RESET
4
何度紘一の中に欲望を吐き出したのか分からない。
ただ、夜が明ける頃、全てが終わって自分が組み敷いていた紘一の身体を見下ろせば、その身体は白く汚れ、身体中に自
分が散らしたキスの痕が付いていた。
「・・・・・紘一さん」
ピクリともしない紘一に一瞬ヤリ殺したのかと思い、相馬は震える手を口元にやる。
すると、微かな息が掌にあたった。
(・・・・・生きてる)
ホッとした相馬は、とにかく紘一の身体の後始末をしようとベットから降りようとしたが、そのベットの軋みを感じたのかゆっくりと
紘一の瞼が開いた。
「こ、紘一さん」
「・・・・」
「身体は・・・・・」
「・・・・・最悪だ」
しわがれて掠れた小さな声。
それが昨夜の荒淫のせいだということは確かだろう。
紘一もそれが分かるのか僅かに眉を顰めながら身体を起こそうとしたが、直ぐに呻き声を漏らしてシーツにうつ伏せてしまった。
「紘一さん!」
慌てて相馬がその身体を支えようとしたが、
「・・・・・触るな」
けして大きくはなく、強い口調でもなかったが、相馬はその言葉を聞いた途端、硬直してしまったかのように身体が動かなく
なってしまった。
「・・・・・つっ」
ゆっくり、ゆっくりと身体を起こした紘一は、自分の身体の惨状に一瞬何とも言えない複雑な顔をしたが、そのままベットから立
ち上がると、僅かに足を引きづる様にしてベットルームに備え付けられているバスルームの中に消えてしまった。
呆然とその姿を見送った相馬は、自分の両手を見つめ・・・・・握り締めた。
(俺のものになった・・・・・はずなのに・・・・・)
一度だけでも抱けば収まるかもしれないという飢餓感は更に強くなり。
手に入れたはずの身体は腕の中をすり抜けていった。
「・・・・・っ」
想像していた朝とはまるで違う状況に、相馬の思考はついていけなかった。
「・・・・・なんだ、まだそんな格好をしているのか」
「!」
自分でも、どのくらいそのままの格好で立っていたのかは分からなかった。
気が付けは目の前に、バスタオルを腰に巻いて立っている紘一がいた。
「紘一さん!」
「自信があるのは結構だが、早くそれをしまってしまえ」
「え・・・・・あ」
そう言われて初めて、相馬は自分が全裸のままなのに気付いた。
お互いの精液で汚れてしまった身体、ペニスには紘一を傷付けてしまった証の血も付いている。
眉を顰めた紘一に気付いて慌ててシーツを手に取って腰に巻いたが、気まずい気持ちのまま俯いてしまった。
「ソーマ、顔を上げろ」
「・・・・・」
恐る恐る顔を上げた相馬に、歯をくいしばれと言った紘一はそのまま平手で相馬の頬を打った。
「拳で殴りたいくらいだが、今夜も店があるだろう。しっかり冷やしていれば目立たなくなるはずだ」
「紘一さん、俺は・・・・・」
「お前がなぜこんなことをしたのかは分からないが、一言だけ言っておく。俺はどんなことをされたとしても自分の信念を曲げよう
とは思わないし、お前のことを気に入らないと言った事も撤回しない。お前、まさか女相手にもあんな薬を使ったりはしていない
だろうな?犯罪だということは自覚しろよ」
「・・・・・女相手に薬なんて使うかよ」
「ソーマ」
「キス一つで濡れやがる。股の緩い女ばかりで・・・・・」
「ソーマ!」
「・・・・・っ」
「その女に食わせてもらっているのは誰だ?・・・・・ああ、お前は遊びでホストをやっているからな。仕事としての意識は無いんだ
ろうが、俺は違う。大事な仕事の相手として相手と対している」
「・・・・・紘一さんの言っていることは綺麗ごとだ。女がホストに群がってくるのは、簡単にセックスの相手を探す為だよっ」
「・・・・・やっぱり、お前とは意見が合わないな」
諦めたような溜め息をついたかと思うと、紘一は皺だらけの服をゆっくりと身に付け始めた。
相当身体は痛むはずなのに、ほとんど表情には出さず、それでもゆっくり、ゆっくりと、確実に綺麗な肌は服の中に隠れていった。
「・・・・・ソーマ」
やがて、全ての服を着込んだ紘一は、何時も店で見せる顔と同じ、人形のように表情の無い顔で相馬を振り返った。
「俺は帰る」
「・・・・・」
「遅刻はするなよ」
その他大勢の後輩に言うのと同じように、紘一はそう言ってベットルームから姿を消した。
「・・・・・っそ!」
荒々しく身体からシーツを剥ぎ取った相馬は、そのままバスルームに入って頭からシャワーを浴びた。
(くそっ!どうしてこうなるんだよ!!)
身体が手に入れば、同時に心も手に入るだろうと思っていた。
今までの女相手ならばそうだった。
それが、抱いた後の方が紘一の気持ちを遠くに感じるとは・・・・・相馬は自分が失敗してしまったことを痛烈に感じていた。
「紘一さん・・・・・っ」
外見が綺麗なだけではなく。
その心までも真っ直ぐに綺麗な人。
性別も年も全く障害にはならなくて、相馬は何を置いてでも自分の傍にいて欲しいと思ったのだ。
そんな相手を手にしたのも束の間、心までは捉えることは出来なかったと思い知り、相馬は自分がどうしたらいいのか全く分から
なくなってしまった。
「・・・・・」
店に行けるわけが無い。
本当に欲しいものを一度口にしてしまった今、煩わしい女の相手などする気も起きなかった。
− 一週間、店を休んだ −
何をするでもなく、ただ1人暮らしをするマンションにこもりきりになっていた。
店を休み、大学も行かず、女も呼ぶことは無かった。
ぼんやりとしたまま部屋にいると、頭の中には紘一の顔が浮かぶ。今は知ってしまったあの綺麗な身体は自分の前で開き、お
いでと自分を誘ってくる。
それが夢だと分かっているのに、相馬はその手を伸ばしてしまった。
「・・・・・ダセエ」
目を覚まし、何時の間にか自分が夢精してしまっているのに気付き、もう呆れたように呟くことしか出来なかった。
ろくに食べることもしなかったので、頬は鋭角になり、容貌はより精悍になっている。
ピンポーン
エントランスの来訪を告げるインターホンが鳴る。
このマンションを知っているのは両親とごく僅かな友人達と店のオーナーだけだが、今はその誰にも会いたくなかった。
ピンポーン
無視をしているのに、インターホンは鳴り止まない。
(煩せえな)
ピンポーン ピンポーン ピンポーン
「煩い!俺は留守だ!」
鳴り止まぬ音にイライラしてしまい、相馬はついインターホンで答えてしまった。
すると・・・・・。
「なんだ、元気そうじゃないか」
「こ、紘一さんっ?」
呆れたような声の主は、今この瞬間も焦がれていた紘一本人だった。慌てて監視カメラを見てみれば、あのほっそりとした立ち
姿の紘一がエントランスに立っている。
「いるなら開けろ、話がある」
なぜ、このマンションを紘一が知っているのかという疑問は一切浮かばなかった。
「今行く!!」
指先1本でドアを開閉出来る事も忘れ、相馬は慌てて部屋を飛び出していった。
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