りべんじ無用!!










 苑江太朗(そのえ たろう)は7月に入ってからずっと考えていた。


 誕生日プレゼントは何がいいだろう?



 高校2年生の太朗と、社会人の上杉滋郎(うえすぎ じろう)は、歳が離れているが立派な恋人同士だ。
社会人ではあるものの、ちょっと変わった職業である上杉とは、本当ならば知り合うことも無かったかもしれないが、本当
に偶然に、それも太朗が好きな犬を切っ掛けに知り合った今、太朗にとっては上杉は意地悪で少しエッチでも、ヤクザと
いう、本当ならば人が避けてしまう職業でも、大好きという気持ちが揺るぐことは無かった。

 そんな上杉の誕生日は7月25日。
太朗の時は本当にびっくりさせてくれたし(泣きそうにもなったが)、プレゼントも指輪という思い掛けないものをくれた。
嬉しかった反面、またいいように騙されたという悔しい気持ちもあって、上杉の誕生日は絶対に彼が驚くことをしてやろう
とずっと考えていたのだが・・・・・。

 その答えはなかなか出ず、太朗は周りの友達や両親にまで聞きまわった。貰って嬉しいプレゼントは何か。
皆それぞれ性格や、その時に欲しい物があって、太朗は聞けば聞くほど迷ってしまった。
しかし、ずっと考えていただけに、上杉の誕生日一週間前には、我ながらいい案だと思えるものが思い浮かんだのだ。
それは上杉を喜ばせつつ、さらに意地悪も出来るという最良のもので、太朗は早速一番頼りになる協力者へと電話を
掛けた。
 「・・・・・あ、もしもし、小田切さんですか?」



 太朗はいったいどういうことで自分を驚かせてくれるのだろう。
上杉は大人気なくも今年の自分の誕生日が楽しみだった。
だが、太朗はなかなかアプローチをして来ずに、時間だけがドンドン過ぎていくのを感じると、さすがの上杉もカレンダーを
見るたびに眉が潜まってしまった。
 「まさか、忘れてんじゃないだろーな」
 恋人の誕生日。普通なら忘れることはないと思うが、これが太朗だから分からない。
全く悪気がなく、本当に頭の中からすっぽり抜け落ちている可能性はかなりあるので、上杉の方から誘い水を掛けても
いいのかどうか少し迷っていた。
もしも、何かを考えていたとしたら・・・・・せっかくの太朗の計画を邪魔するかもしれないし、もしも忘れていたとしたら返っ
て気を遣わせてしまうかもしれない。
(どうしたもんかな・・・・・)



 そんな風に、上杉としてはモヤモヤした日々を過ごしていた時、誕生日の5日前になって太朗から連絡があった。
待ってましたと思いながらも、上杉の口調は何時ものようにからかうようなものだった。
 「ん?珍しいな。どうしたタロ、オネショの言い訳でも考えて欲しいのか?」
 『バカ!俺もう高校生だよ!ゴロと一緒にしないでよね!』
小学校4年生の、本当にミニチュア太朗という感じの弟の顔を思い浮かべた上杉は、思わず電話口でプッとふき出して
しまった。
 「悪い悪い、で、どうした?」
 『・・・・・なんか、声が笑ってる感じがするんだけど・・・・・』
 少し機嫌を損ねたらしい太朗だったが、何とか自分の気持ちを切り替えたのか、上杉に25日に遊びに行っていいかと
聞いてきた。
25日は誕生日だ。
どうやら太朗はちゃんと誕生日を覚えてくれていて、上杉を驚かす何かをしてくれるらしいと分かり、上杉は目の前に太
朗がいないというのに甘く溶けるような笑みを浮かべた。
 「もちろんいいぞ。学校帰りか?」
 『もう夏休み!昼頃行きたいんだけど、いい?』
 「ああ」
(夏休み・・・・・もうそんな時期か)
自分自身、もう遥か昔に過ぎ去った学生時代だし、周りにも学校に通っているような知り合いはいないのですっかり忘
れていた。
 ただ、そうと分かれば色々計画を立てなくてはならない。
何時もは土日だけの泊まりも平日でも構わないだろうし、学校の体育などを気にしてなかなか痕を付けられなかった日
焼けした滑らかな肌に、思う存分所有の証を付けられる。
 もっとも、その計画の半分以上は太朗の母親、佐緒里(さおり)によって却下されるだろうが、やはり夏の開放感は満
喫しないといけないだろう。
 「じゃあ、家まで迎えに行く」
 そんな自分の邪まな考えを微塵も悟らせないように軽く言った上杉に、太朗はううんと簡単に却下してしまった。
 『ジローさん、それを口実に仕事サボッちゃ駄目だよ?俺、朝の内に事務所に行って鍵を借りに行くから、そのまま1人
でマンションで待ってる』
 「わざわざそんな面倒くさいこと」
 『いーの!買い物だってあるし、それはジローさんに見せれな・・・・・わわっ・・・・・聞こえた・・・・・?』
 「い〜や」
(買い物?)
それはきっと自分の誕生日に関係あるものだろうが、ここは追求しないでおいた方がいいだろう。
いったい何をしてくれるのか、上杉は今から楽しみになっていた。



 朝早く事務所に行った太朗は、珍しく早く来ていた上杉から鍵を受け取った。
よく考えれば、マンションで上杉に待っていて貰った方が手間としては掛からないのだろうが、1つのことで頭がいっぱいの
太朗はそこまで考えることが出来なかった。
 「・・・・・しっと」
 ここに来る途中で色々買い物はした。
太朗はいいと遠慮したのだが、マンションまで送らせると言って車を出してくれたのは結果的に助かってしまった。
もちろん買い物に付き合ってもらった組員には、ソフトクリーム1つで黙っていてもらうように買収済みだ。
 「え〜っと、母ちゃんに書いてもらった作り方・・・・・と」
持って来た鞄の中から何枚かの紙と、母親から借りてきた割烹着(絶対に汚れるはずだからこれにしろと言われた)を身
につけながら、太朗は張り切ってキッチンに入っていった。

 太朗が考えたプレゼントは、自分の手料理だった。
もちろん、大人の上杉は色々美味しいものを食べて口が肥えているだろうし、太朗の料理の腕は学校での調理実習と
自分がお腹が空いた時に作る市販のホットケーキくらいだ。
込み入ったものは作れないが、家でも何度か練習して母親から合格点を貰ったし、後は愛情でカバーするしかないと
思った。
(俺が出来ることって限られてるし)
 学生で、父も普通のサラリーマンである太朗は、それ程小遣いを貰っているわけではない。
お年玉も月々の小遣いも、大半は食べ物に、後は漫画などを買ったら残りは僅かだ。だから、形としてのプレゼントも一
応は買ったが、それだけではボリュームが少ないような気がした。
そこで、肉体労働での奉仕を思いついたのだ。
 ケーキも手作りをしたかったが、スポンジを買ったとしても生クリームを泡立てるのを考えて、挫折して諦めてしまった。
その代わりに、唯一得意料理のホットケーキを薄く何枚も作って、ケーキのように山積みにした。
パッと見は何とかケーキに見えないこともない。

 次に、太朗はカボチャとサツマイモとトウモロコシを並べてニンマリと笑った。
 「ふふふ、ジローさんめ、食べなかったらお仕置き決定」

 「ジローさんの嫌いな食べ物ってなんですか?」

小田切に聞いた上杉の嫌いな食べ物。
太朗は上杉を喜ばせたいのはもちろんだが、今まで色々びっくりさせられたことに対する仕返しをしたいのも山々だった。
お祝いと、仕返しと。半々・・・・・いや、少しだけ仕返しの方が強いか。
大好きという気持ちと男のプライドというものは秤に掛けられないほど難しいものなのだ。



 「・・・・・その顔、何とかならないんですか?」
 「ん?なんね〜な」
 上杉は小田切が嫌そうに眉を顰めても楽しそうな笑みを消さなかった。
いったい太朗が何をするのか、楽しみで仕方がないのだ。
(まあ、期待を裏切らないだろうけどな)
きっと、笑えて、嬉しくて、泣きたくなるようなことをしてくれるに違いない・・・・・。

 「帰宅は7時だからね!それより前に帰ってきちゃ駄目だよ!」

その時間まで、まだたっぷり5時間はある。
ニヤニヤしながら時計を見上げていた上杉は、部屋を出て行く小田切の口元の笑みを見ることが出来なかった。



 「うわっち!!なんで、沸騰するんだよ〜!!」
 太朗の家はガスだが、上杉のところはIHというものらしく、火加減が目に見えないので分かりにくい。
家での練習の成果はなかなか出ずに、思いの外直ぐに沸騰して吹きこぼれてしまう湯や油に格闘しながら、それでも太
朗の手は止まらなかった。
 「この長袖のエプロンで良かった〜。母ちゃんすごいな、予想出来るなんて」
 ブツブツ言いながら、それでも何とか並べられていく皿。
後は温かい方がいいだろうとようやく一段落ついたのは、もう午後5時を過ぎた頃だった。
 「う、ヤバッ」
 続いては飾り付けだと、太朗は今度は鞄の中から折り紙と鋏とノリを取り出した。
幼稚園児のお誕生会のような手作りの飾りつけ。部屋に入った途端眉を顰める上杉の表情が想像できて楽しかった。
元々、太朗の家では今でも、それぞれの誕生日には手作りの飾りを飾るのだ。
せめて伍朗が小学校を卒業するまでは続けると母親は張り切っていたし、伍朗も太朗も子供っぽいと口では文句を言
いながらも、その手作りの温かさを嬉しく思っているのだ。
 「え〜と、《ジローくん、おたんじょうび、おめでとう》・・・・・と」
黄色い画用紙に大きく書いてリビングの壁にセロハンテープで止めると、飾りつけも出来上がりだ。
折り紙で作られた輪の飾りに、ティッシュで作った花。シックな大人の部屋の上杉のマンションのリビングが、たちまちカラフ
ルなお遊技場になった。
 「よ〜し!完成!!」
時刻はもう、午後7時15分前になっていた。





 「おめでとーーーーー!!!」
 午後7時きっかり、インターホンを鳴らした上杉は、勢いよく開けられたドアの向こうの満面の笑みを浮かべる割烹着
姿の太朗に熱烈に迎えられた。
さすがに少し驚いたように目を瞠った上杉は、直ぐに柔らかな笑みを浮かべた。
 「ああ、ありがとう」
 「ほらっ、早く入って!」
 太朗に腕を引っ張られるように廊下を歩くと、開かれたリビングの一番目立つ壁に書かれた文句が見えた。
 「《ジローくん、おたんじょうび、おめでとう》・・・・・」
その言葉だけではない、部屋中に飾られた手作りの飾りと、そこから見えるキッチンのテーブルの上に並べられた・・・・・。
 「これ、お前が?」
 「そう!」
 「・・・・・すごいな」
 テーブルの真ん中に置かれたホットケーキの山。
キャベツは厚切り、キュウリは一口大、トマトは輪切り、その上から敷き詰められるように置かれたトウモロコシのサラダ。
湯気が出ている茶色のドロッとしてそうな液体の真ん中に置かれた、これも一口大のカボチャ。
その横には山のような天ぷら・・・・・どうやらサツマイモらしい。
そして、籠の中に入れられた幾つものパンは・・・・・あの上に乗っているゴマを見れば、どうやらアンパンか何かのようだ。
 「・・・・・タロ、これは・・・・・」
 「ジローさん、甘い野菜大好きなんだよねっ?ちゃんと八百屋さんに一番甘そうな物を選んでもらったんだ。せっかくな
んだから残さないで食べてよ?」



 「会長は甘い野菜が苦手ですよ。カボチャとか、サツマイモとか。野菜のくせに甘いのは許せないってよく言ってます」


 どうやら小田切情報は確からしい。呆然と立ち尽くす上杉の後ろ姿を見てくくっと笑っていた太朗だが。
 「・・・・・参った」
 「ふぇ?」
 「こんな嬉しい誕生日・・・・・初めてだ。もちろん、全部食わせてもらうぞ」
 「・・・・・え?」
上杉は身を屈めて太朗の頬にキスをすると、早速というようにイスに座って、まだ裏ごしの足りないカボチャのスープを直ぐ
口にする。
 「た、食べれる?」
 「当たり前だろ、お前が作ったんだ」
そう言いながら、休む間もなくサツマイモの天ぷらやスイートコーンのサラダ、そしてアンパンにまでも手を出して、美味しそ
うに、嬉しそうに食べてくれる。
 「・・・・・小田切さん、間違った?」





 上杉は本当は甘い物が好きなんじゃと太朗は思ったが・・・・・太朗は恋愛というものをまだよく分かっていなかったのか
もしれない。
大事な人間が自分の為に作ってくれたものは、どんなものでも美味しいのだということを。
自分がどんなに上杉に騙されても、結局は許してしまうのと同じ気持ちが、上杉にも・・・・・いや、上杉の方がより深い
愛情を持ってくれているのかも知れない。
 「タロ、お前も食え。ご馳走は1人よりも2人で食った方がもっと美味いぞ」
 こんな拙いものをご馳走と言ってくれるのが嬉しい。
 「うん!俺もいっぱい食べるから!」
当初の仕返しの思いはすっかり忘れ、太朗は大好きな上杉の誕生日を一緒に祝おうと自分もイスに座ると、もう一度
とびきり元気よく上杉に言った。


 「誕生日おめでとう!これからもよろしくお願いします!!」





                                                          end



                                                     可愛い奴編


タロジロ、ジローさんのお誕生日編です。

これまでのリベンジを誓ったタロですが、やっぱりジローさんには敵わないようです。

「可愛い奴」編は、ジローさん視点の話。エッチではないですが、イチャイチャしてると思います。