正妃の条件



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 「ふあああーーー!!」
 朝の太陽を全身に浴びて、有希は精一杯背伸びをした。
 「終わったあ」
 「お疲れ様でした、ユキ様」
 「祝ってくれているんだから嬉しいんだけど、やっぱり十日も祝宴が続くと疲れちゃった」
婚儀を挙げてから昨日までの十日間、エクテシアは王と新しく王妃になった《強星》である有希を祝うムード一色だった。
宮中ばかりでなく、街も、そして地方も村も、皆がこの婚儀に湧き立ち、ずっとお祭り騒ぎで、有希も出来る限りは顔を出すよ
うにはしていたのだが・・・・・。
 「でも、アルティウスってタフだよ。あれだけ毎日飲んでいるのに、今日も朝から出かけているし」
 「祝宴の間も政務は溜まっておいででしたので。さっそく取り組んでいらっしゃるのですよ」
 「え?仕事?」
 「はい。ユキ様はしばらくゆっくりさせるようにといいつかりました」
 「そんなの、駄目だよ!」
 「ユキ様?」
 「僕だって、アルティウスの手伝いをしなくちゃ!」
 有希は慌てて身支度を整えると、急いでアルティウスの執務室に向かう。
 「ユキ様!」
 「・・・・・っ」
(誤解してた・・・・・っ、ごめんね、アルティウス!)
 昨夜、祝宴の最後の夜ということで、アルティウスは有希の忠告も聞き流して浴びるように酒を飲んでいた。
だからこそ今日は酔い潰れているだろうと思っていたのだが、有希が想像する以上にアルティウスは頑強な男だったようだ。
(とにかく、僕も早く手伝わないとっ!)



 「アルティウス!」
 慌てていた有希はノックもせずに扉を開いた。
 「ユキ、どうした?」
中にいたのはアルティウスにマクシー、そしてベルークと数人の兵士達だった。
 「あ、ご、ごめんなさい、急に入ってきちゃって・・・・・」
 「そなたは王妃だ、誰に遠慮をすることがある」
 「う、うん、あの、何かあった?」
 「シエン王子の警備のことで話していた」
 「シエン王子の?」
 「今度の来国は極秘ゆえ、付いてくる者も少ないからな。我が国の方で警備を万全にしておかねば、仮にも一国の王子と
その正妃・・・・・まあ、噂では《強星》と呼ばれておるが、万一のことがあれば問題になるからな」
 「じゃあ、もう直ぐ来るんだ?」
 「警備が手薄な分身軽だろうから・・・・・まあ、そう待たずに訪れるだろう」
 「もう直ぐ・・・・・」
(もう直ぐ会えるんだ、本物の《強星》に・・・・・)
 「迎えに行きたい!」
 「ユキ?」
 じっとしてなどいられなかった。もしかしたら同じ日本人かもしれないのだ。
(少しでも早く逢って話したいっ)
エクテシアの国の言葉もかなり覚え、通常の会話ならば困ることもなくなった。それでも、やはり自分の国の言葉が・・・・・日本
語が懐かしい。
 「アルティウス、お願い!国境に行かせて!」
 「ユキ・・・・・」
 珍しく困惑したアルティウスの顔。
有希の願いは何でも叶えてやりたいものの、自分以外の人間に対して熱い想いを語るのは面白くないのだろう。
だが、有希はどうしてもそうしたかった。
向こうからわざわざこのエクテシアまで来てくれるのだ。こちらからも、迎えに出向いて行きたかった。



  − 一週間後 −



 有希は、国境の門の前に立っていた。
既にシエンから国境の砂漠は渡りきったとの連絡も入っている。
 「ユキ、暑くはないか?」
 「大丈夫」
気遣うアルティウスににっこり笑ってそう言うと、有希は国境の門の外に広がる砂漠をじっと見つめた。
(こんなに大変な所を来てくれるんだ・・・・・)
 王宮からこの国境の村に来るのでさえ数日掛かっていた。
その間、慣れないソリューの背に揺られながら、向こうはもっと大変な思いをして訊ねてきてくれるんだと思い知った。
 「・・・・・」
 アルティウスは黙ったまま動こうとしない有希を苦笑して見ると、バサッと頭から日除けの布を被せてくれた。
 「アルティウス」
 「そなたの白い肌が焼けてしまう」
 「・・・・・ありがと」
アルティウスは優しくなった。
いや、有希に対しては最初から優しかったが、お互いの気持ちを伝え合い、有希が正式に妻となってから、アルティウスには王
としての落ち着きと風格が一層増したように思える。
 好きだな・・・・・そう、自然に思った。
男だからとか、違う世界の人間だからとか、もうそんな言い訳を考えることはない。一緒に生きていく、一番大切な相手だと、
誰に対してもちゃんと言うことが出来る。
 なんだか恥ずかしくなった有希は、そんな気持ちを誤魔化すように呟いた。
 「待ち遠しい・・・・・」
 「そんなにシエンに会いたいのか?」
 ムッとした口調になるアルティウスに、有希は笑いながら首を振った。
 「違うよ。僕と同じ運命を背負っている人に、早く会いたいんだ」
 「・・・・・」
 「本当だよ?だって、僕はもう、アルティウスの正妃なんだから」
 「ユキ・・・・・」
有希自身、自分がまだまだ未熟なのは分かっていた。
この世界のこともまだまだ知らないことの方が多いし、途惑って悩むことも少なくない。
正妃としての条件も穴だらけで完璧ではけしてないが、アルティウスと共に頑張るということだけは確かな真実だった。
 「これからもよろしく」
笑いながら言った有希に、アルティウスは一瞬間を置いてからその肩をグイッと抱き寄せた。
 「当たり前のことを言うな」



 この世界で生きていく決心がやっと固まったばかりで、これから先も次々に新しい問題が出てくるだろう。
それでも、アルティウスと共に全てを乗り越えていこう・・・・・有希はそう思った。
 「ユキ!来たぞ!」
 「え?」
 遥か遠くに、土煙が見える。
新しい出会いが、もう直ぐそこに・・・・・有希を待っていた。






                                                         正妃の条件   完







                                        
                                      








無事、こちらも終了しました。最後は何時もイチャイチャで終わりますが、アルティウスもだいぶ王らしくなってきたと思います。
次は蒼との出会いの番外編が間に入ってから、第3部を始める予定。ジャピオの恋人さんのことも解決しないと。次回は「白」のあの方が登場します。