は危険などを感じてはいなかった。
幾ら自分が相馬よりも背が低く華奢だとしても、あくまで同じ男同士で自分の方が年上だ。
だからこそ、倒れた自分の上に相馬が圧し掛かってきても、まるで睨むような目で見上げながら命令口調で言った。
「重いぞ、どけ」
「・・・・・嫌だ」
「子供か、お前は」
「子供ですよ。だから、欲しいものは強引にでも手に入れてしまうんです」
「・・・・・何を言ってるんだ?」
「抱きますよ、あんたを」
「・・・・・抱く?」
(何を言ってるんだ、こいつ・・・・・?)
次の瞬間、まるで噛み付くようにキスをされた紘一は、初めて信じられないというように大きく目を見開いた。
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