正妃の条件



プロローグ

                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 アルティウスは眉間に深い皺を刻んだまま、煌びやかな廊下を大股で歩いていた。


 「何と申したっ?」
 「はっ。妾妃様方がおっしゃられるには、卑しくも王の寵愛を受けた身になれば、王自らおこし願い、直にお言葉を聞かぬ
までは宮を出ることは出来ぬと申されまして・・・・・」
 「それは皆の総意か」
 「はい」
 「・・・・・」


 大国エクテシアの若き王であるアルティウスには、10歳の第一皇子エディエスを頭にして皇太子3人、皇女2人の子供が
いる。
正妃を持たないアルティウスが、数人の妾妃に産ませた子供達だ。
色事よりも戦いや政に興味のあったアルティウスは、世継ぎをつくるという義務を終えた後は、ほんの数える程にしか妾妃と
関係を持たなかった。
プライドが高く、何かにつけて王位に執着するのが鬱陶しく、それならば街の女と一夜限りの快楽を共にする方が気楽だっ
た。
 そんなアルティウスも、有希と出会ってからはその遊びも止め、有希にだけ愛情を注ぐようになった。
同じ性別で子供は出来ないが、既に世継ぎが決まっているので、有希を正妃にするのは何の問題もない。
 その有希に欠片の不安も抱かせたくなかったアルティウスは、早々に妾妃達に暇を出すように命じた。
心優しい有希が、アルティウスの子を生んだ妾妃達に気を遣うことなどないようにとの配慮からだった。
 しかし、その命を出してひと月以上経つというのに、妾妃達は宮から出ようとはしなかった。
シエン王子のことや、有希の披露目のことなど、様々な事がらのせいで今まで放っておいたが、披露目も無事に終わった
今、少しの猶予も与えぬと、アルティウスは最後通達を妾妃達に送りつけた。
その返事が今夜来たのだ。


 「王である私を呼びつけるなど、どういうつもりだっ」
 「王、第一妾妃のジャピオ様はエディエス様の生母様であられると同時に、ヤンガ大臣の長女でもあられます。くれぐれ
も穏便に」
 「分かっておるわ!」
次期王になるエディエスを生んだジャピオは穏やかで優しい性質の女で、今回のような挑発的な返答をするとはとても思え
なかった。
考えられるのは・・・・・。
 「レスターを生んだ女・・・・・」
 アルティウスの呟きに、ベルークも表情を固くして同意した。
 「リタ様は気性の激しい方ゆえ・・・・・」
 「・・・・・っ」
第二皇子レスターの生母リタは、貴族の娘で幼い頃からその美貌を謳われていた。
自ら志願してアルティウスの妾妃となり、子を産んだが、閨で何度もアルティウスに自分の子を王にと懇願してきた。
身に付ける宝飾も服も妾妃たちの中で一番贅沢で、第一皇子を産んだジャピオよりも妾妃宮の女主人として振舞ってい
る。
 多分今回のこの反逆も、リタ主導のものだろう。
(子を産んでいなければ、即日宮から追い出すものを・・・・・っ)



 「王のおこしでございます!」
 アルティウスが妾妃宮にやってくると、たちまち廊下に妾妃達に仕える者達が出てきて最上の礼をとる。
その後に、数人の妾妃達が煌びやかに自らを飾り立てて現われた。
 「お久しゅうございます、王」
 一番に口火を切ったのは、一番艶やかな装いをしたリタだった。
 「わたくし達の誰をも御渡りにならない日々が続き、寂しい思いをしておりましたわ。今宵はごゆるりとしていかれませ」
 「リタ、私は話をしに来たのだ」
 「お望みなら1人ではなく、何人でも王に御奉仕いたしますわ」
アルティウスの言葉など聞かないという態度のリタを睨みつけ、アルティウスはその影に隠れた青白い顔色のジャピオに視線
を向けた。
 「ジャピオ、そなたの部屋に通せ。他の者には用はない」
 「王!」
 「聞こえなかったか」
 低く声を落とすアルティウスの静かなる怒りに、リタも口を閉ざすしかない。
 「ジャピオ」
 「はい、こちらに」
 ジャピオは一瞬リタに視線をやったが、直ぐにアルティウスを自分の部屋に案内しようとする。
すると突然、奥から少年が1人駆け出してきた。
 「父上!私も同席させていただけませんか!」
 第一皇子のエディエスだった。
随分久しぶりに見る息子は見違えるほど大きくなっていたが、幼い頃の面影は残っている。
無関心とまではいかないが、まだアルティウス自身も若いせいか自分が父親だという自覚がなかなかなく、エディエスとも触
れ合った日々は数少ない。
 だからなのか、アルティウスにとってエディエスは次期王となる人物だと、父親としてというよりも王として客観的に見てしまう
ところがあった。
 今回の話し合いも、次期王ならば知っておいた方がいいと判断し、アルティウスは鷹揚に頷いた。
 「許す」
 「ありがとうございます!」
久しぶりの親子の対面に、エディエスは顔を綻ばせてアルティウスの後ろを歩いていく。
その姿をリタは悔しそうに見送るしかなかった。