RESET
2
1年前、相馬達矢は毎日退屈な時間を過ごしていた。
会社を経営している父親からは余るほどの小遣いを貰い、趣味の多い母親は早々に子離れをして。
自分も高校に入学してからずっとモデルのバイトをしていたので、金にも女にも困らず、その上勉強しなくても国立大学に入れ
るほどの知能も持っていた。
学校では年相応の、バイトでは年上の仲間達との刺激的な生活。
しかし、常に与え続けられるのは、常に満腹状態だということだ。
自分の腹に跨り、腰を振る女を見ても、生理的な欲求は解消されるが心が動くことはなく、何時しか相馬はただ日常を送るこ
とさえも苦痛に感じるようになっていた。
そんな時、相馬はブラブラと歩いていた夜の街で、1人の麗人を見付けた。
(女・・・・・?いや、男か?)
初めは、男装している女かと思った。それ程その容貌は繊細で、まるで精巧に出来たビスクドールのようだった。
しかし、よく見ると華奢ではあったがその体型は男だ。
1人ではなく、数人の男が周りにおり、彼らは何か話しながら笑っている。
相馬の気になっている男はほとんど表情を変えることはなかったが、絶え間なく話し掛けてくる男達に僅かに唇を笑みの形にして
答えている。
その姿が妙に目に残るのだ。
「あ、『DREAMLAND』のコウじゃん」
「え?」
それまで全く気にも止めていなかった腕に纏わりついていた女が言う。
「お前、知ってんのか?」
「有名だよ、コウ。あの店のNo.1だし、あの通りの顔でしょう?」
「そーそー、間近で見てもすっごく綺麗なの!」
「でも、顔に似合わず優しいしねえ」
周りにいた女達が楽しそうに言い合っている。
しかし、相馬の耳には全く聞こえてはこなかった。
(ホストなのか・・・・・あの男・・・・・)
それから数日して、再び相馬はコウというホストを見掛けた。
いや、あれからコウに会う為に夜の街を歩いていたので、見つけるべくして会ったのだ。
(この俺が男なんかに・・・・・)
店を知っているのでそこに行けば早いのだが、ホストクラブに男が入るというのは気まずいものがあるし、わざわざその為に女を連
れて行くのも面倒だった。
気になるのならば会えるはず・・・・・そう確信のない思いを持っていたのだが、とうとうこの夜会う事が出来たのだ。
(今日は1人か)
コウは1人で歩いていた
雑多な人波の中でも埋まってしまうこともなく、まるで神々しい光に包まれているように優雅に歩いている。
(・・・・・あ)
不意に、コウは立ち止まった。そして、スーツのポケットから携帯を取り出して耳にあてる。
「マサカズ、どうした?」
「!」
電話の向こうに向けられた声音と表情・・・・・つい今しがたまで血の通わない人形のようだった男が、たちまち柔らかく生きた人間
になった。
その鮮やかな変化に燃え上がった感情。
この瞬間、相馬は自分の心が既に囚われてしまっていたのを自覚してしまった。
一度自覚すれば、若い相馬の行動力は早かった。
必ず大学は卒業することを約束して、親にホストになることを強引に了承させ、コウの勤め先である『DREAMLAND』の面接
を受けた。
当然面接は通ったが、なまじ即戦力と期待されてしまったばかりに、相馬は『DREAMLAND』の系列店である『ROMANC
E』 に回されてしまった。
面白くはなかったが、系列店ということで頻繁にホストの行き来があり、相馬もコウの傍に行くことが出来た。
そこで知ったのは、コウの本名が牧野紘一ということ。
年は24歳だということ。
家族は弟が2人で、両親は既に亡くなっていること。
「うえぇ」
「なんだ、お前飲み過ぎだぞ?売上げを伸ばしたいのは分かるが、少しは自分の身体を大事にしろ。ほら、薬」
とても、面倒見がいいこと。
「コウさ〜ん、俺今月1つもアフター無くってヤバイよ〜」
「落ち込む前に、まずすることがあるだろう。きちんとアフターケアしていれば、お客も逃げることなんて無いはずだぞ。ほら、俺の
客を紹介するからヘルプに入れ」
馬鹿なほど人がいいこと。
「明日は弟の誕生日なんだ。早めに上がるから宜しくな」
弟達を溺愛していること。
見掛けはとても人間には見えないほど美しく精巧な容姿をしていながら、身近で知るコウ・・・・・紘一はとても人間臭くお人よ
しで、優しい男だった。
この店が他のホストクラブとはまるで違ってギスギスしていないのは紘一の存在があって。
ギャップは有り過ぎるほどにあったが、周りはそれを受け入れて、店は紘一を中心に見事に纏まっていた。
「コウさん、明日遊びに行きませんか?」
「・・・・・いや、予定があって」
「その次は?」
「その日もだ」
「コウさん、俺を避けてるでしょう?どうして?俺が年下だから?それとも、3ヶ月もしない内に『ROMANCE』 のNo.1になっ
たから?」
「!」
いきなり頬を叩かれて、さすがの相馬も目を見張った。
「口を慎め、ソーマ」
毅然とした態度で相馬を睨みつける紘一は綺麗だった。
人の怒りというものを強烈に身体中に浴びながらも、その眩しいほどの輝きに心を奪われてしまう。
「お前のように、女にモテる手段としてホストをやっているような奴とは意見が合わないだけだ」
「俺は・・・・・」
「何か言い返したいのなら真面目に働け。その姿勢を俺に見せてみろ」
重いその言葉に、相馬は何も言い返すことが出来なかった。
紘一の言った通り、相馬は頭ではホストという職業をバカにしていた。
この顔と身体があれば苦もなく客は付いたし、馬鹿馬鹿しいほど高額の貢物もされた。
金に困っていない相馬は簡単にそれらを他のホストに配り、礼の一つも言うわけでなく頬にキスを落とすだけで終わった。
アフターも同伴も、女からのセックスの要求に答える時間で、ほとんど仕事といった意識も無く過ごしてきた。
そんな相馬を、紘一は見抜いて嫌っているのだろう。
(俺が欲しいのはあんただけなのに・・・・・っ)
客に向かっては冷たい微笑を向けながらも、どんなくだらない話も親身になって聞き、同僚に対しては厳しく優しい紘一。
あの綺麗な視線を自分だけに向けたいと思っても、今の自分は相当紘一に対して悪い印象しか与えていない。
どうすればいいか。
どうすれば受け止めてもらえるのか。
ずっと考えていた相馬は1つの結論を出した。
手に入らなければ、奪えばいいのだ。
きっと、同僚のホストの中にも、紘一を欲しいと思っている者は何人もいるはずで、その彼らは牽制し合っているのか、それとも
紘一に嫌われるのが怖いのか手を出すことも出来ていない。
元々嫌われている相馬は、今更紘一に何と思われても構わない。
とにかく、あの綺麗な存在を自分のものにしたい。
もう、待つことは出来なかった。
「コウさん」
「・・・・・ソーマ?」
綺麗な彼が怪訝そうに振り返る。
「もう、帰るんですか?」
決行は今夜だ。
(俺のものにする)
あの目も、鼻も、唇も、綺麗な紘一の全てを今夜、自分のものにするのだ。
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