RESET
5
「ソーマが休んでる?」
思い出したくも無い夜から5日程経ち、紘一の身体の傷は随分と良くなっていた。
あの日、結果的に無断外泊してしまった形になり、2人の弟達の執拗な詮索を交わすのに随分苦労してしまった。
首筋にまで付けられていたキスマークを何とか誤魔化し、痛む身体を引きずって店に出た数日間は大変だったが、今は何とか
復活して顔を顰めなくてもソファに座れるようになった。
今この瞬間まで相馬のことは意識的に考えないようにしていたのだが、今日店に出てきた途端にオーナー室に呼ばれた紘一
は、あの問題の夜のその日から相馬が無断欠勤していると聞かされた。
「連絡は一度も?」
「ああ」
まだ40手前ながらホストクラブを数件経営しているやり手の男も、まだ子供の(彼にとって19歳は当然子供)相馬の扱いをど
うしていいのか分からないらしい。
「まあ、色々問題を起こす奴だが、無断で休むというのは初めてだしな。今日昼間マンションを訪ねたが、全くの応答なし。い
るかいないのかも分からない」
「・・・・・俺に、どうしろと?」
「あいつ、お前のことは一目置いてるじゃないか。暇な時でいいから様子を見に行ってくれないか?」
「首にしないんですか?」
「稼ぎ頭だ。仮にもNo.1を張ってる奴を、早々首には出来ないさ」
経営者からすれば中に爆弾が仕掛けられている金の卵なのだろう。
(誰も彼も、甘やかすからだ)
「分かりました。暇なら、行ってみます」
フロアーに降りて行きながら、紘一は相馬のことを考えた。
薬という手段を使ってまでも自分を抱いた相馬の真意は分からないが、あの時・・・・・帰るといって背を向けた時、一瞬見えた
その顔がとても頼りなかった感じがした。
失敗をしない人間はいない。
紘一は、きっと相馬の元を訪れるであろう自分が分かっていた。
(俺も相当甘いな)
「紘一さん!!」
「・・・・・」
マンションを訪ねた時、オーナーが言ったようにインターホンに反応は無かったが、紘一は何度も何度も鳴らし続けた。
そして、
「煩い!俺は留守だ!」
相馬はマンションにいた。
呆れたと同時に安堵しながら来訪を告げると、慌しく切れたインターホンの音からしばらくして、エントランスのエレベーターが開い
た。
「・・・・・」
(裸足?)
何時も嫌味なほど高いブランドスーツを着こなしていた相馬は、今はシャツにジーンズといった出で立ちで、なぜか足元は裸
足のままだった。
「帰るなよ!」
偉そうな口調ながらその顔は必死で、ボタンを押してドアを解除する。
そして硝子のドアが開いた瞬間、紘一は腕を掴まれて中に引き込まれた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・あ、あの」
「痛いぞ、離せ」
「あ、うん」
慌てて紘一の腕から手を離すと、相馬は珍しく落ち着き無く視線を彷徨わせている。
その姿は、まるで悪さをした弟が何と謝ろうか悩んでいた姿と重なってしまった。
(6歳も下か・・・・・)
改めて相馬の子供っぽさを実感した紘一は、わざと溜め息をつきながら言った。
「何時までこんなとこに立たせている気だ?」
案内されたマンションは広く、一目で高価だと分かる家具が取り揃えられていたが、何となく人の気配が無いモデルルームのよ
うで、紘一にとっては随分居心地が悪かった。
「何か、飲む?」
「お茶があったら」
「・・・・・酒しかない」
「じゃあいらない」
あっさりと言い切った紘一に、相馬はどうしていいのか分からずに棒立ちになっている。
何時まで待っても埒が明かないと思った紘一は、仕方ないと自分から口を開いた。
「ソーマ、お前、俺に言わないといけないことがあるだろう?あれっきりバックレルなんて子供のすることだ」
「・・・・・謝らない」
「ソーマ」
「俺はあんたが抱きたくて、抱きたくてたまらなくて、あんな薬まで使って・・・・・っ」
呻くように零れた言葉に、紘一は困惑したように首を傾げる。
「・・・・・こんな、お前よりも年上の男を抱きたかったのか?男と経験してみたかったのなら、もっと他に若い・・・・・」
「好きだからだよ!」
「・・・・・え?」
「あんたが好きでたまらなかったから抱いたんだよ!」
「・・・・・」
ここまで来てくれた紘一に頭に血が上り、相馬はストレートに告白していた。
「・・・・・っ」
(まるでガキだ!)
もっとスマートに、もっとムードたっぷりに、相馬は紘一を堕としてやろうと思っていた。
経験もテクニックも、紘一よりは遥かに上だと自信があった。あったのに・・・・・いざとなるとこのざまだ。
「・・・・・ソーマ、お前耳まで真っ赤だぞ」
「!」
これ以上、情けない姿を紘一には見せたくなかった。どうせ振られるのは分かりきっているのだ、もう放って欲しい。
「帰れよ!もう、あんたには何もしないし、店だって辞めてやるよ!」
「それは、子供の言い分だぞ」
「俺はどうせあんたより子供だ!」
「・・・・・子供なら、ちゃんと謝れば許してやる」
「・・・・・紘一さ・・・・・」
「俺も、悪かった。お前の気持ちなんか考えず、きっと俺を痛めつける為にあんなこと・・・・・したんだと思ってた。軽々しい思い
じゃなかったんだよな?すまなかった」
頭を下げながら自ら謝る紘一を、相馬は呆然と見つめた。
そして、紘一が自分より遥かに大人で、自分が情けないほど子供だということに気付く。
相馬は唇を噛み締めると、その場に土下座して床に頭を着けた。
「酷いことをしました!すみません!」
「ソーマ」
「でも!紘一さんが好きなのは、欲しいと思っているのは本当なんです!」
「・・・・・」
「・・・・・っ」
(駄目・・・・・か・・・・・?)
相馬にしてみれば誠心誠意謝ったつもりだった。真摯に想いも告げたつもりだ。
それでも、しばらく沈黙が支配して・・・・・自分の思いは伝わらなかったのかと絶望しかけた時、ポンポンと軽く頭を叩く手の存
在に気付いた。
「リセットしよう、ソーマ」
「り、セット?」
「あの夜のことは全て無しだ。そして、俺のお前に対する偏見も無しにする」
「え・・・・・じゃあ・・・・・っ?」
思わず紘一の腕を掴もうとした気の早い相馬の手をぺチンと叩き、紘一は苦笑を浮かべながら言った。
「俺がお前を好きになるなんてことはないと思うが・・・・・」
「・・・・・っ」
「でも、可能性はゼロじゃない」
「ほ、ホントに?」
「年の差はまあ仕方がないが、俺が惚れてしまうぐらいいい男になってみろ。その時までお前が俺のことを好きなら、考えてやっ
てもいいぞ」
「紘一さん!」
「分かったなら、今日からちゃんと店に出ろ。仮にもお前はNo.1だろ?ああ、言っておくが、No.1から脱落した時点で今の
話は無しだから」
いい様にコントロールされているのかも知れない。
紘一にとっては相馬も弟達と同じレベルで、憧れと恋を勘違いしているだけだと思っているかもしれない。
それでも、相馬にとっては今の言葉で十分だった。
真面目な紘一は、きっと言わなかったことだと誤魔化すことはしないだろうし、たとえ逃げようとしてももう離すつもりも無い。
これ程大事だと、欲しいと思った存在は、生涯紘一ただ1人だけなのだ。
「愛してる!紘一さん!絶対俺のものにする!」
「はいはい、無理強いは無しでな」
いなす様に言いながら、紘一は自分が既に相馬を許しているのに気付いて笑った。
今でも相馬のことは苦手だし、自分とは合わないと思っている。
それでも、真っ直ぐな想いをぶつけてくる相手を、ずっと嫌いだと思い続けるのも難しいものだ。
(まあ、弟が1人増えたと思うか)
多分、相馬のこの思いは、自分が持っていないものへの憧れであるだろう。きっと、これから様々な人間と出会っていけば、
年上で同性の紘一のことなんか眼中になくなるはずだ。
(それまで少し付き合ってやろう)
全てをリセットして、新たな時間を始める。
紘一が逃げ切るか。
相馬が堕とすか。
No.1同士の戦いは、今始まったばかりだ。
end
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リクエストお応え第4弾、「同系列ホストクラブの本店と支店でタイプの違うNo.1同士のお話」終りです。
男前なのは紘一さんですね(笑)。
もっと、カッコいい年下攻めを書きたかったのですが沈没(泣)。
これから先、兄弟や同僚に邪魔されまくりの相馬が目に浮かぶようです。前途多難・・・・・。